初雪の降る日 P1
季節が秋になり冬に向かい始めると、いつも良平の元気がなくなる。
良平だけじゃない。
彼の双子の弟・聡平も、妹の明美も、そして兄の恭平さんも。
何故かはわかってる。
わかっているけど、どうしようもできないことだ。
俺にできることと言ったら、抱きしめてやることくらいだ。
ジリリリリリリリ
「はっ。」
杉野拓巳は目覚ましの音に驚いて、目覚めた。
ガバリと起き上がるって時計を見ると、針は七時を差している。
頭を掻いて目覚ましに腕を伸ばしたところ、背中に足が飛んできた。
「いでっ!」
衝撃に耐えて後ろを振り返ると、布団を取られて寒そうに睨む良平の姿が目に入った。
引き締まった体が杉野の目を奪う。
良平は不機嫌そうに眉に皺を寄せて、杉野から布団を奪った。
「さみーんだよ!」
一言だけ言い放つと、布団にくるまって寝返りを打ち、そのまま動かなくなる。
窓には結露が落ちていて、すっかり外が寒くなっていることを告げる。
「そりゃ裸で寝てたら寒いっしょ。」
自分も裸であるくせに、杉野はそう言ってベッドから降り、急いで浴室に駆け込んだ。
昨日仕事が終わって帰宅すると、部屋に何故か良平と聡平がいて、缶ビールを冷やして待っていた。
何かと思ったら、その日は恭平さんが仕事で遅くなるため家に食事がないからだそうだ。
どうやら半分は、明美が一人で料理を作るという状況を避けたいからだと見受けられた。
夜中まで飲み明かし、聡平は帰宅したが良平は残り、甘い時間を過ごして今に至るというわけだ。
良平の残り香を洗い流すのは少々気が引けるが、今日も仕事があるので仕方がない。
杉野は熱いシャワーをさっさと浴びて、服を着た。
ベッドの上では良平が未だ寝息を立てている。
「良平。起きてくんないかなぁ。俺もう行くんだけど。」
「う〜〜ん…。」
唸るだけで目覚める気配はまるでない。
いいなぁのん気な学生は。
杉野は仕方なくテレビの電源を入れ、台所へ行ってパンを二枚焼いた。
食べ物の匂いで起きてくれるに違いない。
案の定、しばらくするとテレビのチャンネルを変える音が聞こえてきた。
「今週末には日本列島を冬型の気圧配置が並び、日本海側には雪がちらつき始め…」
天気予報だ。
「良平、起きたか〜?」
「ああ、起きた。いー匂いがする。」
見ると良平はまだベッドの上で布団にくるまり、その状態のままテレビを見つめている。
よほど出るのが億劫らしい。
「杉野、今日は雨が降るらしいぞ。傘忘れんな。」
「へぇ、そうなの?じゃバイクはよそう。」
杉野がベッドに腰掛けると、良平がすっと身を引いた。
「…なんで逃げんのさ。」
「逃げてねーよっ。」
良平の顔に赤みがさした。
杉野は笑って布団の上から良平に体重をかけた。
「逃げてるじゃねぇか、この腰が!」
「馬鹿、乗るな!触るな!重い!!」
良平が暴れる布団の中から、彼の体の匂いがする。
朝のパンを焼く匂いにも負けない、イイ匂い。
「今日さ、何時に帰ってくるの。」
杉野の下で少し大人しくなった良平が、甘えるような声で言った。
「さぁねー。何時だろう。わからないね。」
そんな言い方に少しむっとしたように黙った良平は、ふと考えて思いついたように指を立てた。
「あ、そうだ杉野。お前今週の日曜日暇か?」
「え?なんで?デートのお誘い?」
「ぶぁーか。今週、大学の学祭があるんだけど、瑞樹とライブやるんだ。暇だったら見に来て。」
良平は布団から這い出てチケットを杉野に手渡した。
瑞樹というのは良平の高校からの親友で、ちょっとしたギタリストだ。
杉野は顔をしかめてチケットを受け取った。
「昼間っからぁ?」
「その時間しか取れなかったんだよ、ジャンケンに負けて。」
「ったく、ジャンケン弱すぎ。」
「るせーな…ほっとけ。」
杉野は手元のチケットと良平の顔を見比べて少し考え、頷いた。
何か思い付いたらしい。
「じゃもう一枚頂戴、チケット。」
「え?いいけど…」
今度は良平が怪訝そうな顔をして、それでも次のチケットを杉野に差し出した。
杉野がそれを取ろうと手を伸ばした頃合を見計らって、良平がチケットをサッと引いた。
「待てよ。誰と来る気だよ。」
「えー?もちろん、内緒だよ。」
プチ。
「ほぉー……。」
良平の笑顔に青筋が浮かんでいる。
「それじゃその新しい彼女紹介してねぇー、杉野クン。」
「…。」
下手なことを言えば殺されそうだ。
それでも今日は、杉野はニッコリと笑みを浮かべて挑発を受け返した。
「当日ビビって小便ちびんなよ、良平ちゃん。」
“新しい彼女”という単語に怒ったらしい。
普段はもっぱら杉野が謝り倒す癖に、こうなると怯むのは良平のほうだ。
少し困った顔をして、肩の力を抜いた。
「ごめん。はい、あげるチケット。」
素直になった良平に、杉野は満面の笑みを浮かべて抱き付いた。
「浮気なんて絶対しないから大丈夫。まぁ、それでも一緒に行く人は当日まで内緒。良平のよく知ってる人だよ。」
しばらく見つめ合ったあと、二人は軽いキスを交わした。