初雪の降る日 P2
「んで?」
「あ?」
「誰と来るって、杉野先輩。」
ライブを翌日に控えた練習日、コンビの岡田瑞樹がギターのキーを調整しながら聞いた。
口にはピックを咥えている。
「知らん。聞いてない。」
良平は答えてペットボトルに入ったお茶を一気に飲み干した。
瑞樹がジャーンとギターの弦を弾く。
「珍しいな、お前が奥手になるなんてさ。」
「…そゆこともあるよ。」
「ふーん。元気ねぇの。」
瑞樹が調整の終わったギターを持って立ち上がった。
「ちゃんと歌ってくれよ〜自慢の声なんだからさ。」
そう言って投げてよこしたマイクを受け取り、良平も立ち上がる。
「てめぇんとこの、トーコは来んのか?」
「あぁ来るってさ。女子大の友達わんさか連れてくんだと。一人くらいお前の好みの子がいるんじゃねぇ?」
「…そうだといいけど。」
「……おい?」
瑞樹が驚いて良平の顔を覗きこんだ。
トーコこと牧村都代子は、瑞樹の彼女で、高校の時からの付き合いなので良平も仲の良い、話せる女だ。
「…女に興味あったのか?知らなかったな。」
「なめんなよ。興味ぐらいあるわ。」
瑞樹が目を見開いてオーバーリアクションをとった。
「ほ、へー!知らなかった。杉野さんに言っておこう。」
「なっ…!!馬鹿ヤロッ!」
良平が顔を赤くして怒鳴った。
それは困るらしい。
ブンブン腕を振り回しながら瑞樹に襲いかかる良平を、ことごとく瑞樹が避けてからかっていると、ライブハウスのドアが開かれて一組の男女が入ってきた。
女のほうは先ほど話題に出たトーコで、男のほうは喜多祐也、これも良平たちの高校の時の親友だ。
「なーにやってんのよ、二人とも。」
「どうせ瑞樹に痛いとこつかれて良平がそれに言い返せなかったんじゃないのかな。」
「うるせぇッ、テメェの知ったこっちゃねぇや!」
「わーコワ…。」
祐也が肩を竦めて体をひいた。
良平が二人のほうを向いた隙を狙って、瑞樹がここぞとばかりに足を引っ掛けて手を掴み、良平を押しつぶした。
舞台の上で派手な音をたてて良平がすっ転ぶ。
「ってぇ!」
「ふふ。まだまだだな良平。」
瑞樹は得意げに笑みを浮かべ、良平の上からどいた。
良平は未だにこの瑞樹に喧嘩で勝ったことがなかった。
「ハイハイそこまでよ。早く練習して帰ろうよ〜。」
この四人は高校時代の遊び仲間で、今でもよくつるんでいる。
全然別々の性格をしているのだが、妙に気が合うことが多かった。
なんでも積極的にこなす瑞樹を中心にいろいろなことをやって、しばしば教師をてこずらせたこともある。
そんな仲間だから、良平と杉野のことも全員承知しているし、そのことに違和感を表すこともなかった。
初めは驚いたが、もう慣れてしまったのだ。
良平もギターを肩にかけて瑞樹の横に立ち、言った。
「瑞樹、明日…頑張ろうな。」
ニヤリと笑う瑞樹。
その笑顔は、大衆の女性を魅了する力がありそうだ。
「当たり前だろ。いつでも全力投球よ。」
良平は瑞樹の言葉に大きく頷いた。
その夜、良平は日付が変わる頃に帰宅した。
もう寝ていると思っていたが、兄の恭平が起きていた。
リビングのテーブルと、その下の床のいたるところに資料をたくさん広げて、その中に埋まりかけているノートパソコンと睨めっこしている。
足の踏み場がない。
呆気にとられて立ち尽くす良平に気付いて、恭平が振り向いた。
「あっ、お帰り良平。」
「……何だこの有様は……。何やってんの?」
恭平はエヘヘと照れるように笑って頭をかいた。
「仕事が終わらなくって。会社で残業すると夕飯作れないから、持ち帰ってきたんだ。」
「…こんなに?」
「うん…探しながらやってたらグチャグチャになっちゃって…。ごめん今から片付けるよ。」
「いいよ。もう終わるのか?」
「いや…まだもう少し…。」
恭平は困り果てて溜息をついた。
「明日やれば。もう寝ろよ。」
「それじゃだめなんだ。明日の午前中までに会社に持っていかないと…。」
「ったく…。しょうがねぇな。」
良平は階段を上って荷物を二階の部屋に投げ込んだ。
中は真っ暗で、聡平が寝返りをうつ音が聞こえた。
お前、健全な生活しすぎ!
袖をまくりながら階段を下り、リビングに散乱している書類を片付け始めた。
「あぁっ、良平、それとそれは重ねちゃだめだ。」
「えー。なんだよ…。」
良平が手伝ってくれると知った恭平は、元の書類のリストの書いた紙を手渡した。
「これに書いてあるから、この通りにまとめてくれる?」
「はいはい。」
「ごめんな良平。明日忙しいんだろう。」
「まぁね。でも昼からだから。…てなんで知ってるの?」
良平がリストから目を離して恭平を見た。
恭平が一瞬困ったように笑う。
「えっ。聡平が…言ってたよ。」
「ああ。なるほど。」
良平は納得して、落ちた紙を拾い上げた。
「…杉野の野郎が…。」
「ん?」
手を止めて、良平が言いかけて口をつぐんだ。
「いや、なんでもない。さ、早く終わらせようぜ。」
恭平は軽く首を傾げたが、特に気にせずパソコンの画面を見た。
そしてガクリと肩を落として呻いた。
「良平…。さっきからどのキー押してもアルファベットしか打てないんだ…。どうやって平仮名にするかわかる?」
良平は、兄の機会音痴さに頭を抱えた。