遠距離恋愛 P12



「待って!失礼ですけど、あなたは?」
日本語で語りかけると、その男はぎくっとして固まった。
どうやら日本語がわかるらしい。

「…あんた、俺の知り合いか?誰に頼まれた?」
「No , no .」
男が焦って首を振る。杉野はもどかしくなって怒鳴った。

「とぼけるなっての!」
声が構内に反響して、近くを通った数人が二人の方を振り向く。
必死の形相をした杉野を見て、男は両手を上げて降参のポーズをした。

「…俺は泰史って言います。聡平の友達で。」
「…?」
「英語で話しかけて来いって言われたので、そうしました。」
まるで悪いことをして見つかった子供のようにしゅんとして、泰史はぼそぼそと言った。
余程杉野の剣幕に気圧されたらしい。

しかし杉野はそんな泰史の態度に構ってはいられない。
問題は誰に頼まれたのか、だ。

「誰に頼まれた?聡平か?それとも…」
「良平くんです。」

…いた!

「今どこにいる?」
「えっ?」
「良平は、今どこにいる?一緒にいたんだろ?!」
「えっと…さっきまではあそこに。」
言って、側のエスカレーターを降りた先を指差した。

「…どこ?」
「ここ降りたら、地図を書いた掲示板の上に、鉄腕アトムの飾りがあるんです。その下。」
「…ああ!」
杉野は急いで地面に置いた鞄を引っ掴むと、泰史に背を向けて走り出した。
しかしエスカレーターの手前で慌てて振り返り、大きく手を振る。
「ありがと!泰史くん!」
途端に明るい表情になった杉野をポカンと見つめていた泰史は、目を丸くしたまま手を振り返した。
その頃には杉野はエスカレーターを駆け降りてしまっている。

なるほど、エスカレーターを降りれば、頭上にある鉄腕アトムはよくわかった。
見渡すと、爽やかな笑顔で手を振る聡平の姿が目に入った。
急いで駆け寄る。

「聡平!…お帰り、いつ帰ってきた?」
「んと、先輩が大阪来た前の日です。今は泰史と旅行中。」
「ああ、さっきの人…。」
後ろからサングラスを外した泰史がエスカレーターに乗って降りてきた。
聡平が手を振って呼び寄せる。

「先輩英語喋れるから意味ないって言ったのに、良平がやれって言うもんだからさ。」
「…その、良平は今…」
「先輩良平になんかしたの?一昨日あいつから電話かかってきてさ、今どこだっつーから、今名古屋だっつったら、明日大阪行くって言うもんだからさ。何があったか聞いたんですよ。」

「…。それ後で説明するから、良平は…」
「そしたら教えてくんなくて。大阪行くなら京都にしようぜって言って、昨日は京都観光してました。」

「良平はど…」
「機嫌わりぃのなんのって。金も兄貴から借りたって…」

「いいから!!良平は今どこ?いるんだろ、良平が……うぎゃっ!!」

そこまで言って、聡平の視界から杉野が横に倒れた。
聡平の右横から、良平のすらりとした足が伸びている。
ポケットに手を突っ込んだまま杉野に蹴りを入れた良平は、不機嫌そうに足を地面に戻した。

「良平良平うるせーんだよっ!馬鹿杉野!!」

杉野が蹴られた腰を押さえながら、ポカンとして良平を見た。
この一週間、会いたくても会えなくて、話したくても話せなかった良平が、目の前にいる。
眉をつり上げて不機嫌そうにしている顔も、今の蹴りも、ある意味久しぶり過ぎてなつかしい。

「…今のは痛いと思うぞ…良平。」
聡平がぼそりと呟く。
予想外に杉野がころんとこけたのでちょっとやり過ぎたかと思っていた良平は、うっと呻いてマフラーに顔を沈めた。

「…うるせぇ。だってこいつ、馬ッ鹿みたいに良平良平良平…。」
「私も呼べるよ、良平良平良平…」
「泰史がやんな。」
「…はぁい。」
杉野以外の三人は他愛もない会話を続けている。

杉野は夢みたいにクラクラした。
さっきの聡平の言葉が、時間差を置いて杉野の脳内に反復した。

良平がわざわざ大阪に来た?

…俺に会うために?

信じられないという表情でじっと杉野が見つめているのに気付いて、良平は会話をやめて杉野を見上げた。
「…なに。まさか一週間で俺と聡平の区別でもつかなくなった?」
杉野が黙って首を振る。
良平が眉を寄せた。
「…じゃ、なに。幽霊見るような顔して。」
杉野が一歩前に出た。
良平が反射的に身構えて、聡平が一歩下がる。
そのまま聡平はニコニコとぼんやりしている泰史を引っ張って、遠ざかった。

泰史が不思議そうに首を傾げた。
「聡平、どうしたの?」
聡平は明るく笑って、泰史の背中をバシバシと叩いた。
「お土産見ようぜ。日本らしいものたくさんあるぜ、泰史。」

「あ、いいね。見る見る!良平にも何かあげようッ。」
聡平は泰史を騙しているような気になり、少し胸が痛んだ。


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