女社長 P9



電話の相手は誰だったか。
ここのところ毎日のようにかかってくる。

三枝建設の、社長秘書・森坂。

初めての電話は玲子と食事をした次の日だった。
『仕事の話なしで、二人で会いませんか。』
という内容だった。
前日の孝平との情事で疲れきっていた恭平だったが、森坂は感じのいい青年だったし、会うだけなら悪い気はしなかった。
玲子の話も聞けるかもしれないし、もしかしたら……

玲子がなぜ、孝平の跡取りの話や再婚の話を持ち出したのか、その真相が聞けるかもしれない。
そして、孝平と以前関係のあった玲子の兄のことも…

恭平が気になっていたのはむしろ後者のことであった。
昔のこととはいえ、気になって仕方ない。
その頃恭平は生まれてすらいなかったのだから仕方がないことなのに。
直接孝平に聞くのもどういうわけか憚られた。

そういう意味でも、森坂と親しくなっておくのは得策なのではないかと考えたのだ。

彼の下心を感じていなかったわけではない。
彼の言葉の要所要所に好意的なものは現れていた。
しかしそのことよりも、彼のバックにある玲子のことが気になったのだ。
玲子と、その兄のことが。

食事中にかかってきた電話の内容は、
『明日の昼、もう一度三枝社長が貴方と食事を取りたいと言っている。』
というものだった。
すぐに返事をしていいものかと迷っていたら、森坂が言うのだ。
『玲子さんのお兄様の俊夫さんも、ぜひ貴方に面会したいとおっしゃられていて。三人で食事をした後、彼と合流する時間もあれば嬉しいなと。いかがです?』

断ることはできなかった。


次の日のお昼前、恭平は一人、森坂の言った待ち合わせ場所に足を運んだ。
駅前から少し離れた公園のような場所だったが、すでに森坂がわかりやすい場所に立っていたので迷うことなく合流できた。
「やあ。お久しぶりです。」
「すいません…待ちました?」
「いいえ。今来たところですよ。車ですが…行きましょうか。」
「はい。」
公園脇の道路に森坂の車が停めてあった。
森坂は恭平を助手席へ乗せ、車を走らせる。
少し緊張気味に、恭平は森坂の横顔を見上げた。

「あの…俊夫さんは食事には…?」
「ええ、なんでも外せないご用事があるようでして…午後になってから来られるそうですよ。」
「そうなんですか。」
「気になりますか、俊夫さんが。」
「あっ、いえそういうわけでは。」
「ふふ。顔に書いてありますよ。恭平さんは正直ですね。」
「!」
恭平は困ったように目を逸らし、窓の方を向いた。
「そんなに照れなくても…。かわいいですよ。」
余裕を浮かべて笑った森坂の方を恭平は振り返れなかった。


車が辿り着いたのは、少し高級なロイヤルホテルだった。
駐車場に車を止めて、地下から一気に最上階の十八階まで上りきる。

レストランで食事を取ると思っていたので面食らったが、森坂は少しも慌てた様子がないので黙ってついていった。
「お好みのお料理はありますか。逆に嫌いなものとか。」
「うーん…これと言って特にありません。なんでも大丈夫です。」
「それはよかった。私はどうしても、魚より肉の方がおいしく感じてしまって…将来が不安です。」
「あはは。」
他愛もない話をしていると、エレベータが小さな音を立てて止まった。
「着きましたね。社長がお待ちですよ。」
森坂は笑って恭平の肩に手を添えて、エレベータから降りた。

ホテルの一室に通されると、そこには玲子がワインを片手に待っていた。
「あら、いらっしゃい!少し遅かったわね…待ちきれずにホラ、あけちゃったわ。」
無邪気に笑って玲子がワインのグラスを軽く揺らした。
今日は完全にオフなのか、いつものスーツ姿ではなく、私服とドレスの境目のような、少し胸の開いた綺麗な格好をしていた。
高そうなホテルの部屋に、よく映える。

こんなところで食事を取るのなら、もう少し他所行きの服装を選べばよかった。
恭平は少し気後れした。
「さあ、座って座って。森坂くんも。」
「はい。」
玲子に促され、森坂と恭平はそれぞれのソファーへ腰掛けた。
机の上には果物や高そうな料理がずらりと並んでいる。


「後で兄さんにも食べさせてあげようと思って、少し多めに頼んじゃった。やりすぎたかしら?」
「そうですね…ちょっと、これは多いんじゃないですか。」
森坂が苦笑して料理の数々を見渡す。
恭平も目を丸くしてじっくりと観察してしまった。

「うふふ。まあ、いいわよ。今日は気分がいいの。じゃんじゃん食べてね。」

玲子は楽しそうに笑って、ワインのグラス越しに、恭平の横顔を垣間見た。


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