女社長 P10
この日の玲子は終始ご機嫌だった。
ワイングラスを片手にほんのりと頬を染めて、ソファの上でゆったりとくつろぐ。
時折誘うような視線で恭平を上から下まで眺めていた。
「酔うと、危なっかしいんですよ、社長は。」
森坂が恭平の耳にそっと耳打ちした。
恭平は頷いて、確かにそんな気がする、と思った。
料理はどれもおいしかった。
魚から肉まで、野菜からスープまで全て揃っている。
一体これら全部でいくらほどするのだろう。
玲子に勧められるがままに、恭平も少しだけ赤ワインを口にした。
昼間からアルコールを飲む経験はあまりしたことがないのだが、高級ホテルに少な目の明かり、上品な年配女性と礼儀正しいワイルドな青年に囲まれて気分も高揚していたのかもしれない。
少しの間、恭平は何も考えずに目の前のことを楽しんだ。
「あ。」
森坂が声を上げて、手をポケットに当てた。
中から携帯電話を取り出すと、その着信表示を見て笑い出す。
「俊夫さんだ。もう仕事、終わったのかな。」
言われて恭平は室内にある時計を見上げた。
ここへ来てからゆうに一時間は経っていた。
「ちょっと失礼します。」
森坂が二人に手を上げて、バイブの震える携帯を持って部屋から出て行った。
残された玲子と恭平は互いの顔を見合った。
ほのかに酔いの回った玲子の姿は、とても孝平や峰山と同じ年齢とは思えないほど若々しかった。
働いている時の姿の印象からか。
「恭平くんは…今、お付き合いしている女性はいるのかしら。」
「えっ?」
突然の質問に驚いて、恭平は苦笑した。
「残念ながら、いません。玲子さんは、ご結婚されてらっしゃるんですか?」
「まあ。失礼な子ね。」
玲子は軽く笑い流してワイングラスに口をつけた。
一口飲んで、グラスを手の中でゆらゆらと揺らした。
「結婚はしてないわ。運命の人がいなかったのね。」
「今からでも遅くはないですよ、玲子さんなら。」
「ふふ。」
玲子は満足そうに笑って、恭平のことを下から見上げるような目線を送った。
「私、佐久間くんのことが好きだったの。」
「え?」
「孝平くん。でもあの人ったら、さっさと結婚しちゃって。」
「…。」
「あの会社立ち上げるより前だったかしら、結婚したの。その時は信じられなくて、何度か奥さんに嫌がらせをしに行ったりしたわね。」
「えっ?」
「恭平くんも小さくてかわいかったわー。今じゃこんなに大きくなっちゃって…」
玲子はふと、真顔に戻って恭平の顔を見つめた。
グラスを置いて、立ち上がる。
何故だか恭平は彼女のゆっくりとした動きを何もせずに見守っていた。
ふらりと足元がよろける。
あっ、と反射的に手を出して、恭平は玲子の体を抱きとめた。
「危ない!」
柔らかいソファに背中が沈む。
恭平の上に倒れこんできた玲子は女性だからか意外と軽い。
かすかに香る香水の匂いが恭平の鼻を掠めた。
「あら。ごめんなさい。」
「いえ…大丈夫ですか?」
「ええ、少し酔ったみたい…おかしいわね。」
「飲み過ぎたのかもしれませんね。俺、水を取ってきます。」
恭平は玲子の体を支えて、先ほどまで森坂のいたソファへ座らせようとした。
しかし玲子は恭平の腕を捕まえて離さない。
擦り寄って、顔を近付けた。
「孝平くん…」
「え?…ちょっと、玲子さん?父さんは今…」
「孝平くん、抱いてちょうだい。」
「は?」
「好きよ…」
顔がどんどん近付いてきて。
恭平がポカンとしているうちに、玲子の両手が恭平の頬を捉えた。
驚いて目を見開く。
玲子の柔らかい唇が、恭平のそれに重なった。
「あ。」
小さく呟いた声はどちらのものだったのか。
玲子は恭平の膝の上に全身を乗せて、ドレスが肌蹴るのも省みず恭平の唇を奪い尽くす。
唖然としていた恭平も、さすがに焦燥感を覚えた。
玲子の生暖かい舌が恭平の唇の上を滑り、開くように誘導する。
反射的に薄く開いたそこに撫でるように進入する。
「…っ!」
恭平が離れようと玲子の肩を掴んだ。
男と女では力も体格も違うから普通にしたのでは負けてしまう。経験からわかっていた玲子はぐいっと体ごと恭平に近付いて、恭平の首元に腕を絡ませた。
唇を一旦離し、角度を変えて再び口付ける。
相手に息をつかせることすら許さない素早い動きで舌を操る。
余程経験を積んだ相手でなければ、この玲子のキスから逃れることはできない。
「ぁ、」
「ん…っ」
ずれた隙間から熱い吐息がこぼれた。
恭平は誘導されて、いつしか舌で応えるようになってしまった。
二人の息遣いは自然と上がっていった。
「…はっ。」
二人の唇が離れた。
恭平の上に馬乗りになった玲子は、呼吸を整えることに必死な恭平の首筋に手を這わせた。
アルコールが回っているせいか、玲子の手は恭平の体温より暖かいように感じた。
「玲子さん!やめてくだ…」
「抱いてくれないのなら、私が抱くわ。いい気持ちにさせてあげる…」
「玲子さ…っ」
恭平は言葉を失った。
玲子の腕が、彼の胸元へ伸びたからだ。
慣らされた身体は、奥底から望まぬ期待に震えてしまう。