愛する想い  愛される願い 1 



<序章>


「行ったぞっ!!気をつけろっ!」
 背後からかけられた声に、マイクロトフはダンスニーを構えなおした。
 頭上から襲いかかってくるモンスターをばっさりと斬りつけ、さらに逃げようとするモンスターを追いかける。
 それは同盟軍リーダーであるディランとともに、交易のために遠くコボルト村へ出向いた帰りのことだった。近道をしようと入り込んだ森の中で出くわしたモンスターたち。数も少なく、さして強い敵でもなかったため、交易で思ったほどの利益を産めなかったことの鬱憤晴らしも兼ねて、誰もがモンスターたちで稼いでやろうと思ったのだ。
「フリックさんっ、まだ来るっ!」
 ディランがモンスター2匹を倒し、大声で叫んだ。
 フリックが視線を向けると、同じ種類のモンスターが数匹こちらを見ていた。どうやら血の匂いを嗅ぎつけた連中が姿を見せ始めたらしい。ここのところたいした戦闘もなく、体力を持て余していたフリックは望むところだとばかりにオデッサを向けた。
「さぁ、かかってこい」
 どこか楽しんでいるような表情を見せ、襲い掛かってくるモンスターを倒していくフリックに、同行していたリィナとアイリが顔を見合わせる。
「まったく、これだから男ってやつは!」
「困ったものね。この調子だと、また近くの村で一泊することになるわね」
 どこかのんびりとした口調でいいながら、二人も仕方なくモンスターの相手をしていた。
 リィナもアイリも女といえども腕は確かなので、フリックはディランをその場に残して、マイクロトフのあとを追いかけることにした。
「どうだ、少しは手強い相手がいたか?」
 奇声を上げて襲ってくるモンスターたち。自分の身体よりふた回りは大きいモンスター相手に、怯むことなく剣を振るうマイクロトフにフリックが叫ぶ。
「いや、俺の相手をするにはまだまだっ」
 手にしたダンスニーが鈍い音をたててモンスターの巨体を引き裂いた。緑色の血が辺り一面に飛び散る。頬にかかったそれを無造作に拭って、フリックが薄暗い森の奥へと視線を向けた。奥は何も見えない。だが、野性の勘が告げていた。
「まだいるな……」
「……おそらく」
 フリックがにやりと笑う。行ってみるか?という無言の誘いに、マイクロトフはちらりと残してきたリーダーの方を見た。
「大丈夫だ。もうロクな敵は残っちゃいない」
 モンスターたちも馬鹿じゃない。自分よりも強いと分かっている相手にわざわざ向かってはこないものだ。それに、ディランの腕は信用してもいい。リィナとアイリもいる。
「さて、少しは手応えのあるヤツだといいんだがな……」
「二人で倒せる程度の?」
 マイクロトフの言葉にフリックはそうだな、と笑った。
 そうして二人は森の奥へと続く細い道へと入り込んだ。
 



「あーもう、遅いじゃんかっ!!」
 アイリが焦れたように叫んだ。
 襲ってきたモンスターたちを一掃して、ふと気づくとフリックとマイクロトフの姿が見当たらなかった。少し離れたところでモンスターの相手でもしてるんだろうと、残された3人、ディラン、アイリ、リィナはその場で休憩をして二人が帰ってくるのを待っていたのだ。
 しかし、待てど暮らせど二人が帰ってくる気配がない。
「何やってんだよ、あの二人はっ。まさか道に迷ってるとか言うんじゃないだろうね」
「まさか…、でも確かに遅いなぁ」
 ディランがやれやれというように立ち上がった。この辺りにあの二人が手こずるようなモンスターがいるとは思えない。だが、迷子になるような歳でもないしなぁと首を傾げた。
「ねぇ様子を見に行った方がいいんじゃないかしら?」
 リィナの言葉にディランは同意した。そろそろ日が暮れる。近くの村でもう一泊するにしても、このままだと宿に辿りつくのが遅くなってしまう。
「まったく、手がかかるんだからー」
 ぶつぶつ言いながらディランたちは森の奥へと歩き出した。




 その頃、フリックとマイクロトフの二人は踏み込んだ洞窟の中で苦戦していた。
 出くわしたモンスターを片っ端から片付けながら歩いていると、突如として見たこともないような大きな岩場にぶつかった。その脇にあった洞窟への入口。普段なら安易にそんな所へ足を踏み入れたりするような二人ではない。けれどその時は、相手をしていたモンスターが物足りなかったことと、一緒にいるのが腕のたつ人間だったということが災いした。
 どちらもがどちらを止めることなく、当然のようにその洞窟に入っていった。
 生臭い空気が立ち込める洞窟の内部は、思っていたよりもずっと広かった。
 二人が剣を構えて歩を進めていると、青白い炎とともに一匹のモンスターが姿を現わした。見たことのない種類のそれは、突然の侵入者に容赦なく襲いかかってきた。
 熱気とともに鋭い鱗のようなものが二人に飛んできた。きんっと火花を散らして、オデッサでそれを払うと、フリックは手をかざして短く詠唱した。びしっと目も眩むほどの光とともにモンスターに雷のあらしが落ちる。
「やったか?」
 一瞬モンスターの動きが止まった。しかし、次の瞬間、轟音とともにモンスターがすごい勢いで二人に襲いかかってきた。ダンスニーとオデッサがそれぞれにモンスターを切り裂く。しかし、そんなものは痛くも痒くもないようで、モンスターは口から粘つく体液を吐き出した。
「気をつけろっ、毒かもしれん」
「くそっ」
 マイクロトフの言葉通り、体液がかかったマントはじゅっと音をたてて溶けた。思った以上にやっかいな敵のようだった。下手に手を出すと痛い目に会うかもしれない。フリックはダンスニーを振るうマイクロトフに声をかけた。
「マイクロトフ、隙を見て逃げるぞ」
「しかしっ!」
「俺たち二人じゃ無理だっ…くそっ!!」
 ぶんっとモンスターの大きな手が二人をなぎ払う。咄嗟に飛びのいた二人の鼻先をかすめた鋭い爪先に冷や汗が出た。
 モンスターの方もフリックとマイクロトフに身体中を傷つけられて、死に物狂いだった。逃げようとする二人になおも襲いかかる。
「フリックさーん、そこにいるんですかー」
 背後から聞こえたディランの声に、フリックがはっと振り返った。
「ディラン、来るんじゃないっ!!!」
「うわっ…」
 隙のできたフリックにモンスターの手が伸びた。マイクロトフがざっとその固い鱗にダンスニーを振り下ろした。素早く体勢を立て直したフリックのオデッサもモンスターの身体を引き裂く。耳を劈くような大きな叫び声が上がる。
「何やってんですかっ?!!」
 ディランが中の様子に唖然とする。来るなと言った時にはもう遅かったようだった。ちっと舌打ちして、フリックが素早くディランの元へと走りよる。
 こんなところでリーダーに危害が及ぶようなことがあっては、仲間に顔向けができない。
 洞窟の中で繰り広げられている戦闘。ディランはその様子に唖然とした。相手にしているモンスターは、どう見ても普通のモンスターではない。それをたった二人で相手にするなんて、命知らずというか何というか…。
「二人とも外に出てっ!」
 ディランが遅れて中へと入ってきたリィナとアイリに叫んだ。狭い洞窟の中で大人数で闘うことは危険だ。その声にリィナとアイリが少し戸惑いながらも命じられるままに外へと走り去った。
 その足音を確認して、ディランは二人に加勢するために、奥へと進んだ。その姿にフリックが顔色を変える。
「ばかっ、お前も外に出ろ!!」
「でも、絶対に2人じゃ無理だって!」
 新しく現われた敵に、モンスターが口を開けた。咄嗟にフリックがディランの腕を引き、吐き出される体液からその身を庇った。間一髪で足元に飛び散った体液が、じゅっと岩場を溶かすのを見て、ディランが目を丸くする。
「うわー、すごいなー」
「ばかっ!何感心してんだっ!!」
 その時、モンスターの気配が変わった。身体から青い光を発して、呪文らしき声が聞こえた。まさか魔法まで使うモンスターだとは思っていなかったフリックたちは慌てて身を翻す。
「伏せろっ」
 フリックとマイクロトフが同時にディランの身体を抱え込んだ。
 眩しい光があたり一面を満たした。
 しばらくの沈黙。
 ディランがゆっくりと閉じた瞼を開くと、自分を庇った二人の身体がその場にずるりと崩れ落ちた。
「フリックさんっ!!マイクロトフさんっ!!!」
 ぴくりともしない二人の姿に、ひやりと背中を嫌な汗が流れる。
 ディランは目の前のモンスターに手をかざした。
 手の甲に宿した輝く盾の紋章。口の中で詠唱すると、焼けつくような熱とともに力が放出されるのを感じた。もともと味方全員に回復効果をもたらすそれは、倒れた二人にまったく効果を与えなかったが、代わりに目の前のモンスターには功を奏したようで、一瞬のちに巨大なモンスターはその姿を消した。
「………っ…」
 ディランは大きく息を吐くと、しんと静まり返った洞窟の中でその場に倒れこんだフリックとマイクロトフの身体を揺すった。
「フリックさん!!マイクロトフさん!」
「ちょっと!今の音は何??」
 聞こえてきた大きな物音に再び姿を見せたアイリとリィナが、ぐったりと倒れているフリックたちを見て真っ青になる。
「ちょっと、どうしたっていうのっ!」
「城に帰る、二人ともそばに来てっ」
 ディランが瞬きの手鏡を取り出した。広がっていく白い光の輪の中に、全員が入ったことを確認するとディランは城まで一気にテレポートした。




 医務室のベッドに横たえられたフリックとマイクロトフの姿に、ホウアンは深々と溜息をついた。二人とも外傷はたいしたことなく、命に別状があるとは思えなかった。しかし手当てをすませたあとも、二人は一向に目を覚ます気配はなく、ひたすらに眠り続けている。
 心配そうにベッドの脇で自分を庇った二人を見下ろしながら、ディランがホウアンに声をかけた。
「ねぇ、ホウアン先生……」
「何ですか?」
「えっとさ……俺の目がおかしいのかな?」
「いえ……それなら私の目もおかしいのかもしれません」
「そっか。じゃあ、俺が見てるのって嘘じゃないんだな…」
 ディランは困ったなーとそばにあるイスに腰を降ろした。
 その時、ばたんと大きな音を立てて医務室の扉を開け、ビクトールとカミューが姿を見せた。
「よぉ、フリックがモンスターにやられたって聞いたんだが?」
「マイクロトフも同じだそうで」
「どうせ二人とも久しぶりの戦闘に張り切りすぎたんだろう。まったく仕方がねぇヤツらだな」
 と笑いながらビクトールがベッドに近づく。大した怪我ではないと聞いているせいか、二人には悲壮感はまったくない。
「ビクトールさん」
「ああ?」
 ディランがくいくいとビクトールの服を引っ張る。
「えっとさ……何か、ちょっと面倒なことになりそうなんだ」
「ん?」
 ビクトールがどうかしたか?と首を傾げた。別に大きな怪我だとは聞いていないし、まぁ多少怪我をしたところで、日頃から鍛えてるから大事には至らないだろう。そんな風にビクトールは軽く考えていたのだ。同じように考えていたカミューがマイクロトフの顔を覗き込んだ。しかし、マイクロトフの顔を見たとたん、その表情が強張った。
「マイク?」
「どうした?」
 カミューが手を伸ばしてマイクロトフの頬に触れる。そして短い前髪をかきあげて、じっと何かを確かめるようにその顔を凝視した。
「どうしたんだ、カミュー?」
「いえ…何だか…マイクが……幼くなったような、気がして…」
「何言ってんだ、そんなわけねぇだろうが」
 はははと笑い飛ばすビクトールに、ディランがちょいちょいとフリックの方を指さす。
「でもさ、フリックさんも、ちょっと顔が違うと思わない?」
「え?」
 ビクトールは慌ててベッドに手をつき、フリックの顔を見た。
 そこにいるのは確かにフリックだった。けれど、確かにカミューが言う通り、どこか幼いような気がしないでもない。だが、もともとフリックはバンダナを取ると年齢よりも幼く見える。しかし、それ以上に若く見えるのは……
「気のせい……だろ?」
「ですよね」
「だといいんだけど」
 ディランがはーっと息をついた時、小さく身じろいでマイクロトフが目を開けた。
「マイク!」
 カミューが上半身を起こしたマイクロトフの様子を窺う。マイクロトフは何度か目元をこすり、小さく唸ったあと、目の前のカミューを見た。
「………」
「マイク?」
「………カ、ミューか?」
 発した声に、その場にいる全員がはっとした。いつもとは違うマイクロトフの声に、嫌な予感が全員の胸をかすめた。マイクロトフは右手でこめかみを押さえる。
「………くそ…頭が痛い……」
「大丈夫か?マイク?」
 心配そうなカミューの問いかけに、マイクロトフは顔を上げ、じっとカミューを見た。そして、不思議そうに首を傾げた。
「カミュー??だよな??お前、何だか一気に老けたような気がするんだが…気のせいか?」
「…………」
「それに…ここはどこだ?そこにいるのは誰なんだ?」
 ディランとホウアン、ビクトールを見て、マイクロトフは怪訝そうな表情を見せる。
 その言葉に、ビクトールたちの方が唖然とした。
 マイクロトフがこの手の冗談を言うような男ではないことは、みんなが知っている。
 カミューは信じられない思いで、目の前のマイクロトフを見つめていた。
 その表情、その声、その仕草。
 もちろん、そこにいる男のことはよく知っていた。忘れるはずもない。
「……マイク……お前、今いくつだ?」
 ほとんど確信に近いものとなっている考えを確かめるため、カミューはおそるおそる聞いてみた。マイクロトフはその問いかけに苦笑した。
「おかしなことを聞くんだな、カミュー。俺は先週16歳になったところだろう?お前がお祝いをしてくれたじゃないか」
「16っ!!!!???」
 ビクトールたちが思わず叫んだ。
 やっぱり……。
 カミューは呆然と目の前のマイクロトフを見つめた。
 幼いと感じたのは気のせいではなかったのだ。16歳のマイクロトフのことを、カミューは当然知っている。記憶に残る少年の姿のまま、マイクロトフはそこにいた。嘘でも夢でも何でもない。
 マイクロトフは若返ってしまったのだ。16歳に。
「じ、冗談だろ?」
 頬を引きつらせながら、ビクトールがつぶやく。しかし、目の前にいるのはどう見ても、一緒に闘ってきた26歳の男には見えない。よくよく見ると、肩の線も一回り以上小さくなっていて、騎士服がだぶついている。どうやら身体まで小さくなってしまったようである。
「おいおい、まさかフリックも……」
 悪い夢でも見ているような気持ちで、ビクトールがフリックの肩を揺すった。
「おいっ!!おい、フリック!!!起きろっ!!何、呑気に寝てんだっ!起きやがれっ」
「うるさいなっ!!」
 がばっとフリックが身を起こした。そして、うーっと唸りながら、頭を押さえる。どうやらマイクロトフ同様頭痛がするようで、しばらくベッドの蹲っていたが、やがてのろのろと顔を上げた。
 目が合ったビクトールは愕然とした。
 その顔は、ビクトールの知らないフリックの顔だった。
 もともと整った顔立ちをしているフリックだが、今目の前にいるのは、それに加えて可愛いとしか言いようのないほどのあどけなさを残したフリック。どう見ても十代にしか見えない。
「あんた……誰?」
 フリックが思い切り不機嫌そうな声でビクトールに尋ねる。
 周りを見渡して、見知った顔がないことに少し戸惑ったように眉をしかめる。
「ここ、どこだ?」
「フ、フリック?あのな、お前……今、いくつだ?」
 ビクトールの質問に、フリックはどこかむっとしたような表情を浮かべた。
「………18だ。それより、何であんたが俺の名前を知ってるんだ?」
 18………。
「はー、どうやら、二人とも10年前に戻っちゃったってことみたいだね」
 ディランがやれやれと溜息をつく。
 何でこう、事件ばっかり起きるんだろうなー。まったくもー。
 信じられないような出来事に一番早く順応した若きリーダーは、応援を呼んでくる、とシュウの元へと向かった。医務室に残されたビクトールとカミューは、突然の相棒の変化にどう対応していいか分からず立ち尽くすばかりだった。

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