おめでとう P8



「たっだいま〜。」
良平は上機嫌で杉野の部屋に乗り込んだ。ほろ酔い気分で気持ちがいい。さっさと杉野とやることやって、さっさといい夢見るため眠りたい。
荷物を持った杉野が後から入り、中から鍵をかけながら靴を脱いだ。それから顔を上げると部屋の入口で良平が立ち止まっているのが見える。杉野は静かに、良平の背中に近寄った。

「りょ・う・へ・い。」

声をかけても返事がない。
腕時計をみると、あと数分で日付が変わろうとしていた。ことが予定通りに進んでいることに杉野は満足げな笑みを浮かべた。

部屋の入口で立ち尽くし、口元を押さえて言葉を失っている良平の視線が注がれているのは、部屋のちょうど真ん中に、机に置かれておいてあった。
震える声で、肩越しに杉野を振り返る。
「す…杉野…」
「ん?なあに。」
「おれ…俺…っ」
「予想外だった?」
こくこくと頷く。目は涙で潤んでいた。
今日の良ちゃんは泣き虫らしいな。
「ふふ。明日一緒に過ごせないこと、俺、すげぇ残念なんだよ。」
「いい…っいいよもう…っ!」
良平は涙声でそう言って、自分より少しだけ背の高い杉野の体に飛びついた。
首に腕を絡めて、強く抱き締める。
「許す…許す!嬉しいよぉ〜〜〜…」
泣きながら杉野の背中をバンバンと叩いた。
感動で胸がいっぱいだ。こんな気持ちは初めてだった。

部屋の真ん中で良平を出迎えたものは。

両手で抱えても抱えきらないんじゃないかと思うほど大きな、赤やピンク、黄色やオレンジの花が咲き乱れる花束だった。
良平は少なくともこんな大きな花束をもらったことはなかったし、見たことすらないように思えた。小さい花から大きい花まで全てが杉野の心を代弁していた。

「杉野…杉野…っ」
「良平。」
杉野は良平の額にキスを落として、そっと、部屋の中の時計に目をやった。
あと十秒。

「良平、聞いて。」
「…っ。」
頬を濡らした涙を、杉野の無骨な手が拭った。片目を閉じて、涙を止めた良平は杉野のことを見上げた。
あと五秒。

両手で頬を包んで、杉野はそっと良平の唇に自分のそれを重ねた。
「ん」
良平も目を閉じて素直に受け入れた。こちらを気遣うようないつもの優しいキスに、また涙が零れ落ちた。
二、三度触れるだけで唇を離した杉野は、良平と目を合わせて微笑んだ。

あと、一秒。


「誕生日おめでとう。」

三日前からずっと考え続けていた、良平への想いを全て混ぜた、心からの言葉だった。














次の日。

昼頃から仕事だと言っていた杉野を見送り、気だるい体を引きずって本来の家へ帰宅した時。
良平を見るなり、ケーキ作りに奔走していた恭平がニッコリと笑って言った。

「おかえり良平!フランス料理、どうだった??」


びきっ。

空気の凍る音がした。
え?と恭平が振り返ると、その後ろには今から彼女とお出かけムードな聡平が、信じられないものを見るかの如き目付きで良平を見ていた。
思わず怯んだ良平が顔を引きつらせる。
「兄貴…っ余計なこと言うなよ!誰に聞いたんだよ!」
そんなの犯人は一人しかいない。
「え?杉野くんに決まってるだろ。」
やっぱりな!どこまで律儀なんだあの野郎…!

「今日はケーキ作って待ってるからね。二人とも、せめて夕飯の時間には帰ってくるように。」
「俺はもうでかけねーよ。家にいる。」
「そうなの。瑞樹くんたち呼んだら?」
「呼ばなくても来る。」
良平は瑞樹、トーコ、祐也の三人のしたり顔を思い浮かべて苦笑した。
「聡平は?」
兄は良平と反対側に立っていた二人目の弟に聞いた。
ジャケットを羽織り、鞄を肩にかけてポケットに手を突っ込み、聡平が答える。

「帰ってくるよ。十時くらいかな。」
「わかった。」
「どこ行くんだ?」
良平が聞くと、聡平はぷっと頬を膨らませて、言った。

「イタリア料理。」

つまりパスタかピザだろ。
っていうかその拗ねたのをアピールするように頬を膨らませてるのはなんだ。
「いいなぁ、良平。俺も食べたかった。」
「いいだろ。えへへ。」
「同じ顔なのになぁ…。」
聡平は人差し指を顎にあてて斜め上方を見上げ、意味ありげに思案した。
ボトッと鞄を落として良平が聡平につかみかかる。顔面は蒼白だ。

「聡平、だめだ。だめだよっ!お前は彼女を大事にしろ。いいな、わかったな。」
必死になって訴える。
同じ顔の聡平に誘惑されたら、杉野はどうするのか…。彼自身は顔で選んだのではないと断言しているが、この顔が、好みの顔でないわけがない。
おまけに体まで一緒だ。たぶん。

対照的に、聡平の方は笑いを堪えるのに必死だった。
俺が杉野先輩に恋愛感情を抱くわけがないじゃないか。同じく、杉野先輩が俺を良平と間違えてどうこうする、というのも考えにくい。
馬ぁ鹿。

「んじゃあ〜言ってくるわ。」
「いってらっしゃい。」
「聡平!ほんと、ピザもパスタもおいしいと思う!」
「フランス料理…食べたいなぁ〜。」
「す…杉野はだめだけど今度俺が連れてってやるから!我慢しろ!!」

誰もそこまで言ってないよ。聡平は我慢できずに噴き出した。
玄関で靴を履いてつま先で床をトントンと打つ。ジャケットを調えて、ドアに手をかけた。
「嘘だよ。良平、誕生日おめでとう!」

「…聡平もな!!」

玄関を飛び出し走り出した弟の背中に、良平は手を振って言い返した。

Happy Birthday...


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