You are mine 2


 部屋に戻ると、ハンフリーはベッドの上に乱暴にシーナを放り投げた。
 シーナは素早く体勢を立て直すと、手近にあった枕でハンフリーを殴りつけた。
「何考えてんだよっ!!」
「騒ぐな」
「毎回毎回、簡単に人のこと担ぎ上げやがって!くそっ!俺は荷物じゃねぇぞっ!!」
 レストランからこの自室まで、ハンフリーはシーナを担いで戻ってきた。途中出くわした連中は、一様にぎょっとした顔をして、ニヤニヤとそんな二人を眺めた。中には、また悪さしたのか、とシーナと冷やかす者までいる始末。
 シーナははぁはぁと息を切らして、ベッドの脇に立つハンフリーを睨んだ。
「恥ずかしくないのかよっ!」
「何が?」
「な、何がって…あんたって……ほんっと、何考えてるか分かんない……」
 階段の途中でキスする方がよっぽど恥ずかしくないと思う方がおかしいのだろうか?シーナは自分の価値観がガラガラと崩れていくような気がしてどっと脱力した。
 こういうのをジェネレーションギャップというのだろうか?いや、違う。年齢じゃないのだ。
 どうもハンフリーの「羞恥」の基準は分からない。
 抱え込んだ柔らかな枕にシーナは火照った顔を埋めた。
 恥ずかしくて明日から城の中を歩けない。そう思うのはシーナだけか?
 ハンフリーはそんなシーナの額を手のひらでぐいと押しやり顔を上げさせると、何も前触れもなく唇を重ねた。
「んぅ………っ!」
 突然の口づけに、シーナは思わずハンフリーの肩を押し返した。
 顔を背けようとするのを許さずに、ハンフリーはシーナの顎を掴んだまま、薄く開いた唇の間から舌を滑り込ませた。
 やがてシーナの指がハンフリーの肩先から、ゆっくりと首へと回された。引き寄せるように両腕を絡ませる頃には、深くなった口づけを二人で十分に楽しんだ。
 小さく音を立てて唇が離れると、それを追いかけるようにシーナが再び唇を重ねる。啄ばむように何度か触れるだけの口づけを交わし、シーナはやっとハンフリーから離れた。
「……満足したか?」
 親指で濡れたシーナの唇を拭って、ハンフリーが尋ねる。どこかからかうような響きに、シーナは拗ねたように唇を尖らせた。
「……こんな中途半端なキスじゃヤだね」
 ハンフリーは目を細めて、そんなシーナの頬を両手で包み込むと再び唇を重ねた。
 すぐに濡れたシーナの舌先が絡み付いてくる。歯列をなぞり、頬の内側から喉の奥までゆったりと味わうと、シーナは焦れたように膝立ちになり、ハンフリーの身体を押し倒そうとした。
 ハンフリーはシーナの身体を巻き込むようにして冷たいシーツの上に横たえると、細い首筋に顔を埋めた。シーナは手際よく衣服を剥いでいくハンフリーの広い背中へと指を這わせた。
 別に許したわけじゃない。
 自分のことを放ったらかしにして、フッチの元へ行ってしまったことを、許したわけじゃない。けれど、こうして優しく抱かれていると、まぁいいか、という気になってくる。
 ハンフリーの身体の重みがとても心地よくて、シーナはうっとりと目を閉じた。
 寒い夜は、やっぱりこうして暖めてもらうのが一番いい。
 顕になった白い胸に、ハンフリーの熱い舌先が触れると、そこから身体が熱くなっていくような気がする。シーナは右足を立てて、膝頭でハンフリーの脇腹あたりをそっと押した。その足のラインをなぞるようにして、つま先から腰へとゆっくりとハンフリーの手が滑っていく。
 シーナが背中へと回していた両腕をほどき、ハンフリーの下衣のベルトに手をかけた、その瞬間、どんどんっと部屋の扉が音を立てた。
「…………」
 嫌な予感にシーナは眉を顰めた。
 さらに何度か乱暴なノックが続き、やがて今シーナが一番聞きたくない声が聞こえた。
「ハンフリーさん、いますか?」
 ………フッチ…
 シーナは動きを止めてしまったハンフリーの頬を両手で掴み、ぐいっと自分の方へと向ける。けれどハンフリーはその手を簡単に解いてしまった。
「ハンフリーっ!!」
「ちょっと待ってろ」
「嫌だっ!!!」
 ベッドから降りようとするハンフリーのシャツの裾を引っつかみ、シーナは怒鳴った。
「何でだよっ!何で、行くんだよっ!」
「……シーナ、すぐ戻るから、ちょっと待ってろ」
 シーナを一人ベッドに残し、ハンフリーは乱れたシャツを手早く直すと部屋を横切り扉を開けた。
「ハンフリーさん!!」
 姿を見せたハンフリーにフッチは思わず縋りついた。
「どうした?フッチ?」
「ブライトが……目を開けないんです。何度呼んでも…どうしたらいいのか分からなくて」
「……分かった、ホウアンを呼んでこよう」
 心配するな、とハンフリーはぽんとフッチの肩を叩いた。力強いその言葉に、フッチは小さくうなづくと、先に戻ってますといって、足早にその場を去った。ハンフリーが扉を閉めるのと同時に、シーナがぶつかるようにして後ろからハンフリーを抱きしめた。
「シーナ、ちょっと様子を見てくる」
「嫌……」
「すぐ戻る」
 回された腕を解き、ハンフリーが宥めるようにシーナの頬を軽くつまんだ。
「絶対に嫌だっ!」
「……どうしたんだ?」
 呆れたようにハンフリーがシーナの顔を覗き込む。
 シーナは我儘だが、決して聞き分けがないわけではない。今のこの状況で、フッチが困っていることくらい十分に理解できるはずだ。それなのに、何故こんなに頑なに拒否するのか、ハンフリーには分からなかった。
 うつむくシーナの髪を撫でる。
「シーナ、すぐ戻るから待ってろ」
 繰り返されるハンフリーの言葉に、シーナはきっと顔を上げ、ハンフリーを睨みつけた。
「じゃ行けよっ!!もう戻ってこなくたっていい!!どうしてそんなにフッチのことばっかり気にするんだよ!あいつのことがそんなに大事なのか?俺よりも?俺と一緒にいることよりも、フッチのこと選ぶんだ!」
「………」
「あんた、フッチのこと好きなんじゃないの?フッチの方が俺よりずっと素直でいいヤツだもんな。あんたとの付き合いだってずっと長いし。だから俺よりもフッチのこと――――」
 ぱしっと乾いた音が響き、シーナは自分の左頬が焼けたように熱くなったのを感じた。
 殴られた。
 そう理解するのに、数秒。
「………少し頭を冷やせ」
 いつになく低いハンフリーの声。
 うつむいたシーナの姿に、ハンフリーは「泣かれるか」と思った。シーナに泣かれると、正直言ってどうしていいか分からなくなるのだ。だが、謝るつもりはなかった。
 シーナの些細な我儘くらい、いくらでも聞いてやるつもりだ。だが、困っている相手に手を差し伸べようとしないような傲慢な態度は許せるものではない。
 「我儘」ならと「傲慢」はまったく別のものだから。
 それを理解できないくらいシーナは馬鹿ではない。
 けれど、これくらいで殊勝になるほど、シーナは可愛くもなかった。
「………ったな」
「?」
 怒りで頬を紅潮させたシーナが顔をあげ、ハンフリーに怒鳴る。
「殴ったな……っ!!!親父にだって殴られたことないのにっ!!くっそ〜!!ハンフリーなんて大嫌いだっ!!さっさとフッチのところへでもどこでも行っちまえっ!!!!」
 大声でそう叫んだあと、シーナはその瞳からぱたぱたっと大粒の涙を零した。いきなり溢れ出した涙に自分でも驚いているようで、ハンフリーの身体を押しのけると外に飛び出してしまった。
 呆気にとられたハンフリーは天を仰いで細く息をつく。
「恨むぞ、レパント」
 先の戦争で一緒に闘ったシーナの父親。強い男だったが、息子には滅法甘かったことを、今さらながらに思い出してしまった。まさか殴られたこともないなんて思いもしなかった。
 だが、それであの我儘ぶりも納得ができた。
 しばらく放っておくか。ハンフリーはそう決め、ホウアンの元へと向かった。



「で、何でお前はここにいるんだ?」
「行くとこなかったんだっ、仕方ないだろっ!!」
 ビクトールが風呂から戻ってくると、部屋の中にはシーナがいた。
 泣きはらした目は真っ赤で、それでも怒り心頭といった雰囲気がぷんぷん漂っている。いったいここの部屋の主は誰だっけ?と考えてしまうほどに、シーナは我が物顔で部屋の真ん中に陣取っていた。ビクトールはがしがしと頭をかくと、フリックを顎でしゃくって廊下へと出た。
「いったい何があったんだ?」
「あ〜ハンフリーとやりあったらしい」
 フリックが軽く肩をすくめてみせる。
 部屋でうとうとしていたフリックは、轟音とも言える音を立てて扉を開け飛び込んできたシーナにびっくりして飛び起きた。フリックの顔を見ると、シーナはその場にしゃがみこんで嗚咽を洩らした。
 いったい何があったのかさっぱり分からず、フリックは泣きつづけるシーナを呆然と見ていた。どんな言葉をかければいいか分からなかったし、またやっかいごとに首を突っ込むとビクトールに嫌味を言われかねない。それでも、泣き続けるシーナを放っておくこともできず、結局、我が身の不運を呪いながらもシーナに声をかけたのだった。
「あいつら〜、いったいどれだけ人に迷惑かけりゃ気が済むんだ!ハンフリーもあんな年下のガキ相手に何本気で喧嘩してんだ」
「歳は関係ないだろ。ま、そういうことだ。3人で寝るのと、お前のあの汚い部屋に行くのと、どっちを選ぶ?」
「おいおい、フリック、何であいつを俺の部屋に行かせるっていう選択肢がねぇんだよっ」
 ビクトールが信じられない、というようにフリックを見る。
「仕方ないだろ。お前の部屋寒いのに、シーナにそこに行けってのはあんまり可愛そうだ」
「んじゃ、俺は可愛そうじゃねぇのかよ!」
「別に一人で行けなんて言ってないだろう」
 と、フリックが驚いたような表情を見せる。
 少々寒い部屋でも二人で身を寄せ合ってれば我慢できる。なるほど、それはいいアイデアだ、とビクトールは顔をニヤけさせる。
「んじゃ、聞くまでもねぇだろ。誰があんなガキと川の字で寝たいもんか」
「じゃお前、先に行って部屋片付けてこい」
「ああっ??何で俺がっ!!!」
「お前の部屋だろ」
 あっさりと言って、フリックはビクトールを追いやると、再び部屋に戻った。シーナはイスに腰かけ、うつむいたまま足をぶらぶらさせている。もう涙は乾いたらしいが、それでもまだ目は真っ赤だ。
「シーナ、一晩だけなら泊めてやる。俺たちは隣の部屋に行くから」
「え?いいの?」
「一晩だけだ。頭冷やして、ちゃんとハンフリーと仲直りするって約束するならな」
「…………」
「できないなら、ハンフリーのところへ今すぐ戻れ」
「だって……」
 シーナは言い返せずに唇を噛む。
 フリックは仕方がないな、と小さく微笑んだ。
 自分も決して色恋沙汰に敏いとは思っちゃいないけれど、シーナを見てると、その気持ちや成り行きが手に取るように分かるのは何故だろう?
 他人の恋というのは、自分には関係ない分客観的に見ることができるのだろうか?
「フッチのことで喧嘩したんだろ?」
 フリックがシーナのそばに立ち、くしゃりと髪を撫でる。
「ちぇ、俺ってそんなに分かりやすい?」
「まぁ、レストランでの態度見てりゃな。……何だ、殴られたのか?」
 赤くなったシーナの頬を見てフリックが聞く。こくんとうなづくシーナ。
「あのハンフリーが殴るなんてよっぽど怒らせたんだな?喧嘩の内容を聞かなくたって分かる。全面的にお前が悪いに違いない、さっさと謝っちまいな」
「だって!」
 その言葉にシーナがフリックを見上げた。
「だって、どうして俺が一番じゃないの?困ってるからって、どうして俺よりもそっちを優先できるんだよ!ハンフリーは、困ってるヤツがいたら、俺よりもそっちを選ぶんだ。簡単に、それができちゃうんだ。どんなに俺が頼んでも、たぶん、きいちゃくれない…」
「お前、それってかなり我儘だぞ」
「分かってるよ」
 シーナは小さく溜息をつく。
 ハンフリーを相手にすると、どんどん我儘になってしまう。さっきだって、本当は困っているフッチの元へ行くことは、仕方がないと思っていたのだ。それなのに、気づいたら嫌だと叫んでいた。
 きっと、それを、ハンフリーが許してくれるかどうかを試してみたのだ。
 自分が際限なくハンフリーを求めた時、ちゃんと応えてくれるかどうか。つまらない、ぜんぜん意味のない行為だと分かっている。それでも、そうしなければ不安なのだ。
 いったい、どうなってしまったんだろう、自分は。
 いったい、何をやってるんだろう。
「俺……ハンフリーに嫌われたかな…」
「な、泣くなよ」
 フリックは慌てて釘を刺した。
 目の前で誰かに泣かれるというのは、本当に苦手なのだ。特にシーナは普段が底なしに明るいだけに、そのギャップが激しすぎて本当に心臓に悪い。
 うん、とうなづくシーナにフリックはほっとして言った。
「シーナ、もしハンフリーが困ってるフッチを見捨ててお前を選んでも、お前は嬉しくないだろう?頼ってきたヤツを冷たく締め出すようなハンフリーのことを、好きでいられるか?」
「………」
「ハンフリーにとっての一番は、間違いなくお前だよ。だけど、いつもいつも一番を選ぶわけにはいかない時もあるんだ。それをお前に責められちゃ、ハンフリーもさぞかし困ってると思うぜ」
「うん……」
「じゃ、謝るんだな」
「……うん…」
 フリックに言われるまでもなく、謝ろうと思ってる。
 自分が悪いことだって十分わかってる。
 だけど、とても不安なのだ。
 ハンフリーは簡単に自分を手放すことができるんじゃないだろうか?
 困っている者が二人いたら、より弱い方をハンフリーは選ぶ。
 よりハンフリーの助けを求めている方を選ぶのだ。
 よりハンフリーを愛している方ではないのだ。
 ハンフリーにとっての「一番」は、いつか自分ではなくなるのではないか。そんな不安がいつも付きまとう。どうしてだろう。ハンフリーに大切にされていることは、嫌というほど分かっているのに、時々、泣きたくなるほど苦しい気持ちになる。
 不安なのだ。
 愛されてるかどうか、確信できるだけのものが何もないから。
 好きだという、そんな簡単な言葉でさえ、ハンフリーはくれないから。
 しおらしくしているシーナを横目に、フリックはベッドから一人分の枕を手にした。
「とりあえず今日は何も考えずにぐっすり眠るんだな」
「うん……あ、フリック」
 部屋を出て行こうとしたフリックを呼び止める。
「ありがと。ビクトールのおっさんにも、ベッド占領してごめんって……」
「気にするな」
 手のかかる弟でもできたような気持ちで、フリックは部屋を出た。



 フッチはブライトのそばでしゃがみこんだまま、じっとしていた。
 ついさっき、ハンフリーがホウアンに事情を説明し、特別に往診をしてもらったのだ。
「私も竜を診るのは初めてですから、この薬が効くかどうか保証はできませんよ?」
 そう言いながらも、ホウアンは粉薬を水に溶かし、ブライトへと与えた。ブライトは最初見向きもしなかったが、フッチはその薬を根気よくスプーンでブライトの口元へと運んだ。やっと全部飲み干してしまうと、それまで苦しそうに呼吸をしていたブライトは、やがて静かな寝息を立て始めた。
 それを確認すると、とりあえず様子をみてください、とホウアンはフッチの部屋をあとにした。
「良かった。もう大丈夫かな」
 ほっとしたようにフッチが立ち上がる。
「疲れただろう?少し寝るといい、ブライトは俺が見ているから」
「うん…でも…」
「どうした?」
「帰らなくていいの?」
「………」
 フッチはハンフリーとシーナの仲を知っている。
 さっきも部屋にシーナがいたことも気づいているだろう。
 何も言わないハンフリーに、フッチはにっこりと笑う。
「ハンフリーさん、ブライトは大丈夫だから、もう戻ってください」
「いや、今夜はここに泊まろう。何かあってはいけないからな」
「でも……」
 フッチはレストランでのシーナの様子から、自分とハンフリーのことを誤解しているんじゃないかと心配しているのだ。けれど、フッチにとってハンフリーは兄のような、父親のような、つい甘えてしまう頼りがいのある存在はあるけれど、それはシーナが誤解する類の感情では決してないのだ。
 だけど、シーナはそうは思っていないだろう。困ったな、とフッチは思った。
 こんなことで誤解されて、シーナに恨まれるのはごめんだ。
「ハンフリーさん」
「うん?」
「えっと、僕がこんなこと言うのもどうかと思うんだけど……」
「どうした?」
 フッチはハンフリーのそばに来ると、少し躊躇ったあと言った。
「僕のこと、ちゃんとシーナに話した?えっと、ハンフリーさんは僕の保護者というか、何ていうか、そういう意味のことをちゃんと話した?」
「いや?」
「ああ、やっぱり〜」
 フッチはがっくりと肩を落とした。どうしてこんなことをハンフリーに言わなくてはいけないんだろう、とフッチはちょっと恨めしく思う。
「ハンフリーさん、シーナにちゃんと言わなきゃだめだと思うよ?」
「?」
「思ってること、ちゃんと口にしなきゃ、シーナは分からないと思う」
「………」
「シーナと喧嘩したんじゃない?」
 ハンフリーは少し戸惑ったように、目の前のフッチに目を見張る。
 ずいぶんと長い間一緒にいるが、フッチがこんなことを言い出したのは初めてだ。二人の間でこの手の話題が出たことなどなかった。ハンフリーは色恋沙汰を口にするのは苦手だったし、フッチのことを子供だと思っていたからだ。
 フッチはおずおずと、それでもしっかりした口調でハンフリーを見ながら続けた。
「シーナだけじゃなくて、みんな、相手が何考えてるかなんて分からないでしょ?だから、言葉にしなきゃ。僕、ブライトのことなら、何考えてるかってずいぶん分かるようになったけど、それでもブライトはしゃべれないから、今だって苦しいのか、どこが痛いのか分からなくて、何もしてあげられなくてすごく辛かったんだ。話してくれればどんなにいいのにって思ったから。シーナはハンフリーさんのことなら、言葉がなくても分かるのかもしれないけど、それでも…言葉にしなきゃ分からないことっていっぱいあるでしょ?好きなら……そういう気持ち、口にしなきゃだめだと思う」
「………」
「えっと……仲良くしてるんならいいんだけど、僕のせいで喧嘩してたら嫌だなぁって…」
 ハンフリーはやれやれと苦笑した。
 まさかフッチに説教されるとは夢にも思っていなかった。
 大切な親友から頼まれたフッチ。
 いつの間にこんな風に人の気持ちが分かるようになったのだろう。
 日に日に成長していく姿を見るのは楽しみでもあり、どこか淋しい気もした。自分の子供が親離れしていく時というのは、こういう気持ちになるのだろうか。
 ハンフリーにとってフッチはずっと守るべき子供だった。今でもそう思っている。けれど、フッチはハンフリーが思っているよりもずっと大人で、ちゃんと他人の気持ちが分かるようになっていた。
 自分とシーナのせいで、フッチに余計な心配をかけてしまったことを改めて知った。
 心配そうなフッチに、ハンフリーは小さく微笑んだ。
「フッチ、お前が心配することは何もない。だが、確かにお前の言う通りだな。俺は言葉を省きすぎていたのかもしれない」
「ううん、シーナは分かってると思うよ、でも、言葉が大切な時もあるから」
「そうだな」
 うなづくハンフリーに、フッチはほっとしたように笑った。

 自分はシーナのことをすべて分かっていただろうか?

 ハンフリーはふと思った。
 シーナは何でも言葉にして語りかける。嬉しいことも、悲しいことも、飾らない自分の言葉で、隠すことなくハンフリーに語りかける。
 けれど、それがシーナのすべてだと、心のどこかで思ってはいなかっただろうか?
 言葉に裏にあるシーナの気持ちに気づいてやっていただろうか?
 言葉が足りなければ理解はできない。けれど、溢れる言葉もまた、本当の心を隠してしまうものなのかもしれない。
 ハンフリーは今さらながら、そんな単純で簡単なことに気づかなかった自分に呆れてしまった。
 シーナに言えば笑われるだろうが、自分の気持ちを言葉で表現することは、ハンフリーにとってはなかなか難しいことだった。かといって、このままではすれ違ったままになってしまう。
 仕方がない。
 ハンフリーは諦めた。
 シーナのことを好きになった時点で、苦手だったこの手の感情と付き合っていかなければいけないことくらい百も承知のはずだった。
 どう足掻いたところで、もう逃げることなどできないのだ。
 こんなに面倒なことばかりなのに、どうして人は誰かを好きになったりするのだろう。
 どうして、あいつを手離すことができないのだろう。
 ハンフリーはぎゅっと右手を握った。
 シーナを殴ってしまったことがふいに胸をしめつけた。
 
                                             NEXT


 


  BACK