家出 P14
夕飯を食べた後、恭平は早めに自分の部屋に入った。
彼が歩くためには杉野に運んでもらうのが手っ取り早いからだった。
杉野は明日のために、もう帰るという。
部屋まで来て恭平がベッドに下ろされた時、ついてきた良平が扉の鍵を閉めた。
部屋には三人きりになった。
「…良平?どうしたの。」
恭平は、良平の暗い顔に疑問を持った。
「兄貴。聞きたいこと、あんだ。」
「…なあに?」
良平は少し躊躇うように視線を泳がせた。
一旦杉野を見てから、再び恭平を見つめる。
「兄貴さ…。叔父さんと、何かあった?」
「…え。」
恭平が絶句した。今まで明るかった表情から一気に血の気が引いていく。
明らかに動揺してる。
良平は、悪い予感が当たったと思った。
「嫌なこと、されたろ。」
「…な、何、言って…。」
「直接言うと、……襲われたろ。」
「…っ。」
恭平は必死に否定しようと言葉を探したが、うまく出てこない。
どうして、良平が、そんなこと聞くの?
「兄貴。」
良平が近づいてきた。
恭平はどうしていいかわからず、手で額を擦るようにして目を伏せた。
「恭平さん。落ち着いて。良平の話を落ち着いて聞いてください。」
杉野が声を掛けながら、恭平の背中をさすった。
良平が、恭平のすぐ側まで来て、ベッドに腰掛けた。
「兄貴は、俺と杉野のこと知ってるだろ。俺達、付き合ってる。」
「…うん。一応は、知ってるつもり。」
恭平は頷いた。
「だからさ、わかるんだよ、なんとなく。叔父さんの目付きとかでさ。なんとなく。」
「…!」
恭平の顔がみるみるうちに赤くのぼせていくのがわかる。
杉野は彼の背を摩るのをやめなかった。
「ね、兄貴。正直に言って。」
「…。」
「嫌なこと…つまり、セックスとか。強要された?」
恭平の目から涙が零れた。
我慢していたものが、一気に噴出してきたような気がする。
良平は、そんな兄をいたわるようにして顔を抱きしめた。
恭平はその中で声を殺して泣いていた。
怒ることもなければ、泣くこともなくて。
いつも家族に元気を与えていた兄が、こんなに追い詰められているなんて。
知らなかった。
良平は軽く舌打ちして抱きしめる腕に力を込めた。
「兄貴。大丈夫。俺、守ってやるよ。」
良平が優しく言う。
「俺が守ってやるよ。もう、叔父さんに嫌なことされないように、守ってやるよ。」
恭平は、涙を止めた。
良平があまりに必死に言ってくれるものだから、それがすごく愛しかった。
「ありがと…。良平。」
「ごめんな。思い出させて。」
良平は腕を放すと恭平を見つめた。
恭平は、涙で濡れた頬を拭うと、杉野に改めて礼を言った。
「杉野くん。ごめん。みっともないとこ見せた。」
「いいですよ、困った時は助けます。これからも頼ってください。」
そう言って杉野は笑っていた。
良平も優しく笑っている。
世の中には、いい人がたくさんいるものだと、恭平は素直に喜ぶことにした。
「実はさ、孝平叔父さん、俺のこともそういう目で見たことあるんだよね。」
「えっ?」
「え゛!」
恭平よりも、杉野が驚いて顔を歪めた。
「いや、何もなかったよ。聡平になにかあっちゃならんと思って、そっちばっかりに集中してた。」
聡平には確実にそういう経験がない。
良平と同じ顔をしているのに、男に言い寄られるのは何故か良平ばかりだ。
「これからは要注意だな。少なくとも、兄貴のいるこの家には上げちゃ駄目だ。」
「…でも、そんなことできるか?親戚だよ。」
「甘いな兄貴は。そんなこと言ってたら、また嫌な思いするぞ。」
「明美みたいに、その夜だけどこか行くとか…。」
「馬鹿。兄貴の居場所は、ココだろ。ココは、母さんが守ってた。今は兄貴が守ってる。」
「…。」
「それだから、みんな馬鹿できるんだよ。明美も、俺も。…聡平はちゃんとしてるけど。」
恭平は、胸が苦しかった。
良平の言葉にこんなに励まされることがあろうとは。
また涙が零れそうだった。
「いいな。だから、兄貴は逃げる必要ないよ。それに…」
「それに、追う側っていうのは、逃げられると燃えちゃうんすよ。恭平さん。」
杉野が口を挟んだ。
良平がピクリと眉間に皺を寄せる。
「お前と一緒にすんなよ。」
「何言ってるの。世の中一般の話ですよぉ。」
「わざとらしい!」
「くすくす」
恭平が笑った。
良平はきっと、逃げてるうちに捕まって、そのまま虜にされてしまったのだろう。
恭平の笑顔を見て一応安心したのか、良平と杉野は立ち上がった。
「それじゃ恭平さん。俺は帰ります。」
「あ…はい。また、遊びに来て。…待ってるから。」
「はい来ます。」
これで、良平と家族になるための最強の味方ができたと、杉野は一人ほくそえんだ。
良平が杉野の腰辺りを蹴飛ばす。
「ってぇ!何すんだよ!」
「今変なこと考えたろ!」
「何がだよ!変なことって…例えば?」
「いいよ!早く帰れオタンコナス!」
「こ、こら良平。」
恭平は一応声を掛けてみたものの、止める気はないように苦笑している。
ドタバタしながらも、杉野は帰って行った。
杉野を見送った後、良平はもう一度恭平の部屋をのぞいて、電気を消した。
「おやすみ、兄貴。」
「ああ。おやすみ。」
今夜は、なんだかよく眠れそうだ。