5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P1



高校2年ももう終わり。
3年の卒業式で答辞を読んだ片足の不自由ななんとかって先輩の喋り方がなかなかよかった。

成績をもらったら春休みがやってきて、毎年のことだけどなんやかんやでたくさんある宿題に追われていたある日。
17歳の杉野拓巳は川辺に咲いた桜の木の下で、ぼんやりと寝転んでいた。
手を頭の後ろで組んで空を見上げている杉野の横には、広げられた数学の教科書が風に吹かれてペラペラとページが舞っている。
見上げた桜の薄い桃色が青い空によく映えていた。

今度の奴ともうまくいかなかった。
自分には純粋に人を愛する能力がないのかもしれない、なんて本気で考えてみる。
付き合った人の数はピカ一だが、どれもこれも長続きしない。
ふと冷静になると、相手の気持ちよりも冷めている自分に気付く。

「拓巳は俺のこと本当に好き?」
そう聞かれた記憶は一度や二度ではなく、いつも笑って誤魔化してきた。
「何言ってんの?好きじゃない奴とキスできるわけないじゃん。」
とかなんとか。

突然、ぶわっと風が吹いた。
地面から上空へ吹き抜けるような風で、数学の教科書とシャーペンが飛ばされて坂を転がり落ちた。
「うわっ。最悪。」
がばりと起き上がって、慌てて飛ばされたものを取りに行った。
寝転がっていたせいで杉野の制服の背中についた草が桜の花びらと共に宙に舞う。

流れる勢いのゆるやかなその川の水に落ちる手前で、教科書が開いたまま落ちていた。
それを拾いあげ、溜息をつきながら教科書についた汚れをはたく。
午前中に学校へ寄ってから昼を過ぎてもずっとここでぼんやりしていたので、そろそろ腹が減ってきた。
「帰ろ…。」
呟いた。


杉野は帰り道に偶然クラスメイトに出会った。
まだ3年の手前だというのにもう今から塾に通っているらしい。
「拓巳はいいよなぁ、俺らと同じように遊んでるのに、頭いいからさ。」
「別によくねぇよ。テスト前に詰め込んでるだけだし。塾って大変?」
「それなりに。ってか勉強しないで大学に行ける手はないものか。」
「それって大学行く意味あんのぉ?」
二人して笑いながら駅前の裏通りへと入った。

彼が言う。
「そいや、俺らのクラスの河原崎っているじゃん。」
「ああ。カワちゃんね。」
「…なに、お前仲いいの?」
「いや。でも1年の時クラス一緒だった。」
河原崎正太郎は眼鏡をかけていてちょっと太り気味の、あんまり目立たない男子。
騒ぎ好きの杉野の友達とは似ても似つかない性格そうだったから、杉野もあまり話したことはない。
頭がいい。
それくらいの印象しかなかった。

「河原崎ね、俺の行く塾にいるんだけど、先生らの中でも東大確実って言われてるらしいぜ。」
「へぇー。すげぇ。」
「俺らまだ2年だぜ?なんかムカツクよ!」
「カワちゃんは悪くないだろうに。」
「河原崎じゃなくて塾の先生たちがムカツクんだよっ。」
「ああ、そゆこと。」
会話をしながら目線を移したその先に、河原崎の姿を捕らえたのはその直後だった。
「あっ、噂のカワちゃん。」
「えっ?」
杉野の指差した方向に慌てて視線を送り、杉野の友人は顔をしかめた。

「…なんか中学生に絡まれてるぞ…?」

言われてみると確かに。
細い路地の向こう側で、三人の学ランを着た中学生くらいの男たちに囲まれて河原崎がオロオロしている。
どうやら金をせびられているような感じだ。

「あー…気の毒。掴まっちゃったんだなぁー。」
横で呟いた友人に、杉野も黙ったまま頷いた。
ああいうのには関わらない方が吉だ。
「そこのゲーセンの店員にでも知らせてやるか。見ちゃったからにはちょっとは助けてやらないと。」
そう言って二人でゲームセンターへと入ろうとした、その時。

杉野の後ろを、二人の中学生が通り過ぎた。
彼らはまっすぐに河原崎のいる方へ歩いて行く。

「おい、てめぇら。」
片方が声をかけた。
河原崎に絡んでいた三人が同時に二人の方を振り返り、彼らが会話を始めた。
先にゲーセンへ入ってしまった友人をひとまず放っておき、杉野は成り行きを見ていた。

「俺らの先輩だって、知っててお世話してくれてるってわけ?」
「いい度胸じゃん。」
二人の方が体格は小さいのに、迫力だけは負けていなかった。
当の河原崎はキョトンとしている。
杉野はパッとゲーセンの中に入り込み、路地の反対側の出口から出て裏へ出た。
さっきとは反対の、河原崎と三人の後ろへ回ったことになる。
こちらからだと後からきた二人の顔が見えた。
一人は見るからにルックスがよくて喧嘩も強そうで、腕白小僧がそのまま大人になった感じの少年。
もう一人は無表情に佇んで、まだまだ発展途上の幼さの残る顔立ちだった。

2、3語話した後、緊張が一気に高まり突然5人が一緒になって乱闘を始めた。
驚いて腰を抜かしかけた河原崎を背後から引っ張って、杉野はゲーセンの中に潜り込んだ。

「えっ、あっ。…杉野くん。」
「しぃっ。逃げるぞ。」
「え、あ…」
オロオロとした河原崎を無理矢理立たせ、杉野は表からゲームセンターを出た。
杉野の友人のタレ込みで店員たちが動きだし、その隙に三人で逃げ出した。

中学生総勢5人には申し訳ないが、警察に捕まってもらおう。


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