抱擁 P13
杉野の心配を他所に、良平は事実を話す気にはなれなかった。
性行為らしきことはしたが、最後までいってないなんて、誰が信じるだろうか。何も言わずにうやむやにしておいた方がいいことだってあるかもしれない……
「もう忘れよう。俺はお前だけだから。」
「でも。」
「お前だけなんだよ、聞かないで。」
良平の強い口調に、杉野は黙った。
良平としては杉野のためだと思ったのだが、彼はそうは取らなかったらしい。
むっと眉を寄せて、良平のことを困ったように睨む。
「それって。なんだか赤城を庇ってるように聞こえる。」
「えっ?」
「…良平くん、赤城のこと好きになった?」
「まさか!馬鹿を言うな馬鹿をっ。」
本気で焦った良平は、慌ててベッドの上に上体を起こした。
しかし杉野が肩の辺りを強引に押したので、再び背中を布団に沈まされてしまった。
「じゃあ、どうして黙ってるんだ。」
「…言ってもどうしようもないだろ。」
「俺には言ってよ。良平が何をされたのか知りたい。知ってないと…俺は、不安で。」
杉野はわざと言葉を切った。
自分の下にいる良平は、困ってる。
複雑な表情をしてこちらのことを見上げている。
…それは赤城を庇っているからなのか、それとも他に何か考えがあるのか、杉野には判断がつかなかった。
「杉野…?」
良平が杉野の顔を覗き込んだ。
杉野はウッと目頭が熱くなって、辛うじて堪える。
間を置いて言葉を搾り出した。
「もう…良平のこと、抱けないかもしれない。」
杉野の思い切った言葉に。
良平は驚いて、身動きを止めた。
なん、だって……?
体が強張って口が上手く動かない。
何か言いたいのに、息が詰まって、言いたいことが出てこない…っ
「俺、それが怖くて。いくら良平が今までと変わらない態度を取ってたとしても。…抱けないかもしれない。良平、俺はそれが怖い。」
杉野自身の気持ちが冷めてしまうかもしれないということ。
事実、今の杉野には目の前にいる良平のことがとても遠くに感じていた。
すぐ傍に、いるはずなのに。
心の距離は計り知れない。
「良平、教えて。良平のこと全部教えて。」
「す、ぎ…っ。」
「俺はこれからも良平といたい。いっぱいいっぱい幸せな時間を過ごしたい。楽しいこともいっぱいしたい。…良平じゃなきゃだめなんだ。」
野田ではだめだったように。
杉野の目に浮かんでくるのはいつだって、どこにいたって佐久間良平ただ一人。
それを改めて実感した瞬間に、その良平がこれほど遠くに感じるなんて。
不安で不安で仕方ない。
「…杉野。」
落ち着きを取り戻した良平は、腕を伸ばして杉野の頬に触れた。
途端に彼の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
堪えていた涙が、後から後から制御を失って溢れ出す。
「ねぇ、泣くな。泣かないで…俺にキスして。」
「……え……?」
「話す。俺、話すから。」
杉野の好きな、まっすぐで迷いのない、堂々とした漆黒の瞳が彼を捕らえた。
大好きな、良平。
「正直に話すよ。俺…俺だって怖いんだ。お前に嫌われるのはすごく怖い。俺だって、お前だけなんだよ。」
夢でも…見てるのだろうか。
一瞬前までものすごく遠くに感じた良平のことが、急に間近に感じられた。
良平の言葉は魔法の言葉。
杉野の心を捕らえて離さない。
杉野は頬に触れていた良平の腕を手首の辺りで握り、首をかがめた。
ゆっくりと顔を近付けて。
何日ぶりかのキスをした。
良平の唇は何も変わらず柔らかくて。
暖かい体温が、体中に広がっていった。
触れただけで、杉野は震える唇を離した。
自然と涙は止まっていて、良平の視線を真っ向から受け止める。
「…杉野。今から、抱いてよ。」
「え?」
「俺のこと抱いて。そしたらきっと真実がわかるよ。体に傷もあるけどそれも全部、お前にやる。」
「…。でも、熱が。」
「大丈夫、我慢できる。」
「…。」
他人のつけた傷なんて、欲しくもなんともない。
熱で苦しむ良平も見たくない。
でも…
良平が言うのなら。
甘んじて受けようと思う。
「杉野ならわかるよ。俺の全てを知ってるのはお前だけだ。絶対に。」
良平の言葉に、杉野は妙に納得して頷いた。
…彼の言葉も身体もきっと真実を告げているはず。
良平の全てを知っているのは、自分だけ。
杉野は静かにもう一度、良平の唇にじぶんのそれを重ねた。
今度は唇の隙間から舌を滑り込ませて、丹念に舐め取っていく。
「ん…っ。」
良平の鼻にかかったような漏れた喘ぎ声が、ドキドキする。
杉野は良平のパジャマに手をかけた。
呼吸を上げて、良平が腕を絡ませてくる。
ボタンを外し、肌の上に指を這わせて………
杉野は動きを止めた。
唇を離し、しばらく呼吸を整えてから良平が上目遣いに杉野のことを見上げた。
「…どした…?」
「良平くん。俺、大事なこと、思いついた。」
「え?」
「お前、風呂入ってないでしょ!」
「ぎゃ?!」
突然の指摘に良平が胸元を隠し、圧し掛かっていた杉野の体を突き飛ばした。
逆らわずにいたためベッドの反対側に吹っ飛ぶ杉野拓巳。
「ばか野郎〜!今からシャワー浴びてくるもんっ!」
「えぇっ?!“今から抱いて”発言は?!」
「取り消し!!ダメだ!許さん!」
「ちょっと……良平ちゃ〜〜〜んっ!!」
杉野の悲痛な情けない叫び声が、二階と一階全体に響き渡った。