挑戦 P1
「恭平くん、今日この後暇?」
「え?」
会社のオフィスに座って資料分けをしていた恭平に、二人の男が話しかけた。
一人は若い頃から体育会系ですと言わんばかりの体格のよいがっしりした男で、矢吹弘人という。
もう一人も体育会系だが、矢吹より背が低くて色が黒い、寺崎圭。
二人とも恭平より1つ年上の25歳だ。
「この後ですか?少しなら…」
「少しじゃなくて。俺ら飲み会するんだけど、恭平くんも一緒にどうかなって思って。」
「あ…。」
恭平は勘違いを訂正されて恥ずかしそうに笑い、次いで困ったような顔をした。
「俺帰って夕飯の支度とかしなくちゃならないんで、あんまりお酒とかは…。」
お決まりの台詞。
恭平はこれを理由に、打ち上げや年末年始の飲み会などにはほとんど顔を出さない主義だった。
女子社員が何人かで誘ってもダメで、上司命令を出しても頑として参加しないのだった。
矢吹と寺崎もこの答えは予想していたので、なんとか粘ろうと試みる。
「そう言わずにさ。お前、そうやっていっつも断るじゃん。」
「お金のことなら心配するな、俺らがお前一人分くらい払ってやるからさ。」
「はあ、でも…。」
「たまには息抜きも必要よー。」
人懐っこい笑顔を見せて、寺崎が肘でつんつんと恭平の脇腹をついた。
「寺崎さん、お気持ちは嬉しいんですけど…」
断る気配を見せ続ける恭平に、矢吹が耳元で囁いた。
「今日、社長会社に泊まるって言ってたよ。」
「えっ?」
ぱっと勢いよく恭平が振り向く。
「どうしてそんなこと、知ってるんですか?」
「さっき竹本秘書が話してるの聞いたんだ。」
「そ、そうですか。」
「ねえ、これでお父さんの夕飯は作らなくていいでしょ。弟さんたちは小さいの?」
「大学生ですけど…」
「え〜っ!じゃあ夕飯くらい一人で食べれるでしょうよ〜!な、俺らと一緒に飲もう。」
二人が交互に喋るので、間に挟まれた恭平はきょろきょろとせわしなく右を向いたり左を向いたりした。
ど、どうしよう…父さんが泊まりなんて、聞いてないけど…
「たまには恭平くんも楽しいことしたいでしょ〜?」
「来いよっ。なっ。」
「はあ…。」
二人の勢いに押されてとりあえず頷く恭平。
頷いてから、後悔した。
「マジ?!よかった!じゃ決定ね!」
「えっ。いや、あの…」
「夕方迎えに来るから。絶対だよ〜!」
「ちょっと…!」
呼び止めても時は遅し。
二人は飛ぶようにして恭平の前から立ち去って、オフィスの扉から出て行った。
隣で一緒に作業をしていた女子社員が、恭平のことをチラリと見て、
「ご愁傷様。あの二人、かなり飲むわよ。頑張ってね」
と呟いた。
一方、部屋を出た矢吹と寺崎の二人は。
廊下を曲がったところで立ち止まり、目を見合わせてガッツポーズをした。
「やったぜ、矢吹。ひとまずは誘い出すことに成功したな!」
「おう。あとは勢いだ、勢い!よかったな、寺崎!」
寺崎が天井を見上げて目を細める。
「ああ…念願の…。薬を手に入れた甲斐があったなあ…。」
それを見て、慌ててきょろきょろと周りを見渡す矢吹。
ポカンと寺崎の頭をどついて黙らせる。
「馬鹿、まだ早いよ。それに、誰にも気付かれないようにやるんだからな。恭平くん自身にもだぞっ。」
「わかってるよー。いったいなー。」
叩かれた後頭部を押さえて、寺崎が恨めしそうに矢吹を見上げる。
矢吹はそれを正面から見下ろし返して、ふんぞり返って言った。
「いいや、お前は絶対にわかってない。ヘマしたら、俺らクビだぞ、クビ。なんてったって社長の息子だからな。」
「わかってるってー。そこが魅力的なんじゃん。触ってはいけない禁断の果実…。」
「うるさいよ寺崎。」
意外とロマンチストな寺崎にうんざりとした様子で矢吹が言う。
今日、恭平君と飲んだ暁には、お酒の中に、さっき寺崎が言っていた薬というのを入れて飲ませ、眠らせる。
その後は…。
恭平が起きないうちにコトを終わらせて、何事もなかったかのように朝を迎える。
この時矢吹は、寺崎がどうしてもというからこの計画に協力してやっているだけだった。
このアホみたいな寺崎の顔を見ていると、正直なんだか不安になる。
「なあ、本当にやるのか?」
「何を?」
きょとんとして聞いてくる寺崎に、矢吹は少し苛立った。
「だから、本当に、恭平くんのこと無理矢理…」
「無理矢理じゃないって。寝てるうちに終わらせるんだから。絶対大丈夫!」
それを無理矢理って言うんじゃないのか寺崎…。
矢吹は、はあ、と嘆息した。
「本当かなあ…悪いけど、俺は見てるだけだからな。」
「はいはい。後で俺も欲しい、なんて言うなよ。」
「人のものは、とらねぇよ。」
真面目くさって答えた矢吹に、今度は寺崎が嘆息した。
「お前って、本当そういうとこ真面目ね。そんなの手に入れたもん勝ちなんだって。」
その言葉に矢吹が頬を膨らましてぶすっとなった。
「…。どうせ、子供ですよ。」
「ああ、そうさ。恭平くんの魅力がわからないお前なんか、お子様だお子様!」
「うぜ〜!」
ぎゃははと大きな声で笑い、一歩後ろに下がった寺崎の頭が、誰かにぶつかった。
「あっ、すいませ…」
慌てて謝る寺崎。そこに立っていたのは、社長の秘書の竹本伸彦。
二人はヘビに睨まれたカエルのように硬直した。
…もしかして、今の、聞かれた…?
二人の内心を無視するように、険しい表情をしていた竹本が、一変してニッコリと微笑んだ。
「今夜、飲み会ですか?」
「あ、は、はい!」
「竹本さんも一緒にどうっすか。」
「いえ、遠慮させていただきますよ。社長が帰った後に仕事がまだ残っているのでね。」
どうやら孝平の外泊も、二人の嘘だったらしい。