抱擁 P1
赤城智哉は現在十八歳、高校生。
髪を真っ赤に染めて不良を纏め出したのはいつの頃だったろうか。
喧嘩が強かったのは生まれた頃からではなく、父の教育の賜物だった。
警察官の父親は、智哉の記憶に残る限り、厳しい人で笑ったことなど一度も無い。事件だ事件だと言っては家に帰らず夕飯はいつも一人だった。
母も警察官で父親ほどではないにしろいつも何かを抱えているような人だった。
父に負けず劣らず笑うことは少なく、いつも怒ってばかりいた。
夫や職場への不満を面と向かって言えないものだから、子供の智哉へ当り散らす。
諦めていたんだ。
こいつら大人は、きっと子供の気持ちなんてちっともわからないんだって……
智哉が問題を起こす度に何かとお金で解決を試みてきた親たちは、きっと子供の心だって金で買えると信じているに違いない。
警察だからって、そんなことしていいのか?
警察なんて信用できたものじゃない。
所詮はそこら辺にいる大人たちと変わらないではないか。
子供の頃には漠然としか言葉にできなかったことが、成長するにつれて理解できるようになることもある。
いつまで経っても理解してくれない親にいつまでもすがっている必要は無い。
友達はできなかったが、時間を共に過ごす奴らはできた。
気に入った女は捕まえて閉じ込めた。
そのことで何か問題が起こったって、馬鹿な父親や母親が、お得意のお金様を積んで庇ってくれるんだから何も苦労することはない。
そうだろう?
「ほら良平さん。食えよ。」
「いらねぇ。」
良平はぶっきらぼうな声で答えて智哉から顔を背けた。
この部屋に閉じ込められてから二回目の夜。
智哉は三時くらいからいなくなり、夜になって戻ってくる。
もっとも良平は気を失っていたので朧気にしか記憶がなかったが。
智哉は私服に着替え、良平は相変わらず何も纏わぬ姿にタオルケットがかけてあるだけだった。
手首は頭の上に手錠でまとめられていて、自由にベッドから動くことができない。
体中が痺れて感覚が鈍り始めていた。
おまけにこんな状況下だからか、ちっとも食欲がわかなかった。
丸二日何も食べていないのに、智哉の差し出したコンビニのサンドウィッチを見るのも嫌だった。
「食えってば。」
「いらねぇって言ってんだろ。もっとましなもん買ってこいよ。」
半分諦めたような口調で睨んでくる良平を見下ろして、智哉は溜息をついた。
持っていたサンドウィッチを投げ出して、良平の腰の辺りへ腰掛ける。
「知らねぇよ、体力持たなくなっても。俺の前から逃げ出せるわけじゃないんだから。」
「そんなのわからねぇじゃねぇかバ〜カ。」
「…生意気だなぁ。ちょっとは怯えた表情してみろよ。」
智哉はそう言って、良平の方へ顔を寄せた。
まっすぐと睨み返してくる良平の瞳は、二日前の輝きを少しも失ってはいない。悔しそうに唇を噛んだところへ、智哉は自分のそれを重ねてやった。
良平が息を止める。
柔らかい唇は、智哉のキスに吸い付くようにうっすらと開かれる。
智哉が差し入れる舌を良平は大した抵抗もせずに受け入れた。
感覚が麻痺してきているのだろうか。
良平はキスくらい安いものだと思い始めていた。
抵抗すると乱暴に体を押さえつけてくる智哉は、なぜか、抵抗をやめると押さえつける力を弱めてくる。
どこか優しさのようなものを含んだ動きに変わるのだ。
キスも、合わせてしまえば苦しくも痛くも無い。
恋人のそれとなんら変わらぬ、探るような不安げなキスだった。
「ん…っ」
良平が苦しそうに息を吐いたので、智哉は少しだけ唇を離した。
舌から伸びた唾液が尾を引く。
息を吸い、目を合わせた良平の唇を角度を変えてもう一度奪い、奥深くまで舌を挿しいれる。
良平は智哉の舌に、そっと自分のそれを絡ませて応えた。
「慣れてきたじゃん。」
「てめぇのキスが一本調子なんだよ。」
「ふーん。まぁそうかもしれないな。良平さんはキスがお上手、だこと。」
「…そんなにしたことねぇ。」
何度もしていいのは、杉野だけだった。
今でも気持ちはあいつだけだ。
そう。
キスなんて安いものだと思うのは、智哉のキスからは杉野のキスのような気持ちは感じないのだ。
それは良平が相手を好きかそうでないかというよりは、もっと根本的な……
「お前さ…。」
「ん?」
良平は唇を離して、自分の上にいる智哉のことを見上げた。
智哉は不敵な笑みを浮かべて、濡れた自分の唇をペロリと舐め上げた。
「セックスしたいのか?良平さん?」
そう言って微笑む智哉を見ていると、無意識に身体の奥がドクリとしてしまう。
早く抜け出さなければ、本当に身体は智哉に奪われてしまうかもしれない。
いくら目の前の男に感情がないとしても、理不尽な強制に屈しない精神力を持っていたとしても。
…与えられ続ける快感に勝つことは無理そうだ、と良平は思い始めていた。
「智哉…お前さ。どうして早く抱かないんだ?」
「え?ふふ。やっぱりしたいんだ良平さん。」
「茶化すな。違うんだ…そういうことじゃない。もっと根本的なことを聞いてる。」
「根本的?何それは。」
「お前は本当に俺を抱く気があるのか?」
「え…?」
「お前は俺のことが本当に好きなのか。愛してるのか?そういう根本的な気持ちを…お前からは感じることができない。」