求める心 P2



夢を見ていた。

崖の上に立ってて。
その上から海の底を見下ろしてる。
後ろから声がしてる。

恭平の名を呼ぶ声が。
聞き覚えのあるような…なつかしい、落ち着きのある声。

振り返っても、その人はいなくて。
その瞬間に海から波が押し寄せて来て、その水に、のまれた。

「うわぁっ!!」
「恭平。」
がばっと起き上がった恭平の横には、背広のまましゃがみ込んでこちらを見ている孝平の姿。

あ、あれ?

「と、父さん…」
「こんなところで寝ていたら、また熱をぶり返すぞ。」
急いで壁に掛けてある時計を見上げると、午後七時を四十分も回っていた。

「あ、あれ?いつから寝てたんだっけ…?」
「…よく寝る奴だな。」
孝平は苦笑して、立ち上がった。
ネクタイに指をかけて解く。
「風呂、入ってるか。」
「あ、ごめんまだ何も…。」
「ふーん…。じゃ、飯にしよう。」
孝平が袖のぼたんを外して捲りあげる。
そのまま台所の電気をつけて冷蔵庫を開けた。

「…なんもないな。」
「あぁっ!てゆーか…俺やるから。父さん座ってて!」
「ヨーグルトぐらいしか食べるものがないぞ。」
「うどんがあるよ…作るから。テレビでも見てて!」
恭平は、孝平を強制的に台所から押し出して、開いたままの冷蔵庫の戸を閉めた。
「手伝おうか。」
「いいから!」
優しくされると、なんか照れる。
恭平は顔が火照ってくるのを隠して、孝平から顔を背けた。
「じゃ、頼むよ。」
「うん。」

孝平はおとなしく台所を離れて、窓際に立った。
「外は雪がすごいぞ。良平たちは帰ってこれるのか?」
「二人とも今日は外に泊まってくるって。父さん帰ってこなかったら、俺一人になるとこだったよ。」

台所に立って何気なく言った一言に、窓の外を見ている孝平が眉を上げた。
大きく深呼吸をして、溜め息とともにぽりぽりと頭を掻く。
「困ったな…もう少し会社にいればよかった。」
「え?」
「いや、なんでもないよ。」
孝平は首を振って窓から離れ、鞄の中からファイルを取り出してソファに腰掛けた。
資料を眺めるが一向に頭に入ってこない。

耐えられるかな、今夜。

うどんを食卓に並べて、二人で向き合って食べた。
食べてる時も、孝平は資料を読んでいたが、時々ちらりと目線を上げて恭平を見た。
彼の食事のスピードはやたら遅い。
下手をしたらまだ半分も終らないうちに、こっちが食べ終えてしまうことさえあった。
孝平が目を上げて何度目かに、恭平が気付いて言った。
「何?あ、水?」
「いや。特に何も。」
「…そう?」
恭平は不思議そうに首を傾げている。
孝平はまたしても溜め息を付いた。

「疲れてる?」
「いや…」
「早く寝た方がいいかもね、今日は。」
今、孝平の見間違いでなければ、恭平の表情に少し影が差したような気がした。

どんなに頑張ってみてもやっぱり孝平のほうが先に食事を終えてしまった。
恭平に入れてもらった茶を飲み干して、椅子にもたれる。
恭平は湯気の上がるうどんの汁に何度も吹いてから口を付け、飲み終えてから熱そうに舌を出した。
孝平の視線に気付いて、その動きを止める。

「…あ。ごめんお風呂入りたい?洗って来る。」
恭平が慌てて立ち上がる。
予想外の発想に、慌てて孝平がその手を掴んで止めた。

掴まれてはっとする。

「いや、違うよ。落ち着きがないな…座って最後まで食べろ。」
「あ、そっか…ごめんなさい…。」
「謝ってばっかりだな。どうした?」
孝平がまっすぐと見つめて来る。
恭平は行き場を失って、椅子に座り込んだ。

だってそわそわする。
掴まれた手が温かくて、心臓が高鳴る。

恭平は俯いて、目を瞑った。
全身が熱いよ、父さん。

一方孝平は、急に赤くなって黙り込んだ恭平を見て慌てふためいた。
「どうした。顔が赤いぞ。また具合でも悪いのか?」

恭平は母親に似て、体力は人並みだが病気に対してはあまり強い方ではない。
しかも自分からは言わないから、回りが気付いてやらないと休まないという厄介な性格だった。
その辺りは孝平よりも弟妹の方がよくわかっているのだろうが、今日はこの場にいない。

孝平は取りあえず水でも組んできてやろうかと思い、恭平の手から自分の手を放した。

その途端に、恭平が両手で掴み返してきた。
「え…?」
恭平が真っ赤な顔を上げて、中途半端に立ち上がったままの孝平の顔を見上げた。
目線が合う。
孝平はその瞳に釘付けになった。

恭平の唇が遠慮がちに開かれる。
その動きに目を奪われていると、恭平はその唇を閉じて、溜息をついた。
孝平は素直にもったいないと思った。

「なんだ、恭平。」
「ん…なんでもない。」
「…私はなんでもないってわけにはいかないみたいだ。」
きょとんとして顔を上げた恭平の顎を取って、孝平はその唇に自分のそれを重ねた。


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