非日常 P7



気を失った良平を担ぎ上げて自宅へ戻ると、玄関の前で、バイトを終えた聡平が蹲って待っていた。
階段を登る音を聞きつけて上から顔を出し、顔色の悪い良平を見て心配そうに顔をしかめた。
「良ッ。」
「しー。大丈夫、寝てるだけだから。」
杉野は言うと、聡平に鞄の中から鍵を出して欲しいと頼んだ。聡平はその鍵で扉を開け、二人を中に入れてから自分も入って鍵を閉めた。

「馬鹿馬鹿。どこ行ってたんだ、まったくもう…。」
聡平は、良平を下ろした杉野が洗面所で手を洗っている間、良平の頬をつねったり叩いたりしていた。こんなことぐらいでは起きないくらい、良平は憔悴しきっていた。

「電車乗り過ごしちゃってたらしいよ。」
「相当ボケだな!兄貴そっくり!!」
駅のことは何も知らない聡平が、プンスカと怒りながら心配して損したとかぼやいている。
杉野は苦笑して、布団を開けた。
「聡、手伝って。良平、熱が結構上がってきてるみたい。」
「この馬鹿は、ほっといたって死にませんよ!」
「まあまあ。死んだら俺は困るもん。」
「……俺も困りますけど。」
そういうことを言いたいのではない、と杉野にも怒った顔を向けて、聡平は素直に杉野の指示に従った。

力が抜けて、元気のない良平なんて、なんだか良平じゃないみたいだ。
苦しそうな良平の横顔を見て、杉野も聡平も、同時に同じことを思っていた。

「バイト代わってやったんだってね。うまくできた?」
良平を寝かしつけてひと段落したところで、杉野は缶ビールを取り出して、言った。
受け取った缶の蓋を開けながら、聡平が答える。
「はあ。まあ勘です。ああいう店はどこ行ってもやることほとんど同じだから。」
「えー。でもさすがにバレるだろうに。」
「店長にはバレましたね。でもまあ、隠してても仕方ないんで。」
「ははっ。」

杉野はぐびっとビールを飲んで、黙った。
聡平もつられて缶に口をつけ、思いついたように言った。

「あ。兄貴ですけど。」
「んっ。良平が、黙っててっていうから黙ってたんだけど…」
「もうとっくに知ってますよ。」
「……ですよねぇ。」
杉野が乾いた笑いを漏らした。
後で謝らなきゃ。…なんかあの人は、敵に回したくないっ。

「杉野先輩がついてるから、お任せしますって。言ってた。」
「……。…怖いくらいの信頼度。」
「よかったですね。」
「嫌味か……?」
聡平が真顔で言うので、思わず杉野は引きつった笑顔で聡平を見た。

「あと…気になってたんですけど。」
「んー?」
「あそこにある、お粥。」

聡平が指差した先には、台所のガスコンロの上にある、鍋。
鍋の中には作ってから誰も口のつけていないだろうと思われるお粥が、おいてある。もうだいぶ冷めてしまっているようだったが。

「杉野先輩が作ったんですか?」
「まさか。俺、日常に食べる料理くらいしか作れないもん。」
「じゃあ…」
杉野はぐびびっとビールを飲み干して、空になった缶を握り潰して、笑った。

「俺のおふくろ。良平の世話を頼んだのにさ、見事留守中に良平くんを逃がしてしまったんだと、さ。」

「へぇ…。おふくろさんって、どこに住んでるんでしたっけ。」
「実家は隣の県だけど…電車でいくと、二時間半くらいのとこかな。」
「えーっそんなとこから来てくれたんですか?」
「うん、まあ。」
「すごいですね…優しいですね。」
「優しいっていうか…。俺あんまり頼み事しないからね。時々電話すると、嬉しそうに手伝いに来てくれるわけ。」
「へぇ〜〜〜。」
珍しく聡平が興味津々といった風に目を輝かせて何度も頷いた。
…そんなに、おかしいこと言ったか…?

「それじゃ、明日も…?」
「んにゃ。彼女も働いてますからねぇ。何日もは無理よ。明日は俺が休む。」
「えっ?!」
「有給とっちゃった☆」
ピースサインとともに、お茶目に顔を崩して笑った杉野に一歩引いて、聡平は頭を掻いた。ベッドで眠る良平の方を向いて、真っ赤に染まった頬をツンと突付いた。

「幸せ者でしゅね〜。良平ちゃん。」
「んん…。」
良平がひんやりとした感触に顔をしかめて、その指を振り払った。

「はは。眠ってても嫌がってる。」
「ふふ。聡平、送っていこうか。車出すよ、ついでだし。」
「いいっすよ。先輩、良平のこと心配でしょう。こいつのことだから、またどこかに消えちゃうかもしれませんよ。」
「…それは、笑えないな…!」
「それに飲酒運転だし。俺はゆっくり帰ります。電車もまだあるし。」
「そう?大丈夫?」
「はい。明日もまたこのくらいの時間に様子見にくるんで、夕飯よろしくお願いします。」
「あら〜。じゃあ、どうせバレてるなら恭平さん連れてきて…」
「え?」
「久しぶりに、恭平さんの料理が食べたい。」
「はは。」
聡平は笑って、不安の去った軽い足取りで帰っていった。


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