ポルノグラフ
〈前編〉


 町田のアホがしばらく訪ねてこないから、なんだか妙に落ち着かない。そんなこと思っちゃってる自分が嫌で余計に苛立つ。馬鹿な。町田には小奇麗なマンションがあり、結構よろしい車もある。貧乏エロ漫画家のオンボロアパートに来るいわれはないのだ。そうだ。冷静になれ。今までほとんど同居状態だったのが異常なのだ。そうだ。元の生活に戻っただけだ。そうだそうだと己を納得させている、この状態が納得いかない。
 連絡くらい寄越せばいいのに……、って毒されてる。知らぬ間に町田色に染まってる。危ない。危ないっていうか、もうかなり結構なコトになっている。頭を過ぎるあの、忌まわしい快――、止め止め! 危ない。最悪だ。町田の笑う顔が見えるようだ。ガチャリ。ガチャリ?
「やー参った参った」
「なんで!」
「なにが?」
 さも我家のように上がってくる。久し振りに見た顔は、さっき思い浮かべた不快な記憶と寸分違わぬ。おみやげ、と言いながら胡散臭いマカデミアンナッツを差し出す。町田いわく、一週間ほどハワイと日本を往復してたとかなんだとか。だからって急に行って急に帰ってくるなよ。
「あとこれ新作」
 聞いたことのないグラビアアイドルの写真集。パラパラ眺める。相変わらず無駄に爽やかな写真を撮りやがる。
「こんなんじゃ中学生のオカズにもなんねぇよ」
 言っても町田は笑うきりで、爽やかさが売りだから、なんてシャアシャアとぬかしやがる。何だってコイツの撮る写真には撮影者の人格が映し出されないのか、常々不思議でならない。業界内の若手の中ではそこそこ地位を確立してるとか、名が売れてるとか、才能が一つでもあれば人間性に多少問題があっても何とかなるのだと身を持って証明しているような男だ。
「じゃあ、これはどうかな?」
 小首を傾げつつ生写真の束を渡される。町田は女の子を綺麗に撮る。リアリティのなさが売りなのだ。だから、どうせ同じような写真だろうと大して期待もせず受け取った。甘かった。俺はとんだ甘ちゃんだった。驚きすぎて舌を噛んだ。
 町田はニヤニヤ笑っている。三回殺してやりたい。しかしこの場面で落ち着かねば町田の思う壺だ。深く息を吐く。
 写真の中の俺はグッタリと眠っている。多分一回目……身体に縄目が残っている。同じような写真が二三枚。次々見ていくと二回目の事後らしき写真もあった……町田の正気を疑う。いや、疑うまでもなくおかしいのだ。
 胸糞悪い気持ちで最後の一枚に目をやる。その、あまりにエゲツナイ写真にカッと血が上った。町田を睨みつけるが、奴はヘラヘラ笑うだけだ。
「どう?」
「今すぐオマエのツラを殴る! もしくは訴訟を起こそうと思う!」
「そんな金ないくせに」
 余裕を崩さない町田に頭にきて胸倉を掴む。殴ろうとして、逆に両手で頭を押さえられ引き寄せられる。キスされる寸前に町田の腹に拳を叩き込んだ。
 そんなに痛くもなさそうにイタタ……と言って町田は手を放す。町田の平静が俺の怒りを煽った。
「帰れよ! 馬鹿にすんのも大概にしろ!」
 俺は触りたくもない写真を破った。破って破って鋏を取り出して細かく細かく切っていった。それを厚手の封筒に入れて、封筒を小さく小さく折りたたんでセロテープでグルグルに封印してゴミ箱に捨てた。町田は横から面白そうに覗いていた。ムカツク。
「そういうマメなとこ川井らしいよね」
「うるせぇ! ネガは?」
「うちのパソコンの中。……うち来る?」
「行かねぇよ! でもデータは消しとけ!」
 言っても、町田は口角をクッと持ち上げただけで明確な返事をしなかった。
「よく撮れてたでしょ」
 町田はシャアシャアと抜かす。ああ、よく撮れてたよ。いつも撮ってる人形みたいな美少女たちと違って生々しい写真だったよ。結合部と顔をバッチリ写してハメ撮り写真としては完璧だったよ。俺は胸やら腹やら放った精液に汚れて、さもアレだ、和姦っぽい。だから余計に腹が立つ!
「思い出した?」
 町田の身体がのしかかってくる。退けようとして抵抗すると町田も力一杯押さえつけてくる。
「なんなんだよっ!」
「いや……抵抗されると頑張らなきゃって思わない?」
「思わない!」
 頑張らなきゃと思った町田は他は知らないが高校時代は陸上部のエースだったのだ。中学以降運動部に所属してない俺は力で負ける以前に体力で負けた。腕を後ろに取られて資料用に放ってあった手錠で両手首を拘束される。本物の手錠ではないが、オモチャとも言えない質の複製だ。引っ張っても外れそうになく、金属が手首に食い込んできて痛い。
 あ、なんか、これは……まずい。


後編
(05.6.21)
置場