Shall  we  dance ?


 その日、ディランから呼び出されたのはフリック、カミュー、マイクロトフの3人。
「いったい、何だろうな。しばらく遠征はないって聞いていたんだがな。急に何かマズイことでも起こったのかな?」
 廊下を急ぐフリックが首を傾げる。
「そうですね。王国軍に動きがあったのかもしれませんね」
「とにかく急ごう」
 何しろ呼び出されたのは中核メンバー3人である。
 しかしビクトールが呼ばれてないのはおかしいな、とフリックは思っていた。
 もし何か動きがあったのなら、ビクトールを呼ばないというのは解せない。
 まさか…まさか、とは思うが。
 そのフリックの予想は見事に当たった。
 執務室に呼ばれた3人を待っていたのは、同盟軍の若きリーダー、ディランと軍師シュウの二人だった。
「あ、来た来た」
 にこにこと笑うディランを見て、フリックは戦線に事件があったわけじゃなさそうだなと思った。ディランのそばにいるシュウは相変わらず不機嫌そうな顔をしているが、切羽詰った感じはしない。
「どうされました、ディラン殿。急ぎの用があるとお聞きしましたが?」
 カミューが用意された席につく。
「うん、3人にとても大切なお願いがあって」
 そういうディランの顔もどこか笑っているように思えるのはフリックの気のせいだろうか?
 フリックのこういう予感は妙に当たるのだ。
「実はね、ここから南に行ったところに村があるでしょ?」
「ああ、確かリトという名の…」
「そうそう。うちの城にもいろいろと農作物を入れてもらってる村。そこでお祭りがあるんだって。毎年恒例の収穫祭。今年は大豊作だったらしくて、かなり盛大に行うらしいんだ」
 ディランの説明を、ふむふむと3人が聞く。
「でね、3日ほどお祭りはするんだけど、城から何人か人を貸して欲しいってことなんだ」
「それは…何か手伝いをするということでしょうか?」
 マイクロトフが尋ねる。
 準備やら、何やらで男手がいるというのであれば、喜んで手助けしようとマイクロトフは思っていた。もちろんカミューも、フリックもその気持ちは同じである。
 しかしディランは違う違うと手を振る。
「まぁ手伝いといえばそうなんだけど。若くて見栄えのいい男の人を貸して欲しいんだってさ」
「は?」
 マイクロトフが失礼?と聞きかえす。
「何でも、収穫祭には周りの村からも人が来て、広場では夜通し踊り明かすとか。で、その時に女の子たちの相手をする男の人が足りないってことで、村長直々に申し出があったんだ」
 ディランはひらひらと訴状を見せる。
 3人はお互いに顔を見合わせた。
 まだ理解できないでいるらしい3人に、シュウが冷たく言い放つ。
「つまり、ダンスの相手をする男を貸せということだ。それも若くて見栄えがよくないと嫌だと村の娘たちが言ったらしい。それをそのまま訴えてくる村長もどうかと思うが、ほいほい引き受ける…」
 そこでちらりとディランの顔を見る。
「貴方もどうかと思いますが、普段から食料を惜しみなく分けてくれるリトの村をあまり邪険にすることもできんし、今回はその訴えを飲むことにした」
「ちょっと待ってくれ、飲むことにしたって…」
 フリックがどういう意味だ、と聞きかえす。
「つまり、ダンスの相手をして欲しい、と、そういうことですね?」
 マイクロトフが念押しするように言う。その口調はどこか堅い。当然だ。3人は戦士と騎士なのだ。戦いに貸し出されるならまだしも、ダンスの相手に貸し出されてはたまらない。
 どうにも納得いかない様子のマイクロトフとフリックに、カミューが微笑む。
「まぁいいではないか。若くて見栄えがいい男、ということで選ばれたということでしょう?光栄なことではありませんか」
「そういうこと。何しろ同盟軍きっての美青年3人衆だもんね。ダントツトップだったみたいだよ」
 ディランがもう一枚の紙をカミューへと渡す。
 そこには村の娘たちが行ったらしい人気投票の結果が出ていた。
 マイクロトフとフリックも横からそれを覗き込む。
「1位がフリックさん、2位がマイクロトフ、3位が私ですか。なるほど」
「納得するな!」
 フリックがうなづいてみせるカミューに怒鳴る。
 そして、だんっと机に手をつくと、目の前のリーダーに訴えた。
「俺はダンスなんてごめんだからな、だいたい俺たちにダンスなんてできるわけないだろっ」
 同意を求めるようにカミューとマイクロトフを見るが、二人は同意してくれない。
「お言葉ですが、フリックさん。私たちは騎士としての身だしなみの一つとして、ダンスくらいは当然できます。ロックアックスにいた頃は晩餐会なども催されていましたし」
「おいおい、じゃマイクロトフも…」
「もちろん踊れますよ。私ほどは上手ではありませんがね」
 にっこりと微笑むカミュー。
 フリックは信じられないという表情を浮かべカミューたちを見る。
「まぁそういうことだからさ、お祭りのダンスの件よろしくね」
「待て、ディラン!お、俺はダンスは踊れないんだっ、本当だっ」
 フリックの叫びに、その場にいた人間が黙りこむ。
 必死の形相で訴える様子に嘘はなさそうである。というか、確かにどう考えてもフリックがダンスを踊れるとは思えない。ディランはむ〜っと頬を膨らませる。ダンスが踊れないからといって、今さら、ダントツトップのフリックを外すわけにはいかないのだ。そんなことをしたら、村中の女の子たちから大反乱が起きるだろう。
 考え込んだディランを見て、フリックがここぞとばかりに懇願する。
「な?踊れない俺が行ったって意味ないだろ?頼む、俺は外してくれ」
「大丈夫ですよ」
 カミューが立ち上がり、優雅にリーダーにお辞儀する。
「私が責任持ってフリックさんを特訓しますから。ご安心ください」
「ちょっと待てっ!!!」
 フリックが慌ててカミューの腕をつかむ。
「1週間もあれば十分です。マチルダでは一番といわれた私がフリックさんに教えてさしあげますよ
「ああ、じゃあ安心だな。カミューさんならきっと完璧なダンスを教えてもらえるよ、良かったね、フリックさん」
 ディランがにこにこと微笑む。
 何がいいんだ?
 ダンス?ダンスなんて…そんなもの…
 フリックはがっくりとその場にしゃがみこんだ。


「で?結局押し切られちまったわけだ?」
 レオナの酒場で酒を飲むのはもう日課のようなもので。
 フリックはいつもの席で、目の前に座るビクトールの笑いを堪えた顔に舌打ちした。
「嫌な予感はしたんだよ。俺とカミューとマイクロトフの3人だけ呼ばれて、お前が呼ばれてないんだからな。だけど、だからって、まさかあんなことを頼まれるなんて、普通思うか?」
「まぁな」
 くっくとビクトールが喉の奥で笑う。
「笑うなっ!!人ごとだと思いやがって。ったく、何で俺が…」
 フリックはがっくりと肩を落とした。
「しかしダンスくらい踊れるだろぉが」
 ビクトールがテーブルに突っ伏しているフリックに容赦ない言葉を投げかける。
「ダンスくらいだぁ?じゃ何か、お前は踊れるっていうのかよっ」
「踊れるさ、こう見えても俺は踊りは上手いんだぜ」
 どうだか、とフリックは胡散臭そうにビクトールを見る。
 だいたい「ダンス」ではなく「踊り」というあたりからして怪しい。
 ビクトールはそんなフリックの考えを見透かしたかのように、ジョッキを空けると背もたれに肘をつき、何かを思い出すかのように話し出す。
「昔、俺のいた村でも収穫祭はやったもんさ。リトの村ほど盛大じゃなかったがな。そんときゃ夜通し騒いだもんだ。飲んだり踊ったり、な。ありゃあ、楽しかったもんだぜ」
「………」
 今はもうないビクトールの村。
 二度と戻らない楽しかった日々。
 フリックは触れてはいけないビクトールの痛みに触れてしまったような気がして、黙り込んだ。
「おや、いつも仲がよろしいですね?」
 手にワイングラスを持ったカミューがにこやかに声をかけてきた。
「カミューてめぇ〜」
 フリックが恨みがましい目でカミューを睨む。
 だいたい、あの時、カミューが余計な一言さえ言わなければディランだって諦めたはずなのだ。
 それなのにわざわざダンスを教えますなんて、嫌がらせとしか思えない。
「今時ダンスの一つも踊れないでどうするんですか?いい機会だと思って、しっかり覚えてくださいね。言っておきますが、私のレッスンは厳しいですよ。明日から始めますから心しておいてください」
 フリックの怒りなんてまったく気にしていないようで、カミューはにこやかにそう言う。
 ダンスなんて。
 何で戦士の自分がダンスなんて習わなければいけないのだ?
 フリックはその晩自棄酒を飲みまくった。


 1週間後の収穫祭までに3種類のダンスを覚えるという。
「無理だ。3つも覚えられない」
 昼間の訓練を終え、夕食をすませたあとがダンスの練習時間となった。フリックはカミューととも城の中にある練習場へと来ていた。当然二人きりである。ついて行こうかと言ったビクトールに「絶対に来るな」と言い捨てて、フリックはとぼとぼと練習場へ赴いたのである。
 妙に楽しそうなカミューが憎らしい。
「何をおっしゃるやら。たった3つですよ。本当なら最低でも5パターンくらいのステップは覚えていただきたいところですが、あなたにそれを求めるのは無理かと思って、絞りに絞って3つにしたんです。文句は言わせませんよ」
「……しかし」
「いいですか、これからは私が先生ですから、口答えは許しません。いいですね、フリックさん」
「う…」
 何だって、こんなに張り切ってるんだろうか?フリックはカミューのあまりのやる気満々の様子に思わずため息をついてしまう。
「さ、では始めましょう」
 カミューが優雅な仕草でフリックの手をとる。
「お、おいおい」
 いきなり手をつながれフリックはぎょっとしてカミューを見返す。
「手をつながないでダンスは踊れませんよ。お相手がビクトールさんじゃないのは不本意かもしれませんが、私だって本意ではないのですから、我慢してください」
 さらりと言い捨て、カミューが最初のステップを踏み始める。
「いいですか、まず右足を前に出して、次にそれを右へ、そう、その次に…」
 おそらく、カミューの教え方というのは的確で、上手なのだろうと思う。
 思うのだが。
「フリックさんっ!!違いますっ、足は左、手は右ですっ!!」
「そんなこと言ったって…」
「ああ、もうっ!右右、左右ですよ、どうしてこんな簡単なステップが踏めないんですかっ」
「……」
 思わず足元ばかり見てしまうフリックの腰をカミューが引き寄せる。
「ちょっ…」
「顔はレディの方を見る。下ばかり向いていては失礼でしょう!!」
 レディったって、今は自分と同じ男が相手なわけで。
「いたっ!フリックさんっ!!足を踏まないでくださいっ!!」
「下見てないんだから仕方ないだろっ」
「今みたいにどかどか踏まれたら、レディの足が折れてしまいますよっ!!」
 1時間ほど踊り続け、カミューはフリックの手を離した。
「…………」
「カミュー?」
「ふふふ…ここまでリズム感のない人もはじめてですよ…」
 やっぱりやめよう、とでも言ってくれるのかと期待したフリックだったが、カミューの口から出た言葉は全く正反対のものだった。
「こうなったら、完璧なダンスを仕込みますからっ。ええ、ひとかけらの妥協もしませんよ。明日から夕食後のレッスンはみっちり3時間行いますっ。私が教えたのに、下手くそだなんて言われたら承知しませんからねっ、いいですかフリックさん!!!!」
「は…は、い…」
 あまりの迫力に思わず後ずさりしてしまうフリックであった。


 そして次の日から地獄の特訓が始まった。
 みっちり3時間と言ったカミューの言葉は嘘ではなく、昼間の訓練でくたくたのフリックを引きずって立ちっぱなしのダンスの練習を行うのである。
 これが地獄以外の何であろうか?
「もう嫌だ…」
 自室のベッドに倒れ込んだフリックが力なくつぶやく。
 やっと一つ目のステップを覚えたフリックに、カミューは新しいステップを教えたのだ。しかし、2つ目を覚えたかな、という時に最初のステップを踏んでみろと言われ、見事に踏み間違えたフリックにカミューは容赦にない罵声を浴びせかけた。
「いったいどういうことですかっ!!さっきまで踊れたのに、もう忘れたというんですか、あなたはっ!一つのことしか覚えられないなんて子供じゃあるまいし、子供だってステップの3つくらい同時に覚えますよっ。覚えられないのはあなたに覚える気がないからです。今度間違えたら許しませんよ。さぁ最初のステップを踏んでごらんなさいっ」
 がんがん怒鳴られようやく最初のステップを思い出した頃、あろうことか二つ目のステップを忘れてしまい、またフリックはカミューの怒りを買ってしまったのだ。
「無理だ…絶対無理だ、あと4日で3つも覚えられない」
「だが1つは覚えたんだろ?」
 ビクトールがくっくっと笑いながら、すっかり意気消沈しているフリックを眺める。ぐったりとベッドに横になったフリックがあまりにも気の毒で声を出しては笑えないのである。
「あいつ…俺に何か恨みでもあんのかな?あんなにムキになって怒るなんて」
 フリックが大きくため息をつく。
 これではまるでいじめである。もうちょっと優しく教えてくれたって良さそうなものなのに。
「出来の悪い子にはスパルタで、ってことじゃねぇのか?」
 ぎしりと音を立ててビクトールがベッドに腰掛ける。
「出来の悪いってのは俺のことか?」
「他に誰がいる?」
「………」
 今回ばかりは反論できないフリックである。ビクトールはそんなフリックの足元に腰を下す。
「疲れたろ?マッサージでもしてやるよ」
「いらない。もう眠りたいんだ」
「遠慮するなって、立ちっぱなしで足がパンパンだろぉが」
 そう言ってビクトールは投げ出されたフリックの足を揉み始める。ふくらはぎを親指の腹でゆっくりと解していく。
「ああ、こりゃずいぶん張ってるなぁ、痛いだろ?」
「痛い…でも…気持ちいい」
 うっとりとフリックがつぶやく。
 どうやらダンスは戦闘の時とはまた違う筋肉を使うようで、ここ数日足腰が痛くてたまらないのだ。ビクトールが施してくれるマッサージの心地よさにフリックは息をつく。
「ここはどうだ?」
「う…ん…いい…」
 膝裏から太腿へと手が移動する。
「いった…痛いって、ビクトール」
「我慢しろって、すぐに楽になるからよ」
 あまりの痛さに唇を噛んだフリックは、次にビクトールが触れてきた場所に気づいて上半身を起こした。
「おいっどこ触ってんだよっ!」
 ビクトールの手は太腿から尻へと這い上がってきていた。そしてセクハラオヤジよろしく、さわさわと触りまくる。逃れようとしても、どっかりと足の上に腰を下されてしまっていて動けない。
「ばかっ!退けったら退けっ!!」
「暴れんじゃねぇって、気持ちいいだろ?」
「お前〜最初っからそれが目的だったんじゃ…」
「まぁ半分くらいはな、いいからじっとしてな」
 ビクトールはフリックの腰の辺りを揉み解していく。ぶつぶつと文句を言っていたフリックだが、やがてその気持ち良さに身を任せた。
「フリック?」
「………」
「何だ、寝ちまったのか?」
 ビクトールがフリックの顔を覗き込むと、フリックは静かな寝息をたてて眠っていた。よほど疲れているのか本当にぐっすり眠っているようで、ビクトールは苦笑するとベッドを降り、ブランケットをかけてやる。
「カミューのやつ、あんまりフリックをいじめてくれるなっていうんだ…」
 ビクトールはフリックの頬にキスをすると、今夜は一人飲むしかないか、とつぶやいて酒場へと向かった。


 フリックが何とかダンスらしいものを踊れるようになったのは、明日が収穫祭という時だった。
 その成果を見るために、マイクロトフとビクトールがそろって練習場へと向かっていた。
 それまで絶対に見にくるなと厳命されていたのだが、とうとうカミューとフリックからお許しが出たのだ。心配だ、心配だとつぶやくビクトールにマイクロトフが声をかける。
「大丈夫ですよ、カミューは本当にダンスが上手ですから。そのカミューに教えられて、下手なわけがありません」
「あ〜そういうことじゃなくってよ、あのフリックがちゃんと女の子をリードできるかどうかの方が心配っつぅか」
「女性の扱いもカミューは一流です」
「お前、平気なのか?」
「俺はカミューを信じてますから」
 お熱いことで、とビクトールが揶揄する。
 練習場ではカミューとフリックが最後の練習をしているようだった。
「よぉ、どうだ成果のほどは」
 ビクトールがニヤニヤと笑いながらフリックに声をかける。
「うるさいな、黙ってろ」
「では、私の手ほどきの成果を見ていただきましょうか」
 カミューがにこやかにフリックの手をとる。
「なぁ、見られてたら緊張するんだが」
 フリックが訴えると、カミューがあっさりとそれを却下する。
「何を言ってるんです。誰もいないところで踊るなんてことの方が少ないんですよ。まぁ、もっともこれが最初で最後になるでしょうけど」
「??」
 カミューの言う意味が分からずフリックは首を傾げたが、促されるままにステップを踏み始める。
 確かにフリックは上達していた。
 ちゃんと足元を見なくても踊れるし、リズムもばっちりである。
 しかし。
「おい、あれって…」
 ビクトールが唖然とマイクロトフを肘でつつく。
「………」
 マイクロトフも言葉がないようで、黙ってカミューとフリックのダンスを見ている。
 一曲踊り終わると、フリックが赤い顔をして二人を見た。
「え…と、ちゃんと踊れてたか?」
「ああ、ばっちりだ。たった1週間でここまで踊れるようになるなんて、びっくりしたぜ、まったく。しかしだな」
 ビクトールが頬を引きつらせながらカミューを見る。
「何だって、女のステップを踏んでるんだ?フリックはよ」
「え?」
 ビクトールの言葉にフリックが呆けたようにカミューを見る。
 女のステップ??
 女の?
 フリックはわけが分からず言葉もない。
 カミューはそんなフリックの様子に満足したように嫣然と微笑んでみせる。
「半分はフリックさんのため、半分はいじわるで…というところでしょうか?だって、収穫祭、出たくなかったんでしょう?レディのステップしか踏めないと分かったら、ディラン殿も諦めてくださいますよ」
 呆けた様子のフリックに、しゃあしゃあとカミューが答える。
「で?残りの半分のいじわるっていうのは?」
 ビクトールが言葉もないフリックの代わりに尋ねる。
「フリックさんがマイクよりも上だったので」
「何だって?」
「人気投票ですよ。フリックさんがレディたちに人気があるのはけっこうなことです。私よりも人気があるというのもぜんぜんかまいませんけどね、マイクよりも上というのは納得いきません」
「カミュー…」
 さすがのマイクロトフも呆れたようで、気の毒そうにフリックを見る。唖然とする3人の視線などモノともしないカミューはにっこりと微笑を返す。
「まぁちょっとした仕返しです。悪く思わないでください」
「思うなって…」
 フリックがよろよろと後ずさる。
 一体何のために1週間も辛い辛い辛い練習に耐えたのか?
 あんなにボロかすに罵られても歯を食いしばってがんばってきたのは?
「あんまりだ…」
「ですから、半分はあなたのためです。親友のこの気持ちも理解してください」
 いや違う。
 絶対に楽しんでいたに違いない。7:3の割合でいじわるの方が大きかったに違いない。
 がっくりとその場に座り込むフリック。
「ではフリックさん、ディラン殿には私の方からご説明しておきます。さぁマイク、行こう」
「…カミュー…」
 楽しげにマイクロトフの手を引き、カミューが練習場をあとにする。そして去り際に振り返りこう言った。
「フリックさん、練習の成果は本意な人とどうぞ。誰もいませんから」
「くそっ、覚えてろよ、カミュー」
 最後にやっとそれだけ言えたフリックである。負け犬の遠吠えとも言えるのだが。
 二人きりになった練習場はしばらく無言で。
 やがてビクトールが気の毒そうにフリックに声をかけた。
「あ〜フリック…」
「………」
「ま、そんなに落ち込むなって、お前、かなり上手だったぜ」
「上手でも、女のステップなんだぞっ!!」
 ビクトールの言葉にフリックが声を荒げる。
「いつか役立つ時もあるって」
「そんなもんあるかっ!!」
 涙目で叫ぶフリックにビクトールがやれやれと苦笑する。
「じゃ今役立てな。ほら、俺と踊ってくれよ」
 座り込むフリックにビクトールが手を差し出す。
 おりしも遠くからオーケストラの音楽が流れきた。しばらく無言で差し出された手を見ていたフリックだが、やがてビクトールの手に自分のそれを重ねた。
 音楽に合わせて覚えたてのステップを刻んでみる。
 思いの他ビクトールのリードは上手だった。
「お前とダンスが踊れるなんて、カミューのヤツに感謝しなきゃな」
「言ってろ」
 赤い顔をしてフリックがそっぽを向いた。
 引き寄せた腰を強く抱いて、ビクトールが耳元でささやく。
「愛してるぜ、フリック」
「なっ、何なんだ、いきなりっ」
「慰めてやってんだろぉが。黙っていい子にしてな」
 ステップを踏む足が止まる。
 唇に与えられた甘いキスに、フリックは大人しく慰められることにした。


 さて、報告を受けたディランは恨みがましくカミューを見たが、それくらいで引き下がるほど優しくもなかった。
「フリックさんファンの男の人も多いみたいだから、明日は思い切って女装でもしてステップを踏んでもらおうかな」
 悪魔のつぶやきに、そばにいたシュウが眉をひそめる。
 内心、フリックのことを気の毒に思ったが口には出さなかった。


この続きは「STYLE」にてどうぞ


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