外へ P1
寒くなり、雪の混ざったような雨が三日降り続いた後。
久しぶりの太陽が照った。
水滴が光を反射して輝いている。
三日分の洗濯物を一気に処理してしまおうと、恭平はいつもより多くの量を洗っては庭に干していた。
「あ。」
ハンガーにかけた洗濯物をがばっと持った拍子に靴下がぽろりと地面に落ちた。
せっかく洗ったばかりなのに…
見つめる先の地面にふっと影がさす。
その影を作った張本人が屈んで靴下を拾い、恭平を見た。
Yシャツにネクタイをしめて髪の毛も整えた聡平だった。
「ほらよ。」
「あ、ありがと。そこに…」
「手伝うよ。貸して。」
言って恭平から洗濯物を奪うと、聡平は速い足取りで庭へ出た。
恭平も小物の入った籠を持って急いで追いかける。
「バイトの面接は?今日だろ。」
「急げば間に合うよ。兄貴こそ、のんびりやってたら仕事遅刻しちゃうよ。」
「確かに。」
二人で残りの洗濯物を全て干してから、戸締まりをして家を出た。
駅まで歩いて15分。
急ぐと言っていたのに聡平は走り出す気配がない。
恭平はちょっと考えて、聡平に言った。
「聡平、急がなくていいのか?」
「うん急いでる。」
「…俺のことは気にしないで、先に行っていいぞ。」
「うん。」
頷いたものの、やはりまったく急ぐ気配が無い。
「…何か、言いたいことでもあるのか?」
ぎくりとして聡平が目をそらした。
「困ったな。兄貴にはバレるな。なんでだ?」
「バレるって…何を隠してるんだ。」
「いや、いや。兄貴、ちょっと相談したいことが。」
「何?」
「本当は良平みたいな間抜けなお願いはしたくなかったんだけどさぁ。」
良平が聞いていたら間違いなく怒り出しそうなコメントをつけて、聡平が言った。
「お金貸して欲しいんだ、二十万くらい。」
「…えぇ?!」
恭平が驚いて足を止めた。
確かに良平なら突然言い出しかねない内容だが、それをまさか、聡平が、お金を。
「な、な、突然何を…。何のためのお金だ?」
「えーと話せば長くなるんだけど…。とりあえず来月、一か月だけイギリスに行ってきたい。」
「ああ…イギリス?!…一か月?!」
突然のことに鞄を取り落としそうになって慌てて持ち直し、恭平は改めて聡平を見た。
「…語学留学か?」
「まあ、そんなもん。今日は実はバイトの面接じゃなくて、そのための説明会なんだ。」
「へ、へぇ…。」
英語といえば受験英語しかわからない恭平は、外国に行くなんて考えたこともない。
呆気にとられて呆然としている恭平を見て、聡平が吹き出した。
「なんて顔してるんだよ。大丈夫だって。」
「う、うん…。」
駅に着くと、二人は上下線逆方面へ行くため別れた。
「あ…聡平。」
「え?」
恭平の声に聡平が振り返る。
「父さんにはもう言ったのか?」
「ああ。」
聡平が肩をすくめて答えた。
「俺は明美ほど父親嫌いってわけじゃないよ。実はだいぶ前から相談してある。」
「そ、そうなんだ…。」
孝平は恭平にそんなことは一言だって洩らさなかった。
「兄貴には俺が自分で言うからって、口止めしといたんだ。お金のこともね。」
聡平は腰のポケットに突っ込んでいた右手を抜いて、恭平の右肩をポンと叩いた。
「ダメ?」
「…。」
弟か妹だけが持つ、上への甘えるような仕草に恭平は弱い。
それを見てとったのか、聡平は笑って離れた。
「じゃ。いってきます。」
気がつけば、電車の音が近付いていた。
恭平はその日、会社に着いて仕事を前にしてもイマイチ集中出来なかった。
イギリス…テレビや雑誌でしか見たことのない地。いや、海外ならばどこも行ったことがないので行き先はどこであろうと同じだ。
問題は…一人で行くんだろうか?誰かと一緒に?それは誰?
言葉は?荷物は?お金は本当に足りてる?パスポートは……
海外で日本と連絡を取るにはどうするのだろう?
考え出すと止まらなかった。
胃がキリキリ痛む。
つくづく神経質な性格だと毒づいて、恭平は途中で席を立った。
ロビーまで来て、自販機で缶コーヒーを買った。
軽く溜め息をついて椅子に座る。
行き交う人々を何気なく観察していたら、外からサングラスをかけた男が三人、歩いて来るのが見えた。
全身黒ずくめで黒い鞄、この会社にはまったく似合わない格好だ。
社長の客か。
まあきっと、自分には関係ないだろう。
恭平は彼らから目を離して、手に持っていた缶を開けた。
今日父さんに会えたら聡平の話をもっとよく聞いて、会えなかったら家に帰って聡平を待って……
あ、さっきの三人組のうち一人は女だ。
どっかで見たことあるような。
サングラスと帽子が邪魔でよくわからないな…。
恭平の頭に引っ切り無しに、しかし答えの見つからないことばかりが浮かんでは消えてぐるぐるとしていた。
今すぐ誰かに聞いてもらいたい。
相談したい。