Bitter days
2005.02.14
あの頃の俺達は、まるで蝉が一夏限りの命を惜しんで大声で鳴くように毎日を騒がしく過ごしていた。
進学率が生徒数の半分、東京の外れにポツンとある小さな高校で毎日何か刺激的な事を探しては皆でハシャイだ。
くだらない事で腹がよじれるほど笑い、安っぽい好奇心でタバコを吸ってみたり、俺達はそれなりに不良で、それなりに真面目だった。

その頃の俺達にとって、周りの大人達は何を考えているか判らず、とても遠い存在のように感じていたが、自分ももうすぐその仲間にならなければいけない事も知っていた。
だけど一番身近な大人である担任教師は、体育祭では誰よりも熱くなり一緒に涙を流して喜ぶ子供のような人で、俺達はそんな先生に頼りになる友達のような、手のかかる兄のような感情を抱き、毎日飽きもせずに先生をからかって遊んでいた。




「光太郎、今日こそちゃんと補習受けろよ。」
どんなに俺達が親近感を持ってもやっぱり先生は先生な訳で、中々補習に参加しない俺に痺れを切らしてHRが終わると逃げ出す俺をいつも追い回していた。
「俺、今レギュラーになれるかもしれない大事な時期なんだよ、たのむっ見逃して。」
たいして強くも無い野球部でも、レギュラーになれるか補欠で終わるかでこの先の人生が大きく変わるような錯覚をしていた俺はとにかく必死に毎日練習に参加していた。
涙ぐんで両手を合わせて頭を下げる俺を見て、先生は呆れたように笑って持っていた教本で俺の頭をコツンと叩く。

「留年したら部活どころじゃ無いだろ?ちゃんと補習に出ないと先生泣いちゃうぞ。」

およそ教師らしくない台詞で俺はあっさり捕まってしまった。
部活で賑わう声を聞きながら誰もいない教室で問題集を必死に解いていると、俺を教室に閉じ込めた張本人がやってきた。
「おうっ光太郎、頑張っとるかね。」

「せんせーい……俺もう腹減って死にそう……。」
育ち盛りの身体はキツイ運動には耐えられても、頭を使うにはかなりの栄養が必要だ。
まだ問題の半分も消化してないのに俺は机に寝そべって泣き言を並べる。
「しょーがねーなー、光太郎ちょっと口開けろ。」
全くやる気の無い俺に、先生は内緒だぞと笑ってポケットからチョコレートを一粒取り出す。
先馬鹿正直に口を開けている俺にデコピンをかまし、俺にくれるはずのチョコレートを自らの口に放りこんだ。

「歯の裏、ヤニがついてるぞ。」

「きったねぇな、騙したのかよ。」

「覚とけ、大人はズルイんだぞ。」

「あーっ、腹減ったよーっ。」
誤魔化す気力も湧かず、俺は足をバタバタさせて駄々をこねる。
「お前、運動部だろ? タバコは程々にしろよ。」
先生は笑いながら、不貞腐れて上を向いた俺の口の中へチョコレートを放りこんだ。

「先生、彼女いるの?」

「この問題が最後まで出来たら答えましょう。」
すっかり集中力が切れてしまった俺は、雑談でなんとか補習を切り抜ける作戦に出るが、何年もこんな生徒を相手にしている先生に敵うはずも無い。
俺は何とか先生を見返したくて無い頭を絞って問題集と格闘する。
結局は手の平で転がされてるだけなのに。

「何だよ光太郎、やればデキんじゃん。」
その場で採点をしながら、先生は頭から煙が出そうなにへばっている俺を下敷きで扇いで「やっぱ俺の教え方が良いからだな」と満足気な表情を浮かべる。

「今度先生の家に遊びに行っていい? 問題頑張ったんだからいいだろ。」
さっきの質問をはぐらかして答えようとしない先生を非難するように、俺は話題を変えてかなり強引に詰め寄る。
最後まで渋っていたが、結局は押し切られる形で、先生は次の休みに二人だけで遊ぶ事を約束してくれた。



先生の家は俺の部屋とそんなに変わらず、ゲーム機や漫画本なんかが散らばっていた。
学校にいる時と違って私服姿の先生はどこにでもいる兄ちゃんに見える。
最初は二人してひたすらゲームに熱中していたが、暗くなる頃には飽きてきて夕食代わりに御馳走してくれた出前のピザを食いながら、下らない馬鹿話で盛りあがった。


「先生はセックスした事ありますか?」
童貞じゃない事くらい判っているが、どうしても皆が知らない先生を知りたくなって多少くだけた質問をしてみる。
「お前さぁ、俺の事いくつだと思ってるんだよ。」
先生は馬鹿な弟を可愛がる兄のように俺の頬をパシパシ叩いて眉を吊り上げた。

「毎日そんな事ばっか考えてんだろ?」

「だって俺した事ねーし。」
確信をつかれて真っ赤になった俺の頬を先生の指がそっと撫でる。

「してみるか?」

予想もつかない先生の言葉に心臓が跳ね上がり、見つめる事しか出来ない俺を抱き寄せて大人がするような甘いキスをした。
「せんせぇー…好きです。」
先生が大人だという事を思い知らされた俺は見つめる事すら出来なくなり、恥かしくて俯いたまま小さな声で告白をする。
「家に電話して来いよ。」
俺の頭をポンと優しく叩いた先生の手は大きくて暖かかった。


シャワーを浴びた後、少し寒い部屋を通りぬけてベットに潜り込んだ。
緊張して思うように動けない俺を暖めるように、先生は俺の震える身体に指や舌を這わせていく。
声が出ないように歯を食いしばっていると先生の舌が唇を割って俺の緊張を溶かした。
全身に先生の体温を感じ、中心を包む感触に追い詰められ、俺はあっけなく先生の手の中で果ててしまった。

「入れたいか?」
一度出して少し落着いてから先生の身体を見ると、俺とは少し形の違う中心から透明な液体が溢れている。
ゴクリと喉を鳴らして頷くと、俺は傷つけてしまわないようにゆっくりと体温より少し熱い先生の中を広げながら、硬くなった中心を口に含んだ。
俺の指の動きに合わせて声を漏らす先生は全く別の生き物みたいに見える。
その姿が俺を掻き立て震わせた。
先生の中に入ると無我夢中で身体ごとぶつかって一度目と変わらないくらい短時間で終わり、多少の気まずさもあったが、それでも中に入っている時に先生が出してくれた事に感動していた。




目が覚めた時、先生は窓の外に向かってタバコを吸っていた。
裸のままベットから出て後ろから先生を抱き締めると、二月の冷たい風が肌に突き刺さる。
「もう、ここには来るなよ。」
先生は俺が目を覚ました事に気付いて窓を閉めると、終わりを告げる言葉をタバコの煙と共に吐き出した。

この部屋に来た時から気付いていた。

洗面所にある二本並んだ歯ブラシ、枕に残った先生とは違う甘いコロンの香り。
散らかっているが丁寧に掃除の行き届いた部屋。
俺は涙を堪えて聞きたくは無い最後の言葉を聞いた。


「もうすぐ結婚するんだ。」


覚悟していたはずなのに身体中が震えて涙が零れた。


「忘れるなよ、大人はズルイんだ……。」
先生はわざと突き放すように俺の頭をクシャっと撫でてからタバコの火を灰皿に押し付けた。

「最後にもう一回だけキスして下さい。」
俺は泣きながら先生にしがみついて体を揺さぶった、みっとも無くてもそれしか出来なかった。
先生は少し困った顔をして何か言いかけたけど、諦めたように溜息をつくと俺の頬を両手で包んで唇を近付ける。
微かに触れた唇に噛みついて俺は先生の部屋から逃げ出した。


部屋を飛び出す瞬間、「俺も好きだったよ」と言った先生の声が聞こえた気がした。



それから暫くして先生は結婚式を挙げた。
相変わらず大人だか子供なんだか判らない人だったけど、進路を控えて必死にもがいてる俺達と一緒になって泣いたり笑ったりしてくれた。
俺はといえば結局レギュラーにはなれず、卒業までの一年間皆と一緒になって精一杯はしゃいで毎日を過ごした。

大学二年の春にやっと恋人ができた俺は、不器用ながらも愛し合う事を覚え、幸せな日々を過ごしている。
ひとつ年下の彼は俺なんかには勿体無いくらいのいい男だ。
だけど時々先生と過ごした何でも無い日々を思い出すと、やっぱり胸が締めつけられた。
恋と呼ぶには少し苦いけど、あの日の出来事は初めての甘い記憶となって、今でも胸の中の小さな箱に閉じ込められている。


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バレンタインデーなので、甘くて苦いお話をと思い書いた短編です。
先生は「こんな先生がいたらなぁ」と高校生くらいの時に思っていたイメージで、書きながら昔の事を思い出したりして懐かしい気分になりました。