安らげる場所 2004.12.30 |
休日の二度寝ほど気持ちの良いものは無い、特に今日みたいに寒い冬の朝ならなおさらだ。 政明はトイレで小便をすませると、冷え切った廊下を早足で歩き再びベットに潜りこむ。 足をすり合わせて毛布の肌触りと温もりを楽しみながら、再び眠りについた。 惰眠を貪っていると電話のベルの音に叩き起こされ、まったく気が利かない奴もいるもんだと舌打ちをして電話に手を伸ばした。 『あ、政明か?』 「んー、誰・・・。」 どうせ姉の美弥子だろう。 若干不機嫌な寝惚けたままの渇いた声で返した。 『忘れたのか?お前のお兄ちゃんだよ。』 「んっ?兄ちゃん?」 その声を聞いて寝惚けていた頭が一瞬にして覚醒していく。 最後に兄貴の声を聞いたのは母の葬式以来だから8年振りだった。 兄の政義は厳格だった父親と反りが合わずに政明が幼い頃から衝突を繰り返し、大学生になると友達や彼女のアパートに入り浸り、家にはあまり帰って来なくなってしまった。 たまに帰って来たと思えば髪の毛を染めていたり、父親が嫌がるような服装で怒りに触れては小遣いを要求しそれが益々父親との確執を深めていった。 決定的だったのは19歳の時、当時付き合っていた彼女を妊娠させた事だった。 若かかった二人は周囲の反対を押し切り、駆落ち同然で家を飛び出したが、それも長くは続かず、彼女は政義と3歳になる子供を捨てて何も言わずに出ていってしまった。 実家とは全く音信不通だったはずの政義が、再び政明の前に現れたのは皮肉にも政義の行く末に一番心を痛めていたしていた母親の葬式だった。 5歳になる息子を連れて現れた政義は母の霊前で泣き崩れた。 その様子を見ていた父は今更何をしに来たんだと政義を罵倒した。 美弥子が間を取り持とうとしたが、さんざん好き勝手をしてきた政義を許す事が出来なかった親父は、烈火の如く怒り兄とまだ幼い圭太を追い出した。 その剣幕に震えていた5歳の小さな肩が今でも忘れられない。 「どうしたんだよ・・・。」 美弥子がたまに連絡をして近況を聞き出すくらいで、年が離れた政明とは年賀状のやり取り程度で政義から電話をかけてくるなんて事は無かった。 『久しぶりだな、お前いくつになったんだっけ?』 「24だけど・・・。」 『ははっ、大きくなったな。』 成人してからも政義は会話をする度に大きくなったなと笑う。 父親との確執を除けばたまにしか会えない兄は政明にとっては優しい兄貴だった。 「うん、兄ちゃんは元気なの?」 『まぁ、ぼちぼちだな。』 「どうしたんだよ。」 『いや、お前にちょっと頼みっつーかな・・・お前、今一人暮らしだろ?』 「ああ、親父のマンションだけどね。」 『圭太って覚えてるかな。』 圭太というのがあの時の震えていた小さな子供だ、兄貴は3年前に子連れで再婚したと姉貴から聞かされている。 「そりゃ覚えてるけど・・・えーと今13歳だっけ。」 『ああ、その圭太なんだけどちょっと家で色々あってさ、暫くお前んトコ置いてやってくれないか。』 「・・・義姉さんと何かあった?」 『ん、まぁそんなトコなんだけどさ・・・。』 「俺は別に構わないけどさ、大丈夫なの?」 断片的に美弥子から話しを聞くだけだったが、圭太はまだ短い人生の中で安らぐ事も無く周りの大人達に振り回されているように思えた。 政義が「まあな」と言ったきり会話が止まる。 その後、事務的なやりとりをして数年振りの兄貴との会話が終わった。 翌日、インターホンが鳴ってドアを開けると、小柄な男の子が立っていて、変声期特有のかすれた声で自己紹介をしてペコリと頭を下げた。 「あの、前田圭太です・・・。」 中学生くらいだともっと大きいと思ってたが、数年振りに会った甥っ子は、細くて長い手足と大きくて強い目が印象的な子供だった。 「あ、ども・・・前田政明です・・・。」 つられて頭を下げたが、なんだか間の抜けたやりとりになってしまった。 「ごめんな、昨日聞いたばっかだから、何も用意してないんだ。」 「別に・・・大丈夫です。」 「面倒臭せぇから敬語じゃなくていいよ。」 それだけ言うと圭太をリビングのソファに座らせたまま、物置として使っている部屋の片付けを始めた。 「腹減ってるだろ?何か食おうか。」 あらかた部屋が片付くと、朝から何も口にしていない政明の腹が鳴る。 普段、料理などあまりしない政明は、冷蔵庫の中身やフライパンと格闘しながら、油でベタベタになったヤキソバを作った。 食えない事は無いが、口に入れた瞬間に広がる油っぽさ・・・初日からこれではあんまりかと思い箸を置いた。 「うわ、失敗だったかな、悪い、俺あんま料理とかしないから・・・無理して食わなくていいよ、出前でも取るから。」 「別に・・・食えなく無いから・・・。」 圭太は油まみれのヤキソバを黙々と平らげると小さな声で「ご馳走様でした」と言って食器を片付ける為に席を立つが、流しの中に溜め込んだ食器の山に一瞬足を竦ませた。 「いいよ、後でまとめて洗うから。」 「・・・洗うよ。」 「悪いな・・・じゃあ圭太が洗って俺が食器を拭いて片づけるって事で。」 久しぶりに会った甥っ子に少しくらい良い所を見せたかったが、格好つけても仕方が無いと思い圭太の好意に甘える事にした。 「初めての共同作業ですな。」 黙って食器を洗い続ける圭太を和ませようと、ふざけて見せたが圭太はクスリとも笑わずに不思議そうな顔で政明を見上げる。 「兄ちゃんって変わってるね。」 ボソリと呟くとまた黙々と食器を洗い始めた。 翌日は仕事を休み転入届やら手続きやらに追われて一日が終わった。 学校は冬休みが近い事もあって年明けの3学期からの編入となり、それまでは自宅で学習させるよう勧められた。 帰り道、圭太は楽しそうに校庭を走る生徒達を見ながらぼんやりと歩いている。 「学校変わるの嫌じゃなかったか?ほら、友達とか好きな子とかいただろ?」 「別に・・・・だろ?」 言葉が返ってくるのを待たずに圭太の口調を真似てみると、言葉を奪われた圭太が口を開いたまま呆然としている。 それが可笑しくてゲラゲラと笑ってるとポケットに手を突っ込んだままの圭太は呆れた顔でスタスタと先に歩いてしまった。 「怒るなよー。」 慌てて圭太を追い掛けてチョークスリーパーをかますと手足をバタバタさせて抵抗するが、所詮は子供の力だ、政明はそのまま暫く圭太をオモチャに遊ぶと暴れた圭太が真っ赤な顔で息を切らした。 「兄ちゃんやっぱ変わってる・・・大人なのに子供みたいだ。」 それから一週間が経ち、お互いの生活のリズムが出来上がりつつあった。 相変わらず圭太は無口だったが、それでもポツリポツリと会話が続くようにはなっていた。 圭太も家事を手伝ってくれて、今は翌日の分の米を炊こうと準備をしている。 「明日の分はいいぞ、親父んトコでパーティーするから、なんでか毎年恒例なんだよなクリスマスパーティー。」 下手な言い訳だったが、圭太の事を姉夫婦に知らせると、絶対に連れて来いと命じらた。 親父と同居している姉には子供がいない、大人だけの暮らしも案外寂しいのかなとも思う。 「毎年?兄ちゃん24歳だろ、彼女とかいないのかよ。」 「うるへー。」 生意気な事を言う圭太の頭に顎を乗せてガクガクさせながら話しを続けた。 「まあ、そういう事だから明日の分は米炊かなくていいぞ。」 「俺はいいよ・・・嫌われてるし。」 「んな事無いって、お前も家族なんだから参加するように。」 政明が偉そうにそう言って圭太の頭を一つ叩くと、困ったような顔をして何か言いかけるが聞こえない振りをして部屋に戻った。 久しぶりに帰った実家の玄関の前で圭太が立ち止まる。 「やっぱ俺いいよ・・・。」 当日、嫌がる圭太を無理矢理に引っ張り出して来たが、玄関の前でまた圭太がごね始めた。 「お前まだそんなこと言ってるのかよ、親父も姉ちゃん夫婦も楽しみにしてるんだぞ。」 和風の家の玄関に飾りつけられた不釣合いなリースを指差した。 「でも・・・俺のせいなんだろ・・・父さんとお爺ちゃんが喧嘩したのって・・・。」 「馬鹿だな、兄貴と親父の問題だろ?なんでお前の所為になるんだよ。」 「だって父さんが言ってたから・・・。」 すぐに言葉を返す事が出来なかった。 大人の政義にとっては何気無く事実を話しただけだったのかもしれない、もしかしたら小さい子供を抱えている生活に追われ余裕が無かったのかもしれない。 しかし、まだ限られた世界しかしらない圭太にとって、その無責任な言葉が深く心に突き刺さったのだろう。 圭太の心中を想像してやり切れない気持になり、同時に何も出来ない無力な自分が情けなかった。 「ひでぇなぁ・・・よし、今度兄貴と会ったら俺がぶっ飛ばしてやるよ、だからそんなの信じるなって。」 圭太の肩を思いっきり叩くと久しぶりに帰った実家のチャイムを鳴らした。 「いらっしゃいっ!圭太君・・・大きくなったね。」 涙ぐんだ姉貴が大袈裟に歓迎し、義兄も外国人のように握手で出迎える中、一人気まずそうに突っ立っている親父を圭太がチラリと覗き込む。 「ほら父さんっ、圭太君よ、会いたがってたじゃない・・・ごめんなさいね、緊張してるみたい。」 「まあ、入りなさい。」 親父がボソリと呟くと圭太は緊張しながら「お邪魔します」と小さな声で言った。 思い空気の中始まったパーティーだったが、姉夫婦が必要以上にはしゃいで盛り上げた。 姉夫婦に次々に話しかけられ、圭太は料理を口にする間も無く緊張したまま言葉少なく返事をしている。 「圭太・・・。」 今まで黙っていた親父に急に名前を呼ばれ圭太が身体を硬直させる。 「私のつまらない意地の所為で、お前には随分嫌な思いをさせてしまったみたいだね・・・すまなかった。」 普段無口な親父が優しい声でゆっくりと圭太に話しかけると、一同は息を呑んで二人を交互に見つめる。 「この年になるとね、後悔する事ばかりなんだよ・・・何であの時、お前やお前の父さんを受け入れられなかったんだろうと思うよ・・・子供達にも怒られたよ、小さかったお前をあんなに怯えさせて、悪かった。」 「お爺ちゃん・・・俺・・・。」 圭太は下を向いたまま言葉を詰まらせ、その瞳から涙がポタポタと溢れ出すとつられて政明の目頭も熱くなって胸に込み上げる。 「お爺ちゃんって呼んでくれるのか。・・・ありがとう・・・。」 「もう、父さんったら・・・圭太君、まだ料理沢山残ってるんだから、いっぱい食べなさいね。」 涙を拭きながら、わざと明るい声を作った美弥子が手を叩くとふっとその場の空気が和らいだ。 育ち盛りだけあって、圭太は涙を拭くと政明と競うように残った料理とケーキを平らげた。 「圭太君、もし良かったらだけどウチで暮らさない?政明といるよりはマシなもの食べられるわよ。」 「駄目駄目、俺、結構コイツの事気に入ってるんだから。」 「アンタが気に入ってても圭太君がアンタを気に入ってるとは限らないわよ、まあ、とにかくウチはいつでも大歓迎だから考えといてよ。」 冗談のような口調で言っているが美弥子の目は相当本気だった、困った圭太が政明を見上げる。 「ま、気にすんなよ。」 「あっ何すんだよ。」 生クリームがベッタリついた手で圭太の頭を撫でると二人はゲラゲラ笑いながら皿に残ったクリームを付け合ってふざけた。 「仲がいいのね。」 美弥子が呆れたように溜息をついて二人を見守り来た時とはまるで違う和やかな雰囲気の中でパーティーは終わった。 帰り道、圭太はそれぞれから貰ったプレゼントを大事そうに抱えてよたよたと歩いている。 半分持とうかと聞いたが圭太は自分で持つと譲らなかった。 「さっきの、お前はどうなんだよ。」 「何?」 「姉貴達と一緒に暮らさないかってやつ。」 「んー、嬉しいけど大人ばっかりだし・・・兄ちゃんといる方が気楽でいいや。」 その言葉に何故かほっとして「そっか」とそっけなく言ったが、言葉とは裏腹に政明の顔からは笑みがこぼれていた。 「大人だけど中身はガキみたいだし。」 余計な一言に政明がヘッドロックをかますと圭太は大事な荷物を落とさないようにバタバタと抵抗しながら「やっぱガキだね」と笑った。 今日初めて見た圭太の笑顔に、随分前に忘れてしまっていたサンタクロースの存在を思い出す。 もう純粋な子供でもないが、今夜くらいはサンタクロースを信じてみてもいいかなと政明は思った。 Top Index Next === 登録させて頂いている検索サイトでのクリスマス企画に参加させて頂いた作品です。 クリスマスもだいぶ過ぎてからのUPになってしまいまして季節外れもいい所ですね。 このお話は大勢の方から感想を頂き、コンテストで受賞してしまいとても心に残る作品になりました。 BLでもエロでも無く正月も間近ですが、楽しんで頂ければ幸いです。 |