遠距離恋愛 P2
杉野は呆然と良平を見た。
着メロがひたすら流れ続ける。
良平が大きな声で第一声を発した。
「…早く切れよ!電話!!」
「あ、は、はい。」
慌てて電話を切ると、良平の着メロが止まった。
辺りが元の静寂に戻る。
杉野は確認するように、改めて良平を見つめた。
「…おせぇよ。」
「…うん。ごめん。」
良平が動かないので、杉野の方が一歩近付いた。
「何してた?」
「…居酒屋で夕飯食ってた。」
「…それじゃ味噌汁捨てて。米は明日弁当にしてやる。」
「ううん。今から食う。」
また一歩。
良平は動かない。
「良平は、いつからこっちにいたの?」
「…さあな。」
「夕飯は?」
「…食った。」
きゅる。
良平が言った瞬間に、彼のお腹が悲しそうに音を立てた。
慌てて手の平を腹に当てて隠そうとする良平。
恥ずかしそうに目を逸らして俯いた。
「…。」
何か言い訳をしたくて口をパクパクさせるが、出てこない。
悔しくて黙った。
「良平。」
いつの間にか杉野は良平の目の前まできている。
良平は揺れる瞳で、困ったように杉野を見上げた。
「…酒くせぇ。」
「うん。ごめん。」
杉野が大きな手を広げて良平の肩を抱き締めた。
鞄が落ちる。
良平の体は走ってきたせいか冷たい。
外で抱き締めたりすると途端に嫌がる良平も、暗いせいか誰も通らないせいか、この時ばかりはおとなしく杉野の腕の中でじっとしている。
杉野は自分より少しだけ小さな体を、強く抱き締めた。
良平は電話を切ってからずっと、杉野の部屋で待っていたのだ。
夕飯を作って。
食べて帰ってくることは大方予想していたけれど。
「…わがまま言ってごめん。俺、ついきついこと言った。」
「うん。」
「それだけ言っておこうと思って。気分悪いまま一週間は嫌だろ。」
「うん。…でももう平気。」
今、ここに良平がいるだけで。
来てくれただけで。
こんなにも気持ちが満たされる。
杉野は少し体を離して、良平を見下ろした。
この寒い中、良平の顔は紅潮している。
そのまま魅かれるように近付いて、唇が触れた。
冷たい。
何も羽織る余裕すらなく玄関を飛び出してきたのだろう。
良平は微かに震えていた。
吐息だけが暖かい。
杉野は唇を離して言った。
「…帰って、味噌汁食べようか。」
「…そうだな。」
良平が頷く。
その後小さなクシャミをしたので、杉野は自分のマフラーをとって首に巻いてやった。
次の日、良平は大学に行かず、大阪に行く杉野を見送りに行った。
遠慮して一度は断った杉野も、良平が頑として行くと言い張るので従うことにした。
見送りに来てくれることは、とても嬉しい。
改札の外で案内表示板を見上げながら、良平が言う。
「新幹線…俺、修学旅行以来だなぁ。」
「えっ、そうなの?」
杉野は昨日上司からもらっていた切符を取り出していた。
良平の言葉に思わずそれを取り落としそうになる。
「俺、大学の仲間と旅行に行ったりした時に乗ったよ。」
「俺らレンタカーで行っちゃうんだよね…それと飛行機。」
「あ〜。なるほどね。」
良平がきょろきょろと回りを見渡して、土産屋に目を止めた。
「あっ、限定プリッツ!」
声を上げて走り出す。
杉野も歩いてその後を追った。
「うわ〜〜地域限定だって。どんなかな〜。」
「俺抹茶がいい。」
「あっ、俺も!抹茶コロンうまいよ。」
「それ京都のじゃんか。」
「そうそう、ミニーちゃんのやつ。」
良平が指を立てて振り向いた。
「あっ、わかった。」
「え?」
「コロン。抹茶コロン買ってきて。それでいい、お土産。」
杉野は意外そうに良平を見た。
「そんなのでいいの?」
昨日の機嫌から言って、もっと高いものをねだられるかと思っていた。
「いい。頼むな。」
「…ああわかった。…良平、ちょっと。」
杉野は壁際にあった自動販売機の方へ歩き出した。
彼の手招きに従って、不思議そうな顔をして良平が後に続く。
「なん…」
良平が疑問を口にする前に、彼の体を自動販売機の陰に押し付けて、杉野は辺りを一度見回した。
「もうすぐ時間。行ってくる。」
早口でそう言って。
杉野は良平を隠すようにして、唇を寄せた。
目の前が陰になる。
良平は静かに目を閉じた。