愛する想い 愛される願い 4


<つい癖で……>


 がつっと鈍い音がした。
 マイクロトフは力をこめていた剣をつき離すように強く押しやり、その場から飛びのいた。はぁっと、大きく一つ息をついて、再び握り締めたダンスニーを振りかざす。
 カミューは突進してくるマイクロトフを軽くかわすと、優雅な身のこなしで、振り下ろされたダンスニーをユーライアで払った。

(相変わらず重い剣だ……)

 カミューはじんと痺れた手首に、苦笑する。
 騎士団長となった時点でのカミューとマイクロトフでは、マイクロトフの方が力は上である。そもそも体格が違いすぎるので、まともに遣り合えば、体力では勝てない。
 しかし、今のマイクロトフはカミューよりも一回りは小さいのだ。
 11歳年下のマイクロトフが振るう剣ならば、何とか互角に戦えるかもしれないと思ったカミューだったが、なるほど、それは正しかった。
 身体が鈍るから剣の稽古に付き合って欲しいというマイクロトフに、カミューはもう3日連続で付き合っていた。
 というのも、体格的に小さいマイクロトフはどうしてもカミューに勝てず、負けず嫌いな性格も手伝ってか、なかなか諦めてくれず、何度も勝負を挑んでくるからだ。
 だが、いくら勝負をしたところで、そうそう簡単にマイクロトフはカミューには勝てないであろう。
 まず経験量が圧倒的に違う。
 マイクロトフが遡ってしまった11年の間、カミューはずっとマイクロトフと剣を交えてきたのだ。マイクロトフの太刀筋も、癖も、何もかも分かりすぎるくらいに分かっている。
 おまけに、今のマイクロトフはがむしゃらに打ち込んでくるだけで、隙だらけだ。
 もっとも、隙だらけと見えるのは、今のカミューだからだ。
 10年前に剣を交えた時は、そんなことなど思ったことはなかった。
 それでも、ずっしりと重い剣は変わらない。
 どうしてもカミューに勝つことができないでいるマイクロトフは、納得できないとばかりに一日に何度もカミューを稽古場へ引っ張ってくるのだ。
「くそっ」
 軽く流されたマイクロトフは、小さく舌打ちして、ダンスニーを構え直した。
 真っ直ぐな瞳。
 一心に打ち込んでくる剣には何の迷いもない。
 カミューはこうして昔のように剣を交えることができることに、どこか喜びさえ感じていた。
 まだ士官学校にいたころ、こうしてよく剣を交えた。
 懐かしくて、思わず笑みが洩れる。
「さ、もう終わりかい?」
 挑発するようにカミューがユーライアの先をマイクロトフに向ける。
 大きく叫び声を上げながら、マイクロトフがカミューに向かって打ち込んできた。
 素早く一歩後ろへ引き、カミューは屈んだ姿勢からマイクロトフの剣を受け止めた。ぎりっと音がしそうなほどにしばらく鍔迫り合いを続けた後、カミューがマイクロトフのダンスニーを払った。
 そのまま一息にユーライアをマイクロトフに打ち込む。
「………っ!!!」
 目の前でひたりと止められたユーライア。
 しばらくじっとそれを見ていたマイクロトフは、悔しそうに肩を落として、まいったと言った。
「……五戦五勝だな。さぁ今日はもうこれくらいで勘弁してくれないか」
 すらりとユーライアを鞘に戻し、カミューは額の汗を拭った。その場に座り込んだマイクロトフは納得できないというようにそんなカミューを見上げる。
「どうしてだ?!お前と俺の間に、そんなに差があったなんてっ!!」
「だって仕方ないだろう。お前は16歳で、私は27歳だ。少しくらい差があってもおかしくはないだろう?だいたい、今のお前に負けるようでは、あまりに私が情けないと思わないかい?」
「………もう一戦だけしてくれないか?」
「だーめ。私はもうくたくただよ。汗を流して、早く夕食の席につきたいね」
「カミュー!頼む、もう一戦だけ」
 歩き出したカミューを、慌ててマイクロトフが追いかける。
 一応病人ということで、一切の任務を免除されているマイクロトフと違って、カミューは働かない相棒の分まで、軍師シュウにみっちりとこき使われているのだ。
 本当ならば仕事のあとまで剣の稽古などしたくないところだが、マイクロトフに頼まれては嫌ともいえない。カミューにしてみれば、最大限譲歩して付き合っているのだ。そろそろ解放してほしいと思っても罰は当たらないだろう。
「カミューっ!!」
「マイク、へとへとに疲れている私とやりあって、それで勝っても嬉しくはないだろう?それとも、ただ勝てばいいだけなのかい?それは騎士道精神に反するんじゃないかい?」
「………っ」
 さすがに言い返すことができず、マイクロトフは黙り込んだ。
 そんなマイクロトフに小さく笑って、カミューはレストランへ行こうと促した。
「また明日!!必ず明日、相手をしてくれ!」
「はいはい、分かったよ」
「約束だぞ、カミュー!」
「くどいな、そんなに私が信用できないかい?」
 呆れたようにマイクロトフを見て、カミューはくすっと笑った。
 その笑顔に、マイクロトフは思わず見惚れてしまった。
 それは、自分が知っているカミューの、どんな笑顔とも違った。
 マイクロトフが知っているのは、いつもどこか無理して微笑んでいるような、そんな感じのカミューの笑顔だった。けれど、10年たって、目の前にいる27歳のカミューは、どきりとするほど綺麗な笑みをマイクロトフに見せる。惜しげもなく、いっそもったいないと思うほどに。
 柔らかいその笑みに、マイクロトフは意味もなく鼓動が高鳴るのを感じた。
 カミューの笑顔は、胸の奥の、どこか深いところをぎゅっと捉んで、マイクロトフを不思議な気持ちにさせるのだ。
 
(どうしてだろう・・・)
 
 マイクロトフは説明できない感情に首を捻るばかりだった。
 二人して稽古場から大浴場へ向かうために長い廊下を歩いた。
「マイク、明日は一緒に……」
 正面の階段を上がりながら、カミューが階下にいるマイクロトフに振り返って言った。
 次の瞬間、一歩を踏み出したカミューの右足がずるりと階段からすべった。
 あ、っとマイクロトフが息を呑む。
 けれど、思っただけで慌てなかったのだ。何しろ相手はカミューである。すぐそばにある手すりに手を伸ばせば、階段から落ちるなんてことは絶対にないからだ。
 けれど、そんなマイクロトフの考えを裏切って、カミューは手を伸ばすことがなかった。
 重力に従って、カミューの身体がマイクロトフへと落ちてくる。
「あっ……」
 咄嗟に足を踏ん張り、マイクロトフはカミューの身体を抱きとめた。が、自分よりも一回り大きいカミューの身体は思ったよりも重くて、マイクロトフは支えきれずに一緒に階段から転げ落ちてしまった。
「いって……ぇ……」
 落ちたといっても、ほんの二、三段である。
 派手な音はしたものの、怪我などしようにもできないほどの落下であった。
「っつ……」
 カミューがマイクロトフの上で、小さく喘いだ。
「か、カミュー!!!だ、大丈夫かっ?!」
「……大丈夫だよ……ああ、びっくりした……」
 さすがのカミューもいい歳をして階段落ちなどしたことはないらしく、目を丸くしている。マイクロトフはしっかりとカミューを抱きとめていたが、妙に密着した体勢に慌てて手を離す。
「カミュー!」
「ああ、ごめん。重たかったかい?」
「そ、そうじゃなくて!!!」
 マイクロトフがへたり込んだまま、カミューを睨みつける。
「カミュー、お前、わざと落ちただろ!!!」
 あたふたと、何故か頬を染めて、マイクロトフが叫ぶ。
 どう考えても、カミューが手を伸ばさなかったのはわざとだとしか思えない。
 反射神経はバツグンのカミューが、階段から落ちるなんて考えられないからだ。マイクロトフの問い掛けに、カミューはぺロリと舌を出した。
「あれ、バレたかい……」
「カミューっ!!」
「わざとっていうのはちょっと違うんだけど……」
 カミューはよっこらしょと立ち上がると、マイクロトフに手を貸し、怒った顔をしてみせるマイクロトフに肩をすくめた。
「うん、わざとってわけじゃないよ。つい癖で……」
「癖??」
 いったいどんな癖だというのだ。
 わざと階段から落ちて、人を困らせるような妙な癖などなかったはずだ、とマイクロトフが胡散臭そうにカミューを見る。 
 カミューはそんなマイクロトフに静かに微笑んだ。
「……いつもお前が、何の問題もなく受け止めてくれるからさ」
「……っ!」
 いつも冷静沈着見えるカミューだが、その実そそっかしいところが多い男である。
 階段で足を踏み外すことも一度や二度ではない。
 もちろん、無様に転げ落ちて怪我をすることはないが、それでも下手をすれば足首を挫くことだってある。最初はいろいろと口うるさく注意をしていたマイクロトフだったが、そのうち階段ではカミューの後ろにつくことにした。
 少々足を踏み外したところで、自分がしっかり支えてやるから好きにしろ、とマイクロトフはカミューに言った。そしてその言葉通り、マイクロトフは階段で足を踏み外しバランスを崩すカミューを、いつもその腕で抱きとめるようになったのだ。
 自分の後ろにはマイクロトフがいる。
 必ず自分を受け止めてくれる。
 そんな想いが、カミューにはあったから、だから今も咄嗟に手すりに手を伸ばすことはしなかった。
 それはもう無意識のうちに思ってしまったのだ。

 マイクロトフがいる、と。

 確かにマイクロトフはいた。けれど、そこにいるマイクロトフは10歳若返ったマイクロトフで、普段から落ちてくるカミューを支え慣れてるマイクロトフではなかったのだ。
 結果、二人して転がり落ちたというわけだ。
「悪かったよ。そうか、お前が元に戻るまでは、階段では気をつけないといけないな」
 カミューがくすっと笑って、歩き出す。
「カミューっ!」
「うん?何だい?」
 立ち止まり、振り返るカミューに、マイクロトフは真剣な顔で言った。
「俺は……10年後の俺は、お前を簡単に支えられるほど……成長しているのか?」
「……ああ、腹が立つほどデカい男になってるよ。力じゃ私は敵わない」
「……俺は、お前のことを……守っているんだな?」
「……そうだね、私は、いつもお前に助けられているよ。いろんな意味でね……」
 ふわりとカミューが笑う。
 それは何も戦いの場ばかりではないのだ。
 ほんの些細なことで、いや些細なことだからこそ、カミューは知らず知らずのうちにマイクロトフを頼っている。長い年月一緒にいることで、何時の間にかマイクロトフはカミューにとっての日常になっているのだ。
「そうか……」
 一方のマイクロトフは暗い顔で俯いたままつぶやく。
「マイク?」
「……今の俺では……お前の助けにはならないんだな……」
「え?」
 悔しそうに唇を噛み、マイクロトフは己の不甲斐なさにどうしようもない焦燥感に駆られていた。カミューを支えられなかった今の自分が、ひどくみじめなものに思えた。
 今の自分は、何の力もない、カミューを支えることもできない子供なのだ。
 だが、ふと思う。
 カミューは女性ではない。守らねばならない、か弱い存在ではないのだ。
 それなのに、何故守りたいと思うのだろう。
 守ることが当然だと、そう思うのは何故だろう。

(大切な……親友だ……)

 守りたいと思うことはおかしなことではない。
 マイクロトフはそう自分を納得させる。
 
「さ、レストランへ行こう。今日はとても美味しい肉が入っているそうだ」

 カミューがぼんやりとするマイクロトフに声をかける。

 親友なのに……

 歩き出すカミューの後ろ姿。
 わけもなく胸が締め付けられた。
 走り寄って抱き締めたいような、そんな衝動をマイクロトフは必死に抑えた。

                                             NEXT


  BACK