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◇男に襲われた聡平くんを良平くんが助ける、頭を打って聡平記憶喪失…良平くんとのキスで元通り
外は雨が降っていた。
ピリリリリ……
比較的高い音で電話が鳴った。受話器に恭平が手を伸ばす。
「はい、もしもし。」
二度頷いて、窓の外に目をやった。雨の度合いを確認しているらしい。
それから二言三言、言葉を交わして受話器をおいた。
階段の下から二階を見上げる。
「りょーお。今、いい?」
あぁー?と面倒臭そうな声と、ガタゴトとした物音が聞こえた。間を置いて、良平がドアを開けて顔を覗かせた。
「何?」
「聡平が、もうすぐ駅に着くみたいなんだけど、傘がないんだって。迎えに行ってあげてくれない?」
「はぁ?走って帰ればいいじゃん。」
「俺がそう言ったの。行ってあげてくれよ。頼むよ。」
彼に言われると何故だか断れない。さして優先させる用事というのも特にないし。
良平は渋々、上着を羽織って階段を降りた。
足の悪い兄に行かせるよりは、自分が行った方が幾分かマシである。
「ったく。ついでにコンビニ寄ってくるからな。」
「ありがとう。」
恭平は礼を述べ、小さく微笑んだ。
傘を2つ持ち、1つはさして、良平は家を出た。
水たまりを避け、駆け足で裏道を行く。
その後ろ姿をたまたま目撃した人影が、途中からついてきた。
良平は気付かない。
やがて駅の改札で聡平を見つけた。
「よお。」
聡平は、無限にある水滴を落とし続ける暗い空を見上げていた。
良平の声に振り返る。
「あれぇ?…あっ、そういうことか。」
「何が?」
「兄貴が、傘持ってくから待ってろなんて言うから。変だと思ったんだよな。」
「なんだよ…悪かったなっ俺でっ。」
「何言ってんだ、お前で良かったよ。ありがと。」
聡平は良平から傘を受け取った。
同じ色のビニール傘だ。
「コンビニ寄るぞ、遠回りだけど。」
「ああ、付き合いますよ。すいませんネ。」
「うん。」
わかればいい、と言うように良平は先にきびすを返して歩き出した。聡平も、傘を開いて後に続く。
5分も歩かないうちに最寄りのコンビニへたどり着いた。
「何買うの?」
「ペットボトルと雑誌。」
「すぐ終わる?」
「うん。」
「じゃ外にいる。」
聡平はそう言って良平から傘を預かった。備え付きの駐車場の隅に立つ。
辺りは薄暗くなってきていた。
雨は変わらず降り続く。
聡平は再び空を見上げた。
これはまだ降り続きそうだ……。
その時、聡平の背後に近付く人物がいた。良平の後をつけてここまでついてきたらしい。
彼は聡平の背中に声をかけた。
「佐久間くん、久しぶり。」
聡平が振り返る。彼の記憶には心当たりのない顔がそこにはあった。
肩まで伸びた髪に、猫背気味の男。赤い帽子が印象的だった。背はあまり高くない。
「…誰?」
「忘れちゃったの?無理もないかな、一度会っただけだから。」
彼はボソボソと喋るので聞き取りづらい。
一度会った、というだけなら思い出せない人物がいるのも不思議ではない。
聡平は記憶を辿った。
サッカーの相手、合コン仲間、バイト先の……
「ライブハウスで君のこと見てたよ。」
…ライブハウス?
「歌は練習すればもっと上手くなる。うちでやらないかって、言ったよね。考えてくれた?」
聡平は理解した。
彼は自分のことを良平と勘違いしている。
一度会ったきりならば、そっくりな容姿に見間違うことも仕方がない…。
聡平は冷静に考えて、一歩下がった。
「人違いされてますよ。おれは良平じゃない。」
「まさか。間違えるわけない。俺は一度聞いた声は忘れないんだ。」
男の語調が一瞬強張った。
「同じ声なだけです。人違いだ。」
「では君は誰だと言うんだ。」
「兄弟です。良平は……」
聡平はコンビニを指差した。中を覗き見るために男から目を離す。
「あそこに。」
「いい加減にしろ!君は佐久間良平だ。間違えるはずがない!」
男が突然背を伸ばし、聡平に近付いてきた。予想外に、実際は背が高い。
聡平はギクッと身を固めてしまった。男と、自ら持っていた傘が周囲の光を遮って、一瞬真っ暗になった。
「うわぁっ?!」
その瞬間、店の中から良平が出てきた。
立っているはずの聡平がいないことに首を傾げ、あたりを見渡す。
物音と悲鳴を同時に聞きつけ、それが何だか認識するより速い動きで駐車場の奥へ走った。
顔にあたる冷たい雨も気にならないほど、自然に集中力が高まる。
揉み合う人影に突っ込み、見知らぬ男の肩を掴んだ。
「っのやろ!」
「…っ良平!だめだよ!」
聡平の傘が飛んだ。
すがるように良平の腕を掴んだが、一足遅かった。
バキィッ!!
良平の振りかぶった拳は理想的な軌道を描いて男の左頬へ入った。
男が地面へ倒れて数センチ滑る。
その反動で、聡平は男と反対側に尻餅をついた。
勢いよく背中からアスファルトに叩きつけられた気分だ。
良平は誰かを殴り飛ばした右手を見て、ハッと息を止めた。
「…っあ!思わず殴っちまった!」
あわわわ、と手をぷらぷら振って、男に駆け寄る。
「だ、大丈夫っすかー?」
遠慮がちに声をかけるが返事はない。
時、既に遅し。
「あ〜しまった。やっべー。店の人見てたかなぁ、聡平。」
ウロウロと怪しい動きで店の中を覗きこむ。
幸い、こちらを気にしている様子はない。
ほっとして、良平は振り向いた。男と反対側に聡平も倒れている。
「聡?…大丈夫?」
呼ぶと、聡平が肘をついて起き上がった。頭と背中を押さえて、痛みに顔を歪めていた。
「…ってー…。」
「早く立てよ。逃げるぜ。」
良平は駆け寄って聡平手荷物を掴み、傘を拾った。聡平は頭を抑えたまま膝を抱えた。
「何、やってんだよ。面倒だろ、いろいろと!」
もめ事はごめんだ、と呟いて良平は聡平の腕を掴んだ。
無理矢理立たせると、聡平は良平の手を振り払った。
「痛いっ」
「…あ〜?」
少々びっくりし、良平は聡平の顔をのぞき込んだ。
聡平は頭のあちこちを押さえて、瞳をさまよわせた。
「あれ…?俺、何か大事なことを忘れてる気がする。」
「はぁ?」
「この人…誰だっけ?」
聡平は地面に倒れた男を指差した。
「しらねぇよ。お前が変な声で叫ぶから、なぐっ……いや、ひっぺがしただけだよ。」
さりげなく誤魔化してみた。
聡平ならすかさずツッコミを入れるだろうと見越していたが、彼は何も言わなかった。
黙って男を見下ろし、やがてゆっくりと、良平を見上げた。
傘を差し、自分の荷物を持ってくれている。
不可解そうな瞳には温もりがあった。
「じゃあ…あなたは誰?」
「は?さっきから何言ってんの。打ち所悪かったのか?」
「そうかも。頭が痛い。」
「…いや、そうかも、って……。冗談はいい加減にしろよ。笑えねぇぞ。」
元より聡平は冗談そのものを言う性格ではあまりないが。
良平は呆れたようにため息を付き、聡平に傘を押し付けた。
「ほら、行くぞ。」
ちくしょー濡れたじゃねぇか、とぼやいて先を行く。
駐車場を抜けて、角を曲がる。
「だいたい、知らない男とまともに会話するんじゃねぇよ。何されっか知れないぞ。」
それ良平だけだろ。
今にも正しいが憎たらしい反論が返ってくる気がして、良平は振り向いた。
「俺に限っ……あれ?」
いない。
慌てて戻ると、駐車場に佇んだままの聡平が目に入った。
よくわからないが思い通りにならないことにムカムカした良平は、走って行って彼の腕を引いた。
引きずるように帰り道を歩く。
「いたた…痛いよ。離してよ。」
「うっせぇ!帰るぞっ!」
「どこに?」
「家だよ!」
「家ってどこ?」
「はぁ?!お前、自分ちの場所も忘れたとか言うの?!」
「違うよ…俺んちはわかるよ。ここまっすぐ言って右だ。」
「…わかってんじゃねぇかよ。」
聡平の真剣な表情に、良平もだんだん理解してきた。
冗談やギャグを言ってるわけじゃない。
何かが混乱しているんだ。
何かが記憶から欠落してしまっている。
それは何か。
「あんたの家は…どこ?」
こともあろうにそれは、
自分と同じ遺伝子を持った片割れの存在そのもののようだ。
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