襲撃 P1
「良平〜〜。起きろって。」
「ぅんん…。」
「まったく。」
既に朝食をすませた杉野拓巳は、ベッドで寝こける恋人の良平の寝顔を見ながらため息をついた。
彼の朝に弱い習性は、どうにかならないものかな?
「良。良平…起きろ。」
杉野は良平の耳元で囁いた。
すると良平は鬱陶しそうに手で杉野の顔をペチンと叩く。
「んるせぇ〜…。もう少し…」
「いてぇ。…食べちゃうよ、良平。」
「んー…勝手に食えよ…」
「じゃあ、遠慮なく♪」
良平は朝食のことを言っているのだと思っていた。
それだから、急に頬に生暖かいものが触れたことに驚いて、ぱっと目を開けた。
杉野の顔が目の前にある。
「うわぁ!すぎっ、のっ。」
「食べちゃうから。」
「ごめん!許して!!ゆるし…ん…っ」
良平はこの日、朝っぱらから濃厚なキスを受けた。
抵抗した腕は絡め取られ、何度も角度を変えられる。
杉野の舌が未だぼんやりしている良平の脳内を痺れさせていく。
次第に大人しくなった良平は、重ね直した時にずれて漏れた吐息に甘い声を混ぜた。
「んぁ…ん。」
良平が十分に感じ始めた頃を見計らって、杉野が唇を離す。
良平は名残惜しそうに杉野の唇を見つめた。
「おはよう。良平?」
「おは、よう…。」
気持ちよかったと感じてしまった良平の心を見透かしたように杉野が笑う。
良平はかぁっと顔を真っ赤に染めて、がばりと起き上がった。
「早く仕事行けよ!!」
「起きてくれないからさぁ〜良平ちゃんが。」
「うるせぇな!眠かったんだよ!お前のせいだろ!」
「そうだっけ?俺より先に気を失ってたじゃん。」
ニシシといたずらっ子っぽく笑う杉野は手に負えない。
良平は諦めて黙り込んだ。
「じゃあ、俺は会社行ってくるから。良平もちゃんと大学に行くんだよ。」
「わかってるよ!ガキ扱いすんなっ。」
「はいはい。」
杉野は心底楽しそうに笑って、良平の頭をポンポンと撫でた。
「行ってくるね。」
「…行ってらっしゃい。」
何事もない、普段どおりの光景だった。
その後、良平は一人でブラブラと駅へ向かった。
大学の講義は午後からだから一旦家へ戻ろうかとも思ったが、この日は前日に原チャに乗ってきていなかった。
どうしようか迷っている最中に、ゲームセンターの横を通った。
授業がダルイとどうしても寄ってしまう場所。
良平は割りと何も考えずに、ふらりとゲームセンターの中へと入った。
ピコピコピーン
店内はゲームの効果音やら人の会話やらで賑わっている。
良平は店の一番手前にあったボックスに目を付けた。
どうやって取ろうかと腕を組んで悩んでいると、箱の向こう側にいた赤い髪の男が目に付いた。
良平よりはるかに高い身長の彼は、余った図体を気だるそうに持て余している。
彼は派手なシルバーチェーンやら指輪やらをつけ、タバコを吸いながら百円玉を投入する。
良平が行方を見守っていると、彼は見事な手捌きでぬいぐるみを掴み、ポトリと取り出し口へ落とした。
「ひゅ〜。すげぇ。」
良平は感心して声を上げた。
赤毛の彼はちらりと良平を見やり、もう一度百円玉を投入する。
今度は一度では取れなかったものの、次に取りやすい位置まで動かす。良平が見守っていると、次の百円玉でそのぬいぐるみをゲットしていた。
「うめぇ!お前、すげぇな!」
良平は感動して彼に話しかけた。
「は?あんた誰よ。」
「佐久間良平。なぁ、あれも取れる?」
そう言って良平は嬉しそうに一番奥のぬいぐるみを指差した。
「取れるけど…。あんた、いくつ?」
「俺?二十一歳。ってかなんでもいーじゃん取れって。いくらで取れる?」
「…五百円。」
「え?三百円じゃ無理?」
「…やろうと思えば。」
「じゃ、それで。三百円やるから。取って!」
良平は無邪気に笑って、百円硬貨三枚を彼の手に託した。
そのまま逃げられたらとっ捕まえるつもりでいたが、彼は見かけに寄らず大人しく良平の言うことを聞いた。
寝ていたぬいぐるみを起こし、取り出し口に近付ける。
良平も下手ではないが、彼ほどうまい人も見たことがなかった。
三百円きっかりで良平の欲しがったぬいぐるみを見事に落としたその男は、自分の取った二体も合わせて良平に差し出した。
「やる。」
「え?こんないらねぇよ。一つでいい。」
「いらねぇなら捨てていい。」
「ちょっと。お前…」
良平が反論しようとした頃には、彼は良平からすでに数歩離れていた。
…まぁいっか。
くれるというなら貰ってしまおう。
良平は三体のぬいぐるみを鞄の中に詰め、ゲームセンターを出た。