プルルルル…
内線が鳴る。
孝平はまるで今からそれが鳴るのだとわかっていたかのような素早さで受話器を取り上げた。
「はい、私だ。」
『峰山です。加藤が恭平くんを車に乗せたって。バイクに乗っていた相手の方の怪我は酷かったようですが、恭平くん自身は元気だそうですよ。』
峰山の声も何やら呑気そうに聞こえる。
相手が気楽そうに見えるのは孝平自身が焦り過ぎている所為だと、この時の孝平はやはり気付かない。
現状を客観的に判断できなくなっていた。
峰山は孝平にとって呑気に聞こえる声のまま、続けた。
『とりあえず自宅に向かわせたけど、それで良かったですか。』
「ああ、構わない。どうもありがとう。加藤くん、だったか…彼にも礼を。」
『伝えます。』
孝平は頷いて、受話器を置こうとした。
今すぐ家に帰ろう。そうすれば恭平の帰宅に間に合う。
すると受話口から峰山の声が、続けて聞こえてきた。
『…社長、』
「うん?」
『恭平くんが、今日の夕飯はすきやきだと、伝えてくれと。』
「………は?」
一瞬で頭の中がリセットされた。
頭の中をぐちゃぐちゃと掻き回していた熱が、すうっと冷めていく。
状況を整理する。
バイクと接触しかけて怪我をした恭平。
その彼が言ったスキヤキという単語を冷静に分析している自分に、やっと気付いた。
「…すきやき?どういうことだ。」
『心配するなってことじゃないでしょうかね。それとも早く帰って来て欲しいってことかな。』
「さあ…よくわからないんだが。」
『どちらにせよ、彼にとっては自分の怪我の話題より今晩の夕食の方が気になるというわけだ。つまり、やっぱり心配することはないって言いたいんでしょうね。』
それじゃ、と言って峰山は孝平より先に電話を切った。
孝平はしばし呆然とする。
恭平からの伝言で、孝平はすっかり平静を取り戻した。
数分前まで取り乱していた自分が脳裏で再生される。
するとふつと笑みがこみ上げた。
あれは誰だったのだろう。
まるで自分ではないような気分にさえなる。
孝平は今の今まで格闘していたペンと書類に目を落とす。
そこに何が記されていて、これから何を書こうとしていたのか、皆目思い出せない。
文字列の向こうに、孝平は目を細めた。
…恭平。
彼でなければ、これほど混乱するものか。
父がこれほど取り乱しているだろうことを、恭平が予想できたはずはない。何故なら彼は孝平のことを、どうやら仕事第一人間だと信じて疑っていないようだから。
…それはある意味、ある程度の範囲内で真実なのだが。
それに反することもあるのだと、わかっていない。
もちろん孝平本人ですら自身に驚くことが多いことを誰も知らない。
今すぐ目の前で元気な笑顔を見たい。
今すぐ抱き締めてやりたい。
心配したんだと伝えたい。
孝平は物憂げな表情でため息をつき、窓の外の空を見上げた。
厚い雲が遥か向こうに見える。
30分後、孝平は再び受話器を上げた。
番号を途中まで押し、手を止める。
先ほどの書類は当に書き終え、竹本に渡してきた。
しばらく考え、受話器を戻す。
脇に置いてあった通勤用バッグから携帯電話を取り出して、孝平は仮眠室へ入った。
番号を探し、通話ボタンを押す。
耳元でコールが鳴る。
1回。
2回。
3回…4回。
出ないか。
そう思って諦めかけた時、ブツンと何かが切れるようないやな音がする。
しかし孝平はその次に聞こえるだろう音に耳を澄ませた。
思わず眉間に皺が寄る。
『あ、もしもし。父さん?』
愛しいくらい柔らかい声が、耳の奥に聞こえた。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
横断歩道を渡っていたら、バイクが突っ込んできて、お互い避けようとして転びました。歩行者の恭平くんは膝に怪我をした程度だったのですが、バイクで転んだ運転手の方は両太ももあたりからダラダラ血を流してました…でもその人すっごいイイ人で。むっちゃ謝ってくれました。そんなお話を、恭平くんは孝平さんに夕飯後にします(笑)長くなりそうだったのでそこまで書けませんでした。。。
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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