監禁 P10
外は晴れ渡っていて、ところどころに白い雲が見える。
杉野は屋上へ出て、風の吹く広い空を見上げた。
手に持った箱から一本の煙草を取り出す。
瑞樹の話を聞き終わった後、ふらりと立ち寄った自動販売機で買ってきたばかりの、シガレットケース。
「…あ。火、忘れた。」
杉野はぼんやりと呟いて、その一本を咥えたまま手すりに寄りかかって座り込んだ。
日差しをまともに受けるので、普段なら暑くてたまらないだろうに。
そういう感覚さえも、まともに働いていないようだ。
汗一つかく気にもならない。
突然目の前から、大事なものを奪われた。
しかも丸一日以上、奪われたことに気付かなかった。
…大ばか者だ。
無理矢理にでも連絡を取ろうとしていればよかった。
瑞樹の家にいるのは大体想像がついていたのだから、必死になって駆け込んでいればよかった。
そうすれば少しは彼の力になれたかもしれないし、別の方法を思いついたかもしれないのに。
どうして、良平の苦しい時に、傍にいてやれないのだろう。
いつもこんなに愛しているのに。
愛しくて愛しくて、昼夜時間を問わず、彼のことを考えているというのに。
…どうしてこんなにも、力になってあげられないのだろう?
「拓巳。」
視界に、ふと影がさした。
同時に聞こえた声は、今一番聞きたい声とは程遠い。
心配そうな野田の童顔が、そこにはあった。
「大丈夫か。しっかりしぃや。」
口の動きと野田の声が、若干遅れて頭に届く。
大丈夫、なわけ、ないだろう?
杉野の口元から、ポロリと煙草が膝元へと落ちた。
「拓巳。しっかりし。」
「…いいから。ほっといて…一人にさせて。」
「そうもいかん…俺はお前が心配なんや。」
「心配される資格なんて、俺にはない。」
「…何言うてるん。」
「一人にさせて。向こう行け。」
杉野にしては厳しい口調だったので、野田は大人しく黙った。
目の前にいる野田の痛々しい心遣いが胸に痛い。
杉野は落ちた煙草もそのままに、目を閉じた。
今、良平はどうしているのだろう。
見ず知らずの赤城という男は彼に何を強要している?
想像するだけで、聡平でなくても吐き気がしそうだ。
毎日毎日、彼の笑顔が見られるだけで幸せだった。
彼が自分の腕の中にいたことが夢みたいに昔のことのように思える。
キスをしてくすぐったそうに顔をしかめて笑ったり、抱きしめたぬくもりに安心したり。
ちょっとわがままを言うと、すぐに怒って。
夢中になって抱きしめていた、大好きでたまらない良平を、誰だかわからない他人の手に無遠慮に奪い去られる日がこようとは、夢にも思わなかった。
すぐにでも取り戻したい。
できることなら……今、すぐに。
杉野は眉を寄せた。
閉じた瞳の隙間から、熱い涙がこみ上げた。
涙を流す資格すらないと、自分を責める。
そう思えば思うほど、悔しくてたまらなくなった。
静かに涙を流す杉野のことを、野田は立ち尽くしたままじっと見つめていた。
目を細めて、考えるように頭を傾けた。
「妬けるなぁ。」
ぽつりと呟いた言葉は、きっと杉野には聞こえなかったに違いない。
流れる涙を拭おうともしない杉野に、野田は男らしさすら感じてしまう。
しゃがみこんで、顔を近付けた。
しゃーない。
恋は落ちたもんの負けで、俺はこいつの力になりたいと思う。
例え見返りが何もないとしても、な。
野田は諦めたように苦笑して、杉野の顎に指をかけた。
顔を傾けて口を開き、頬に流れた涙を舌で舐め取る。
熱い太陽が、二人を照らして影を重ねた。
「…野田。やめて。」
杉野が小さく言って、手で野田の体を軽く払った。
それにふっと笑みを零した野田は、一旦目を逸らし、下から睨み上げるように挑発的な瞳を上げた。
「拓巳。あんま心配すんなや。俺がいっちょ、手ぇ貸したる。」
「え…?」
野田の瞳はひどく挑戦的で、小悪魔的な危険に満ちていた。
時々彼は、こういう魅力的な瞳を向ける。
「お前の元に良平クンを返したるわ。協力し!」
「どういう意味だよ?」
わけがわからない、という様子で杉野が眉をひそめた。
野田は微笑んだまま、ふっと寂しそうな表情をして。
「その報酬に、ちゅーくらいさせてぇな。…拓巳。」
野田の触れるだけのような震えるキス。
理由などわからないが、杉野はそれを、目を閉じて受け入れた。