Hide-and-Seek 朝の会議室である。 そろった面々は、みんなまだ半分眠ったような顔をしている。 「なぁ、前にもこんなこと、なかったか?」 ぐったりとテーブルに突っ伏したまま、フリックが隣の席のカミューにつぶやく。 「そうですか?…ところで、ずいぶん眠そうですね。昨夜は早くに酒場を出られたのに?」 「あ〜そうなんだが…」 フリックが言葉を濁す。そして寝不足の原因であるビクトールを見た。 ビクトールも大きな欠伸をしている。 カミューの言うとおり、昨夜は早くに酒場を引き上げさっさとベッドに入ったのだが、いつものようにビクトールに襲いかかられてしまい、結局眠りについたのは深夜の2時を過ぎていたのだ。 そして、やっと安らかな眠りにつけた、と思ったとたん、たたき起こされた。 どうも嫌な予感がする。 ただ今朝の6時である。 この時間といい、集まったメンバーといい、以前にも同じようなことがあったような気がするのだ。 フリックはぼんやりした頭で記憶を辿る。 あれは…そうだ、もっと寒い時期に… 「おはようございます、みなさん」 元気な声と共に、ばたんと扉を開けてやってきたのは、我らがリーダーのディランだ。 フリックは身体を起こすと深くイスに座りなおした。 「やだなぁ、みんな寝ぼけた顔しちゃって」 ディランはぐるりと集まったメンバーの顔を見ると小さく肩をすくめる。正面の大きなイスに座ったディランにビクトールが不機嫌そのものという顔で怒鳴った。 「ディラン!こんな朝っぱらから召集かけやがって…いったい何の用なんだっ」 「はいはい、実はですね…」 そうだ…あれは確かクリスマスの一週間前だ… フリックがやっと思い出したのと同時に、ディランの口から新たなイベント計画が発表された。 「かくれんぼ?かくれんぼって、あのかくれんぼか?」 唖然とした顔でビクトールが何度もディランに念を押す。 「そうそう、そのかくれんぼ」 にっこりとディランが笑う。 「そろそろ気候も良くなってきたことだし、みんなで賑やかに遊べることしたいでしょ?」 したくない。 メンバー全員が心の中でつぶやいたに違いない。 しかし、さすがにそこは大人なので、誰も口にはしなかった。 「で、ちゃんとプランを練りました。この城の全員で大かくれんぼ大会をしようと思って。え〜っと、ルールは簡単。鬼は10人一組で、2時間以内に全員を見つけ出すこと。2時間以内に見つけ出せたら鬼グループの勝ち。ただし、最後から2番目の人が見つかった時点でカウントダウンを始めて、10分以内に最後の人を見つけ出すこと。見つけ出せなかったら当然、最後まで見つからなかった人の勝ち。簡単でしょ?」 「俺ぁ降りるぜ、ガキの遊びに付き合ってられっか」 ビクトールが席を立つ。 「まぁまぁビクトールさん、ディラン殿が何のメリットもないゲームを持ち出すわけがないでしょう?」 カミューがにっこりとディランの方を向く。 「さっすがカミューさん。もちろん、何の商品もない、なんてケチなことはしませんから」 そうでしょう、そうでしょう、とカミューがうなづく。 「ディランよ、もうハイ・ヨーの食事券くらいじゃあ、ありがたみはないんだぜ」 不敵な笑みを浮かべ、ビクトールがどかっと再びイスに座る。そうそう簡単にディランのいいように踊らされてなるものか。しかし、ディランも負けてはいない。 「いやだなぁビクトールさん、そんな何度も同じ商品を使うほどバカじゃありませんって。今回はもっと素晴らしい商品を御用意させていただきました」 厳かにディランがポケットから小さな鍵を取り出し、みんなに見せびらかす。 「何だ、そりゃ」 「これは西の塔にある特別室の鍵です」 「何だとっ!」 ビクトールが一気に目が醒めたとばかりに身を乗り出した。 特別室。 それは、城にある唯一の客間だった。 滅多に客なんて来ないのに、この客間は目を見張るほどの豪華な部屋になっていて、あまりにも豪華すぎるため、誰も入らないようにと鍵をかけられており、開かずの間と呼ばれているのだ。 ディランが手にしているのはその特別室の鍵なのだ。 驚いたみんなを見て、ディランが得意げに説明を続ける。 「優勝者には鍵を貸します。二泊三日。友人、恋人、夫婦、お好きなメンバーでお泊りください。もちろん、泊まれるだけではなくて、ハイ・ヨーが腕によりをかけた食事をルームサービスいたします」 その商品に、会議室にいた者の心は動いた。 何しろ、誰も見たことがない豪華な部屋に好きな相手と二泊三日。 これはなかなか良い感じではないか? 「どう?ちょっとはやる気になった?」 ディランがにっこりと全員を見渡した。 反対する者はいなかった。 城中の人にこのイベントの説明をするには、一回では無理である。 そこで何グループかに分けて説明するために、同盟軍の中核メンバーたちは朝早くからたたき起こされたらしい。午前中はばたばたと準備に追われ、やっと一息ついたのは昼食の時。ゲームのスタートは2時からと決まった。説明を受け、商品を聞いた城の連中は、みな久しぶりのこのイベントに興奮した。 どうやら特別室でのお泊りというのは、誰にとってもかなり魅力らしい。 どこに隠れるか、鬼になったらどうやって見つけだすか、異様な盛り上がりを見せていた。 「ビクトール殿、ずいぶんやる気になってますね」 レストランでビクトールと一緒に早い昼食を摂っていたマイクロトフが首を傾げる。 朝早くに起こされ激怒していたビクトールは、商品を聞いたとたんにやる気を見せたのだ。 不思議そうな顔をするマイクロトフにビクトールはだんっとテーブルを叩いた。 「当然だろぉが。お前、あの豪華な部屋を見たことねぇからそんな落ち着いてられるんだ。前にちらっと見たことがあるんだがよ、そりゃもう俺たちの部屋とは天と地ほどの差があるんだぜ。あの部屋でフリックと2人で二泊三日とくりゃ、やらねぇわけにはいかねぇだろ」 「はぁ…豪華な部屋で…ですか……」 マチルダ騎士団にいた頃は、それなりに贅沢な部屋にいたマイクロトフとしては、特別室がどの程度のものなのか想像がつかない。 「勝つぞ。絶対にあの鍵を手に入れてやる。おお、フリック!」 練習場での説明会を終え、レストランにやってきたフリックにビクトールが手をあげる。 「何だ、もう食ってるのか。じゃ俺も食べるかな」 やってきたウェイトレスにのんびりと注文をするフリックに、ビクトールは身を乗り出す。 「お前、絶対に勝てよ。いいか、どんな手を使ってでもあの鍵を手に入れるんだぞっ!」 「……俺は別に興味ないからなぁ、お前、何興奮してんだよ」 「特別室で二泊三日だぞっ、ルームサービスつきで、戦闘も免除だっ。三日間、思う存分いちゃいちゃできるんだぞ」 ビクトールの頭の中ではすでにプランができている。 三日間、豪華な部屋で、フリックと思い切り淫らな行為に耽けようという魂胆である。所変われば気分も変わるというもので、フリックにしてみたいこと、フリックにやらせてみたいこと、フリックとやってみたいことがいろいろあるのだ。 そんなビクトールの考えなんて、すっかりお見通しのフリックは冷たい視線を投げるだけである。 「ま、せいぜいがんばんな。お前のデカイ図体じゃ、すぐに見つかっちまうと思うけどな。それに、お前の隠れそうなところなんて、だいたい想像できるし」 「ふん、どんな汚い手を使っても手に入れるぞ。お前、勝ったらちゃんと三日間付き合えよ。あ、自分からわざと見つかるようなことするんじゃねぇぞ」 「お前な…」 俺は子供じゃないんだぞ、とフリックはがっくりと肩を落とす。 単純なビクトールにいい隠れ場所なんて見つけられるわけがない。フリックはそう考えて、適当な返事をしておいた。 しかしフリックはまだ分かっていなかったのだ。ビクトールの恐るべき執念が、このあと、どんな悲惨な状況を招くことになるかを。分かっていたらこんな返事はできなかったことであろう。 ゲームが開始される10分前。鬼グループのメンバーが発表された。 シュウを筆頭にその中にはビクトールも含まれていた。 「ああ?何だ、俺は隠れる方じゃねぇのか?」 「ビクトールさんは探す方ね。この前くじを引いたでしょ?あれで決めたのよ」 同じく鬼のナナミが説明をする。そういえば、先週、わけも分からずくじを引かされたのを思い出す。あれがこの鬼を決めるためのくじだったらしい。ビクトールは相変わらず用意周到なディランに苦笑する。 フリックはといえば隠れる側に入っていた。 「ふふん、フリックを探すってのもなかなかいいな。楽しめそうだ」 ビクトールがにやにやと笑う。 すでに隠れる側は各々隠れる場所を探して城中を駈けずりまわっている。何しろ大人数でのかくれんぼである。見つからない場所を見つける方が大変なのだ。 「さて、作戦会議を始めるぞ」 シュウがテーブルに手をつき、鬼グループの面々を見渡した。 「作戦会議って、お前…たかがかくれんぼだぞ?」 ビクトールが顔を引きつらせる。これではまるで本当に戦闘のようではないか? そんなビクトールのつぶやきなど聞いてはいないようで、シュウは机に城の見取り図を広げた。 鬼たちがわらわらとその周りに集まる。 「半数近くは簡単に見つかるだろう。何しろ、人数が多いからな。同じ場所に隠れる可能性が高い。いかにも隠れそうな場所は最初につぶせ。鬼は10人だ。2人一組で東西南北の四方からローラー作戦でつぶしていく。残りの2名はビクトールとハンフリー、お前たちだ。いいか、本当の戦闘の時と同じように、敵がどこに隠れるか考えろ。最後まで見つからないのは、おそらく戦闘の心得のある者たちだろう。そういう連中を見つけられるのは同じく戦闘の心得のあるものでなければ思いつかんからな」 ほぉっと感嘆の声があがる。 さすが天才軍師シュウである。これなら鬼グループの圧勝となりそうである。 ペアが決められ、鬼たちは見取り図と、見つけ出す人間の一覧表を片手にスタートラインに立つ。 ちなみにタイムキーパーはディランである。 特設の主賓席で、悠々とお茶など飲みながら時計を見ている。 「よぉ、シュウの旦那。こんなバカげたゲーム、てっきり嫌がると思ってたのに、ずいぶんな力のいれようじゃねぇか」 からかい半分でビクトールが声をかける。 シュウは思い切り嫌なそうな顔で、ビクトールを見てひとこと、 「ヤケクソだ」 と言った。 同じ頃、フリックはどこに身を隠すか、うろうろと歩き回っていた。 だいたい城の中で隠れられる場所なんて限られている。考えることはみんな同じで、フリックが考えるところにはどこもかしこも先に人がいて、隠れられないのだ。 よくよく考えればさっさと見つかってしまってもよいのだ。フリック自身は特別室の鍵なんて別に欲しくはないのだから。しかし、そうなるとビクトールたちの鬼グループの勝ちとなり、結局ビクトールの手に鍵が渡ってしまうことになる。 三日間も監禁されるなんて冗談じゃない。 フリックは頭を悩ませた結果、なかなかよい隠れ場所を見つけた。 それは城の門を一歩外に出た塀の壁際に身を隠すというものだ。城の中の様子も窺えるし、城の中からは一目見ただけでは見つからない。まぁ「城の中」ではないかもしれないが、絶対に城の中で隠れること、と言われた覚えもないのだからかまわないだろう。 フリックは地面に腰をおろし、やれやれと息をついた。 「おや、先客ありですね」 声をかけられて顔を上げると、そこにはカミューが優雅な笑みを浮かべて立っていた。 「何だ、お前もか。考えることは同じだな」 「そのようですね。かまいませんか?ご一緒しても」 「もちろん。だが見つかる時は一緒だぜ?」 「見つかりませんよ」 カミューは自信ありげに微笑んでフリックの隣に腰を降ろした。 「マイクロトフはどうした?一緒じゃないのか?」 「一緒にいては万が一見つかった時に共倒れですからね。二手に分かれました。もっとも、マイクはすぐに見つかってしまうような気がするので、私ががんばらないといけないのですが」 「へぇ本格的だな」 カミューの意気込みにフリックは妙な感心をしてしまう。 そして2時ジャストに大かくれんぼ大会が開始された。 シュウの作戦は効果的で、次々に隠れている連中が見つかっていく。 部屋のベッドの下や、タンスの中、カーテンの後ろ。そんなありきたりな場所に隠れている者は当然簡単に見つかってしまい、手の甲に見つかった印としてスタンプを押される。 「あ、ミリー見っけ」 「お、こっちにはユズちゃんか」 城の中は大賑わいである。 小さな子供たちがきゃあきゃあと声を上げて逃げ回る。それを捕まえてスタンプを押す。 ビクトールはありきたりな場所には目もくれず、マニアックな場所ばかりに目をつける。 だいたいあのフリックがありきたりな場所に隠れるとは考えにくい。 「ハンフリー、シーナは見つけたのか?」 「いや…あいつも鍵を欲しがっていたから、そうそう簡単には見つからないだろう」 「やっぱり特別室で三日間、恋人としっぽりと…っていうのは魅力的だからな。くそっ、フリックの奴どこに隠れてやがる」 「ビクトール、分かってると思うが、フリックを探せばいいというものじゃないんだぞ。隠れている連中を全員見つけださなければ勝ちにはならないんだからな」 ハンフリーが通りががりに倉庫の扉を開けて中を見る。 「そりゃ分かってるがな、お、あそこに人影発見」 ビクトールが中にいた人間を捕まえてスタンプを押す。 「あと何人だ?」 「俺たちが見つけたのが…34人だな。一度集合場所に戻ってみるか、他の連中が見つけた情報をもらってリストに書き入れよう」 ハンフリーが今見つけた人間の名前をリストから削除する。 ビクトールはフリックがいそうな場所をいろいろと考えてみるが、どうもピンとこない。 フリックが隠れそうなところ…。こうして改めて考えてみるとなかなか思いつかないものだ。 「まぁ俺が見つけなくても、あいつが最後まで見つからなきゃそれで鍵は手に入るんだがなぁ」 しかし、自分で手にいれた鍵の方が何となく嬉しいものだ。 ビクトールはすっかり勝つつもりでいる。 そして特別室での甘い夜を想像してはニヤニヤと頬を緩めるのであった。 「のどかだな…」 カミューと肩を並べて座り込んでいるフリックが空を見上げてつぶやく。 真っ青な空には雲一つなく、鳥の声が聞こえる。 頬を撫でる風は気持ちのいい空気を運び、目の前の野原の小さな花を揺らしている。 カミューと2人して、のんびりと世間話をして時間をつぶしているなんて。 あまりに平和すぎる。 「俺たち、こんなことしてていいのか?」 世間で戦闘がなくなったわけではないというのに、こんな平和にかくれんぼなどをしていていいのだろうか?フリックの台詞にカミューがおかしそうに笑う。 「まったく。ディラン殿も奇抜なことばかり考えつかれる。まぁ今回のかくれんぼはナナミさんの望みだったようですけどね」 「ナナミの?」 「ええ、小さい頃に友達から仲間外れにされたせいで、かくれんぼをしたことがないらしくて。先日、城の子供たちがかくれんぼをしているのを見て、自分もやりたくなったそうですよ。で、ディラン殿に頼んだとか」 「へぇ…だが、城中全員でやることはないと思うんだがなぁ…」 フリックが立てた膝に顔を埋める。そんなフリックにカミューが微笑んだ。 「フリックさん、お茶飲みますか?」 「え?」 カミューは手にしていた小さな袋の中から、お茶の入った水筒を取り出す。どうやら中身はカミューお気に入りのフレーバーティーのようだ。 「そろそろ3時ですしね、お茶の時間にしましょう」 「お前…用意周到だな」 「もちろんですよ。簡単に捕まるつもりはありませんからね。準備はちゃんとしてきました。ああ、お茶うけにクッキーがありますが、食べますか?」 「い、いただきます」 つまりカミューは最後まで見つかるつもりはないということらしい。そのためにこうして、お茶の用意までしているのだ。なかなかすごい自信である。 フリックはカミューの広げた紙包みからクッキーをつまむ。 「フリックさんも、特別室の鍵を狙ってるんですよね?もちろん」 「あ〜別にどっちでもいいんだけどな。豪華な部屋なんて興味ないし」 「でも、見つかりにくい場所に身を隠してるじゃありませんか」 「ビクトールの奴が鍵を手に入れたら大変なことになるからな。阻止したいんだよ」 「ああ…三日間ですからね、さぞかし体力を消耗することでしょうね」 何を想像してか、くすくすとカミューが笑う。 「そういうお前だって、鍵を手にいれたらマイクロトフと三日間篭もるつもりなんだろう?」 「当然でしょう?ここのところ一緒に戦闘に出るチャンスがなくてすれ違いばかりでしたから、溜まってるんです」 「は?」 「私も特に性欲は旺盛な方ではありませんけどね、さすがに1週間、マイクロトフと触れ合っていないと、それなりに溜まってくるわけですよ」 そ、そうですか。 フリックは何と答えてよいか分からず、うつむいてしまう。おまけに薄っすらと頬を染めたりなんかしたものだから、カミューのいたずら心に火がついた。 「フリックさんは?やっぱりビクトールさんと離れていると寂しいでしょう?長い時は2週間近く離れ離れなんてこともありますからねぇ。どうしてるんですか?そういう時は」 「ど、どうって…何が?」 「何って、ナニですよ。今さらそんな小娘みたいなこと聞き返さないでくださいよ」 カミューは相変わらず品の良い笑顔でとんでもない話題をさらりと口にする。 フリックはどう答えていいか分からずカミューを睨む。 どうもこの男は何を考えているか分からないところがある。だいたいフリックは性的な話題を口にするのは苦手なのだ。もちろん今さら「何も知りません」なんて言うつもりはないのだが、だからと言って、平気な顔でその手の話ができるほど慣れてもいないのだ。 困った。 カミュー相手に上手く話をはぐらかす自信はない。 かといって一体何を告白すれば、許してもらえるのかも分からない。 そんなフリックの考えが分かったのか、カミューがくっくっと笑いを漏らした。 「カミュー?」 「いや、失礼。ほんとに貴方って人は純粋というか、何というか…。ビクトールさんが貴方を手放せない理由がわかりますよ」 「それ、怒らないといけないような意味なのか?」 「違いますよ。すみません、ちょっとからかってみただけです。貴方がこの手の話題が苦手だってことは分かっていたんですが、つい」 「……俺ってそんなに小娘みたいに見えるか?」 フリックが訴えるようにカミューを見る。 「いいじゃありませんか。変にスレてるよりは」 「そう、かな」 「そうですよ。純情そうな顔してて、実はすごく淫乱ていう方がそそりますよ」 「!お前なっ!!」 まだからかわれてるのだと分かり、フリックがカミューの肩を軽く殴る。 カミューは声を上げて笑いかけ、慌てて口を閉じた。 かくれんぼの途中だったのだ。 フリックは拗ねたようにそっぽ向いている。 困ったもんだ、とカミューは苦笑する。 どうして、こう小娘みたいに可愛いのだろう。 もしフリックがビクトールのものでなければ、思わず抱きしめてしまいたいくらいだ。 「罪深い人ですね」 「え?」 「まぁ無自覚だからこそ成せる技なのかもしれませんが」 カミューがいったい何を言っているのか分からずフリックはきょとんと首を傾げた。 一方、刻々とタイムリミットが迫る中、ビクトールは必死になってフリックを探していた。 「よぉ、まだ見つからないのか?」 すでに捕まった城の連中がビクトールを冷やかす。手の甲にスタンプを押された者は特別室の鍵をもらう権利はなくなってしまったわけで、みな中庭に集まり、特設の屋台で配られている無料のお茶など飲んで、鬼たちをからかっているのだ。 「くっそ〜、フリックのやつ、いったいどこに行きやがった」 「ビクトール、もう時間がないぞ」 ハンフリーが冷静に時計を見て言う。 ちなみにシーナはついさっき大浴場の女湯の浴槽の中で眠っているのをハンフリーが発見した。ずいぶんと発見に時間がかかったのは、女湯に隠れていた女性2人を見つけた時に、これで全員だといった言葉を信じてしまったのだ。しかし、女たらしのシーナに頼まれて嘘をついていたらしい。 「ちぇ〜鍵欲しかったなぁ。あんたも欲しかったんなら、見つけるなよな」 シーナが不満たらたらでハンフリーに蹴りを入れる。 「いいから中庭に行ってろ」 手の甲にスタンプを押してハンフリーがシーナの頭をこづく。ハンフリーとビクトールはまだ探していない場所はないか、と見取り図を見る。 「もうほとんどの場所は見たがな」 「だが、シーナの例があるからな。誰かが嘘ついて匿ってるのかもしれねぇ」 「…何のために?」 う、とビクトールが言葉につまる。 確かに自分が見つかったあと、他人を匿うようなことがあるだろうか? 「まぁこのまま見つからなければフリックが鍵を手にいれるわけだし、お前の目的も達成できるのだから、別に躍起になって探さなくてもいいだろう?」 ハンフリーが半ば諦めモードでビクトールに言う。しかし、ビクトールは激しく抵抗した。 「ばかやろう、フリックが鍵を手にしたからって、素直に三日間やらしてくれると思うか?絶対、あいつは他の奴に鍵をやっちまうに違いない。そんなことになってみろ、せっかくの豪華な部屋での甘い夜が夢と消えちまうんだぞ!絶対に俺が見つけて、何が何でも特別室に連れ込んでやる」 さすがに長年一緒にいるだけあって、ビクトールはフリックの性格をよく理解しているようである。 しかし、どこを探してもフリックの姿を見つけられない二人は、新たな情報を求めて中庭へ戻ることにした。 中庭には大勢の人がたむろしてる。でもフリックの姿はない。 「おい、あと誰が見つかってないんだ?」 鬼グループの軍師シュウを捕まえる。シュウはリストをビクトールに見せた。 「あ〜、フリックと…カミュー?何だ、2人だけか?マイクロトフは?」 「そこにいる」 振り返ると紙コップのお茶を手にしたマイクロトフが立っていた。 「何だ、お前見つかっちまったのかよ。よぉ、お前のハニーはどこに隠れてやがるんだ?」 半分からかい気味にビクトールがマイクロトフに話し掛ける。 「別行動でしたから。そういうビクトール殿は?フリックさんはまだ見つかっていないようですが?」 「そうなんだよな、あいつら一緒かな」 ビクトールの台詞に一瞬マイクロトフが言葉に詰まった。おや?と思ったビクトールにマイクロトフは軽く肩をすくめてみせる。 「そんなことはないでしょう…おそらく別だと思います。誰かと一緒に隠れるようなことはしない、と言ってましたから」 ちぇ、とビクトールは舌打ちする。マイクロトフなら案外とカミューの居場所を知っていて、ぽろりと口を滑らせそうだと思ったのだが、どうやら何も知らないらしい。 困った。 時間はあと15分である。 「どうやらフリックさんとカミューさんが勝者って感じかな」 ディランが時計を見ながらつぶやく。 ビクトールはぎろっとそんなディランを睨みつける。 特別室の鍵。 フリックとの甘い夜。 三日間やり放題。 そんな言葉がぐるぐるとビクトールの頭の中を回り、ついにぶちっと何かが切れたらしい。 「おい、ビクトール?」 ビクトールがつかつかと備え付けの台に上がる。周りの連中も何だ何だと注目し始めた。 ビクトールはすぅっと息を吸うと、次の瞬間、いきなり叫びだした。 「フリック〜〜〜!!!出てこ――― いっ!!」 城中に響き渡るかのような大声に、一瞬全員が唖然と黙り込む。 当然その声は門の外で座り込んでいるフリックとカミューにも届いた。 「フリック ―――― っ!どこにいるか返事しろ―――っ!!」 なおも続くビクトールの声。 フリックは信じられない思いでそのバカでかい声を聞いていた。 「あの、バカ…呼ばれたからって出て行くわけないだろうが…」 「ヤケクソなんじゃありませんか?もう時間もありませんしね」 カミューが肩をすくめる。 中庭にいる連中はあまりのバカバカしさに笑い声を上げる。 「ビクトールよぉ、呼ばれたからって出てきたら、そりゃバカだぜ」 「フリックさんが出てくるわけないでしょ」 ゲラゲラと笑う連中にビクトールがニヤリと笑う。 「何言ってんだ、こっからが本番だろぉが」 「?」 再び息を大きく吸ったビクトールが声を張り上げる。 「フリック―――っ、愛してる―――っっ!!」 「なっ!!!」 思わずフリックが腰を浮かす。 ぎょっとしたのは他の連中も同じである。 「心から愛してる―――っ!世界で一番愛してる―――っ!」 とんでもない告白に歓声が湧きあがる。ひゅうひゅうと口笛を吹く者。拍手する者。それに気をよくしたビクトールはなおも続ける。 延々と続く「愛してる」コールに、門の外でわなわなとフリックが身体を震わす。 「フ、フリックさん、辛抱ですよ。ビクトールさんの作戦なんですから。あとちょっとで我々の勝利なんですよ。今出ていっては、2時間地面に座り込んでいた苦労が水の泡ですよ」 カミューが気の毒そうにフリックに声をかける。しかしその声は小さい。 「出てこねぇな」 ビクトールがごほんと咳をする。これだけ叫んでるのにフリックは姿を見せない。聞こえていないはずはない。だとすれば、まだ甘いということか。 ビクトールさまを舐めるんじゃねぇぞ、と不気味なオーラが背中から立ち上る。 「フリック――!出てこねぇつもりなら、とっておきの告白をしてやるぞ――っ!!」 「それはぜひ聞きたい」 ぼそりとディランがつぶやく。 「俺がお前のどこが好きかと言うとだな―――っ、全部好きだがっ、特に夜、ベッドの中で――」 「やめろぉおおおお!!!」 突如として現われたフリックの姿にみんな呆然とする。 脱兎の勢いで走ってきたフリックがビクトールに飛びつき、その口を塞ぐ。 ぜいぜいと荒い息で。 顔はもちろん、首筋も耳も、指の先まで真っ赤にしたフリックの姿にビクトールは満面の笑みを浮かべた。 「し、信じられない……」 フリックがビクトールを見上げる。 次の瞬間、ビクトールががしっとフリックを抱きしめた。 「よっしゃあ、あと一人だっ!みんなカミューを探しに行けっ、あと10分だっ!!」 「おおっ!」 鬼グループが一斉に走り出す。 フリックがビクトールの腕から逃れようと暴れる。 「この…ばか熊っ!!いったい何考えてやがるっ!よくもあんな恥ずかしいこと…」 「べっつにぃ、俺はぜんぜん恥ずかしくねぇがな」 「俺が恥ずかしいんだっ!」 「何でだよっ!別に嘘はついてねぇんだっ、何も恥ずかしいことはないだろぉが!」 「お前と一緒にするなっ!俺にはちゃんと羞恥心てものがあるんだからなっ!」 「そんな腹の足しにならねぇもんはさっさと捨てちまえっ!だいたい、そんなもんがあるから、ベッドの中でいつまでたっても素直になれねぇんだろぉが」 「余計なお世話だっ!お前こそ、少しは…」 みんなの注目の中、2人は延々と喧嘩を続ける。それも誰もがうんざりするほどの甘い痴話喧嘩である。 「あの…お取り込み中申し訳ありませんが…」 「何だっ!」 ビクトールとフリックが同時に振り返る。 それくらいでは動じないディランが2人の目の前に時計を差し出す。 「タイムアップです」 その一言と同時に、カミューが姿を見せた。 勝者はカミューただ一人。 拍手喝采の中、カミューは優雅に礼をしてディランから特別室の鍵を受け取った。 がっくりと肩を落としたビクトールが再びフリックにつかみかかる。 「……フリック〜てめぇ、一緒に隠れてたんならどうして言わなかったっ!」 「探さなかったのはお前だろっ、俺のせいにするなっ!」 「マイクロトフっ!!」 ビクトールが鬼の形相でマイクロトフに向き直る。 「てめぇ、カミューは誰かと一緒に隠れたりしねぇって言ったくせに…」 「言ったのは私ですよ」 特別室の鍵を無事手にいれたカミューがマイクロトフの肩に手を置く。 「誰かに、特に鬼の誰かに聞かれたらそう答えろと言ったのは私です。ビクトールさんも簡単に人を信じすぎますよ。そんなことじゃあ特別室の鍵は一生かかっても手に入りませんよ」 「くっそ〜〜〜」 ビクトールが脱力してその場にしゃがみこんでしまう。 元マチルダ騎士団団長カミュー。目的のためには手段を選ばない男である。 確かに読めなかったビクトールの方が甘い。 「史上最悪のバカどもだな」 シュウがその様子を横目で見て、うんざりしたように言い捨てる。 「まぁまぁ。仲良きことは美しきかなってね。なかなか楽しませてもらったよ。やっぱりこの手のイベントはビクトールさんがいないと盛り上がらないよね」 ディランが楽しそうに言う。 元はといえば、ナナミに頼まれてしぶしぶ計画したイベントではあったが、最後の盛り上がりは予想外で大満足である。 その夜。 酒場では当然、ビクトール大告白の話題で終始し、大いに賑わった。 しかし当のビクトールはといえば、本気で怒ってしまったフリックに部屋にも入れもらえず、酒場の片隅でくさっていたとかいないとか。 ディランの企画するイベントには要注意、というのが今回学んだ教訓である。 |
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