FOR YOU(前編)


 想いが通じ合うということは嬉しいことではあるけれど、反面、とてもとても恥ずかしいことでもあると、カミューはこの歳になって初めて実感していた。


 広い机の上には山ほど書類が積まれている。
 やってもやっても減らない書類の山を眺めて、カミューはらしくもなくため息なんぞついてしまう。
 何しろこの数日、自分の気持ちを持て余して、仕事もろくに手につかない状態だったのだ。そして、やっと事態が好転したと思ったら、今度はまた別の意味で自分の気持ちを持て余してしまっているのだ。仕事が捗らなくても仕方がない。

 先日、マイクロトフと想いが通じ合ってしまった。

 何というか、いろいろと紆余曲折はあったものの、相思相愛が確認されてしまったわけである。
 今までだって恋愛はしてきた。
 それこそ数多くのレディたちを相手に浮名を流してきた。遊びだったとは言わないけれど、本気だったわけでもない、というのがカミューの正直な気持ちだった。
 甘いマスクとどこまでも騎士然とした態度のカミューをレディたちが放っておくはずがなく。
 おかげで恋愛経験だけは豊富にあるのだ。
 もっとも相手が男だというのは初めてなのだが。
 どんなに綺麗なレディにも、優しいレディにも、最後の最後で心が動かなかったのは、気がついていないだけで、マイクロトフのことが気になっていたからだろうか?
 あの日。
 酔っ払ったマイクロトフにキスされるまで、マイクロトフのことは親友以上に考えたことはなかったのだ。いや、なかったと思っていただけだろうか?
 唐突に気づいてしまった自分の気持ち。
 唐突に通じ合ってしまった二人の想い。
 しかし、人を好きになるというのは一種の狂気だ。思い込みと勘違い。好きだと思う自分に酔ってしまい、正確な判断ができなくなる状態が恋愛の初期症状だ。
 自分はそうなってはいないか?
 マイクロトフはそうなってはいないか?
 カミューはどこまでも冷静に自己分析をしてしまう自分に、ちょっと嫌気がさしていた。
 だが本当に分からないのだ。
 マイクロトフに対する気持ちが、間違いではないのかどうか。
 ふぅとため息をついて背もたれに凭れ掛る。
 どうやって確かめればいいのだろう。
 言葉ではなく、もっと違うもので確かめられるのだろうか?
 カミューが思いを巡らせていると、いきなり扉が開いた。
「カミュー入るぞ」
 おざなりにしたノックのあとに、マイクロトフが執務室に姿を見せたのだ。
 いきなり現われた恋人の姿に内心慌てたが、ポーカーフェイスでそれを隠してカミューが微笑む。
「どうした?」
「ゴルドー様から通達が回ってきた、今すぐ内容を確認してくれないか?次に回すから」
「ああ…」
 書類を受け取って、カミューが書類に目を落とす。
 マイクロトフは執務机の前に置かれたイスに腰を降ろすと、カミューをじっと見つめる。
 その視線を痛いほど感じて、書類に書かれた文字が頭に入ってこない。
「マイク…」
「何だ?」
「そんな風に私を見るな。気が散る」
「…すまない」
 殊勝に謝ってみせるものの、視線は相変わらず注がれている。
 カミューは書類の最後にサインをして、マイクに手渡した。
「カミュー」
「ん?」
「今夜、俺の部屋に来ないか?」
「………」
 どくりと心臓が跳ね上がったのが自分でも分かった。
 唐突な誘い文句に、一瞬言葉が出なかった。
 仕事中だというのに、真面目な顔をしてそんな誘いをするなんて、マイクロトフらしいといえばそうなのだが、あまりに唐突すぎて心臓に悪い。カミューは動揺していることを悟られないように小さく深呼吸してみる。
「マイク、そんなことを急に言われても困るよ」
「だが、これから言いますと宣言してから言うものでもないだろう?」
「そ、うだが…」
「だいたい、この前さんざん焦られてから、もうどれくらい経つと思ってる?」
 1週間である。
 想いが通じ合った夜、カミューのことを抱こうとしたマイクロトフを制し、何もしないまま一晩を同じベッドで過ごしたのだ。同じ男としてマイクロトフがどれほど辛かったか、分からないカミューではない。
 焦らしているつもりは毛頭ないのだが、何となく機を逸してしまっただけなのだ。そしてもう1週間が経っていた。まぁそろそろ限界であろう。
「分かったよ。では、今夜お前の部屋に行こう」
「本当か?」
 とたん、顔を輝かせたマイクロトフに苦笑してしまう。
 何といっても、「今夜ヤりましょう!」と宣言しているようなものなのだから、カミューにしてみれば少々気恥ずかしいのだが、マイクロトフは何ともないらしい。
「では、今夜」
「ああ」
 嬉々として部屋をあとにしたマイクロトフにカミューはやれやれと肩をすくめる。
 まぁセックスしてみるのも悪くない。
 男とセックスするのは初めてなのだが何とかなるだろう。相手が男でも女でもすることに変わりはないのだから。身体の相性というのは案外と大切なものである。
 いくら相手のことを好きでも、セックスが合わないと楽しくも何ともない。
 しかし。と、カミューはふと考える。
 マイクロトフのヤツ、まさか初めてだなんてことはないだろうな。
 まさかそんなことはないだろう。聞いてみたことはないのだが、どうやらカミューの知らないところでけっこう遊んでいるみたいだし。それはそれで、何だか腹立たしい気がしないでもないが、人のことを責められるほど綺麗な過去を持っているわけではないので、目を瞑ることにした。
「今夜か…」
 何とも言えない甘酸っぱい想いが胸に広がる。
 カミューはそれを振り切るようにして目の前の書類を片付け始めた。


 一方、カミューの執務室を出たマイクロトフは、思いもかけなかったカミューからのOKに、どうにも顔がニヤけてしまって仕方なかった。
 だいたい、1週間である。1週間もお預けを食わされてしまったのだ。ストレート過ぎるかとは思ったが、誘いをかけないわけにはいかないであろう。
 あの夜、同じベッドの中で自分の腕の中にいたカミューのことが忘れられない。
 カミューの体温や、髪の匂い、微かに触れた肌の熱さ。
 考えただけで我慢できなくなる。
 それが今夜やっと、やっと念願叶って手に入るのだ。
「カミュー、今夜は絶対に逃がさないからな」
 思わず握りこぶしなんぞ作ってしまうマイクロトフである。
 しかし、ふと気づいた。
 そう言えば、肝心なことを忘れていた。
 今まであまり気にしたことはなかったのだが、同性とセックスするのは初めてなのだ。カミューが自分と同じ男だからといって、何の問題もないと思っているマイクロトフだが、果たして手順は同じでよいのであろうか?
「困ったな」
 カミューを相手にあまり無様なこともできないだろう。
 しかし、誰かに相談できるような内容でもない。
「分からないことは直接確認してみるか」
 単純と言えば単純。マイクロトフは書類を片手に上機嫌でその場を立ち去った。


 夕刻、いつものように一緒に食堂へと向かった。
 広い食堂の一番隅に席を取り、向かい合わせで食事をとる。
「カミュー」
「何だい」
 夕食のムニエルを口にしながら、カミューが視線だけを上げる。マイクロトフが声をひそめ、カミューに尋ねる。
「一つ聞きたいことがある」
「だから、何だい」
「男としたことはあるのか?」
「………」
 ごくりと口の中のものを飲み干して、カミューは無言でそばにあったワインを手にした。
 この男は!
 いったいどういうつもりで、食事時にそんなことを聞いてくるのだろうか?
 カミューはごくごくとワインを飲み干すと、にっこり笑ってマイクロトフを見る。
「マイク、それはいったいどういう意味なのか、説明してくれるかい?」
「意味って?そのままだが?」
「……では、そういう話はあとでゆっくりとしようじゃないか。ゆっくりと、ね」
 それ以上何も言えそうにない迫力でカミューが微笑む。
「う…そ、そうだな」
 マイクロトフが素直に話題を引っ込める。
 そのあとは、何やら気まずい雰囲気でただただ黙々と食事を続ける二人である。
 カミューはマイクロトフの質問の意味をぐるぐると考えていた。
 男とは初めてだ、と言えば、何か変わるのだろうか?
 初めてだろうが、二度目であろうが、やることは同じではないか?
 これまでのセックスといったい何が違うというのだ?
「マイク」
「うん?」
「私は先に部屋に戻るよ。あとで…行くから…」
「あ、ああ、わ、かった…」
 カミューはそれだけ言うとトレイを手にさっさと席を立ってしまった。
 残されたマイクロトフは何かまずいことを言っただろうか?と首を捻った。
 このあたりが鈍いといえば鈍い男である。
 カミューは早足に自分の部屋へ戻ると、さっさとバスルームに入った。
「だめだ。マイクに任せていては、絶対に今夜中にコトは終わらないぞ」
 だいたい、男としたことがあるか、などと本人に聞くか?普通。
 もちろん男となんてしたことなどない!男と寝る趣味なんてカミューにはないのだ。例え、嫌というほどその手のモーションをかけられていたとしても、これっぽっちも興味は沸かなかった。
 もしかしたらマイクロトフは本当に初めてじゃあるまいな?
 カミューはそんな恐ろしい想像をして思わずため息をついてしまう。
 あんな無神経なことを聞くところが怪しい。
 だとしたら、上手くリードしないことには、コトは前へは進まないし、血を見ることは明らかだ。
「頼むよ、マイク…勢いだけで私を押し倒さないでくれ」
 カミューは祈るような気持ちでシャワーを浴び、身支度を整えた。
 時計を見ると、まだ9時だった。まだまだ夜は始まったところだったが、ここでじっとしていても何も始まらないので、カミューは意を決してマイクロトフの部屋へと向かうことにした。長い廊下を足早に歩いていると、ちょうど夕食を終えたところらしい赤騎士団の団員たちと出くわした。
 カミューの姿を見ると、最敬礼をしてよこす。
「団長、どちらへ?酒場ですか?」
 酒場ならお付き合いします、と目を輝かせる団員たちに、カミューは苦笑する。
「いや…マイクはまだ食堂にいたかい?」
「え、ええっと…もういらっしゃらなかったと思いますが」
「そうか、ありがとう」
 にこやかに答え、カミューが軽く手を上げる。
 マイクロトフの部屋へと歩き出すカミューを見送ると、団員たちがどよめいた。
「おいおい、まさかまさか」
「何だよ」
「噂だよ、噂。団長がマイクロトフ殿と…その…出来たっていう」
「ええええっ!!そんなことがあってたまるかっ!」
「そうだ。我らが団長が誰かのものになるなんてっ、絶対に許せん!」
 先日、マイクロトフがカミューを酒場から奪還して一晩帰らなかったという事実があるだけに、この二人が怪しいという噂は実しやかに団員たちの間で流れているのだ。
 そして、誰もがその噂に打ちのめされていた。
 結局、みんなカミューにご執心なのである。
 赤騎士団というよりは、カミューさま親衛隊といった方が正しいのかもしれない。別にマイクロトフのことがどうというのではなく、ただ自分たちの団長を独り占めされるのが嫌なだけなのだ。
「どうしてカミューさまほどの人があんな真面目だけがとりえのマイクロトフ殿と?」
「俺に聞くなよっ」
「やっぱり、あれかな」
「何だよ」
「マイクロトフ殿、なかなかいい身体されてるし」
 その言葉に、その場にいた全員が黙り込む。
「何だとっ、お前はカミューさまが、お、お、押し倒されてるとでも!!」
「だがあの二人だとどう考えても…」
 カミューがマイクロトフを押し倒すことの方が、団員たちには我慢できないことのような気がする。
 どちらにしろ許せ〜ん、と団員たちが雄たけびを上げる。
 団員たちはその後も、酒場であれやこれやと勝手な想像をしては自棄酒を飲みまくった。


 そんな陰での騒ぎなんて知らないカミューは、マイクロトフの部屋の前で深呼吸をしてノックをした。すぐに扉が開いてマイクロトフが姿を見せた。愛しい恋人の姿に微笑む。
「カミュー、ちゃんと来てくれたんだな」
「当たり前だろう。私は約束は守る」
 逃げるとでも思ったのだろうか?
 カミューは中に入ると、テーブルの上に用意されていた酒を見てほっとする。やはり、部屋に入って、すぐにベッド…ではムードがなさすぎる。
 どうやらマイクロトフでもその辺は分かっているようである。
 まぁ良かったといえば良かった…のだろう。
「髪が濡れてる」
 マイクロトフがカミューの髪に鼻先を埋めた。
 急に後ろから肩を抱かれびっくりしたカミューが思わず身体を反転させて、マイクロトフを見上げる。
「あ、シャ、シャワーを浴びてきたから…」
「濡れたままだと風邪を引くぞ?」
「あ、ああ…」
 マイクロトフがタオルを手渡す。素直に受け取って、カミューはテーブルについた。
 おざなりに髪を拭い、マイクロトフが用意してくれた酒を手にする。
 いったいこういう時は、何を話せばいいのだろうか?カミューは困っていた。何しろ今までと勝手が違いすぎる。レディ相手だと、主導権は完全にこちらにあるわけで、甘い言葉でも囁けばそれでOKだったのだ。レディ相手に酒を酌み交わすことなんてないわけだし。
 だけど、今目の前にいるのはマイクロトフで。
 いくらそのつもりでやってきたとは言え、こちらからベッドに誘うのもどうかと思うし。
 何ともいえずカミューがグラスの中の酒を眺めていると、マイクロトフが口を開いた。
「カミュー」
「え?ああ、何だい?」
「その…本当にいいんだな?」
「何が?」
「だから…俺と…」
 どこかしどろもどろに言葉を濁すマイクロトフにカミューが吹き出す。
「今さらそんなことを聞くなんて。マイク、では私が嫌だと言ったら、このまま何もせずに部屋から帰してくれるのかい?」
「そんなことはしない」
「だろう?……私のことを愛しているかい、マイク」
「もちろんだ」
 何のためらいもなく即答するマイクロトフに、カミューは小さく笑う。
「本当に?気の迷いじゃなくて?私は、お前と同じ男なんだぞ」
 カミューの言葉にマイクロトフは何かを考えるように押し黙った。無言になったマイクロトフから視線を外してカミューは酒で喉を潤す。
 忘れていたわけじゃあるまいな、私が男だということを。カミューは気まずいムードに耐えながらそんなバカなことを思った。
 ここまできて、今さら男とはできません、なんて言われても困るのだが。
 しばらくの沈黙のあと、がたん、と音を立てて急にマイクロトフが立ち上がった。
「?」
 つかつかとカミューの横に立つと、すいっとその腕を取る。
「証明しよう」
「え?」
「気の迷いなんかじゃないことを。来るんだ、カミュー」
「ええ?」
 カミューが止める間もなく、隣の寝室へと連れこまれる。薄暗い部屋の中には大きなベッドがあり、その存在感にカミューは一瞬戸惑った。
 しかし、そんなことを悟られるのはまっぴらだった。
「マイク」
「ん?」
「下手だったら……許さないからな」
「……まぁ…大丈夫だろう…」
 どこか余裕のある口調で言うと、マイクロトフはカミューの身体を抱きすくめ、そのままベッドへと押し倒した。さらりとマイクロトフがカミューの前髪を指で梳く。
 今までに何度も経験してきた場面だ。
 違うのは自分が下にいるというだけで。
 カミューは不思議と落ち着いていた。もっと緊張するかと思ったのだ。だけど、やはり同じだ。相手はマイクロトフなのだから。もうずっと前から知っている親友だ。
「カミュー、愛してる」
「私も愛してるよ、マイク」
 マイクロトフの唇が近づいてくる。カミューは目を閉じて、それを受け止めた。
 何度も触れては離れ、やがて誘いこむように開いたカミューの唇の隙間に熱い舌先が差し込まれる。あの夜と同じだ。カミューはそう思った。あのお預けをした夜のキスと…
「んっ…!」
 どくりと鼓動が跳ね上がる。
 絡んできたマイクロトフの舌先は飽くことなくカミューの口腔を蠢く。強く吸い出したカミューの舌を軽く噛んで、裏側を舐める。巧みな口づけに、カミューは混乱していた。
 違う。
 あの夜、数え切れないほど交わしたキスとはまったく違う。
 含みきれない唾液が唇の端から零れ、頤へと流れる。息苦しくなるくらいに貪られる。歯列をなぞり、堅く尖らせた舌先が喉の奥まで侵入してくる。
「う…んぅ……」
 本格的なキス。身体の奥にある情欲に火をつけるような、そんな巧みなキスにカミューは翻弄され、そして混乱していた。
 マイクロトフがこんなキスをするなんて。
 やっと解放された時は、すでに頭の芯がぼうっとしていて荒く息をするのがやっとだった。
 マイクロトフはそんなカミューに微笑むと、上半身を起こして、シャツを脱ぎ去った。
「………っ!」
 目の前に現われた身体は、まるで別人のようで。
 鍛え上げられた引き締まったマイクロトフの身体。
 何度も一緒に風呂にも入ったし、裸なんて見慣れていた。
 それなのに。
 一気に頭に血が上ったような気がして、カミューは思わず濡れた口元を押さえた。

―――どうしよう…
 
「カミュー」
 マイクロトフがカミューに覆い被さってくる。首筋に舌を這わされ、きつく吸い上げられた。合わさった胸から心臓の鼓動がすべて伝わってしまうような気がして、カミューは急に恥ずかしくなった。
 
―――怖いっ!

 そう思ったとたん、カミューは思い切りマイクロトフを押し返し、その身をベッドの端まで移動させていた。
「カミュー?」
 呆然としたのはマイクロトフの方で。
 いったい何があったのか分からず、呆けた顔でカミューを見つめる。
 カミューは乱れたシャツを握り締めて、真っ赤な顔でそんなマイクロトフを見返した。
「あ、あ、えっと…お、思い出したっ!!」
「何を?カミュー?」
「きょ、今日は…だめ…なんだ…、えっと…その、だめな日だっ!」
「………え?」
 自分でもばかばかしい言い訳だ、と思ったが、カミューはベッドから飛び降りると扉に手をかけた。
「すまない、マイク。今度はちゃんとするからっ、だから今日は見逃してくれ」
「ちょ、ちょっと待て、カミュー」
 マイクロトフが止めるのも聞かず、カミューはばたばたと部屋を飛び出してしまった。
 残されたマイクロトフはしばらく言葉もなく、カミューが出て行った扉を眺めていたが、やがてがっくりと肩を落とす。
「まだ何もしてないのに、下手だったのか??」
 あまりのショックに立ち直れそうにないマイクロトフである。
 まったく理不尽な仕打ちを受けてマイクロトフがうなだれているとも知らず、カミューは自分の部屋にかけ戻り、ベッドの上で丸くなっていた。
「どうしよう…」
 想像していたのと全く違った。
 セックスなんてどれも同じだと思っていたのだ。
 きっとマイクロトフは慣れていないから、こちらがリードしなくてはと思っていた。
 だけどぜんぜん違った。
 あんなキス。
 あんな頭の芯まで蕩けるようなキスをされるとは思ってなかった。
 そしてマイクロトフの身体があんなに大きいということも。
 触れられた場所から溶けてしまうような、あんな感覚があるなんて。
 今の今まで考えもしなかった。
「どうしよう…」
 怖いと思ってしまった。
 自分がどうなるか分からなくて。
 いったい今までの経験は何だったのだろう?
 どうして、こんな気持ちになってしまったのだろう?
「まいった…」
 こんな形で逃げ出してしまうなんて。
 まるで十代の何も知らない小娘のようではないか。
 どうしよう。マイクロトフに呆れられてしまったかもしれない。
 怖がっていると、知られてしまうくらいなら死んだ方がましだ。
 カミューは火照った顔を覆った。
 どうしよう…。どうしたらいいのだろう?


 その頃、マイクロトフは。
 今夜こそは、恋人同士の初めての夜を熱く過ごそうと心に決めていただけに、いきなりのカミューの行動に、かなり落ち込んでいた。
 だいたい、まだ何もしていないのだ。
 ちょっと、ほんのちょっとキスをしただけなのに逃げられてしまった。
「まいった…」
 いったい何がいけなかったのだろう。
 下手だったら許さない、とカミューは言った。
 まさかキスが下手すぎて、それが許せなくて逃げた…なんてことはあるのだろうか?
 しかし、それではあまりに立つ瀬がないではないか。
 おまけに「だめな日」とはいったいどういう意味なのだろうか?
 セックスするのにだめな日などあるのだろうか?
 どうも自分の恋人とはいえ、カミューには理解しきれないところがある。
 マイクロトフは腕を組んで、今回の原因が何なのかを考え込んでいた。
「焦りすぎたのか?いやでも…もう1週間も待ったことだし…やはり最初の1ヶ月くらいはキスだけで…ってそんな歳ではないしな。もっと何か愛の言葉を口にしなければいけなかったのか?」
 だいたい待ったのは1週間だけではないのだ。
 カミューのことを想っていた時間はもう思い出せないくらいで。
 やっと、やっと想いが通じて今夜を迎えたというのに。
「まだまだお預けなのか?カミュー」
 いつか手に入るなら、いくらでも待とう。
 しかし、それも叶わないほどの致命的な何かがあるなら、それを改善しない限り、この先もずっとカミューのことは手に入らないのではないか?
「よし、ちゃんと話し合おう。悪い所があれば、直せばいいことだ」
 青騎士団長マイクロトフ。
 どこまでも真面目な男であった。

 さて、想いが通じあってしまった二人に明るい未来はあるのか??

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