嫉妬心 P1



変な嫉妬とかはしない。

あの時のこの言葉は本当にそう思ったから言ったのだし、今までの経験から本当に嫉妬なんてしないだろうと信じていた。
昔からそういう感情に疎い性格だったから。

今までだって平気だったのだから、今回だって、父さんと竹本さんが何をしてたってきっと平気……


「うわっ。雨…。」
会社からの帰り道。
恭平が通りを歩いていたら、急に勢いよく雨が降ってきた。
春先には珍しい、夕立だ。

お昼時はぽかぽかに晴れていたので、恭平には傘の準備が無かった。
できるだけ急いで通りを抜け、一件のパン屋の前で雨宿りをしながら止むのを待った。
春先のこの季節、雨が降ると一気に気温が下がって肌寒く感じる。
右足がうまく動かない恭平は駆け足をしてもたかが知れているので、夕立が通り過ぎるのを待つしかなかった。

会社を出てから5分もたっていなかったので、出る前に傘を借りておけばよかったと後悔する。
ぼんやりとパン屋の前で立っていたら、目の前の車道に一台の車が停車した。
助手席の窓が開いて、奥の運転席から顔を出した男がいた。

孝平の第一秘書、竹本伸彦だ。

「恭平くん。お帰りですか?」
恭平は突然声をかけられてドキリとした。
「あっ、はい。先に上がらせてもらいました。」
「この雨ですし、ついでですから家までお送りしましょう。乗ってください。」
「え…。」
恭平は軽く身構えて、どうしようか躊躇した。
謝ってもらったとはいえ、得体の知れない薬を飲まされた時のことが脳裏をよぎる。
またおかしなことをされたら…。

「…何もしませんよ恭平くん…参りましたね。」
竹本は困ったような顔をして、どう言えばもう一度信じてもらえるか考えた。
彼はパーキングに設定して運転席を降り、折り畳みの傘を開いて恭平の立つパン屋の前に歩み寄った。

「この前のことは謝ります。言い訳のしようがありませんし…嫉妬からとはいえ社長の息子の貴方をひどい目に…本当に申し訳ありません。」
「あっ…。ご、ごめんなさい。もう気にしてませんから。」
竹本に頭を下げられて、逆に焦った恭平は慌てて手を左右に振った。
相手を気遣うあまり心にもないことを言う恭平に、竹本は口をつぐんだ。
その優しさが、いつか彼の身に災いをもたらすような気がしてならない。

「あまり優しいことばかりをおっしゃっていると、取り返しがつかないことが起こるかもしれませんよ。」
「…え?」
「私に同情などなさらなくてよいと言っているのです。私は貴方が考えているほど…イイ人ではありませんから。」
そう言った竹本の表情はどこか寂しそうであると恭平は感じた。

「しかし貴方の気持ちもわかります。車にお乗りにならないのなら…どうぞ、これを。」
竹本は自分がさしていた傘を恭平の手に握らせた。
「差し上げます。お気をつけてお帰りください。」
「…すみません。」
恭平は頷くしかない。
竹本はそのまま駆け足で車に戻り、最後に恭平に向けて会釈をしてから窓を閉め走り去った。
残された恭平はそれを見送り、受け取った傘を見上げる。
竹本の心の色を表すような灰色の傘だった。
「…お礼言うの忘れたな…。」
恭平は小さく呟いて、その傘をさして再び通りを歩き始めた。


スーパーへ寄って帰宅し、濡れた服を脱いでシャワーを浴びた。
昨夜の情事の赤い跡が鏡の上で白い肌に映える。
このところ毎日のように抱かれているから、しばらくずっと残ったままだ。
しかも孝平は自分が疲れると恭平の身体の一部を執拗に弄って楽しむので、恭平の体力の消耗は孝平よりもずっと激しかった。
否が応でも睡眠不足に悩まされるのに、孝平を前にすると求めてしまう自分がいる。
逆に、求められると逆らえない。

孝平がいくら気を使ってくれても腰に痛みが残るのはどうしようもないことだから、恭平は諦めてじっとしていることが多かった。
今もシャンプーを取るために少し屈んだだけで、股の内側に軽く痛みが走った。
「…つう。」
呻いて、極力ゆっくりとした動作でシャンプーを手に取る。
さすがに今日は孝平も疲れているだろうから、ゆっくり眠れるだろう。

そう考えた恭平をあざ笑うかのように、この日も、孝平の欲は満たされていなかったようだ。
家全体が寝静まった夜中の時間帯に、孝平は恭平の元へやってきた。
半分眠っていた恭平は布団の中に違和感を感じ、目を開ける。

「ん…何…。」
「恭平、まだ寝るのには早くないか?」
「…父さん?」
暗闇でうっすらと見えたのは父の顔。
もそもそと布団の中に忍び入り、彼は恭平のパジャマの中に指を這わせた。
恭平が呻いて、のしかかってくる体をどかそうとした。

「父さん…もう、寝た方がいいよ…。」
「ああ、そうだな。」
「…んぁっ。」
頷いておきながら、孝平の二本の腕は布団の中で器用に動いて次々とパジャマのボタンを外していく。
肌蹴た箇所に突然孝平の唇を感じ、恭平が小さく息を吐いた。

「…だめ…。」
「黙って。」
恭平の弱々しい拒絶の言葉は、孝平の中に消えた。
首筋を這っていた孝平の舌が肌の上を滑り、知り尽くした恭平の身体の中の性感帯を、押し付けるように舐め取った。
「あ、ぁ…。」
すぐに熱い吐息が漏れて、恭平の抵抗の力が弱まる。

どうしてこんなにも、体の自由がきかなくなるのだろう。


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