後悔 P3



思えば、この体を手に入れた時どんな気持ちだったか。
孝平は疲れて眠る恭平を見つめながら思った。

恭平に話したことはないが、本当は行為に比例する気持ちがあったわけじゃない。
妻の愛のことを柄にもなく本当に愛していたから、彼女を失った悲しみは計り知れなかった。
仕事一筋に生きてきた人生に悔いはないが、それでも彼女にしてやりたいことはもっとたくさんあった。
彼女の幸せは家族にあったが、本当に幸せだったかどうか。

愛を失った時、子供に興味のなかった孝平と、父親に興味のなかった子供達の家族は、誰がどうみても崩壊しようとしていた。
そんな時、不安を抱きながらも必死に家族を繋ぎとめていたのは、長男の恭平だった。
彼はその未熟な体で精一杯母親の代わりをしようとし、そして妻の立場の代わりをしようとした。

毎日の炊事、家事、洗濯から自分の学校での勉強をこなし、陰で母のために涙を流した。
悲しみにくれる弟妹に笑顔を振りまき、尚更仕事一筋になっていく父親の肩を叩いた。

そんな恭平に、孝平が気付いたのは家族中で一番遅かった。
子供達は恭平に全面的になつき、孝平ですら彼に依存していることに気付いた。

そんな恭平の中に、孝平はもう一度だけ、愛の姿を見た。


「う…ん。」
拘束した腕を開放し、何度も強引に交わされた後、眠りについた恭平が孝平の腕の中で小さく呻いた。
孝平の胸に埋めた顔を苦しそうに振って、寝返りを打とうとした。
下半身は繋がったままだったので恭平の内壁が孝平のものを摩り、それと同時に内壁を摩られた衝撃で恭平の体がビクンと震えた。
起きるかと思ったが、よほど深い眠りに落ちているのか再び動かなくなる。

それを黙って見ていた孝平は、静かに彼の額に唇を落とす。
彼の匂いが鼻をかすめて、大きく吸い込んだ。


もしかしたら、恭平が孝平に体を許したのはそれも愛の代わりをしようとしていたのかもしれない。
そうだとしたら、今この腕の中にある恭平が時々魅せる幸せそうな微笑は、偽者なのかもしれない。
喜んで彼の愛撫を受ける姿は、幻なのかもしれない。

孝平は、眠り続ける恭平の目隠しを外し、その顔を見つめた。
愛に似た目と口に、自分に似た鼻と頬。

少なくとも初めはそうだったに違いない。
妻の代わりになれれば、と。


「不憫な奴だな。」
孝平は呟いた。

彼は妻の代わりをしている間は、自分の恋人は作らないだろう。
弟妹の母親代わりなら恋人も作るだろうが、妻の代わりでは無理だ。
恭平がそこまで考えて行動しているかどうかは定かではないが、愛の息子ならばそうであると思う。

恭平の体の自由は家族に縛られ、心の自由は父親に縛られている。
大切な者のため自らその罠に飛び込み、縛られていることに苦を感じないように気持ちをコントロールした。

どう考えても、不憫で可哀想な男だ。


それならば開放してやればいいのだが、孝平はそれが何故かできずにいた。
腕の中で眠るこの男のことをいつまでも見ていたいし、二人きりになると抱きしめずにはいられない。
激しい息遣いの中に快感を表す嬌声を聞きたいし、癖になりそうな細くて弾力のある腰を突き上げたい。
イく時の表情が忘れられない。
眠りから覚めた時に微笑む、その表情が脳から離れない。

他人のために涙を流してほしくはないが、自分のためには泣いてほしい。


一度だけ、女を抱いたことはあるかと聞いたことがある。
恭平は躊躇って、しかしはっきりと、アルと答えた。

「どんな女だ。」
「どんなって…普通の。背は高くなくて…でも、キレイというよりはカワイイ人だった。」
「ほう。愛していたのか。」
「…その時はね。好きだったのだと思う。でもきっと俺以上に彼女が俺を好きだったみたいだった。それを見捨てることができなかっただけなんだ、俺は。」
「…。」
「どうしてそんなこと聞くの?それじゃ…父さんは母さん以外に好きだった人はいたの?」

孝平は、その時一瞬だけ愕然としたのを覚えている。
目の前にいた恭平はサラリと、自分のことを“好きな人”の範疇に含まなかった。
その時は何故愕然としたのかすら考えなかったが、今ならその意味が少しわかる。

体だけの関係とは、こういうことか。


今もあの時のままの気持ちだとしたら、今日、孝平が城山教授との出来事を聞いて恭平に施した目隠しと拘束の本当の意味は彼には伝わっていまい。

まだ、恭平は愛の代わりを演じようとしているのだろうか。


「恭平。」
名前を呼んで前髪を掻き分けてやると、それに反応してか恭平が小さく息を吐いた。

「お前の体が感じるものは、城山からのと私からのと、区別はあるのか?」

恭平は安らかに眠り続けている。


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