襲撃 P13



遠くの音がやたら近くで聞こえる。
かと思いきや、近くでしている音が、妙に遠くに聞こえたりして……

瑞樹は朦朧とした意識の中で、必死に体を動かそうとした。
だが、思ったようには動かない。
少しでも動かすと、ひどい痛みが全身を駆け巡った。

…どうしたのか考える。
遠くだか近くだかわからない場所で、良平、…れば、来い、と単語だけが聞こえてくる。


野村を助けるために、指定された場所に瑞樹は一人で乗り込んだ。
良平に知らせるわけにはいかなかった。
目的は良平なのに、みすみす手渡してたまるか。

あのキレイ顔は元から嫌な感じだわトーコには馴れ馴れしいわで気に食わなかったから、一発顔に拳骨をお見舞いしてやろうと思ったのだ。
…そこまではよかった。

のこのこ一人で現れたことに相手は油断していて、おそらく顔が元に戻るのは何年先だろうかと思われるほど、殴り倒してやった。
…そこまでは。

それから、気が付いたら、後ろからやけに大きな男に、後頭部を殴られたんだ。
一瞬意識がなくなって…

遠くから取り巻き気味に眺めていた奴らが、一斉に、こっちの方へ走ってきやがって。
殴るわ蹴るわ……

我ながら迂闊だったな。
瑞樹はふっと笑みを零し、口の端が切れている痛みでウッと顔を歪めた。

ちくしょー。体が…動かねぇー。
よくわかんねーが……良平。来んなよ。
あいつ馬鹿だから。来るかもしれない。って今は人のこと言えた口じゃねぇ…


「智哉!来たぜ!!一人で来やがった!」

ちっ。
瑞樹は半ば夢の中で大きく舌打ちをした。
来るんじゃねーよ、アホタレ。


「智哉!どこだ!」
突然近くで聞こえたような気がした。
その声は、紛れもなく、八年近く慣れ親しんできた親友の声。

「瑞樹を返せよ!!」

耳元で足音がして。
気が付いたら、がばりと体を抱きかかえられていた。

「……って!」
「瑞樹…大丈夫か!おい!」
「い…てぇ。…良平か?」
「そうだよ。ったく…無茶しやがって。一人でなんて無理に決まってる!どうして俺に言わなかったんだ!!」
「ばぁか。…てめぇこそ…なんで来たんだ。」

罠だぞ。

続きを言おうとした瞬間に、動かされた腕に激痛が走ったので瑞樹は顔をしかめた。
こりゃ…そこら中の骨、何本か折れてるかも。
「瑞樹!…もう、喋るな。すぐに救急車呼んでやるから!」
「いいから…逃げろ、馬鹿…」
瑞樹はふぅっと、意識が遠のくのを感じた。
こいつ、逃げねぇだろうな…性格的に…
良平の腕の中で、瑞樹の体の力ががくりと抜けた。
「瑞樹!!」
良平は慌てて体を揺さぶって、念のため息をしていることを確かめた。
瑞樹の体についた血が、良平のシャツを汚している。
良平は傷ついた瑞樹を見つめて、ぐっと涙をこらえた。

悔しさと怒りをこめて、二人をとりまく男たちの中心にいる、赤い髪の大男を睨んだ。
「…智哉。てめぇ…許さねぇ…っ」
良平は今にも飛び掛って殴り合いを始めそうな雰囲気をしていたが、怪我人の瑞樹を離すわけにもいかず、辛うじてその場に踏みとどまった。

「そう怒んなよ佐久間さん。こっちだって、明人がヒドイ目にあったんだからよ。おあいこだぜ。」
「知ったことか。どうせそいつが何か瑞樹を怒らせるようなことをしたんだろ。」
良平は智哉の後ろで気を失っている男にちらりと目をやって、すぐに智哉に視線を戻した。

「智哉。」
「何、佐久間さん。」
「瑞樹の携帯を返しな。」
「どうして?」
「うるせぇ!早くしやがれ!!」
良平が怒り狂った声を上げた。
智哉はさすがに少し引いて、それからニヤリと満足そうに笑った。
ポケットから携帯電話を取り出し、良平の方へ地面を転がす。
その勢いを足で止め、良平はその携帯を開いた。

よかった、電源はついてる。

良平素早く119の順にボタンを押した。
通話ボタンに親指を伸ばして……

その手を、智哉に止められた。
画面を注意して見ていたために、近付いてくる彼に気が付かなかったのだ。

「…っ智哉。放せ!」
「救急車呼ぶんだろ?その前に一つ、約束をしてもらわなきゃ。」
「…約束?」
「そう。岡田くんを助けたいなら、その条件として。今日から君は俺の家で暮らせよ。二度目のご招待だ。」

予想はしていたことではあったが。
良平は悔しそうに顔を歪めた。

もう金輪際、こいつとは係わり合いを持ちたくなかったのに。
あの家にいては、一体何をされるかわかったものではない。
この男と一分一秒と、二人きりになどなりたくないのに…

良平は一瞬迷って、瑞樹の顔を見た。
傷だらけの瑞樹。
彼を放って、自分だけ逃げ延びる道があると思うか?

「…わかったよ。行ってやるよ、お前んちにな。だから放せ!!」
「よかった。」
智哉は口の端を歪めて、満足そうに邪悪な笑みを浮かべた。
ふっと力が抜かれ、智哉は良平の手を離した。
良平は悔しそうに唇を噛み締めて、必死の思いで声を絞り出す。

「その代わり。」

「何?」
「条件を増やすぜ。瑞樹を助けること、そして、俺に関係のある全ての人間にこれ以降関わらないこと。この二つを約束してもらう。」
「佐久間さんの体一つに条件が二つ?随分と、アンフェアだな。」
「お前らに合わせてるんだ。それに。」
「…?」
「俺は、それだけのものを賭ける価値ってもんがあるだろ。違うか?」

良平は揺るぎない意思を含んだ瞳で、智哉の顔をまっすぐに睨みつけた。
良平の大胆な発言に、智哉は機嫌を損ねるでもなく、さも楽しそうに笑い出す。
「あはははは…。それでこそ佐久間さんだね。いいよ。救急車でもなんでも呼びなよ。なんなら警察でも呼べば?はははっ。」

ちっ。
良平は智哉を睨みつけたまま、携帯電話の通話ボタンを、押した。


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