Be with you(前編)


「カミュー?大丈夫か?」
 聞きなれたマイクロトフの声に、飛ばしかけていた意識を呼び戻した。
 目を開けると、そこには心配そうなマイクロトフの顔。
「…う…」
 声が掠れて出ない。気づいたマイクロトフが枕もとのサイドテーブルから水を取ってくれた。口移しで温くなった水を与えられる。
 どういうわけか今夜のマイクロトフは余裕がなくて、最初からハイスピードで飛ばされたため、とてもじゃないが身体がついていけなかった。
「カミュー?」
「ああ…大丈夫だ…そんな顔するな」
 その言葉にほっとしたようにマイクロトフが優しいキスをしてくれる。
 このまま眠ってしまいたい。
 けれど、そんなことは許されるはずがなく、再び抱え上げられた自分の足を見て、カミューはふとマイクロトフと初めてキスしたときのことを思い出していた。


 マチルダ騎士団では、マイクロトフは青騎士団長を務めていた。
 騎士の誇り高く、曲がったことが嫌いで、やや融通のきかないところはあったが、部下たちからの信頼はかなり厚かった。最初は何て堅物な男だろう、と思っていたのだが、話をするうちにどういうわけか、他の団長との付き合いよりも、マイクロトフと一緒にいる時間が長くなっていた。
 マイクロトフはとにかく気持ちのいい男だった。
 口ばかりで実践が伴わない連中が多い中、一度決めたことは必ずやり通すその実行力。自分が間違っていた時は驚くくらい潔く非を認められるその度量。
 純粋で、嘘がない。
 カミューはマイクロトフのそんなところが気に入っていた。
「カミュー、どう思う?」
「え?」
「聞いていなかったのか?最近の王国軍のことだ」
「ああ…」
 ルカ・ブライトの噂は聞いていた。かなり酷い闘い方をするということも。ただ今のところは直接の係わり合いがないため何とも意見しづらいところだ。噂だけをそのまま鵜呑みにすることはできない。
「今のところは何とも。しかし、何があってもいいように、今は自分の果たすべきことしておくしかないだろう」
 当り障りのない返事に、マイクロトフは黙った。
「カミューは大人だな。たった一つしか違わないのに、どうしてそう冷静でいられる?」
「別に冷静というわけではない。ことの真偽が確かになるまでは意見を控えたいだけだよ。単に慎重なだけだ」
「なるほど」
 今日の仕事はすべて終わっており、この後は自由な時間だ。カミューは部屋の前で足を止めると、マイクロトフを振り返った。
「ああ、そうだ。今夜みんなで街へ繰り出す。お前も一緒に行かないか?」
「かまわないのか?」
「もちろん。では7時に」
 軽く手を上げてマイクロトフと別れ、カミューは自室へと入った。腰の剣を外して、襟元をくつろげる。
 部下の兵士たちと街の酒場へ繰り出すことはよくあることだ。カミューはその外見から、そんな場所へは行かないだろうと思われがちなのだが、実際には賑やかな場所で少々羽目を外すことは何でもないし、必要だとも思っている。一方のマイクロトフは部下たちとそういう付き合いはしていないようで、酒場で彼の姿を見ることは滅多になかった。
 堅物のマイクロトフが酔っ払ったところを一度見てみたいと思っているのはカミューだけではない。
 今夜も何とかして連れ出してきてくれ、と部下たちに頼まれていたのだ。
 普通なら酒場へなど顔を出すようなマイクロトフではないのだが、カミューの誘いだけはさすがに断れないだろうと、みんな考えていたのだ。それくらいに、二人の仲の良さは周知の事実になっていた。
 どういうわけか気があう、というのがカミューの言い分だ。
 正直なところ、性格は正反対だと思う。誇り高いところは同じだが、カミューはその実かなりの遊び人で経験も豊富だがマイクロトフはといえば、どう見ても経験豊富には見えない。
 深い仲になっている女性もいないようだし、今までまともに恋愛をしたことがあるのかも不明だ。
 一度ちゃんとそのあたりのことを聞いてみたいものだとカミューも思っていたのだ。
 だから、今夜一緒に酒場へ行くことになったのは、またとないチャンスだ。
「さぁてマイク、そうそう簡単に解放してもらえると思うなよ」
 カミューは人の悪い笑みを浮かべて、このあとの飲み会への期待を膨らませた。

 街の酒場はいつも騎士団たちで溢れている。酒場はいくつかあるのだが、それぞれの酒場に集まる階層は分かれている。やはり上司と一緒に飲むと気が落ち着かないものだろう。
 カミューたちの階層が集まるのはどちらかというと、やや高級といえる酒場である。集まるのも裕福な商人などが多い。約束通りの時間にやってきたマイクロトフと連れ立って街へとおりる。
「初めてだな、マイクと飲みに行くなんて」
「そうだな。俺はどうもこういう付き合いは苦手だから、誘ってくれる者も少ないしな」
 へぇ自分でも気づいていたのか、とカミューは少し意外な気がした。
 マイクロトフは完全に我が道を行く、の見本のような男なのだ。他人が自分のことを何と言おうと、気にするようなことはない。もちろん、ちゃんと他人の意見は聞く男だが、すでに自分の中で出来上がっている信念を簡単に変えるようなことはしない。それを堅苦しいと捉えるかどうかは人それぞれなのだが。
「カミューはよく酒場へは顔を出しているのか?」
「まぁ誘われれば断らない程度には。酒場にいると城にいては普段聞けないような話も聞ける。酒に酔った団員たちの本音とかね。団長を務める身としてはある程度必要なことだと思っている」
「仕事の一環というわけか?」
「そればかりじゃないけれどね。私だって人並みに酒に酔ってバカ騒ぎしたい時もあるさ。マイクは?」
「俺は…そうだな。若い頃にバカ騒ぎは嫌というほどしたが」
「お前が?本当に?」
 カミューは少し驚いてマイクロトフを見る。そういえばマイクロトフが若い頃どんな風だったのか、全くといっていいほど知らないことにカミューは改めて知らされた。カミューが知っているマイクロトフは真面目一本の男でバカ騒ぎからは程遠いのだ。
「信じてないって顔だな」
「ああ、まぁ…」
 正直にうなづいたカミューにマイクロトフは微かに笑った。
「昔の話だ。さて、カミュー、行きつけの酒場はどこにあるんだ?」
 十字路に差しかかり、マイクロトフが足を止めた。

 カミューたちの行きつけの酒場はそこそこ混んでいて、カミューたちは先に来ていた他の団員たちに呼ばれて奥の席へと腰をおろした。
「マイクロトフ殿とこうして酒が飲めるなんて、何だか感激だなぁ」
 団員が口々にそう言い、マイクロトフのグラスに酒をつぐ。マイクロトフは次々に注がれる酒をぐいぐいとあけていく。
「お強いんですか?」
 こっそりと耳打ちする団員に、カミューはさぁと首を捻る。正体をなくすほどまで酔っ払ったマイクロトフというのを見たことがないのだ。いったいどれくらい飲めるのか見当もつかない。
 こうして大勢で酒を飲んでいるマイクロトフを見るのは初めてだが、周りを白けさせることもなく、にこやかに話しに加わっている。こんなことなら、もっと早くに誘うべきだった、とカミューは思った。
 夜が深まってくるにつれ、だんだんと団員たちも正体をなくしはじめ、上司であるカミューやマイクロトフに対しても遠慮がなくなってくる。普段の訓練の愚痴から、他の団に対する不満、団員同士のいざこざなど、普段聞けない話がどんどんと出てくる。カミューはそれに対して意見することなく、すべて聞くようにしている。そして改善できることについてはきちんと処理をするようにしている。
「確かにカミューの言う通り、勉強になることが多いな」
 新しい酒を取りにカウンターへと席を立ったカミューに、同じように席を立ってきたマイクロトフが声をかける。
「団員たちが何を考えているのかよく分かった」
「だが、すべて本気にしない方がいいぞ。彼らも酔っているし、大げさに言っていることの方が多い」
 カミューは手を伸ばして新しいグラスをマイクロトフに渡すと、出てきた新しい酒を注いだ。かなりきつい酒だったが、マイクロトフは顔色ひとつ変えずに、一息でグラスを空ける。
「……強いんだな、マイク」
「いや、もうかなり酔っている。だが注がれたものを断るわけにもいかないしな」
 なるほど。いや、しかし酔っているようには見えない。
「まぁ明日は休日だし、どうせならとことんまで飲んでみるかい?」
 カミューの言葉にマイクロトフはそうだな、と苦笑する。いつもは見せることのないマイクロトフの仕草にカミューは新鮮さを感じていた。そして、どういうわけかそれが妙に嬉しかったりするのだ。
 席へ戻ると、今までいた団員が半分近くいなくなっている。
「帰ってしまったのか?」
 マイクロトフが酒瓶をテーブルに置き、残っている団員に声をかける。
「いやだなぁ団長、みんなこれからお楽しみなんですよ。明日は休みだし、朝までゆっくりと、ってわけで」
 にやけた顔で説明する団員にマイクロトフはわけが分からないという顔をした。
 どこの街にも娼館というものは存在している。この街にも大っぴらではないにしろ、その手の商売は成り立っていた。妻や特定の女性がいない者たちは、その手の女たちのところへ行くのがほとんどだ。
「団長、実は普段お世話になっているお礼ということで、今夜はとびきりのを用意してあるんですよ」
 すっかり出来上がった団員の一人がマイクロトフの肩を抱きつつ、そう告げる。
「とびきり?」
「ええ、ええ。もちろんですとも。性格も器量も言うことなしってね」
 カミューは口をはさまずに成り行きを見守る。マイクロトフはまだ意味が分かっていないようだが、つまりは団員がマイクロトフのために女を用意したということだ。
 今夜、この計画があることはカミューは知っていた。団員たちに悪気はなく、あのマイクロトフがこういうときにどういう反応をするか見てみたいという純粋な好奇心からの計画だった。カミューもちょっと興味があったのだ。曲がったことが嫌いなマイクロトフはこういうことに対してどういう反応をするのか。
「さ、さ、行きましょう。二階でお待ちかねなんですよ」
「ちょっと待て。誰が待っているというのだ?」
「ですから、とびきり、がですよぉ。いいですよねカミュー殿」
 カミューは軽く肩をすくめるだけだ。いいも悪いも、カミューがどうこう言えることではない。決めるのはマイクロトフだ。
 いい加減子供ではないのだから、部屋に女性が待っていればその意味も分かるというものだろう。
 この酒場の二階はいわゆる連れ込みになっていて、主人に頼めばその手の女性を用意してくれることになっている。他の店よりも少し値は張るが、質のいい女性が来るというのでも知られている。
「大丈夫ですよ。がっかりすることはありませんから」
 ぐいぐいと腕を引っ張られ、マイクロトフは立ち上がる。
 おや、やはりマイクロトフでも据え膳はきっちりと食べるのか、とカミューは意外に思った。団員に引きずられるようにしてマイクロトフが二階へと消えてしまうとカミューはやれやれとため息をついた。
 何となく、勝手に思っていたのだ。マイクロトフはこの手のことは嫌がるのではないかと。怒って城へと帰っていく光景を勝手に想像していたのだ。それをなだめる自分の姿も。しかしその予想はあっさりと裏切られた。
 夜は長い。
 朝になったら迎えにくるか、と思いカミューは席を立った。
 

 翌朝。
 酒場の裏口がいつも開いているのを知っているカミューは勝手に中に入り、二階への階段を上がった。昨夜、団員から部屋を聞いていたので、迷うこともなくマイクロトフがいるであろう部屋の前で立ち止まる。
 いったいどんな顔をするのだろうか。
 想像もつかない。
 カミューが扉に手をかけようとした時、中から扉が開かれ、綺麗な女性が顔を見せた。長い金髪の髪に、色の白いかなりの美人だ。なるほど、とびきり、だと団員が豪語していたのもうなづける。
「あ…カミューさま…」
「おはよう」
「おはようございます」
 女性はぽっと頬を染める。この辺りでカミューのことを知らない女性はいない。マチルダ騎士団の中でもカミューの人気は抜群なのだ。特に女性に対しての紳士ぶりには定評がある。
「マイクは中に?」
「ええ…じゃ私はこれで…」
 そそくさと恥ずかしそうにカミューの横をすり抜けていく。この手の商売をしている女性にしてはめずらしく純情だな、とカミューは妙な感心をする。
 部屋の中に入ると、マイクロトフは上半身裸でベッドに腰かけていた。
 鍛え上げられた身体には綺麗に筋肉がついている。広い肩幅。普段見ることのない姿にカミューは一瞬戸惑った。マイクロトフもカミューの姿に驚いたようだった。
「カミュー…どうしたのだ?」
「ああ、迎えにきたんだ」
「何だ…酔いつぶれているとでも思ったのか?」
 マイクロトフが困ったようにきょろきょろと辺りを見渡す。カミューはイスの背にかかっていたシャツを手にしてマイクロトフへと近づいた。
 寝乱れたベッドのシーツが妙に生々しかった。あそこでマイクロトフと彼女が、と思うと、どういうわけか苛立ちにも似た感情が胸の奥で湧き上がった。
―― ばかばかしい
 何故こんな気持ちにならなければいけないのだ。
 自分の彼女を寝取られたわけでもあるまいし。カミューはそう思い、湧き上がった感情を押し殺す。
 渡されたシャツを礼を言って受け取ると、マイクロトフはばさりをそれを羽織った。そしてちらりとカミューを見た。
「知っていたのだな、カミュー」
「何がだい?」
「この部屋に女性が待っていることも、それがどういう女性かということも」
「ふふ、どうだった?楽しめたかい?」
「………まぁな」
 そうか。楽しめたか。カミューはどういうわけか少し失望している自分がいることに気づいて、驚いた。
 失望?ではないな。別にマイクロトフだっていい大人なのだから、そういうことがあってもおかしくはない。まさかこの歳になって経験がないというわけでもあるまいし。けれど、勝手に思っていたのだ。マイクロトフが女性を買ったりすることはないと。もっとも今回は自らが買ったわけではなく、団員たちが勝手に用意したことで、それを拒絶することなく受け入れただけなのだが。
「カミューもこういうことはよくしているのか?」
「え?ああ、私はわざわざお金を出さなくても、言い寄ってくる女性はたくさんいるので、不自由はしていないよ」
「なるほど。では俺は不自由しているように見られたというわけか」
「そういうことではない。だが、たまには羽目を外すのもいいだろう。楽しめたのだから」
「……そうだな」
 それきりマイクロトフは何も言わず身支度を整えるとさっさと部屋をあとにした。
 怒っているのか?
 カミューはマイクロトフのあとを追いかけながらそう思った。
 勝手にこんなことをして、おまけに止めたりしなかった自分に対しても怒っているのだろうか?
「マイク」
 呼びかけたカミューにマイクロトフは振り返る。
「何だ?」
「いや…怒っているのか?」
「俺が?どうして?」
「余計なことをして…その…」
 言いよどんだカミューにマイクロトフはふっと笑う。
「怒ってはいない。俺が女性に不自由していると思われたのは心外だがな」
 ちょっと待て。ということはマイクロトフも影ではけっこう遊んでいるということか?カミューは混乱してきた。
「さぁ帰ろう。あまり遊んでばかりもいられない」
 いつもの口調でマイクロトフが言い、さっさと城へと歩き出す。カミューは呆然とその背中を見詰めた。
 だんだんとマイクロトフのことが分からなくなってきた。
 真面目なだけの男だと思っていたのに、本当は違うのか?
 長い付き合いで、マイクロトフのことはすべて知っているような気になっていた。
 それは間違っていたのだろうか?


 気をつけて見ていると、案外とマイクロトフは女性に人気があるということが分かってきた。
 何しろ礼儀正しいことこの上なく、誰にでも平等に優しい。
 城で働いている女性たちにとっては「結婚したい男ナンバー1」なのだそうだ。曰く、絶対に浮気はしないタイプだからだとか。なるほど、と思う。恋愛と結婚は別だと言い切る女性らしい意見だ。
「カミュー殿、先日のこと、マイクロトフ殿は何かおっしゃってましたか?」 
 いつもの剣術の訓練が終わったあと、団員の一人がカミューに声をかけてきた。
「さぁ…特に何も聞いていないが」
「そうですか。いやぁ彼女がすっかりマイクロトフ殿のファンになってしまったようで。ああ見えて、けっこうマイクロトフ殿も女殺しなんですねぇ」
 ニヤニヤと笑いを浮かべつつ、仲間のもとへと戻っていく。カミューは小さくため息をつくと、遠く離れた場所で同じように団員の指導に当たっているマイクロトフを見た。
 どうもおかしい。
 あれからマイクロトフのことが気になって仕方ない。別に何があったというわけでもないというのに。
「カミュー、夕食を一緒にどうだ?」
 いつも一緒に食べているというのに、毎回律儀にマイクロトフはカミューに確認をする。誘いを断ったことなどないのだから、いい加減確認しなくてもいいのにと思う。
「マイク、聞いてもいいかい?」
 夕食は大食堂で各自好きな時間に取れる。向かい合わせに席を取り、カミューはマイクロトフにたずねた。
「何だ?」
「今付き合っている女性はいるのか?」
 いきなりな質問に、マイクロトフは食べていたものを喉につまらせた。苦しそうにごほごほと咳をするマイクロトフにカミューは水を手渡してやる。
「…っ…突然…何なんだ?カミュー」
「いや、前から一度聞いてみたいと思っていたんだ。で、どうなんだ?」
「……付き合っている女性はいない」
 ナプキンで口元を拭いながらマイクロトフが律儀に答える。お前に関係ない、ということだってできるだろうに。
「そうか。じゃあ好きな人とかはいるのかい?」
 にっこりと笑いながら容赦ない質問を続けるカミューを、マイクロトフは恨めしげに見る。しかし聞かれたことにちゃんと答えないのは騎士道精神に反するとばかりに、しばらく考えたあとで答えた。
「いないことはない」
 その答えにカミューはまじまじとマイクロトフを眺めた。
 好きな相手がいるのか…。そりゃまぁおかしなことではない。というか、いない方がおかしいくらいか。そこまで考えてカミューは自分にだってそういう相手がいないことに気づき、自嘲する。
「相手は誰だ、と聞かないのか?」
 今度は逆にマイクロトフの方が尋ねてくる。その意外な切りかえしに、カミューの方が戸惑ってしまう。
「……聞いたら…教えてくれるのかい?」
「いや、教えない」
 何だ、それは、とカミューが笑う。つられて微笑んだマイクロトフがナイフとフォークを置いた。そして神妙な顔つきでカミューを見つめる。
「もしちゃんと教えたら、協力してくれるか?カミュー」
「それは…相手にもよるな。マイクが幸せになれる相手なら、協力は惜しまないよ」
「そうか」
 で、誰なんだ?カミューは言いかけたが、やめた。さすがにそこまで聞くのはずうずうしすぎるかと思ったのだ。
 マイクロトフもそれきりこの話題には触れなかった。
 いったいどうしたというのだろう?
 マイクロトフだって真面目だけの男じゃないと分かっただけなのに、何となく裏切られたような気がしてならない。好きな相手がいることにも、どこか傷ついている自分がいる。
 結局何とも説明のしようのない気持ちのまま、カミューはマイクロトフと食事をすませ、そのまま深夜まで酒を酌み交わした。先に酔ったのはカミューの方だった。
「大丈夫か?カミュー」
「ああ…マイク、お前は本当はずいぶん酒に強いんだな…今まで隠していたのか?」
「隠していたつもりはないが…危ないな」
 足元をもつれさせたカミューの腕をマイクロトフが掴む。
「少し酔いを覚ました方がいい。カミュー?表に出よう」
 そうだな…とうなづいてカミューが裏庭へと歩き出す。こんな風に酔ったのは本当に久しぶりだ。いつも理性を無くさないように気をつけている。何もかも忘れて酔うのは騎士道に反すると、どこかで思っているのかもしれない。
 こんなに酔ったのは嫌なことがあったからか?
 嫌なこと?マイクロトフの本当の姿が見えてきたから?それが自分の想像と違っていたから?
「カミュー?顔色がよくないな…気分は?」
「大丈夫だ…」
 差し出されたマイクロトフの手を逃れ、カミューは庭にある東屋に腰を降ろした。澄んだ空気を思い切り吸い込む。石の柱に頬をつけ、カミューは目を閉じた。
「カミュー?」
 いつもの優しいマイクロトフの声。
 だけど、知らない人間だ。
 カミューよりもずっと酒が強くて、女性から好意を寄せられ、その気になれば商売の女だって抱ける。
「カミュー…」
 名前を呼ばれ目を開けると、すぐ目の前にマイクロトフがいた。
 なにを…?と問いかけるよりも早く、唇が重なった。
 あまりに突然のことで、カミューは大きく目を見開いたまま、自分が今なにをされているのか、酔いの回った頭で必死に考えていた。
 キス…されてる?
 時間にすれば、ほんの数秒だったに違いないが、カミューには何時間にも感じる瞬間だった。
 やがてマイクロトフが唇を離した。
「……」
「……」
 マイクロトフが困ったように視線を外す。
「マイク…?」
「すまない…突然。その…さっき言っただろう?」
「なに?」
「俺が幸せになれる相手なら協力は惜しまないと…」
 いったい何を言っているのだろう?
 カミューは混乱していた。当然である。今まで何人もの女性とこの手の雰囲気になって自分からキスしたことはあったが、まさか同性から、しかもマイクロトフからキスされるなんて、天と地がひっくり返っても起こることはないと思っていたのだ。
「マイク?何のことだ?」
「だから…俺の幸せがお前だとしたら、協力してくれるのだろう?」
 マイクロトフがカミューの肩をつかむ。目がうつろで怪しい。
「ちょ、ちょっと待て。マイク、もしかして酔ってるのか?」
「酔ってない。いや…酔ってるのかな…じゃなければこんなこと言えないしな…」
 マイクロトフはカミューの足元に跪くと、顔を上げて真っ直ぐにその目を見詰める。
「好きなんだカミュー…お前のことが」
「………」
「すき…だ…」
 ずるりとマイクロトフの身体が傾いだかと思うと、カミューの膝に頭を乗せ眠り込んでしまう。あっけに取られたカミューは次の瞬間、怒りが爆発した。
「マイクっ!こんなところで寝るんじゃないっ!」
「ん…」
 いくら肩を揺すってみても起きる気配がない。
 やはり酒が強いわけではなかったのだ。どうもおかしいと思っていたら、すでにすっかり出来上がっていただけだったのだ。
 それにしても。
 自分の膝に頭を乗せて眠りこけているマイクロトフに、カミューはほとほと困っていた。
 いったいさっきのは何だったのだろう?
 好きだと?
 おまけにキスまでされてしまった。
 まさか本気…なわけはないか。
 カミューはそっとマイクロトフの髪に触れてみる。
「好き…か」
 どういうわけか嫌な気はしなかった。
 いやむしろどこかで喜んでる自分がいなかったか?
 カミューは慌てて手を引いた。
 今ごろになって顔が火照ってくる。まるで何も知らない十代の子供みたいに。
 自分の気持ちをどう整理していいか分からず、カミューは小さくため息をついて目を閉じた。
 とにかく、こんな勝手にキスされて、一方的に告白されて、おまけに自分の気持ちをかき乱すだけかき乱して、さっさと眠ってしまうなんて許せない。
「マイク…この罪は重いぞ…」
 気持ち良さそうに眠るマイクロトフにカミューは楽しそうに微笑んだ。

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