Last Fight 1


 王国軍との闘いは続いていた。
 長引く戦闘は容赦なく同盟軍の戦力を削いでいき、人々を疲労させる。最後の最後で決定打が打てないじりじりとした闘いに、誰もが苛立ってきていた。
 シーナはその闘いに参加していた。もともとシーナは父親譲りの剣の腕と、母親譲りの紋章の力を持ち、どちらもそこそこ使えるのだが、本人はどちらかというと紋章を使う方が性にあっているようで、今回は回復系の紋章を宿して回復要員として参加をしていた。
 この日は朝から王国軍との激しい戦闘で傷ついた兵士たちの手当てに追われていた。とにかく人手が足りなかった。重傷の兵士には紋章を使い、それ以外の兵士には通常の薬を使い、シーナは普段からは考えられないほどに働いた。
「あーもうだめだー。疲れたー」
 すべての仕事が終わった時はもうすっかり夜も更けていた。
 シーナは陣幕から少し離れた場所で疲れた身体を休めようと腰を下ろした。今日は昼から何も食べていなかった。配給されたパンを手にはしていたが、どうにも食べる気になれない。
「ハンフリー…ちゃんと食べてるかなぁ」
 この戦いに、当然ハンフリーも出陣していた。もちろん第一線での戦闘要員なので、一緒に戦いに出ているとはいうものの、一度も顔を合わせてはいなかった。
 会いたいなぁとは思うが、この状況の中、さすがのシーナもハンフリーのいる陣幕に忍び込むようなことはできなかった。
「早く終わんないかなぁ」
 闘いは好きじゃない。もちろん誰でもそうだろう。目の前で人が死んでいく現実は、いつまでたっても慣れるものではなかった。早く戦争なんて終わらせて、誰もが毎日楽しく暮らせたらいいのになぁと、ある意味戦争を終わらせるために一番基本的な願いを、シーナはいつも抱いていた。足を伸ばして、束の間の休息に身を委ねていたシーナは、かさりと足音がしたことに、はっと目を開けた。
「アップル……」
 びっくりしたように目を見開いているのは、同盟軍の軍師の一人であるアップルだった。彼女は昨日、膠着状態の戦況を変えるためのシュウの策を携えて軍にやってきた。そしてその作戦の行く末を見守るために、陣に残っていたのだ。
「シーナ、こんなところで何してるの?」
 そこにいたのがシーナだと知って、アップルはほっとしたように肩の力を抜いた。
「何って、今日の仕事はもう終わりだからさー、一休みしてたんだって。アップルこそまだ寝てなかったのかよ?」
「うん、まだ仕事が残ってて」
 そっか、大変だなぁとシーナが溜息をつく。若い女の子を夜遅くまで働かせるなんて、やっぱりどうかと思うよなーとぶつぶつと文句を言うシーナに、アップルは呆れたように笑った。
「これでも軍師の端くれなのよ、そういう心配はいらないわ」
「なぁ、あとどれくらいで帰れそうなんだよ」
「もうすぐよ。兄さんの策があれば、すぐに終わるわ」
「そりゃいい。あの軍師、口は悪いけど、やるこたやるからなぁ」
「シーナったら」
 じろっと睨むアップルに、シーナは声を上げて笑った。解放軍時代からアップルのことはよく知っていた。真面目で、ちょっと融通がきかないところはあるけれど、シーナにしてみれば、どこか危なっかしく見えるアップルは気になる存在だったのだ。
「なーなーアップル、帰ったら俺とデートしようよ」
「シーナ、あなたね、誰にでもそんなこと言ってるからいい加減だって言われるのよ」
「えー。誰にでも言ってるわけじゃないぜ。アップルだから言ってるのに」
「それが嘘っぽいって言うのよ!」
 三年たってもちっとも大人になってない、とアップルはやってられないとばかりに踵を返した。その時、暗闇から数人の男たちが飛び出した。
「きゃっ……」
 突然現われた男たちに、シーナは立ち上がって身構えた。
「何だお前らっ!」
 一瞬王国軍の兵かと思ったが、そうではなかった。どうやら最近の戦乱に紛れて村を荒らしている盗賊の類のようだった。時に闘いの陣を襲い、食料や金品を盗んだり、女を攫うこともあると、話にだけは聞いたことがある。けれど、まさか同盟軍の陣営を襲うような盗賊がいるなんて思ったこともなかったのだ。
 あっという間に、男たちによってアップルは捕らえられた。
「アップルを離せ!」
「うるせぇ、騒ぐと女を殺すぞ」
 この時、シーナはまったく武器の類を身につけていなかった。もう寝るばかりだと思っていたから当然といえば当然だったし、仮にも戦地に来ているのに緊張感が足りないといえばそうなのかもしれない。何にしろ、アップルを捕らえている男は手に剣を持っている。下手に刺激してはアップルが危ない。シーナは息を詰めて目の前の男を睨んだ。背後の陣がにわかに騒がしくなった。いったいどれくらいの賊が忍び込んだのだろうか。もっとも、例えどれほどの賊が襲ったとしても、こんな連中にやられるほど同盟軍の人間は柔じゃない。すぐに捕らえられるだろうとは思うが……
 男はアップルを掴んだまま離そうとしない。どうしたらいい?シーナはじわりと嫌な汗が滲むのを感じた。その時、
「おいっ、行くぞ」
 陣幕の方から現われた男が、アップルを捕らえていた男に叫ぶ。どうやら同盟軍の連中に返り討ちにあったのだろう。慌てた様子で男たちがその場を立ち去ろうとする。
「おいっ!アップルを離せっ!!!」
「シーナっ!」
 アップルが叫ぶと、その口元を男が乱暴に塞いだ。
 かっとなったシーナが素手で男を掴む。賊の一人がそれを振り払おうと剣を振り上げた瞬間、シーナの腕に痛みが走った。
「……っ!!」
「シーナっ!!!」
 飛び散った血を目にしてアップルが青くなる。痛みに眉をしかめ、それでもシーナは男の手を離さなかった。アップルを連れていかせるわけにはいかない。絶対にそれはさせない。
「くそっ、面倒だ、そいつも連れて行け」
「冗談だろ!?」
「ここで争ってる時間はねぇ」
 さっさと逃げないと捕まるぞ、と賊たちはアップルとシーナをその場から連れ去った。
 あっという間の出来事だった。





 シーナたちが連れて行かれたのは、同盟軍の陣からさほど遠くはない場所で、こんなところにこんな廃屋があったのか、とシーナは驚いたほどだった。かつてはどこかの金持ちの館だったのだろうか。今はすっかり寂びれて幽霊屋敷のようになっている。
 男たちはシーナとアップルを部屋に押し込むと、すぐそばで奪った金品の品定めを始めた。どうやらそこら中の村を荒らしたあと、同盟軍の陣にも忍び込んだようだった。同盟軍には目ぼしい品物などないはずだ。そういう意味では賊たちはずいぶんとがっかりしたことだろう。シーナにしてみればざまぁみろというところである。
「おい、このまま逃げられるとでも思ってんのかよ」
 手足を縛られたシーナが言うと、男の人はうるせぇなと舌打ちする。アップルも同じように手足を拘束されて部屋の隅でじっとしている。恐ろしいだろうに、泣くことなく静かにしているのはさすがアップルだと、シーナは内心感心していた。下手に騒いで男たちを刺激しないに超したことはない。
「同盟軍の陣を荒らしておいて、みんなが黙ってるはずはないぞ」
「へっ、だから何だってんだ、同盟軍の連中が恐くて盗みができるかってんだ。あいつらが戦争に現を抜かしている間に、俺たちゃ好き放題させてもらうことにしてんだ」
「……俺たちをどうするつもりなんだよ」
 このままずっとここにいるはずもないだろう。逃げるとすれば夜が明ける前に違いない。
「女はどこかで売り飛ばすさ。若い娘は高くで売れるからな」
 へらへらと笑って、男がアップルを見る。そして、シーナの方を見て、嫌な笑いを浮かべた。
「お前は生きて戻れるとは思ってねぇだろう?アルフが戻れば確認してみるがな、ま、あまり期待はしねぇことだ」
 
(こんなところで死んでたまるか)

 シーナは冗談じゃない、と胸の中で毒づいた。斬りつけられた腕の傷はずきずきと鈍い痛みと熱を持っている。ぽたぽたと流れていた血はようやく止まったが、もし武器が手に入ったとしてもろくに使いこなせないだろう。
 シーナはちらりとアップルを見た。表情は強張っているものの、取り乱した様子はなく、じっと俯いて大人しくしている。けれど、青白く震えている唇から、彼女がどれほど怖い思いをしているかは容易に知れた。
 何としてもアップルだけは助けてやりたい。
 彼女に何かあったら、シュウに何を言われるか分かったもんじゃない。
 男たちは奪った金を数え終わると、酒を飲み干し、何がおかしいのがげらげらと笑った。やがて一人の男がアップルに近づいた。
「まだ若い娘じゃねぇか、どうしてあんなところにいたんだ」
「………」
「ふん、俺たちみたいな連中にゃあ口もききたくねぇてか。お高くとまりやがって」
 吐き捨てるように言うと、ぐいっとアップルの腕をつかみ、そのまま男たちの方へと連れて行く。
「おいっ!何するんだよっ!!アップルに触るなっ」
「どうせ売られたあとは男の相手をするんだ、俺たちが先に味見してやろうってんだよ」
「……っ!!」
 まったく冗談じゃない。
 シーナはぎりっと唇を噛み締めた。盗賊たちが女を攫うのは高くで売り飛ばすためだ。けれど、中には自分たちの欲望を満たしたあとにさっさと殺してしまうような連中もいる。
「やめてよっ!触らないでっ!!」
 さすがのアップルも自分の身に何が起きようとしているのかは理解したようで、必死で男たちに抵抗をする。
「やめろっ!!!!
 シーナが叫ぶ。しかし、やめろといってやめるような連中ではない。むしろ楽しませてしまうだけだ、と分かっていても、叫ばないわけにはいかなかった。
「へへ、久しぶりじゃねぇか、おい、誰からだ」
 アップルを床に押し倒し、男たちが舌なめずりせんばかりに顔を見合わせる。もうだめだ、と思った時、シーナは思わず叫んでしまった。
「やめろっ!!!そいつはヴァージンだぞ!そんなの犯ったって、絶対に楽しくない!!俺にしろっ!俺の方が絶対にいいっ!100倍はいい」
 シーナの言葉に、男たちは初めてその手を止めた。
「なに言ってやがる……」
「誰でもいいんだろう?なら、俺にしろっ!そいつよりも俺の方があんたらを楽しませてやれる。間違いないっ!」
 妙な自信を持って言い切るシーナに、男たちは顔を見合わせた。
「お前、男だろ?」
「何だ、あんたら男とやったことないのかよ。じゃあいい機会だ。試してみろよ。言っておくけど、俺はそこらの女よりもずっといいぜ。嘘じゃない」
 シーナは必死に言い募った。
 とにかく時間を稼ぎたかった。自分たちがいなくなって、同盟軍の連中は絶対に自分たちのことを探しているはずだ。助けがくるまでの間、少しでも時間を稼いで、アップルのことを守りたかった。
 そのためには自分が何をされてもかまわなかった。
 男たちがどうしたものかと逡巡している時、突然扉が開き、一人の男が中へと入ってきた。
「よぉアルフ……戻ったのか」
 男たちが一斉に立ち上がり、アルフと呼ばれた男のそばへと歩み寄る。どうやらアルフというのがこの盗賊団の頭らしい。シーナもつられるようにしてアルフへと視線を向けた。
 背の高い、がっちりとした体格の男だった。
 短く刈った髪と、無精髭。薄汚れた身なりだったが、決してみすぼらしい感じはしない。むしろ、どこか鋭さを秘めた獰猛な空気を感じる。同盟軍にいる、第一線で剣を振るう連中……ビクトールやフリック、ハンフリーやギルバード……彼ら傭兵たちと同じ匂いがした。
 アルフは男たちからの報告を受けたあと、ふいにシーナの方へと視線を向けた。
「………っ」
 視線があったとたん、シーナは肌が粟立つのを感じた。
 アルフの目はシーナが初めて見る冷たい目をしていた。そこには何の感情もない。人を人とも思わないような、そんな冷ややかな視線に、シーナはぞくりと身を震わせた。
 ビクトールやハンフリーたちに対しても、彼らが戦場に立ち、人の命を奪う瞬間にはやはりそれなりの恐さを感じる。けれど、そんなものとはまったく違う種類の恐さを、このアルフという男には感じるのだ。
 それがいったい何なのか、シーナには分からない。
 とにかく恐かった。アルフの目が、シーナには恐かったのだ。
 シーナのことを見ていたアルフは興味がないというように視線を外した。
「まだ戻ってない連中がいる。ヤツらが戻ったら、ここを出る」
 アルフが短く言うと、男たちは素直にうなづいた。
「女には手を出すな。傷ものになったら高くでは売れないからな」
「こいつはどうする?」
 シーナを指さして、男が問うと、アルフはちらりとシーナを見たあと冷たく言った。
「ここを出る時に始末する。男は足手まといだ。それまでは好きにしろ」
 それだけ言うと、アルフは部屋を出て行った。
「好きにしろ、とさ。へへ、お許しもでたことだし、せいぜい楽しませてもらうとするか」
 男たちがシーナへと手を伸ばす。傷ついた腕を捉まれ、痛みにシーナは思わず声を上げた。
「いいか、お前から言ったことだぜ、途中で逃げたり暴れたりするんじゃねぇぞ。騒いだりしたら、アルフの命令だって関係ねぇ、あの女、やっちまうからな」
「分かってるよ、あんたらの好きにしろよ」
「やめてっ!!」
 アップルが信じられないというように激しく首を振る。ぼろぼろと涙を零すアップルに、シーナは微かに微笑んだ。
「……アップル……、いいからあっち向いてな。すぐに終わる」
「いや、シーナ……っ!」
「大丈夫、俺が絶対に助けてやるから……」
 やめて…とアップルが小さくつぶやく。
 大丈夫。だから、ちょっとだけ我慢してくれ、とシーナが笑った。
 
(絶対に泣くもんか……)

 男たちがシーナの身体を引きずり倒す。
 圧し掛かる重みに、シーナはゆっくりと目を閉じた。







「で、アップルとシーナがいないって?」
 盗賊たちが荒らしたという陣幕のひどい有り様に舌打ちして、フリックが報告にやってきた兵士へと尋ねる。
「はい、どこを探してもお二人の姿が……」
 攫われたか、とフリックは苦々しい思いを噛み締める。深夜にどこからともなくやってきた連中は好き勝手に陣を荒らして、目にとまった金目のものを奪っていった。騒ぎに気づいた時に争った兵士が数名負傷し、今手当てを受けていた。
 まさか同盟軍の陣を襲うような盗賊がいるなんて思いもしなかったため、騒ぎを聞いた時にはにわかに信じられなかったフリックである。だが実際に被害にあった状況を見ると、信じないわけにはいかなかった。
「くそっ、で、ビクトールは?」
「先ほど報告に行った時にはいらしたのですが……」
「あの馬鹿、どこに行きやがった」
「馬鹿とはご挨拶だなぁ」
 のんびりとした口調で暗闇から現われたのはビクトール。フリックはどこに行ってたんだ、とビクトールの肩を拳で叩いて歩き出す。
「人を集めてた。ハンフリーにも声をかけてきた」
「ああ……」
「さっさとしないとヤツらどこへ行ったか分からなくなる」
「そうだな……」
 肩を並べて歩きながら、フリックはそれまで考えていたことをビクトールへと投げかけてみた。
「なぁ、どう思う?」
「何が?」
「あまりに手際が良すぎるとは思わないか?」
 仮にも同盟軍の精鋭たちが揃っている陣だ。疲れきった深夜だったとしても、こんな簡単に忍び込めるものだろうか。
「王国軍の連中だとでも思ってんのか?」
 ビクトールが揶揄すると、フリックはそれはないだろう、と即座に否定した。
「連中だとしたら、こんなものじゃあすまない。だいたい何で王国軍の連中が食料やら金品を奪ったりするんだよ」
「ははは、そりゃそうだ」
「ふざけんなよ、お前も思ってるんだろう?」
 フリックが憮然とした表情で言うと、ビクトールもああ、とうなづく。
「こりゃ戦闘に慣れた者がいるな。戦地での陣のことをよく知っている。どこが手薄でどこに何があるか、どの陣でも良く似たようなもんだからなぁ。ただの盗賊じゃねぇな。傭兵崩れか……軍の兵士崩れか……」
「だとすれば、簡単には見つからないかもしれない」
「見つけ出すさ」
 ビクトールは集まっていた砦時代からの仲間である傭兵連中に手を上げる。そこにはハンフリーの姿もあった。
 シーナを攫われて、ハンフリーがどんな思いをしているか分からないフリックではない。それでもいつもと変わらない表情で、ビクトールからの報告とこれからのことを聞いている姿には恐れ入る。
「じゃあ人海戦術で、このあたり一帯をしらみつぶしに探してくれ。いいか、絶対にあの二人を無事に助け出すぞ。盗賊たちには手加減しなくていい」
「おうっ」
 それぞれが与えられた指示通り馬で駆け出す。フリックはビクトールとハンフリーと共に広げた地図を覗き込んだ。
「ここは?村があったのか?」
 東の方角にある場所をフリックが指さすと、ビクトールがいやと首を振る。
「そこはこの前の闘いで廃墟になってるはずだ」
「……」
「盗賊どもが隠れるにはもってこいの場所ということだな」
 ハンフリーが騎乗する。ビクトールとフリックもうなづくと同じように騎乗して馬首を返した。
「ハンフリー」
 大丈夫だと言ってやりたくて、フリックが声をかける。けれど、それを口にすることはできなかった。シーナたちが攫われたと思われる場所に残っていた血痕。シーナのものではないかと思った。どういう理由で連中がシーナまでも攫っていったのかは分からなかったが、傷を負った男をいつまでも連れ歩くとも思えない。もしかすると、もう……
「行こう……」
 ハンフリーが馬の腹を蹴り、駆け出した。
「………」
 同じことを、恐らくハンフリーも思っている。辛いのは誰よりハンフリーのはずだ。彼がどれほどシーナのことを大切にしているか、フリックだってよく知っているのだから。
「大丈夫だ……絶対に無事に連れ戻す」
 まるで自分に言い聞かせるように、ビクトールがつぶやく。
 そうだな、とフリックもうなづいた。








 容赦なく下肢を襲う痛みに、シーナは大きく息を吸い込んだ。
 開かされた両足の間で男が腰を揺すり上げる。男を相手にするのは初めてだと言った言葉は嘘ではなく、何の技巧もなくシーナに猛った欲望を飲みこませ、我武者羅に腰を突き動かすだけの乱暴な陵辱に、さすがのシーナも声を殺すのに必死だった。
「こいつ、自分で言うだけあって……すげぇ気持ちいい……」
 上擦った声で男がつぶやく。
 シーナの片脚を押し上げて、さらに最奥を目指す。

(この下手くそっ!……さっさとイきやがれ…っ)

 がくがくと身体を揺らされて、シーナはただただ痛みに耐えるばかりだった。
 セックスで味わえる快楽などどこにもない。代わる代わる男たちにその身を開き、薄汚い欲望を受け止めるだけだ。
 こんなことで傷ついたりはしない。
 こうするより他にないと、自分が望んだことなのだ。男たちが一度で飽きたりしないように、シーナは自らも腰を揺すった。ただ助けが来るまでの時間稼ぎのために。何よりアップルに手を出させないために。
 アップルはシーナの言いつけ通り、部屋の片隅でこちらに背を向けていた。耳を塞ぎ、目をきつく閉じている。それでも自分のせいでシーナがどんな目に合わされているのかは分かるのだろう。時折聞こえる嗚咽に、シーナの方が胸が痛んだ。
 こういうことは戦場ではよくあることだ。血に興奮した敵兵に捕らえられれば、何の意味もなくこんな風に身を裂かれることもある。
 けれど、何もなければ、アップルは知らずにすんだのだ。こんな地獄があることを。こんな痛みがあることを。そう思うとやはり切なかった。
「おい、さっさとしろよ、次は俺だ……」
 ぐちゅっと濡れた音をさせて男の動きが早くなる。
 いったいいつまで続くのだろうか、とシーナの意識がぼんやりとし始めた頃、わっと大きな音が外から聞こえた。
 ばんっと音をさせて扉が開いたのはその直後のことだった。
「そこを動くなっ!!」
 聞きなれたフリックの声に、シーナは自分たちが助かったのだと知る。突然の襲撃に、男たちが慌てふためく。何しろたった今までシーナの上で楽しんでいたのだ。すぐに剣を掴むものの、まったく役には立たない。
 フリックは薄暗い部屋の中の、むっとした空気に、そこで何が行なわれていたのかを悟る。怒りが込み上げ、オデッサを強く掴むと問答無用で男たちを斬り捨てた。
「アップルっ」
 次に飛び込んできたのはビクトールだった。
 部屋の片隅で小さくなっているアップルを抱きかかえ、もう大丈夫だと背をたたく。
「シーナ……、シーナが……っ」
 アップルがビクトールの腕の中で声を上げる。
「ああ、大丈夫だ、いいから……見るんじゃねぇ」
 ぎゅっと小さな頭を己の肩先へと抱き込んで、ビクトールはくそっと小さく舌打ちした。
 何があったかは一目瞭然だった。こんな状況をアップルに見せるわけにはいかず、ビクトールは先に部屋を出ることにした。フリックに軽く目配せすると、心得たようにうなづく。
 フリックはたった今始末したばかりの盗賊たちの血で濡れた床に膝をつき、シーナの肩を抱き上げた。
「おい、シーナっ!しっかりしろ、シーナっ」
「…ん……大丈夫……、アップル…は?」
「無事だ……心配はいらない」
 フリックはマントを外すと、シーナの身体を包んだ。
「そか……よかった……」
 ほっとしたようにシーナが強張っていた体の力を抜く。ちょうどその時、ビクトールと入れ代わるようにしてハンフリーが部屋に入ってきた。フリックが振り返る。その腕の中のシーナの姿に、ハンフリーは一瞬息を飲んだ。
「ハンフリー……」
 フリックは言うべき言葉が見つからず黙り込む。
 ハンフリーは無言のままフリックの傍にしゃがみこむと、青いマントに包まれたシーナの身体をフリックの手から受け取った。もちろんハンフリーにもここで何が行なわれたのかは十分分かっていた。腕の中でぐったりとしているシーナを、ハンフリーは強く抱き締めた。
 自分を抱き締めているのがハンフリーだと気づいて、シーナはゆるゆると目を開けた。
「……遅いよ……ハンフリー……馬鹿…」
「すまん……」
 うん、とシーナが笑う。
 アップルのことを助けたかった。けれど何よりもう一度、ハンフリーの声が聞きたかったのだ。そしてこんな風に抱き締めて欲しかった。
 良かった、とシーナはつぶやくと、そのまま意識を失った。
 だからそのあと、何があったのかは知る術がなかった。
 




 

 シーナが目を覚ました時、自分がどこにいるのか一瞬分からなくてぼんやりとしてしまった。ここが本拠地の医務室なのだと気づいたのは、消毒薬の匂いがしたからだ。
 ああ、助かったのだ、とほっとする。
 身体中のあちこちがぎしぎしと痛んだ。いったい何が起こったのかが次第に思い出されてくる。男たちに好きにされたことも脳裏に甦る。とたんに、吐き気が込み上げて、シーナはゆっくりと身体を起こすと、ふらふらとベッドを抜け出した。
「まず…い、ほんとに吐きそう……」
 口元を押さえて、洗面所に縋り付くようにして顔を伏せた。腹の底から込み上げる吐き気に逆らう気力もなく、シーナは苦しい息をしながら吐けるものをすべて吐き出した。身体の中に出された男たちの欲望の証をすべて吐き出そうとするかのように、何度も何度も繰り返し。
「……っ…げほ……っ……」
 ざぁざぁと流れる水がすべてを洗い流していく。シーナは口をすすぐと、再びよろけながらベッドに戻った。清潔な枕に沈み込み、大きく吐息をついた時、小さな音がして扉が開き、この医務室の主であるホウアンがやってきた。
「シーナさん、目が覚めましたか、どうですか気分は?」
「最悪……今、吐いた……」
「熱が高いんですよ、しばらく安静にしててくださいね」
 ホウアンは小さな包みに入った薬を、コップの水と一緒に差し出した。素直に受け取って、飲み干すと、シーナは片手を額に当てた。
 たぶん、何があったのか、ホウアンも聞いているだろう。どうやらちゃんと手当てもされているようである。
「本当に良かったですよ、腕の傷もたいしたものではありませんし」
「うん………」
 とろとろと眠りに引きこまれそうになるシーナに、ホウアンが遠慮がちに声をかけた。
「シーナさん、こんな時に、あなたにこんなことを頼むのはどうかと思うのですが…」
「うん?」
「アップルさんのことなんです」
 とたんにぱっと目が覚めて、シーナは起き上がった。
「アップル?無事だったんだよな?俺、アップルのことだけは……っ」
 自分が知る限り、アップルは何もされていなかったはずだ。意識を失ったのはビクトールたちが来てからだし、無事だとばかり思っていたのに。狼狽えるシーナに、ホウアンが慌てる。
「ええ、ええ、アップルさんも無事ですよ。ただ、かなりショックだったようで……ずっと泣き止まないんですよ、あなたのことを……ひどく心配されていて……」
「ああ……」
 ホウアンが何を言いたいのかすぐに気づいて、シーナはどさりと身体を横たえる。アップルはきっと自分のことを責めているのだ。自分のせいで、シーナが酷い目にあったと思っている。どうやら助け出されてから一昼夜がたっているようだが、その間シーナは眠り続け、アップルは自分を責めつづけていたのだ。
 彼女のせいではない。何も悪くはないのだと、ちゃんと告げなくてはならない。
「あなたが無事で、大丈夫だと言ってくだされば、少しは彼女の気持ちも……」
「うん、分かるよ」
「シーナさんがどれほど傷ついてるかも十分分かっているのですが、このままアップルさんのことを放っておくわけにはいかないのです」
「大丈夫、アップル呼んでよ。俺、ちゃんと大丈夫だって言うからさ」
 申し訳ありません、とホウアンは頭を下げた。どれほどの名医でも、どうにもできないことはあるのだ。これはシーナにしかできないことなのだ。
 ホウアンが医務室を出ていき、シーナはだるい身体を叱咤してベッドの上に座った。しばらくしてアップルが姿を見せた。少し離れた場所でシーナの顔をみたとたん、両手で顔を覆ってしまう。
「アップル……こっち来なよ、ほら」
「わたし……っ…」
「ほら、大丈夫だから」
 のろのろと近づいてきたアップルの腕を取り、シーナはベッドの端に彼女を座らせた。俯いたまま、ぽろぽろと涙を落とすアップルの肩を抱き寄せる。
「ごめんなさい……っ、シーナ……ごめん、ごめんね……」
 堰が切れたように泣き出したアップルに、シーナは慌てて手を離した。
「泣くなよ。何でもないって言っただろ?ちゃんと無事に助けだされたんだしさ」
「………」
「こっちこそごめんな、恐い思いさせて」
「………っ」
 はっとしたようにアップルが顔を上げる。
「アップルが無事でよかったよ。嫁入り前の女の子にはさすがにちょっと衝撃だったかもしれないけどさ、ほら、俺は男だし、別に平気だからさ、気にしなくていい」
 アップルはだめだというように首を振る。
「忘れなよ、あんなこと忘れちゃいな。俺も忘れる。アップルがいつまでも覚えてたらさ、俺も忘れられないじゃんか。だから、もう泣かないで、いつもみたいにしっかり者のアップルでいてくれよな」
「シーナ……」
 アップルは涙で濡れた瞳でシーナを見つめた。そうだ、いつまでも泣いているわけにはいかないのだ。シーナの言う通り、一日も早く忘れなければならない。
「アップルがしおらしく泣いてるなんて似合わないぜ、いつもみたいに俺のことを怒ってる方が似合ってると思うけどなぁ」
「もう…シーナったら……」
 やっと小さく笑ったアップルに、シーナもほっとしたように笑った。
「ありがとうシーナ……ごめんね…」
「ゆっくり休みな、それくらいのことはあの鬼軍師だって許してくれるはずだしさ」
 鬼軍師なんかじゃありません、とアップルが唇を尖らせる。ははは、とシーナは声を上げ、ふと思いついたようにつぶやいた。
「なぁ、アップル」
「なに?」
「ハンフリー……呼んできてくれないかなぁ…」
「え……」
 アップルは動揺を隠せずに視線を泳がせた。ハンフリーとシーナが恋人同士なのだと、もちろんアップルも知っている。こんなことになって、二人が会ってもいいものなのかどうか、アップルにはすぐに判断できなかったのだ。
「な、頼むよ……呼んできてくれよ……、俺、どうしてもハンフリーと話をしなくちゃ……」
「でも……」
「頼む」
 真摯な表情で乞われては、それ以上拒む理由もなかった。アップルは小さくうなづくと足早に医務室を出て行った。
 シーナはぱたりとベッドに横になった。
 正直なところ今すぐにでも眠ってしまいたかった。さっき飲んだ薬が効いてきているのか、ひどく眠たかった。今ならその気になれば三秒で眠れる自信があった。けれど、どうしてもハンフリーに会わなくてはいけなかった。会って、ちゃんと話をしなくては。
 あやうく意識を飛ばしそうになる直前、ハンフリーが部屋に入ってきた。
 アップルと同じように、少し離れた場所でじっとこちらを見たまま立ち尽くしている。
「ハンフリー……こっちきてよ…」
「………」
「来て…」
 近づいてきた男の手に触れる。温かい大きな手にほっとする。ベッドの端に腰掛けたハンフリーの表情を見て、シーナはやっぱりそうか、と思った。
「ごめん……心配かけたよな……」
「シーナ……」
「でもああするしかなくってさ、俺、どうしてもアップルのことは助けてやりたかったし……他に方法思いつかなくて……」
 ハンフリーは何も言わない。怒っているのだろうか。普段から無表情な男だったが、今は本当に心が読めない。
「ごめん……」
 好きでされたわけではないけれど、男たちに乱暴されたことは事実だし、そのことをハンフリーがどう思うかを考えると、さすがにシーナも凹んでしまう。
「ごめんな、ハンフリー……」
「何故謝る?」
「………」
 どこか感情を押さえた口調で、ハンフリーがシーナに告げる。
「お前が、そうしたくてされたことではないだろう。お前は被害者で、ひどく傷つけられたのに、どうして謝る必要がある?何故俺に謝る?」
「だって……」
 シーナは今にも泣き出しそうにくしゃりと顔を歪めた。
「だって、あんた、すごく傷ついた顔してるからさ……」
「………っ」
「俺よりも、あんたの方が傷ついた顔してる。俺、あんたのこと傷つけるつもりなんてこれっぽっちもなかったんだ……、だからごめん。傷つけてごめん。嫌な思いさせちゃってごめん。俺……」
 シーナは起き上がると、ベッドの上にぺたりと座り込み、シーツの上に手をついて、深々と頭を下げた。
「ごめん……ごめんなさい……俺のこと嫌いに…なら…なっ……」
 最後まで言わせることなく、ハンフリーはシーナの身体を掬い上げるようにして抱き締めた。力いっぱい抱き締められて、シーナは初めて一筋涙を流した。男たちに何をされても涙など流さなかったというのに、今さらどうして、と自分でもおかしくなる。
「シーナ……っ」
「痛いよ……ハンフリー」
 ハンフリーが決して怒っているわけではないのだと知り、シーナは心からほっとした。今回のことで、ハンフリーが一番傷ついている。もしかするとシーナ自身よりも。そう思うと切なかった。何度でも謝ろうと思っていた。傷つけてしまったことを何度でも。
 ハンフリーがシーナの前髪を梳く。指先が頬に触れ、耳元を擽った。優しい仕草は眠気を呼び起こした。
 ハンフリーの手を握り締めたまま、シーナは眠りについた。
 これですべて終わったと思ったのだ。
 けれど、これは始まりだった。
 深い眠りに身を任せるシーナは知る由もなかったけれど。




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