家出 P13



車に乗り込んで、沖田と勘太郎に別れを告げてから恭平はやっと自分の家に帰ってきた。
昨日からまだ半日くらいの時間しか過ぎていないのに、恭平はとても長い間留守にしていたような気がした。

一晩泣き明かしたようにヒドイ顔をした明美が一番に出迎えてくれたが、恭平の顔を見るなりまた泣き出した。力いっぱい抱きしめてくる。
泣きじゃくる妹を見て、恭平も抱き返してやった。

熱のあった聡平は、体がだるそうではあったが起きていて、兄を迎えた。
良平も、やっと安心したように微笑んでいた。

後で聞いた話によると、杉野はこの日、仕事の休みを取ってくれたそうだ。
恭平は、何人もの人に迷惑をかけたことを申し訳なく思った。

不慮の事故とはいえど、今後はこのようなことにならないようにしたいと誓った。


家から父の携帯に電話をかけると、すぐに受話器から声がした。

『もしもし。』
「父さん。俺。帰ってきたよ。」
『…そうか。よかったな。』

言葉自体はそっけないものだが、恭平は確かに、彼の緊張が解けていくのを感じた。
仕事が忙しいのに、心配してくれたんだね、父さん。
恭平は、それだけでも嬉しかった。

『お前のせいで、今回の仕事はミスが多かった。まったく…こんなことは初めてだ。』
「う。ご、ごめん…。」
『帰ったらたっぷりと話を聞くぞ。それまではゆっくりしてなさい。』
「うん。」
『足のほうは大丈夫なのか?ちゃんと治さないと駄目だ。』
「うん。」
『…明日仕事に行く前に、病院に行こう。わかったな。』
「えっ。明日、会社に行かなきゃだめかな?普通に、歩けないんだけど。」
『…。じゃあ、今日の様子で決めよう。早めに帰るよ。』
「うん。わかった。」

孝平は二言三言付け加えると、いそいそと電話を切ってしまった。
恭平は軽く肩をすくめる。

「何、明日仕事来いって?」
良平が杉野とゲームを始めて、テレビ画面から目を離さずに聞いた。
「ああ。」
「相変わらずなのね、あの男。兄さんがいなくなった時に会社から帰ってきたからちょっと見直した所だったのに。やっぱ駄目ね。最低。」
明美が容赦なく切り捨てた。

今晩の夕飯は、明美の手料理だ。
「あ、叔父さんに電話しなくて平気かな?」
明美の言葉に恭平の胸がドキリとした。
…話したくない。

返事をしかねていると、良平が、さっと恭平の手から受話器を奪い取った。
「俺かけとくよ。いいよな?」
「あ、ああ。」

恭平は、助かったと思いながらも動揺を隠し切れずに頷いた。
杉野が動かすキャラクターが、モンスターにやられた効果音が響いた。

明美が杉野の方を向いた。
「杉野先輩も明美の手料理食べてく?ってか、食べて!」
「え?ああ、いいよ。そうしようかな。俺も手伝うよ。」

杉野は、良平からの情報で明美が料理を作るたびに何かと失敗をやらかしているのを知っていたのだが、そんなことは微塵も感じさせずにニッコリと頷いた。
「わ〜い♪やった♪明日クラスのみんなに自慢してやろ〜。」

杉野は、高校ではちょっとした有名人だったのだ。
今でもファンクラブがあるとかないとか。
良平に言わせれば、これだから女はわからないということだ。

「かけたよ。安心したってさ。」
電話をかけに隣の部屋に行っていた良平が戻ってきた。受話器を台に戻す。
「ありがと、良平。」

明美の料理は豪快そのもので、一人暮らしの長い杉野が手伝っていなかったらまたもや塩と砂糖を間違えるくらいのミスをやらかしていただろう。
良平も混ざって三人でやいのやいの騒いでいるのを、恭平は笑いながら眺めていた。

みんなに心配をかけたけど、沖田と勘太郎との出会いは無駄じゃなかったと思う。
足が治ったら、ちゃんと連絡を入れて、会いに行こう。

そうこうしているうちに食卓に料理が並んだ。

「恭平兄さんもだけど、杉野先輩も料理上手なのね!最近の男ってのは料理できなくちゃ!」
「っつ〜か、お前が下手なんだろっ。何回も間違えやがって。」
良平がすかさずツッこむ。
明美の表情が歪んだ。良平が少しだけ、怯む。

「良ちゃん!あんた食べなくていいよ!聡ちゃん呼んできて!!」
「食わなきゃ死ぬだろボケ!」
さすが良平の妹。負けず劣らずの喧嘩腰。
良平もブツブツ文句言いながら、聡平を呼びに二階に上がった。

「…杉野先輩、あんな口悪いのと、よくずっと友達やってるね?」
明美が深い溜息をついて言った。

友達じゃないんだけど…
と、またもや否定したくなるのをそこは堪えて、杉野は言った。

「言ってるだけでしょ。中身までヒドい奴じゃない。明美ちゃんだってわかってるくせに。」

そう、自分でも失敗したと思う料理まで、最後まで食べてくれるのは良ちゃん。
そのせいでお腹壊して、学校三日も休むことになっても。
さんざん文句言った後、でもまた作れよって。
言ってくれたのは良ちゃん。

明美は口を尖らせて黙った。
良平が聡平と一緒に二階から降りてくる足音が聞こえた。


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