求める心 P1



その日、空からはたくさんの雪が降り続いていて、町の人通りも少なかった。
一日休暇だった恭平は、買い物も行けずに窓から外を眺めていた。
右足が悪いから、天気が悪いと簡単には出かけられないのだ。

「うーん…どうしよう。今日の夕飯…。」

冷蔵庫には買い溜めしてあるうどんが二人分あるけど、それじゃ食べ盛り家族には足りない。
どうしても一度外へ出なくてはならなかった。
良平に頼むか。
ポンと手を打って受話器の方へ歩いていくと、それを待っていたかのように着信のベルがなった。

「あ…はい、もしもし?」
『あー兄貴ィ?俺、俺、良平だけども。』
今日はおとなしく大学に行っているはずの良平からだった。
恭平の熱が下がりきるまでと言い訳して、授業をさぼり続けていたのだった。
その後もさぼり癖が抜けず、しばらくたってようやくその重い腰を上げたところだ。

「うん。どした?」
『あのさー雪でバイクが動かなくて。電車もだりーから、今日友達んちに泊めてもらうわ。』
「え…あ、うん。」
買い物頼もうと思ったとこだったのに。

恭平の声のトーンに、受話器の向こうの良平は首を傾げた。
『おい、どうした?また具合悪いの?』
「いや違う。そんなことない。お陰様で朝から元気だよ。」
『…ならいいんだけどさ。』

良平の背後で駅のホームのアナウンスが流れてる。
『あ、電車来た。じゃ明日にでも帰るから。』
「わかった。飲み過ぎるなよ。」
『飲み会じゃねぇって。鍋だよ、鍋!』
「はいはい。」
恭平はくすくすと笑って取り合わない。
どうせ鍋でも飲むのだろう。
良平はしばらく言い訳していたが、電車がホームにつくと、諦めて電話を切った。

さてどうしよう。

頼みの良平に頼めないとなると…。
明美に買い物を任せたら何を間違えて買って来るかわからない。
やっぱり自分で行くしかないか。

恭平は決心して部屋に入り、コートを着てマフラーと帽子を被った。
靴を履いて傘を持ち、いざ玄関を開ける。

冷たい空気が頬にあたる。
雪は深々と降り積もっていた。

「…。」
地面がうっすらとしていてよく見えない。
行きはよくても帰りにどうなっているか…わからない状況だった。

「う、うーん…。」

恭平はしばらく立ち尽くし、いろいろ考えて、結局家の中に戻った。
無茶をして、この前みたいに足をくじいて動けなくなったりしたら、また迷惑をかけてしまう。
食料くらい我慢しよう。

よしっ。

恭平は無意味に拳を固めてガッツポーズをし、傘を置いて靴を脱ぎ部屋に戻った。

その頃妹の明美は学校にいた。
放課後制服のまま校庭へ出て、クラスメイトと雪合戦をしている。
「早く帰りなさーい。雪で帰れなくなるわよー。」
担任の女教師が職員室の窓から叫んでいる。
「先生んち泊めて〜!」
「あっ、それいい!泊めて〜!」
雪団子を握ったまま、校庭にいた生徒が全員手を振った。
もちろん明美も、一も二も無く賛成している。

「こらー!そんな人数入りません!」
「私たち女子は細いから大丈夫でーす!」
「俺たち男子はどこでも寝れるから大丈夫でーす!」
「きゃはは!馬鹿じゃ〜ん。」
職員室から覗いていた教師は、呆れて溜め息をついた。
「帰って勉強しなさ〜い!」

「…で?」
『先生んち泊まる事になった。』
「…。」

明美の仲間たちは担任教師を説得して、家に乗り込むことに成功した。
どうせこんなに雪が降っているのだから、一人一人帰らせるよりは安全かも、という判断らしかった。
どっちにしろ生徒たちの思う壺だ。

「迷惑かけるんじゃないよ。」
『大丈夫よ。みんないるし!』
「そう…。いや、みんなでいるから迷惑なんじゃないか!」
『大丈夫大丈夫!兄さん心配しすぎ。だから明日授業出てから帰るね〜!』
「…わかったよ。」

どうしてこう、俺の弟・妹は外泊が多いんだ…。

恭平はガチャンと受話器を置いて、ソファに腰を沈めた。
これで父さんまでも会議で帰れないとか言い出したら、俺今日一人だな。
まあ、食料の心配がなくなっていっか…。

恭平は窓の外に視線をやって、次から次へと雪を落としている空を見上げた。
なんか、イライラする。
恭平は心を落ち着かせるために深い溜息をついた。

こういう気分になるのは初めてじゃない。
長年の経験から言って、なんでこんな落ち着かない気持ちなのか、なんとなくわかっている。
わかっているけど、恭平にはどうしようもなかった。

あれから一度も父さんに抱かれてない。

孝平は出張があるわけでもなく、むしろ最近はきちんと定刻通りに帰ってきて夕飯を食べてる。
明美が不思議がっていたが、彼女も最近はちゃんと父親と一緒に夕飯を食べたりもしている。

風呂にも入って、テレビを見て、おやすみのキスをくれたりはする。
でも、それ以上のことは何もされなかった。
孝介とのショックが残っていたうちは、恭平もそれとなくベッドに入ることを避けてはいたし、それを気遣ってか否か孝平も求めてはこなかった。

今までよりもすごく優しい。
普通に優しい。

何も不満はないよね…

恭平はソファに横になって、イライラとする身体を抱いて眠りについた。


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