遠距離恋愛 P1
「杉野くん。明日から一週間、大阪の支部に行ってきて。」
「…は?」
「大阪。」
いつもの朝。
杉野拓巳が眠い目を擦って出社すると、上司にそんなことを言われた。
いきなりすぎる。
「明日から、ですか。」
「うん。明日から一週間。まあ研修旅行だと思ってさ。」
「はあ…。」
真っ先に浮かんだのは良平の顔。
ちょっと寂しそうな顔をして、お土産をねだってくるに違いない。
「いいよね?何か問題ある?」
「あっ、いえ何も。行ってきます。」
「それじゃ今日の午後に打ち合わせあるから、会議室に来てね。」
「はい。」
出張なんて初めてだ。
一週間良平に会えないのは寂しいけど、それよりもわくわくしてる自分がいる。
鼻歌でも口ずさみそうだった。
『大阪ぁー?』
その日仕事が終わってすぐに、良平へ電話をかけたら、予想外の反応が返ってきた。
素頓狂な声を上げて、電話口の向こうで怒鳴っている。
「一週間だから。」
『大阪って大阪って、関西だろ?遠っ!東京から何分だよ!』
「三時間くらい…?」
『しかも明日からぁ?』
「そう。」
『……ふーん。頑張ってね。』
冷ややかな声。
杉野は受話器の持つ手が凍ったような気がした。
「り、良平?」
『何。』
「……まさか怒ってる?」
『怒ってるわけねぇじゃん。仕事だろ。大阪だろ。行くんだろ!』
「……とても怒ってるように聞こえるのですが。」
『耳曲がってんじゃねーの?!それ以上言ったら切るぞ!』
わぁー怒ってる。
困ったなぁ…。
「お土産何がいい?」
『…いらね。』
「そう言わずにさ。また電話かけるから、それまでに考えといて。」
『…。とびっきり高価なもんにしてやる。』
「そ、それは困るかも…。」
『そうする!じゃあなっ。』
ガチャン!
ツーツー。
杉野は受話器を持ったまま、がっくりとうなだれた。
機嫌悪くなるとは思わなかったなぁ…。
ポケットに手を突っ込んでとぼとぼと駅へ歩き出す。
すると、後ろから同僚の友人二人が追いついて、声を掛けて来た。
「杉野ぉ、明日から大阪だって?」
「ん〜ああ。」
「なんだ元気ねぇなぁ。彼女に駄々こねられた?」
「うん。」
「おやっ。わかるわかる。その気持ちわかるよ。」
「そういう時は酒で忘れちゃうの。俺らと今から居酒屋行こうぜ!」
「話聞いてやるから。」
「うーん。」
杉野は一瞬迷って、頷いた。
「よーし。飲むか!」
「そうこなくちゃな。」
良平には飲み終わったあとにもう一度電話をかけよう。
きっとその頃には気持ちも落ち着いて話ができるに違いない。
やいのやいのと飲み続けること五時間ほど。
やっとのことで友人たちから開放され帰途についた頃には、すでに電車は最終になっていた。
ぎりぎり駆け込んで、一息つく。
中には数えるほどしか乗客がいない。
電車が揺れたので、杉野は力なく座り込んだ。
ほどよく酔っ払った頭で考える。
家に着いたら良平に電話して、明日の準備をしなくては。
もう少し早く帰ればよかったと、後悔してももう遅い。
時計を見ると一時を回っていた。
「はぁー。良平まだ起きてるかな…。」
自然と溜め息が出る。
普段なら起きてるけど、怒ってたら電話に出てくれないかも。
そんな考えが頭をよぎった。
勤めるようになって、さすがに学生の頃と比べると会える回数が少なくなってきた。
それでもお互い電話もしてるし、週に一回は良平が杉野の家にやってきて夕飯を一緒に食べたりしている。
最大限の努力はしているつもりだ。
「良平…。」
杉野はドアの前で座り込んだまま、携帯を握り締めて、組んだ腕の中に顔を沈めた。
電車から降り、かじかむ手で定期券を改札に通して駅を出た。
アパートまでの帰り道を、手をポケットに入れてうなだれて歩く。
手の中には携帯電車。
半分くらい歩いたところで、その携帯を開いた。
心を決めて、通話ボタンを押す。
三回目のコールで、繋がった。
『もしも〜し。』
「良平?寝てた…?」
『起きてる。』
はっきりとした声。
さっきよりも落ち着いているから、時間をおいたのは正解だったと胸をなで下ろす。
「よかった。さっきの続き、お土産何が…」
『今どこにいる?』
「……え?」
『今。どこ?』
唐突に、良平が話を遮って聞いて来た。
二度も聞こえたから聞き間違えではない。
「えっと…もうすぐ家につくとこ。」
『だから、どこ。』
「…二個目の信号機渡ったとこ?」
杉野は首をかしげながら答えた。
途端に通話が途切れる。
「あっ、ちょっと!もしもし?もしもーし!」
だめだ、切れてる。
杉野は立ち止まって画面を見つめた。
やっぱりまだ機嫌治ってなかったのかな。
もう一度掛け直しても、出てくれない。
途方にくれていると、前方から聞き慣れた着メロが聞こえて来る。
人影が、電柱の少ない光を受けて浮かび上がった。
ジャージにトレーナー一枚の見るからに寒そうな格好で、携帯電話を握り締めた良平だった。
ここまで走ってきたのか頬を赤くして息を切らせている。