抱擁 P12
目を覚ました時、良平は見覚えのある天井を見た。
…ここは、俺の部屋だ。
すぐに理解したが、どうして自分がここに寝ているのかわからない。
全て夢だったのだろうか。
上体を起こそうとして、右腕に痛みが走った。
よく見ると丁寧に包帯が巻かれていて、枕元には氷枕が転がっていた。
一階から食べ物のいい匂いが漂っている。
兄貴のお粥かな、なんて思っていると、扉が開かれて人が入って来た。
「あ。」
「あ。聡平。」
「目ぇ覚めた?よかった。」
聡平はいつもと変わらぬ良平とそっくりの笑顔を向けて、ベッドの隣の棚の上から体温計を取り出した。
「はい、熱測って。」
「ねつ?」
「うん。今朝までお前、ひどい熱があったんだよ。その様子じゃぁまだあるかもな。今兄貴がご飯作ってるから。それ食べろよ。」
「…そう。覚えてねぇや。」
良平は頷いて、大人しく体温計を受け取った。
聡平は部屋の中の締め切っていたカーテンを開けて、外の光を入れた。
今、何時なのだろう。
「今はお昼回ったとこ。俺は大学を休み、兄貴は仕事を休んでる。」
「えっ?」
「ついでに言うと、瑞樹は着替えを取りに一旦家に戻ってて、祐也とトーコも同じ。杉野先輩は運転手。野田さんは大阪に帰ったよ。」
「はぁ?」
「あと三十分くらいしたらまたみんな戻ってくるよ。」
「あ、そう。」
聞いてないのにホイホイと良平の疑問の答えを述べる聡平に、良平は疑問も抱かずに頷いた。
本気になりゃテレパシーとかできるんじゃねぇかな、俺たち。
聡平は最後に小さな声で付け足した。
「心配したんだ…本当に。無事で本当よかった。」
良平は人差し指でポリポリと頬を掻いた。
聡平の言った通り、やがて杉野を始めとした四人が佐久間家へやってきた。
パジャマにジャージを羽織ってお粥をパクついていた良平は、沢庵をカリポリ噛みながら彼らを出迎えた。
「よぉ。おっはー。」
良平はわざと気を抜いたような声を上げ、麦茶の入ったコップを口につけた。
「おー。気が付いたか。腕は痛い?」
「いーや、別に。それより腹減っちゃってさー。これ三杯目。」
「食いすぎ…。」
瑞樹が呆れたように良平を見やった。
右腕だけ負傷した良平に比べて、瑞樹の方が怪我の具合はひどいようだ。
良平はニヤッと笑みを零した。
「あっれぇ〜瑞樹くん。全身傷だらけじゃないのぉ〜?どうしたのかな?」
「ふ・ざ・け・ん・なっ。誰のせいだ誰のっ!」
瑞樹はバンッと机を叩いて、荒々しく食卓の机へ腰掛けた。
台所から兄の恭平が顔を出した。
「みんなー。チーズケーキ焼けたよ。食べてって〜。」
「はーい!」
「いただきまーす!」
全員が一斉に椅子を取り合って座り始めた。
杉野が恭平を手伝って一人一人に紅茶を注いでいく。
良平もここぞとばかりに手を挙げて、元気よく言った。
「俺も、俺も!」
「良平の分はありません!早く熱を下げなさい!」
恭平に一括されて首を引っ込めた良平を見て、その場にいた全員が声を上げて笑った。
夕方くらいまで、良平たちは佐久間家のリビングを占拠してゲームやらトランプやらをして遊んでいた。誰一人として良平がどういう目にあったのか聞かなかったので、その話にはならなかった。
それが良平には心地よくて、少しくらいの熱があることはさして問題にならないくらいはしゃぎ回って遊んでしまった。
恭平が夕飯の支度を始めると、さすがに悪いと瑞樹たちは帰っていった。
「食べて行ってもいいんだよ。材料はあるし。」
恭平はそう言ったのだが。
「俺たちの分まで、杉野先輩に食べさせてやってくださーい。」
「じゃあね〜先輩!良平、聡平くん!」
「お邪魔しました。」
瑞樹、トーコ、祐也は順番に頭を下げて玄関から出て行った。
良平は照れ隠しに適当に手を振っておいた。
「くしゅんっ。」
「…良平?」
「ああ、大丈夫、くしゃみをしただけ。」
「寝ろよ。恭平さん、俺こいつ寝かしてきます。」
杉野は良平の返事も待たずに恭平へ声を掛け、ぐいぐいと良平のことを二階へ押しやった。
恭平は苦笑するだけで大人しく二人を見送る。
ちぇ。
部屋に入ると。
杉野は猛然と良平にタックルをしてベッドの上に転がり込んだ。
「うわぁ?!」
良平が悲鳴を上げた頃には、既に抱きしめられて動けなかった。
痛いくらい抱きしめられたのは昨日に続いて二度目だ。
「杉野。ごめん、もう大丈夫だから。ごめんな。」
「…。」
「心配かけてごめん。俺、この通り元気だから…。」
良平は杉野の耳元でできるだけ優しい口調で囁いた。
これで安心してくれるかどうかわからないが、言わないよりはましであろう。
しばらく大人しくしていると、杉野はのっそりと顔を上げた。
顔は真っ赤に染まっていて、思いつめたような表情をしている。
「赤城って奴に何をされてたの。」
「え?……何も。」
「本当に?」
杉野の脳裏には、野田のもたらした“裸で手錠を掛けられていた”という情報が渦巻いていて離れない。
良平の裸を見られたというだけでも腹立たしいのに、それ以上のことがなかったわけがない。