愛する想い 愛される願い 2


<16歳の坊やの面倒は誰がみるんだ?>


 目が覚めると、そこは10年後の世界だった。
 なんて、冗談のような現実をどう受け入れていいか分からず、マイクロトフは内心動揺していた。しかし、表面上はそう見えないあたりは、10年前も今も変わっていないようである。
 悪い夢ではないかと、何度か手の甲をつねってみたりもしたが、残念なことに夢ではなさそうだった。
 困ったな。と、ひどく落ち着き払った様子でマイクロトフは考えこんだ。
 どういう経過でこんなことになってしまったのか、一通りの説明は受けたものの、だからといって、はいそうですか、と簡単に受け入れられるものでもない。
「で?」
 目の前にいる長髪の男の冷ややかな視線に、マイクロトフはむっとした。
 先ほど出て行った少年が連れてきた男は、名をシュウといい、この同盟軍で軍師を務めている男だと紹介された。だが、その態度も口ぶりも尊大で、マイクロトフの一番苦手とするタイプなのだ。
 マイクロトフが黙っていると、シュウは少年……ディランへと振り返った。
「そのモンスターの魔法攻撃で、10歳も若返ったと、そういうことか?おまけに記憶も失って?」
「まぁ、そういうことだね……正確には失ったんじゃなくて、後退しちゃったんだと思うけど」
「……まったく、どうしていつもいつも、こんな厄介なことばかり招いてくるんだ!」
 軍師シュウが思い切り不機嫌な表情で、ディランを睨みつける。
「知らないよ。そんなことより、元に戻す方法を考える方が先なんじゃないの?」
 しれっと言うディランの言葉に、シュウはむっつりと黙り込んだ。
 まだ年若い少年は、この同盟軍のリーダーだと紹介された。なるほど、目上の軍師に物怖じせずに意見を言い返す辺りは、大物なのかもしれない。
 しかし、マイクロトフはそんな二人の会話よりも、目の前にいる親友のことの方が気になっていた。
 そう、カミューである。
 すぐ隣に佇む大きな男と共に、困ったような表情を見せているのは、間違いなく同じ士官学校での友人であるカミューだ。
 しかし、その姿は自分が知っているものとは違う。
 これが10年後のカミューなのだろうか?
 もちろん、面影は残っている。当然だ。だが、自分が知っているカミューは…もっと…
 マイクロトフの視線に気づいたカミューがふと顔を向けた。
「まだ痛むかい、マイク?」
「え?」
 ふわりと白い指先が額に触れた。そのひんやりとした感触に思わず身を引くと、カミューが不思議そうな顔を見せた。一瞬、悪いことをしたかと思い、マイクロトフは慌ててもごもごと言い訳をする。
「……あ、そ、その……えっと…痛みは…もうない」
「そうか、それは良かった」
 にっこりとカミューが微笑んだ。
 その笑みに妙な違和感を感じて、マイクロトフは黙り込んだ。
 俯くマイクロトフに、カミューは苦笑する。
「とにかく」
 カミューがやれやれというように肩をすくめる
「マイクがこうして若返ってしまったのは事実です。今さら起こってしまったことをとやかく言っても始まらないでしょう?シュウ殿、お手数おかけしますが、何とか元に戻る方法を見つけてはいただけませんか?」
「……お前、俺を便利屋か何かと間違えてはいないか?」
「まさか。シュウ殿なら、必ずマイクを元に戻していただけると信頼しているだけですよ」
 これ以上はないくらいの微笑みを見せるカミューに、シュウは心底嫌そうに溜息をついた。
「………言っておくが、タダ飯を食わせられるほど、同盟軍に余裕はないからな。一日も早く状況を受け入れて働くことだ。それから、自分たちでも戻れる方法を考えろ。いいな」
「ありがとうございます」
 カミューはほっと胸を撫で下ろした。
 とりあえずシュウは戻れる方法を探してくれるだろう。何だかんだ言いながらも、シュウは意外と人情家なのだ。それを知る者は少ないけれど。
 シュウはベッドの上で黙り込んでいるマイクロトフを顎でしゃくる。
「ところで、この16歳の坊やの面倒は誰が見るんだ?」
「もちろん、私が」
 即答したカミューに、シュウは呆れたようにふんと鼻を鳴らした。
「………ふん、ま、好きにしろ」
 シュウはカミューに背を向け、隣のベッドにいるもう一人の被害者の方へと向かった。
 カミューが再びマイクロトフの様子を窺う。
 そこにいるのは16歳のマイクロトフだ。まだ自分の身に起こった出来事に戸惑いを隠せずにいる少年に、カミューはいつも以上に優しく声をかけた。
「マイク、体調がいいようなら、部屋に戻ろうか。ここにいても仕方がないし、それに、これからのことをいろいろと話さないといけないしね」
「……カミュー?」
「うん?」
「本当にカミューなんだよ……な?」
「私だよ。お前の知っている私よりも、10歳ばかり歳はとっているけれどね」
 穏やかな口調は10年たっても変わらないのか。マイクロトフは何か眩しいものでも見るようにカミューをじっと見つめた。
 すらりとした長身に、柔らかな物腰。細い蜂蜜色の髪と、濡れた榛色の瞳。幼さの抜けた白い頬。怖いほどに魅力的な友人がそこにいた。
 わけもなく心臓が高鳴り、マイクロトフは慌ててカミューに話し掛けた。
「ま、まさか10年後のカミューに会えるなんて、思いもしなかったな」
「私も、まさか16歳のお前に、もう一度会えるなんて夢にも思わなかったよ」
 くすっと笑うカミューに、マイクロトフもつられて笑った。そして、ふと何かに気づくと、がばっと手を伸ばしてカミューの両腕をつかんだ。びっくりしたカミューが目を丸くする。
「な、何だい?どうした?」
「カミュー!!お前っ…!!」
 マイクロトフが大きく目を見開いて、まじまじとカミューを上から下まで眺め回す。
 そして、呆然といった表情でカミューに尋ねた。
「カミュー……この騎士服は…赤騎士団長のものだな?」
「え?ああ……そうだよ」
「ということは…お前、騎士団長になったのか?」
「ああ…そうだよ。私が23歳の時にね……」
「すごいじゃないかっ!!!!カミュー!!」
 ぎょっとするほどの大声を上げて、マイクロトフががしっとカミューの肩をつかんだ。
「すごい、すごいぞ、カミュー。お前なら必ず団長になると思っていたぞ。何しろ士官学校でもダントツの成績を修めていたお前だし、剣の腕だって誰にも負けないほどのものだし……ああ、嬉しいぞ。そうか、お前が赤騎士団長に……」
 目を輝かせて、まるで自分のことのように喜ぶマイクロトフに、カミューは苦笑する。
 今マイクロトフが口にした台詞は、そっくりそのまま、数年前カミューが団長に就任した時にも聞いた言葉だった。
 お前は10年前からちっとも変わらないんだな、とカミューは気恥ずかしさと共に、妙な嬉しさも感じた。
「すごいぞ、カミュー!!」
「ありがとう。だけどね、マイク。お前の着ている騎士服を見てごらん」
 言われるがままに、マイクロトフが自分の着ている服を見る。それは士官学校時代から憧れていた騎士服。青騎士団長だけが着衣を許される騎士服に、しばらく言葉が出ない。
 何か信じられないものでも見るかのように、その胸元を探った。しばらく何かを考えていたマイクロトフは、顔を上げてカミューをじっと見つめて言った。
「これは……」
「そう、それは青騎士団長の騎士服だ」
「……まさか…」
「そうだよ、お前は青騎士団長に就任した。24歳の時にね」
「………」
 それはマイクロトフにとっては確かに歓喜すべき真実だった。マチルダの三騎士団のトップになったのだと聞かされ、にわかには信じられないことではあったけれど、カミューがこの手の冗談を言うような男ではないことはよく分かっていたし、何より身につけている騎士服がすべてを語っている。
 けれど。
 騎士服を探っていたマイクロトフの指がある一点でとまる。
 左胸。あるべきものがないその場所を見て、カミューは微かに眉をしかめた。
 マイクロトフがぎゅっと指を握り締める。何故?と問い掛けるようなマイクロトフに、カミューは肩をすくめた。
「もっとも……私たちは『元・赤騎士団長』と『元・青騎士団長』だけれどね」
 カミューの答えに、マイクロトフは言葉を無くした。






<今でも十分青くさいが……>


 一方のビクトールもどうしたらいいか分からず戸惑っていた。
 まさか18歳のフリックを目にする時が来ようとは。
 確かにそこにいるのはフリックだ。
 青い瞳はそのままに、今よりもずっときつい眼差し。初めて出合った頃を思い出させる無愛想なその表情。どこかむっとしたようなフリックに、ビクトールは思わず笑いを洩らした。とたんに、フリックがかっと頬を紅潮させた。
「何だよっ!!何笑ってんだっ」
「いやいや、別に」
「くそっ、ここはいったいどこなんだっ!」
「だからよ、10年後の世界ってやつだな。俺たちにしてみりゃ、10年若返ったお前が目の前にいるわけだがな……」
 ビクトールの言葉にフリックは馬鹿にしたように舌打ちした。
「そんな話、信じると思ってるのか?子供だと思って馬鹿にするな」
「まぁなー。お前の気持ちはよっく分かるけどよ…」
 俺だって信じたくねぇよ、とビクトールは内心溜息をつく。
 マイクロトフの場合、10年前からの親友であるカミューが目の前にいるのだから、嫌でもこの状況を信じないわけにはいかないだろう。何しろ、そこに27歳のカミューがいるのだから。
 だが、フリックの場合、周りにいるのは全員知らない人間ばかりだ。ここが10年後の世界だと言ったところで、そうそう簡単に信じられるはずがない。
「おいっ!!お前たちはいったい何者なんだよっ!」
「うるさいっ!!」
 一喝したのはシュウである。
 マイクロトフのことはカミューに任せ、じろじろと冷ややかな眼差しで18歳のフリックを眺めるシュウ。愛想のかけらもないその視線に、フリックはうっと言葉につまった。
「何だよ、人のことじろじろ見やがって」
 つぶやきに、シュウが薄く笑いを浮かべる。
「………今でも十分青くさいが、10年前は本当に青くさいな」
「な、何だと〜!!!」
 激怒したフリックが何か言おうとしたのを遮って、シュウがビクトールへと顔を向ける。
「扉の外に馬鹿な野次馬どもがいるだろう。ヒックスを連れてこい」
「ヒックス?ああ……なるほどね……」
 シュウが何を考えているか読めたビクトールが、にんまり笑って医務室の扉を開けた。廊下には噂を聞きつけてやってきた城の連中で溢れかえってきた。ビクトールは人混みの後ろの方にいるヒックスとテンガアールを見つけると手招きした。
「どうしたんですか?」
 心配そうにヒックスがたずねる。
「いいからいいから、ま入ってくれ。何見ても驚くんじゃねぇぞ」
 中に招きいれ、ベッドの脇へとヒックスを押しやる。ベッドの上のフリックを見ると、ヒックスは予想通り飛び上がらんばかりに驚いた。
「フ、フリックさん!!!!」
「ヒックス…??」
 フリックもいきなりあらわれた10年後のヒックスに心底驚いたようで、ぱくぱくと口を動かすだけである。同じ戦士の村の出身のフリックとヒックス。10年前にも当然顔を合わせている。その時フリックは18歳、ヒックスは10歳だ。
「な、な、な、何でお前……お前、本当にヒックスなのか?」
「そうですよ。えええー、フリックさん…何かすごく、すごく……」
 可愛い……と言いかけて、さすがにそれは可哀相だと思い口を閉ざす。
 ヒックスはまじまじと、若返ってしまった18歳のフリックを穴があくほど眺めた。
「うわー、フリックさんだ〜。昔のまんまだー。懐かしいなぁ」
「……嘘だ…」
「ヒックスよ、お前今いくつだ?」
 何故か感動している様子のヒックスの肩に手を置いて、ビクトールが聞いてみる。
「え、僕は今20歳ですけど……」
「嘘だ……」
 フリックがまだ信じられないというように首を振る。
 そんなフリックにシュウが腕を組んだまま、冷たく言い放つ。
「くどい。信じる信じないはお前の勝手だがな、現実にお前は10歳若返ってしまったんだ。身体だけならまだしも、精神までも若返るとは、まったく世話をかけてくれる。どう見てもヒックスは10歳ではないだろうが!お前は本当は28歳だ!!さっさと元に戻って、青雷の名に恥じない働きをしてみせろっ」
「まぁまぁ、シュウさん、そうかっかしないで」
 見かねてディランが間に入る。
 呆然とするフリックがあまりにも気の毒で、見ていられなかったのだ。ディランはがっくりと項垂れるフリックに優しく声をかけた。
「まぁそういうことだから、しばらくは元に戻ることだけ考えてゆっくりしててください。俺たちも何とか元に戻る方法を見つけ出すようにがんばるからさ」
「元に……戻る?」
「うん。だって、本当のフリックさんは28歳なんだもん」
 その言葉にフリックは混乱する。
 自分は……18歳の自分は本当の自分ではないのだろうか?何が何だか分からないと、パニックになるフリックに、シュウがやれやれと溜息をもらす。
「で、この18歳の青くさいガキの世話は……」
「そりゃもちろん俺がするさ。他にいねぇだろがよ」
 ビクトールががしがしと頭をかく。
 まぁどうせすぐに元に戻るだろうが、今、この同盟軍の中で右も左も分からないでいる相棒を放っておくなんてことはできない。
「……いいだろう」
 シュウはうなづくと、ホウアンを促した。
「で、治る見込みはあるんだろうな」
 ホウアンは困ったように首を横に振る。
「それは何とも。何にしろ見たこともないモンスターの魔法攻撃のようですし……まぁ、その手の魔法攻撃は時間がたつと効力を失うものも多いですから……案外とすぐに元に戻るかもしれませんし…あるいは……」
「……あるいは?」
「一生このままということも、ないとは言えません」
 シュウは忌々しげに舌打ちした。
 今、王国軍との戦闘が佳境に差し掛かろうとしているこの時期に、フリックとマイクロトフの二人の戦力を失うことはかなりの痛手になる。もちろん二人とも10年前でも、かなりの腕前だろうとは思う。しかし、事情を良く知った二人ではない。何もかもを一から教えているような暇はないのだ。
 シュウはうんざりしたように、マイクロトフとフリックの相棒を振り返る。
「ビクトール、カミュー」
「ああ?」
「何でしょうか?」
「若返ってしまった相棒の分まで、キリキリ働いてもらうからな。覚悟しておけ」
 ふん、と言い捨ててシュウは医務室を出て行った。
「ま、まぁ頑張ってくださいね。早く元に戻れる方法を考えますから」
 ディランが気の毒そうに声をかけてシュウのあとを追った。
 思いもかけず、愛しい恋人が若返ってしまった二人は、身に降りかかった不幸な状況に盛大に溜息をついた。

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