初 恋 2 手に入らないと分かったとたん、欲しくなるのは昔っからの俺の悪い癖だ。 別にたいして欲しくなかったものでも、誰かのものだと分かったとたん、死ぬほど欲しくなる。 幸いなことに俺は裕福な家庭に生まれ育ったおかげで、今まで欲しいものは何でも簡単に手に入れてきた。 だから絶対に手に入れる。俺のことを振り向かせる。 だいたい俺はフリックのことがあまり好きじゃなかったのだ。 どうしてかというと、これを説明するのがすごく難しいんだな。すごくいいヤツだと思う。それは本当。だってさ、誰にでも優しくて、腕もたつし、頭だっていいだろ。おまけに顔もいい。パーフェクトだよ、パーフェクト。まぁ問題があるとすれば、あんまり愛想はよくないってことくらいかな。ていうか、俺から見れば真面目すぎて面白みがないって感じ。 それでも、あのビクトールがあそこまで執着するんだから、何か特別な何かがあるんだろう。身体かな?なんて下世話な想像してしまうくらに、フリックは時々とんでもない色気を見せることがある。 本人は全然無意識なわけだから余計に始末がわるい。 フリックのことをたいして好きじゃないこの俺がそう思うくらいだから、ちょっとでも気のあるヤツからすれば、そりゃあたまらないことだろう。 フリックが魅力的なことは認めよう。 でも好きじゃないのだ。 いいヤツだと頭では分かっていても、好きじゃないっていうのは難しい。どうしてかなっていろいろ考えてみたら、ちょっとだけ分かったことがある。 それは我慢してるように見えるからだ。 例えばビクトールとのこともそうだ。別に好きなら男同士だってぜんぜんかまわないって俺はそう思うのに、彼は一人で大きな悩みを抱えて我慢しているように見えるのが、いやなのだ。嫌なら別れりゃいいし、好きなら悩むことはない。単純なことなのに、大げさに悩むなんて、間違ってる。 そんなフリックのことを、ハンフリーが気に入っているというのがどうも気に入らないのだ。 あの無愛想の権化ともいえるハンフリーが、どういうわけかフリックにだけは優しいのだ。フリックにだけは笑顔を見せる。俺はそれがたまらなくムカついた。 これって一人っ子の我侭なのかなぁ。 「周りのみんなが自分を愛してくれなきゃ嫌なのよね、シーナって」 昔付き合ってた女の子に言われたことがある。俺の浮気癖をなじっての台詞だ。 確かにそうかもしれない。俺は昔から愛されることに慣れてる。愛されなきゃ気がすまない。そうだ。別に悪いことじゃない。愛されなくていいなんて思ってるやつなんているわけないんだから、俺のこの主義は間違ってない。 よし。 ハイ・ヨーのレストランをぐるりと見渡す。窓際の席でハンフリーが一人で朝食を取っていた。 俺はパンとコーヒーを注文すると、軽い足取りでハンフリーに近づいた。 「おはよ」 ハンフリーは少し視線を上げて、また黙々と朝食を食べ続ける。おいおい、無視かよ。 「今日は戦闘には行かないの?」 「ああ」 「じゃあさ、どっか行こうよ。遊びにさ」 そう言ったとたん、レストラン内のざわめきが一瞬消えたような気がした。あれ、俺何か変なこと言ったかな。ハンフリーは思いっきり嫌そうな顔をしている。ふん、それくらいのことで俺が諦めるとでも思ってんのかな? 「……遊びに行くなら別にヤツを誘え」 「嫌だね。俺はあんたと一緒に行きたいんだ」 ハンフリーはまだ食事も途中だというのに立ち上がった。俺は慌ててそのあとを追いかける。 「なぁなぁ、別にいいじゃんかよ。何も予定はないんだろ」 「だから、どうして俺を誘う」 「行きたいから」 げんなりしたようにハンフリーがうなだれる。ふふん、観念したかな。ところが、ハンフリーは足を早めて剣の練習場へと歩き出す。俺は急いでそのあとを追いかける。 「ちょっと、何でそんなに俺を無視するわけ?」 「別に無視なんてしてないだろう。ちゃんと口はきいている」 「そうじゃなくて」 俺はハンフリーの前に回りこみ、両手を広げ、その足を止めた。 「サウスウィンドゥに行こうと思ってる。でもさ、最近あそこも物騒だろ。何しろ交易のためにいろんな街からいろんな連中が来てるしさ。前にも一度変な連中に付きまとわれたことがある。ほら、俺って戦闘向きじゃないだろ。もしあんたが一緒に来てくれなくて、変な連中に力づくで宿屋にでも連れ込まれて、無理矢理強姦でもされたら、どうするよ。あんたがついて来なかったばかりにそんなことになったら寝覚めが悪いんじゃないの?それなら一緒に来て、無事なところを確かめたほうがいいだろ?どう?」 一気にまくしたて、シーナはハンフリーを見上げる。 ハンフリーはやれやれといった感じで肩を落とした。 サウスウィンドゥは城から南へ行ったところにある大きな街だ。 城から近いこともあって、遊びに来る連中はけっこう多い。俺はご機嫌な様子であちこちの出店をひやかしてた。当然その傍らには憮然とした顔のハンフリーがいた。 今日は休日で、街には多くの行商人が店を出している。それを見に多くの人が集まる。不穏な世の中で、人々の強さを感じる瞬間でもあった。どんなに辛いことがあっても、こうして明るく、毎日の暮らしが続いていく。 「いいな、こんな感じ」 石段に腰をおろして思わずつぶやく。 ハンフリーが買ってきた冷たい飲み物を手渡してくれて、俺の横に並んで座った。 おそらく他の街から集まってきたのであろう人々が思い思いの買物を楽しんでいる。目の前では子供が大好きな甘い菓子が売られていて、母親の手を引いて、小さな子供たちが群がっていた。 「俺さ、こんな風に明るい人たちの顔を見てるとさ、この世の中もまだまだ捨てたもんじゃないなって思うんだ」 「そうか」 「うん。俺はさ、戦闘は苦手だし、女の子とちゃらちゃら遊ぶのも好きだから、早くこの戦いが終わればいいなって思って、ディランたちに協力する気になったんだ。だけど、たまに戦闘に行くだろ?そうすると、悲惨な状況もたくさん見る。辛くてさ。殺したり殺されたり、平和のためだ、なんて口実作って、そのために人の命が奪われていくのなんておかしいよ」 「……」 「まぁ、俺一人がそんなこと思ったところで何が変わるわけでもないんだけどさ」 ついおかしなことを口にしてしまったせいで、ちょっとハンフリーの顔を見るのが気恥ずかしかった。こんな話をしてもハンフリーはバカバカしいと思うだけだろう。 「そんなことはない」 「え?」 「一人一人がそう思うことで世の中は変わっていくものだ。何も考えず、この戦争が普通のことのように戦っているよりはずっとましだ」 俺は思わず顔が赤くなってしまった。 ハンフリーがこんなこと言ってくれるなんて、ちょっと感動しちゃうな。今まで俺がこういう話をすると、決まってみんなは笑って言った。急に真面目なことを言ってどうしたの?って感じだ。 でも当たり前のことだと思うんだけどな。誰だって戦争よりは平和がいいに決まってる。そう考えていないやつなんていないはずだ。 ハンフリーは黙って街の賑わいを眺めている。いつもとは違う穏やかな表情。ここにいると本当に平和な世の中になったような気がしてくる。不思議だな。 「おい、シーナじゃねぇか」 ふいに目の前の視界が遮られ、見上げると3人の男が立っていた。そのうちの一人、声をかけてきた男には見覚えがあった。嫌な記憶がよみがえって、俺は立ち上がった。 「待てよ。久しぶりに会ったってのにその態度はないだろう」 すぐに追いつかれて周りを囲まれる。 「あの夜のことを忘れたわけじゃないよな。すっげぇ楽しかったじゃないかよ。覚えてるだろ」 ああしっかりと覚えてるよ。今までやったセックスの中で最低の部類に入るぜ、あんたはよ。 「あれからぜんぜん姿を見せないからさ、心配してたんだぜ」 男はイヤらしく笑いながら、肩に手をかける。俺はそれを手で払った。 「おい、こいつかよ。お前が言ってたヤツは」 「ああ、めっちゃいい身体してるぜ」 一ヶ月くらい前のことだ。目の前にいるのは、たまたま酒場で知り合って、ちょっと酔っ払ってしまったため、ほとんどなし崩しに一夜を共にした相手だ。正直なところ、そういうことはめずらしくはなかったが、こんな最低な相手とやってしまったことはめずらしいことだった。 二度と顔なんて見たくないと思っていたのに、何だってこんな所にいるんだ、こいつは。 「なぁシーナ、あれからお前のことが忘れられなくてずいぶん探したんだぜ。どうだ、今夜あたりもう一回」 男はずうずうしくも俺の肩から首の辺りを触る。気持ち悪くて鳥肌がたちそうだ。 俺は力いっぱいその手を振り解いた。 「は、くだらねぇこと言ってんじゃないよ。あの夜はほんと、最低最悪だったんだぜ。あんたの相手するのは二度とごめんだね」 「何だと!」 俺の言葉に腹を立てたのか、男たちが色めき立つ。ったく、喧嘩するにも一人じゃできないのかよ、こいつらは。やるならやってやろうと思ったが、俺たちの険悪な雰囲気に気づいて、周りにいた人たちが遠巻きにこちらを見ているのに気づいた。 やばいな。子供たちがたくさんいる場所で喧嘩なんてしたくない。 「おい、俺たちをなめるのもいいかげんにしろよ…」 そう言って男が今にも掴みかかろうとしたとき、俺と男の間にハンフリーが立ちはだかった 「な、何だよ、おっさん」 「これの連れだ。話があるなら場所を変えるが?」 低く言い放つハンフリーの声は、男たちを怯えさせるには十分だった。何しろハンフリーは見てくれも大概怖い。いつ見ても怒っているように見えるため、シーナだって今まで近づいたことはなかったのだから。 それでも男たちは最後の力を振り絞って、まだ俺に手を伸ばそうとする。ハンフリーがその手首を掴みあげる。 「いててて…」 「いいか、一度しか言わない。怪我をしたくなかったらこいつに二度と近づくな。分かったか」 男たちは覚えてろよ、というありきたりの台詞を残して、裏通りの方へと走り去った。男たちがいなくなったことで、集まり始めていた人々も、また元のように散らばっていった。 「帰るぞ」 ハンフリーが俺を促して歩き出す。俺は慌ててそのあとをついていった。華やかな店の間を縫って街の出口へと向かう。 街を出て、城へと向かう道には気持ちのいい風が吹いていた。見渡す限りの野原には春らしい花が咲いている。ああ、春だなぁと思う。 「まさか本当だったとはな」 ぼんやりとそんな景色を見ていた俺は、ハンフリーの言葉に我に返った。 「え、なに?」 「お前が言った言葉だ。まさか本当にああいうヤツらと関わっているとはな」 「別に好きで関わってるわけじゃない」 少しむっとして俺は言い返した。目の前を歩いていたハンフリーはちらりと俺を振り返る。 「だが、関係を持ったのはお前の意思だろう」 「何だよ、俺に説教するつもり?」 「そんなつもりはない。お前が誰と何をしようが、俺には関係ないからな」 その瞬間、言葉も出ないくらいの冷たい何かが身体中をかけぬけた。 胸が痛くて、張り裂けそうな気がした。いったい何だっていうんだろう。別に間違ったことを言われたわけじゃないのに。 立ち止まった俺を待つことなく、ハンフリーは歩き続ける。その後姿を見ていたら、どういうわけか涙が出そうになった。 それに気づかれないように、俺は少し離れたままハンフリーのあとを歩き続けた。 帰ってくると、ろくに挨拶もしないで、俺は自分の部屋へと戻った。 これ以上ハンフリーといると、完全に自分のペースをなくしてしまいそうな気がしたのだ。どうしてあんな気持ちになったのか全然分からない。誰かに束縛されることは嫌いだ。俺が何をしても許してくれる人がいい。ずっとそう思ってきたし、それは今でも変わらない。何をしようが俺には関係ないと言われた方がずっといいはずなのに。どうしてあの時は泣きたくなるくらいに嫌な気持ちになったのだろう。 分からないな。やっぱり今までと全然違うタイプの人を相手にしていると勝手が違うのかもしれない。 そうだ、そうに違いない。 俺は気を取り直して、再びハンフリーを落とすための作戦を考えることにした。 そういえば、ハンフリーて好きな相手はいるのかな。少なくともこの城にはいないようだけど、まぁいい大人なんだし、いてもおかしくはないよな。 俺はそんなことを考えながらブラブラと広間へと向かった。誰もいない。ちょうど三時のおやつタイムだから、みんなでハイ・ヨーのレストランへでも行っているのだろう。こう考えるとこの城も平和だよなぁ。緊張感がないというか。 ここのところ大きな戦闘もないし、大きな戦いの前のほんのひと時の休息という感じなのだろう。みんな分かってるのだ。 やがて大きな嵐が訪れることを。 思った通り、レストランはお茶を楽しむ人たちでいっぱいだった。 「シーナ、こっちに来て。一緒にお茶しましょ」 可愛い女の子たちが3人手招きしてくれている。こういう誘いを逃す手はない。俺は笑顔で空いた席についた。 「ねぇシーナ、今度一緒に町へ遊びに行きましょうよ」 「あたしも行きたい。旅芸人の一座がクスクスに来るって」 「ええ、ほんとに?ところで、この前ね…」 女の子たちはそれぞれにぺちゃくちゃと話し出す。俺はそれをうなづきながら聞いてやる。 ほんと、3人よると姦しいっていうけど、それはあたっている。女ってのは一度話しはじめると止まるところを知らない。まぁ、そこが可愛いところでもあるんだけどな。 人の噂話にはあんまり興味がないので、俺は頬杖をついたまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。 『お前が誰と何をしようと、俺には関係ないからな』 ハンフリーの言葉がよみがえる。 関係ない、か。そうだけどさ。じゃあさ、関係を持ったらいいわけ?ちょっとは俺のこと気にかけてくれるのかな。 「ねぇシーナ、どう思う?」 「へ?」 「いやだ、聞いてなかったの?だからね、ケリーは彼のことを好きなんじゃないかって言ってるの」 「そんなんじゃないわよ」 綺麗なブロンドの髪のケリーが頬を赤らめる。 「だって、いつもいつもその人のことが気になって、どうしたら自分のことを考えてくれるか、なんて、そんなことを思うなんて、彼のことを好きだからに決まってるじゃない」 「そ、そうなのかな」 思わず俺は言ってしまった。 だって、それって、まるっきり俺のことじゃんか。ここのところ、俺はハンフリーのことばかり考えて、どうしたらあいつが振り向いてくれるかなんて、そんなことばかり思ってて。 「どうしたのシーナ?」 どうしよう。 まさか本当に好きになっちまったのか? どうしよう、どうしよう、どうしよう。 俺は三人と別れてばたばたと自室に戻った。扉を閉めて、思わずその場にしゃがみこむ。 「冗談じゃない」 だって、こんなの予定外だ。好きになるつもりなんてこれっぽっちもなかった。ただちょっと俺のことを振り向かせたかっただけで、それだって本気で俺を好きにならせるつもりもなかったのだ。 「どうしよう」 ハンフリーのことを考えると、急に顔が火照ってきた。こんなこと初めてで、どうしたらいいか分からない。 「最悪…」 俺は本当に本当にどうしたらいいか分からなくて、途方にくれてしまった。 「何だ、赤い顔して。熱でもあるんじゃねぇのか?」 風呂から上がってきたばかりらしい、ビクトールが廊下で会うなりそう言った。 「風邪引いてるんなら風呂はやめとけ」 「うん」 「何だ、何だ。妙に素直で気味悪ぃな」 ビクトールは苦笑して、俺の頭を軽くたたいた。 「なぁ、聞きたいことあんだけど」 「何だ?」 確か、この熊とハンフリーはずいぶん前からの付き合いのはずだ。もしかしたらハンフリーの恋愛話についても何か知っているかもしれない。 「ハンフリーのことなんだけど」 「ふん。あいつが何だ?」 「誰か決まった相手っているの?」 ビクトールは眉をひそめた。これはいったいどういう反応なんだろう。 「さぁな。あいつとは長い付き合いだが、その手の話はしたことがねぇからな。好きなやつくらいいるかもしれねぇが、どうしてそんなことを聞く?」 「ん、ちょっとね。なぁまさかとは思うけど、フリックとできてるなんてことないよな」 言ったとたん、ビクトールの顔つきが変わった。うわ、やば。これは禁句だった。ビクトールのおっさんは本気でフリックのことを愛しちゃってるので、下手に冗談を言うだけで殺されかねない。これはさっさと逃げるに限る。 「あ、別に深い意味はないから。ええっと、それじゃ俺、これで…」 「シーナ」 「はい?」 恐る恐る振り返ると、ビクトールが神妙な顔つきで立ち尽くしていた。 「お前の目から見て、あの二人はそう見えるか?」 「いや、えっと…」 「……まぁいい。早く寝ろ」 「うん」 何か、悪いこと言っちゃったみたいだな。でもさ、俺の目から見ると、ハンフリーはフリックのことを特別扱いしているとは思うけどな。ハンフリーがフリックを見る目は、驚くくらい優しい。ビクトールもそれには気づいているんだろう。だから、あんなことを聞くんだ。恋愛って大変だな。どうなったら安心できるんだろう。俺から見ればビクトールとフリックなんて、完全に出来上がってるように見えるのに、それでも不安だなんて。 怖い。 俺はふいに怖くなった。 俺もあんな風になるだろうか。不安でたまらなくなって、あんな風にみっともなくなっちゃうんだろうか。 いやだ。こんなどっちつかずのまま、うだうだ考えているなんて性に合わない。白か黒かはっきりさせなきゃやってられない。俺はハンフリーを探すことにした。 さっさと結果を出してもらおう。もっとも、受け入れてもらえるとは思っていない。変だな。これじゃあまるで振られるのを分かってて気持ちを打ち明けるみたいじゃないか。いや、受け入れてもらいたい。 「ハンフリー見なかった?」 酒場にいた連中に聞くと、たった今部屋に戻ったところだと教えてくれた。 俺は急いでハンフリーの部屋へと階段を駆け上がる。扉の前で深呼吸をして軽くノックをしてから中に入る。 「どうした?」 目の前のハンフリーを見たとたん、かっと頭に血が上った。気がついたら、抱きついてた。俺よりもずっと背が高く、胸板も厚くて、力強い。ハンフリーが俺の腕を外して、困ったように顔を覗き込んだ。 「何の真似だ?」 「俺、あんたが好きだ」 「………」 「好きになった。どうしてか分からないけど、あんたが好きだ。今すぐここで抱いてくれてもいい。いや、抱いてほしい」 いったい何を口走ってるんだろう。抱いてほしいなんて思ってもいなかったくせに。だけど、ハンフリーの顔を見たとたん、本当にそう思ったんだ。 ハンフリーは俺の発言に呆気に取られていたようだが、そのうち、小さくため息をついた。 「シーナ、大人をからかうもんじゃない」 「からかってなんかない!」 「じゃあ悪い冗談だ」 「違う!本気で好きになったから!冗談で男に好きだなんて言えるもんかっ!あんたの方こそおかしいんじゃないの?俺みたいに綺麗で若い子に告白されて、何も感じないわけ?抱いてくれって言われて、据え膳も食べないほど清廉潔白なわけじゃないだろ。どうしてそんな涼しい顔してられるんだよっ」 そうだ。俺を抱きたいっていうヤツは山ほどいる。俺のことを好きだというヤツも山ほどいる。ハンフリーだってそう思わないはずがない。 ハンフリーは小さくため息をつくと、イスに座り、俺を見た。 「シーナ、俺はもう三十五だ」 「それが何?」 「もういい加減分別のつく年齢だ。遊びにしろ何にしろ、相手を選ぶとしたら、見た目や若さじゃなくて中身で選ぶ」 「………!」 「お前の言うとおり、確かにお前は綺麗だし、十分魅力的だ。だが……シーナ?」 頬を熱い水が零れていくのを感じていた。 ぱたぱたと床に零れ落ちるのは…あれ、おかしいな、何だってこんなに視界がぼやけてるんだろう。 「シーナ…?」 「もういい…分かったよ。俺、あんたのこと誤解してたみたいだ。年齢や、外見や、そんなもんで人のこと判断するようなヤツじゃないって勝手に考えてたみたいだな」 「シーナ…」 「触るな!」 伸ばされた手を、俺は力一杯振り払った。 バカみたいだ。 バカみたいに涙がこぼれる。何だってこんなに苦しいんだろう。 俺はハンフリーが何か言おうとしているのを聞かずに部屋を飛び出した。 NEXT |