遠距離恋愛 P13



「良平…。」
杉野が間の抜けた声を発して良平に近付いていく。
良平は唇をかみ締めて、眉根を必死に寄せている。

「だから、なんだってんだよ。ぼやっとした声出すな。」
「…どうして、ここに?東京にいたんじゃ…」
「観光だ観光!!京都は修学旅行以来だからなっ!」
良平がわざと声を張り上げて言う。
こういう時の良平は、強がって絶対に本当のところを言ってくれない。

「暇だしな、ずっと家にいたってよ…。」
少し頬を膨らませて目を逸らす。
杉野はがばっと抱き寄せて、息も出来ないくらいに抱きしめたい衝動に駆られた。

でもここは公衆の面前。
そんなことをしたらまた一週間くらい良平が口をきいてくれないかもしれないから、ぐっと我慢する。
これも体に染み付いた癖のようなものだった。

「…携帯、どうした?何度電話しても繋がらなくて…。」
「家に置いてきた。どうせお前か泰史の着信履歴で埋まるし。だるいから。」

そういえば、恭平が良平に毎日電話してくる男がいると言っていた。
泰史のことだったのか。
…許すまじ。

杉野が顔をしかめたのを見て、良平が遠慮がちに口を開く。
「お前こそ。」
「ん?」
「…お前こそ、なんとかっていう男とは、もういいのかよ。」
「野田?」
「名前なんて知るか。覚える気すらねぇ。」

強気というか無鉄砲な発言に、さすがの杉野も苦笑い。
ごめん、野田。
こいつはお前より数段口が悪いわ。

「どうなんだよ。」
良平がわずかに頬を紅く染めて念を押すように聞いた。
どうやら相当嫉妬しているらしい様子を見て取って、杉野は嬉しくなった。
…不機嫌な良平には悪いのだけど。

「なんにもないよ。もう別れは済ませてきたし。」
「…ふーん。もう、会わないのか?」
「うん、全然。偶然会っただけだから。」
「…ふーん。」

気のない返事。
でも杉野には、良平の表情から不安感が消えるのが見て取れた。
機嫌悪そうにしかめていた眉から、ふっと力が抜ける。

そんなわずかな変化が直接目で確認できるだけで、杉野はなんだか嬉しく感じた。
良平がすぐ手の届く場所にいる。
触ろうと思えば触れるし、抱きしめようと思えば抱きしめられる。
言葉をかければ、いつもの瞳がこちらをとらえる。
すぐ側で、声が聞こえる。

「…帰ろうぜ。杉野。」
良平がまっすぐと杉野の目を見つめて言った。
それだけで心踊る杉野は、無邪気な満面の微笑で答えた。
「ああ!」


聡平と泰史はまだまだ南下するというので駅で別れ、杉野と良平は恭平の取ったチケットで東京行きの新幹線に乗った。
杉野の携帯を借りて、良平が家に電話をかける。
話を聞くと、どうやら良平の遠征資金をバックアップしたのは恭平らしい。
あの時の電話が半分ほど演技だったのかと思うと、侮りがたし、と改めて平伏する杉野であった。

「…杉野。」
「ん?」
帰りの新幹線で。
窓の外を見たまま良平が言った。

「…今度出張がある時は、俺も連れてけ。」
「え…?」
「これ以上長く連絡が取れなかったら、舌噛んで死ぬ。いいな。」
恐ろしいことを平然と言う。
杉野はもし本当にそうなったら良平が実行してしまいそうで、真剣な顔をして頷いた。

「わかった。わかったから…死んだらだめ。」
「…死ぬかッ。」
そっぽを向いた良平の顔が耳まで赤い。
杉野は自分が考えているよりも、良平に想われていることを知った。

杉野は大きく息をついて目を瞑った。
「…遠距離恋愛みたいだったね。」
「ちぇ。…もし本当にそうだったら、俺らは破局だ。」
「させない。」
「…。」
良平が黙る。

目を瞑ったまま動かなくなった杉野の方を、良平がゆっくりと振り返った。
一週間のプレッシャーから解き放たれて、杉野は心から安心したように椅子にもたれている。
しばらく見とれるようにその横顔を見つめていた良平は、またゆっくりと窓の外へ視線を戻した。

…本当は野田って奴を一度殴ってやると思ってここまで来たが、杉野を見たらそんな気も失せてしまった。
相変わらず良平良平うるさいだけだし。

でも。
それが杉野の愛情表現。
野田っていう昔の男がいることを告げられた時よりも、連絡のなかった初めの二日のほうがつらかった。
あんなのはもう嫌だ。

「…俺らしくねぇことしちゃった。」
良平が小さく呟く。

眠っていると思っていた杉野が、横で囁いた。
「帰ったら、うち来いよ。」
「…。」
驚いて良平が勢いよく首を杉野の方に向けた。
杉野は目を閉じたまま、ニヤリと笑って囁いた。

「エッチしよ。」

「……………ッ!!!!」

良平の怒りの鉄拳が飛んだのは、それから一瞬後のことであった。


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