河井ずぼん先生に萌えを教える友の会


 三人寄れば文殊の知恵。ってなもんで、『河井ずぼん先生に萌えを教える友の会』は三人ぽっちで華々しく結成された。
 エロ漫画界の未来を担う河井ずぼん。無駄に絵は上手いがいつもどっか萌えを外す河井ずぼん。ネタに反応する速度は折り紙つきの河井ずぼん。ファンと作者の悪ノリとしか言えない会である。
 ずぼん先生に萌えの最先端を教えてあげよう! と体重三桁の巨漢の男がセーラー服やらメイド服を着たブロマイドをファンレターに同封しウキウキしている。するとずぼん先生、次のコミックスのあとがきにキッチリ反応を示してみせる。ツインテールの美少女から出る吹き出しには一言、「汚ぇもん見せんじゃねぇ。(萌えました)」
 それを見て友の会メンバーは大喜び。ずぼん先生は益々迷走と相成る始末。友の会会長、副会長、書記とツラつき合わせてずぼん先生の新作を心待ちにする間、次はどんなネタで勝負しようかとどうにもしょうもない会議に明け暮れていた。
「しかし最近のずぼんは益々萌えから外れて行ってるな」
 安っぽい紙の雑誌をめくりながら会長が言えば後の二人も続いて頷く。確かに。フォローのしようがない、と。
「でもちょっと前の緊縛ものは良かった」
 体重三桁の巨漢の書記が言う。
「ああ、あれは確かに良かった」
「萌えというより実用向きって感じだったが」
「貴様! ずぼんタンを実用に用いるなど不届き者め!」
「いやいや……、あれは間違いなく実話だろ」
「ずぼんのくせにM嬢の彼女が出来たとでも?!」
「いや、それよりも……」
 もったいぶるように副会長は言葉を切った。コレを見てくれ、と大判の雑誌を取り出す。
「くっ…おまえのその遠回りな喋り方が俺は常々嫌だと思っていたのだ」
「良いから見たまえ!」
 バンッと机に置かれたのは『QQQ』という雑誌だった。『QQQ』でサンキューと読ますダサい誌名のわりにやたらアーティスティックな特集を組むことで知られている。
 差し出されたページを見ながら会長、書記共々唸った。
「これは……河井ずぼん!」
「しかし名前は河井裕也と……まさか!」
 副会長が示したページから続けざまにイラストが三つ。ショタとマッチョと美少女だった。その後面白いんだか何なんだか分からない漫画が五ページ載っていた。
「そう…そうなんだ。別名義で仕事をしていたんだ。だから最近寡作だったのだ」
「しかし、コレが一体なんだというのだ」
 二人の抑えきれぬ好奇心に酔いながら副会長は一つ咳払いをした。
「ここで俺は一つ、提唱したい」
 そこでたっぷり間を取って、副会長は二人きりの聴衆に向かって施政演説のように気取った声音を作る。
「河井ずぼんは……女! 説を唱えたい」
「……」
「……」
「……」
 沈黙に刺されたのは副会長。二人のしらけた目に赤面したのも副会長。ないだろ、と雄弁に目が語る。
「だって“ずぼん”だぞ! ひらがなで“ずぼん”って女だろ! 妙に上手い絵、だけど萌えないストーリー! そしてエロのない時のこの絵! ショタとマッチョとこの日常漫画! 女だろ!」
「……でも河井裕也って……男だろ」
「……ボク女っ……! ボク女だ! 間違いない!」
「落ち着くんだ山田。一から確かめてみようじゃないか」
 それから会の全総力をかけて河井ずぼんの性別についての考察が行われた。コミックスから掲載紙すべてが揃う会長宅で、ネット検索やら河井ずぼんと交流があると思われる作家の作品にまで目を凝らした。結果、明確な答えはでなかったのである。意外とずぼん、私生活を見せないミステリアスな作家だった。
「分からない……しかし、ずぼんが女だとしたら大変なことになるぞ」
 会長がぽつりと言った。疲労困憊というていでも二人は大きく頷いた。
「驚いたことにまったく萌えないと思ったずぼん作品が『女が描いた』と思うだけで一気に実用書に変わりました!」
「ああ……、むしろずぼんに萌える」
「……」
「お、俺、ずぼんタンにコスプレ写真を……」
「俺なんかノリノリで抜きましたと……」
「俺は『妹です』っていって己の女装写真を……!」
「……」
「待て、俺たちはずぼんタンにもてたいのか?」

「……」

 もてたい! もてたいとも! 三人声をそろえていた。
「たとえボク女であろうとも!」
「エロ漫画家であろうとも!」
「あんなアホなネタに反応してくれる女なんかいねぇよ!」
 よし次のネタは決まった。ファンレターに何気なく一言。『河井先生は男ですか? 女ですか?』



(→漫画マッシーンシリーズ)
拍手公開期間:06.2.12〜06.9.19