双子ですから P1



「…聡平がイギリスに国外逃亡ぉ?!」

経済学部の校舎三階の喫煙コーナーで、岡田瑞樹が素頓狂な声を上げた。
良平は傍らで煙草の煙を払いのけている。
「お前、本数減らせって。」
「減ってるよこれでも。それで?」
「だからぁ、一か月イギリス、留学するんだって。」
「留学かぁ。いいよなぁそんな金があって。」
「兄貴に借りたりしてるみたいだぞ。あと教授もいくらか出してくれてるって。」
「へー。」
瑞樹は煙草を口に咥えたまま携帯電話を開き、何かを見ている。
「いつ行くって?」
「あと十日後。」
「割とすぐだな。まさかお前、柄にもなく寂しくなっちゃってんじゃねぇの?」
「ふん。」

正直言うと、体が半分なくなってしまうようでもどかしい。
今まで生きて来た中で、一か月も一緒にいなかったことなんてない。
どちらかが旅行なり合宿なり飲み明かしなりで帰宅しなくても、二人は何らかの形で連絡を取れる位置にいた。

「んー。じゃ、今週の土曜、全員召集だな。トーコには俺が言うから、お前祐也に声かけろ。」
「えっ?俺その日は約束が…。」
「誰と?」
「…杉野。」
「じゃ、杉野先輩も召集な。」
瑞樹は短くなった煙草を最後に大きく吸って、煙を吐きながら灰皿にねじ込んだ。
「主役の聡平にも空けるように言っておけよ。」
「おう。」
「あっ。」
「?」
瑞樹が突然声を上げたので良平の動きまでも止まった。
瑞樹は指を頭の横に当ててポーズを取って、しばらく考え込んだ。
指を立てて、言う。
「やっぱ聡平には言うな。土曜の予定をさりげなーく聞いておいて。」
驚かせる作戦でも思い付いたに違いない。
いたずら大好き人間瑞樹。

さらに良平はこの手のアイディアが嫌いではない。
二人は顔を見合わせてニヤリと笑い、頷いた。
「りょーかい♪」
その声は弾んでいる。

良平は瑞樹と別れて自分の教室へ戻ろうと校舎を出た。
歩きながら祐也にメールを打ち、送信する。
理学部棟に辿り着く前に、返信されてきた。

“それは大変。バイトどかす。”

次は杉野だが、今夜電話でもしてやろう。
今日は帰って聡平の荷造りの手伝いをしなくちゃならない。
その時にでも土曜の予定を探って見ようと思った。


授業を終えたのは夕方四時。
そこからかまってくる沢村たちを振り切って急いで駐輪場に行き、自分の原チャリに跨った。
普通に帰ったら三十分後には家に着くだろう。
そんなことを考えながらエンジンを入れ、校門から道路に出た。

家も近くなってきたバス道路で、偶然歩道を歩いている聡平を発見した。
いつもの黒いショルダーバッグをかけて、帽子にマフラーを巻き、手には紙袋を二つ下げている。
良平は原チャリを路肩に寄せて、聡平の方を振り返った。

「おーい、聡平!帰るのか?」

叫んで手を振ると、気付いた聡平も手を振り返した。
道路を渡って良平の方へやってくる。
「ちょーどよかった!これ重くって。」
「なんだこれ。」
「コート。この時期ヨーロッパは十分寒いんだってさ。」
「ふぅん。」
聡平は言って紙袋を良平に押し付けた。
「…?おい、まさかこれ乗せて走れっていうのか!」
「そう。頼むよ。」
聡平は詫びる様子もなくさらりと良平に荷物を託して笑った。

良平が渋々その袋を足下に置いてみる。
「……両脇がはみ出すんですけど。」
「あは!うわー、不格好だな。」
聡平は面白そうに笑うだけで助ける気配はまるでない。
良平は軽く顔をしかめたが、さして何も言わずに黙った。

「んじゃ先に帰ってるぞ。」
「ああ。あ、今家に兄貴いないからな。」
「へ?なんで?今日仕事の日か?」
「いや、町内会って言ってた。七時まで。」
「…おばはんだな完全に。」
「じゃお前代わりに行ってやれよ。」
「やなこった〜!」
良平はあっかんべーをして、手首をひねった。
エンジン音がして、聡平から遠ざかる。
足下で、聡平のコートの入った紙袋がバサバサと音を立てた。

当然のごとく聡平より先に家に着き、良平は原チャリを庭に停めて玄関の鍵を開けた。

「ただいまー。」

癖で一応言ってしまったが、無論誰からも返事はなかった。
家の中は静まり返っている。
そういえば、こんな早い時間に帰宅したのは久しぶりだということに気付く。

靴をわざと乱暴に脱いで玄関を上がり、リビングまで歩いてソファーに荷物をどかっと置く。
静かな室内にその音が響いた気がする。

良平は洗面所に入って蛇口をひねり、手と顔を洗った。
ついでにうがいもしてタオルで顔を拭く。

そのままリビングに戻って自分の鞄だけ取り上げ、二階への階段を登った。
暗くて見えないが、この階段には小さい頃兄の目を盗んで聡平と二人で書いた落書きが残っている。
毎日のように掃除をしている恭平が気付いていないわけがないのに、いつまでも消されずにあるのだ。
きっとわざとに違いない。

部屋について電気をつけ、鞄をおろす。
入って右の奥に聡平のベッド、反対側に良平のベッドがあって、その横にお互いの机が背合わせになって固定してある。
典型的ではないにしろ、よくある二人部屋の仕切り線がこの机のラインだった。
いつもは右半分はきれいに整頓されて、左半分は脱いだ服やら読みかけの雑誌、食べ終わったお菓子のゴミなどが散乱している。
でも今は、右半分は段ボールが数個転がっているのでどこか殺伐としていた。

良平はしばらく立ちすくんで、鞄から携帯を取り出した。
残りの鞄はベッドの上に投げ捨てて、部屋を出る。


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