The Change 2



 フリックとカミュー。
 突然に女の身体になってしまった二人には、まだまだ災難が降りかかるのである。
 それは、入浴時間に起こった。
「あー今日は一日真面目に訓練に付き合ったから汗でびっしょりだ。いろいろあって何だか疲れたし、さっさと汗を流して寝る」
 食事のあと、フリックがタオルを手にビクトールを風呂に誘った。それは普段と何も変わらない日常のひとコマだったので、ビクトールもそうだなとうなづいて連れ立って部屋を出た。
 しかし、大浴場へと向かう途中ではたと気づいた。

(ちょっと待て、フリックって今、男じゃないんだよな……)

 いや、正確には男ではあるが、身体は女というのが正しい。
 少し先を歩くフリックの後ろ姿は、薄い肩や細くくびれたウエストなど、どう見ても女性のそれであり、ビクトールは慌ててフリックの肩を掴んだ。
「おい、やっぱりやめよう。そりゃまずいだろ」
「何が?」
「何がってよ〜」
 お前は今自分がどういう状態なのか分かってンのか、と怒鳴りたくなったビクトールだ。だがビクトールが何を言っているのか分からないといった様子のフリックは、いつものように大浴場の番台に座っているテツに、いつものように片手を上げた。
「よぉ、今日の風呂は何だ?」
「今日はジャングル風呂だ。ほかほかになってき……ちょっと待った!!!!」
 入口にかけられた暖簾をくぐろうとしたフリックに、テツが待ったをかけた。
「?」
「おいおい、そっちは男湯だ。間違えちゃ困る」
「え……」
 フリックは呆然と立ち止まり、テツとビクトールの顔を交互に眺めた。そして自分の身体を見下ろす。そこにあるのは女性の印でもある豊かな胸。そこでやっと今の自分の状態を思い出したのか、フリックの顔色が変わる。
 テツはやれやれというように渋い顔をできっぱりと言った。
「フリックよぉ、あんた不幸な事故で女になっちまったんだってな。まったく運が悪いというか何というか。いや、そりゃお前さんのせいじゃないってことは分かってるがな、だが、そんなでっかい胸をしたまま男湯に入るってのは以ての外だ!」
「だ、だけど、俺は男だぞ!!!女湯に入るわけにはいかないだろうがっ!!」
 あんまりなテツの言い草に、フリックは真っ赤になって怒鳴った。
 そりゃあ確かに身体は女かもしれない。だが、フリック自身は以前と何も変わらない正真正銘の男なのだ。女湯に入るなんてどう考えてもおかしい話だ。テツもうーんと唸ってしばらく考えていたが、やがてぼそりと言った。
「でもよ、女の身体で男湯に入られて、万が一間違いがあっても困るしよぉ」
「ま、間違いぃ〜???????」
 思わず声が裏返るフリックである。
 間違いってのは何だ???いったい誰が自分を襲うというのだ?そう考えて、フリックは隣にいる男に視線を向けた。
「お、おいおい、何で俺を見るんだ」
 ビクトールがよせよ、と思わず身を引く。
「そういうことをしそうなのはお前しかいない」
「あのなぁ」
「ま、そっちの旦那もしそうだが、他の連中もなぁ…お前さんに不埒な真似をしてもおかしくねぇからな。悪いが、女になっている間は大浴場には出入り禁止だ。俺の風呂でそういう間違いはあっちゃ困るんでな」
 
(ひどい……)

 今日は疲れたので、広い風呂でゆっくりと汗でも流そうと思っていたのに。身体は女かもしれないが、心は男なのだ。男連中に身体を見られたところで、別に恥ずかしくも何ともない。
 乳が見たけりゃ好きなだけ見ればいい。見られて減るものでもあるまいし、と息巻くフリックにビクトールが肩を落とした。
「いや、恥ずかしいのは周りの連中の方だしよ、ここはテツの言うとおり、大浴場は諦めて部屋の風呂にしておけ、な」
 ビクトールがぽんぽんとフリックの肩をたたく。
 そろそろ大浴場も混みあう時刻である。ぞくぞくとやってくる城の住人たちは、風呂の入口で立ち尽くすフリックをちらちらと眺めていく。
 いったいどっちに入るつもりなのだろう、という無言の責め苦に、とうとうフリックも諦めた。
「………わかったよ。しばらくここには来ない。邪魔したな」
 見るからにがっくりと肩を落とすフリックに、テツは悪いなぁと頭をかく。とぼとぼと今来たばかりの通路を後戻りするフリックにビクトールが殊更明るく話し掛けた。
「フリック、あんまり考え込むなよ。すぐに元に戻るんだからよ」
 すぐに元に戻るなどと根拠のないことを軽々しく口にするな、とフリックは八つ当たり気味に毒づく。さっきも医務室を訪れてメイザースの様子を見てきたのだが、まったく目を覚ます気配はなかった。
 本当に元に戻るんだろうか。もしこのままずっと女のままだったらどうしよう。さすがのフリックも、そんな想像にぞっとする。別に女性のことを差別してるとか、そういうことではなくて、この世に生まれてから今までずっと、男として生きていきたのだ。それを今さら女として生きていけるはずがない。
男に戻りたい。
今のフリックの願いはそれだけである。
思いつめたフリックにビクトールが明るく声をかける。
「大丈夫だ大丈夫だ。もしお前が女のまんまなら、俺が責任を取ってちゃんと嫁にもらってやっからよ」
「責任って何だ!!!!お前のせいで俺は女になったのか!?え?」
「いやいや」
 それは言葉の綾だ、とビクトールが手を振る。いつもならこんな突っかかり方はしないフリックなのだが、やはり神経がぴりぴりしているのだろう。ビクトールが何か言うたびに、いちいち揚げ足を取ってはからんでくる。
 まぁまぁとなだめるように細い肩を抱き、とりあえず部屋の風呂でゆっくりしろや、とビクトールが笑った。
「くそー。何で俺がこんな目に」
「ほんと運が悪いよなー」
「………」
 フリックは肩に回されたビクトールの腕の重みに眉をしかめる。今までこんな風に肩に腕を回されても重いだなんて思ったことはなかった。おまけに何だかいつもよりもずっと身体を引き寄せられているような気がする。それはフリックの身体が細くなってしまったせいだ。それに気づいたフリックは、おもむろにビクトールの手首をつかみ、ぐいっと上にあげた。
「お?」
「言っておくが、俺を女扱いしたらただじゃ済まさねぇからな」
 凄んでみせるフリックにビクトールが笑う。
「俺がいつお前を女扱いしたよ」
「……したら、の話だ」
「分かった分かった。分かったから、そう恐い顔して睨むんじゃねぇよ」
 可愛い顔が台無しじゃねぇか、と言いかけた言葉を何とか飲み込むビクトールである。そんなことを言ったら紋章が落ちるくらいではすまないだろう。
 フリックはふんとそっぽを向くと、自室へ向かってずんずんと歩き出した。ビクトールはやれやれと苦笑しつつ、そのあとをのんびりと追った。途中、ふと思いついてマイクロトフとカミューの部屋を覗いてみることにした。フリックと同じように女になってしまったカミュー。おそらくカミューもくさっていることだろう。フリックの気を紛らわすためにも、ちょっと様子を見てみようと思ったのだ。フリックの腕を引き、ずいぶんと静まり返った二人の部屋の前に立つ。
「ずいぶん静かだな」
 そっと扉に耳を当て、ビクトールが首を傾げる。二人はレストランにも姿を見せなかったし、部屋に篭もったきりだ。いったいどうしたんだろう、と少しばかり心配にもなろうというものだ。
 女になったと分かった時のカミューのとんちんかんな言動を見ていれば、別の意味で心配にもなるのだが、まぁそんなことはどうでもいい。
「おーい、マイクロトフいるかぁ?」
 どんどんっと荒っぽく扉を叩き、ビクトールが中にいるであろう二人に呼び掛ける。しばらくしたあと、どこか遠慮がちに扉が開いた。
「ビクトール殿………」
 顔を覗かせたマイクロトフは疲れきった様子だった。
「おいおい、どうした。湿気た顔してるじゃねぇか。ちょっと邪魔するぜ」
 傍若無人にずかずかと中へ入ったビクトールは、不機嫌を隠そうともせずに椅子に座ってそっぽを向いているカミューに声をかけた。
「よぉ、カミュー。何て面してんだ。お前が女になったくらいで落ち込むなんてなぁ」
「別に落ち込んでなんていませんよ」
 何の断りもなくカミューの目の前に腰を下ろしたビクトールに、カミューは肩をすくめた。
「ずっと女でいるわけじゃあないでしょうし、メイザース殿が目覚めれば、何とかしてくださると思いますからね。でも少なくともあと数日はこのままなんですよっ!!!」
「そ、そうだなぁ」
「それなのにこんな身体で……」
「ああ?何だ、お前まだ胸がないのが気にいらねぇのか?」
 呆れたようにビクトールが苦笑を洩らす。どれどれと手を伸ばし、見た目ではほとんど膨らみのないカミューの胸に触れたビクトールは、なるほどなぁと頬を引きつらせた。
「あー、ま、確かに男の時とほとんど変わってねぇなぁ、こりゃあ」
「ビクトール殿っ!!!!勝手にカミューの胸に触らないでくださいっ!」
 マイクロトフが慌ててビクトールの腕を振り払う。
「お前なぁ、別に男同士で胸に触ったからってそんな目くじら立てなくても……」
「あなたの触り方はやらしいんですよっ!!」
「おいおい」
 お前じゃあるまいし、カミューのぺちゃんこの胸に触ったからって欲情なんてするかよ、とビクトールは心の中で反論した。ビクトールに胸を触られたカミューは自暴自棄気味に言った。
「フリックさんもビクトールさんに胸を触られないように気をつけてくださいね、そのままおかしなことになっても困りますし」
「あのなぁ……おかしなことって何なんだよっ」
 フリックが顔を赤くしてカミューを睨む。どうも胸があるということで、カミューからの風当たりがきつい気がしてならない。こんなどうでもいいことで拗ねるとは、カミューもたいがい子供っぽいと溜息が洩れる。
 しかしカミューにとっては一大事なのである。別に胸がないことが、ではない。マイクロトフが胸の大きい女性が好きで(これもある意味勝手な思い込みなのだが)、フリックの胸に見惚れていたということが問題なのだ。落ち込まずにはいられないではないか。
「そんなにでかい胸がいいなら、こいつに手伝ってもらえよ」
 ビクトールがニヤニヤ笑いながらぽんとマイクロトフの肩に手を置いた。
 怪訝そうなマイクロトフには構わず、ビクトールはあっけらかんと言った。
「お前の大好きなマイクロトフに、胸を揉んでもらってでかくしてもらうってのはどうだ?けっこう効果があるって聞いたことはあるぜ。本当かどうか試してみろよ」
「ビ、ビクトール殿っ!!!!!」
 マイクロトフが真っ赤になって怒鳴る。いろいろと想像をしたのか、それともあまりにも下品な物言いに憤慨しているのか、マイクロトフは今にもダンスニーで斬りかかってきそうな勢いである。
「ははは、そう怒るなって、ちょっとした冗談じゃねぇか」
「貴方って人は……っ」
「なるほど、そういう方法もあるわけか」
「カミューっ!!!」
 小さなつぶやきにフリックが我慢ならんとばかりに声を上げた。ビクトールといい、カミューといい、この大変な時にどうしてこんな馬鹿なことばかり口にできるのか。緊張感が足りないと情けなくもなる。四人が何ともしがたい雰囲気に黙り込んだ時、軽いノックの音と共に、リーダーのディランが顔を覗かせた。
「あ、こんなところにいた。フリックさん、カミューさん、ちょっとお話が」
「何でしょう?」
「何だ?」
 にこにことしたディランに、一抹の不安を覚え、身構える。この若き盟主は、時々突拍子もないことを言い出すことがあるので、侮れないのだ。ディランは笑顔のまま二人に告げた。
「あのですね、お二人の部屋のことなんですが」
「部屋?」
「えっと、今はフリックさんはビクトールさんと、カミューさんはマイクロトフさんと同室なんですけど、しばらくの間は、フリックさんとカミューさん、ビクトールさんとマイクロトフさんのペアに変えようと思うんです」
「………何で?」
 きょとんと首を傾げる二人に、ディランは言いにくそうにビクトールとマイクロトフを見た。
「えーっと、これは俺の意見じゃなくてシュウさんの意見なんですけども、お二人は今は計らずしも女の身体になってしまったわけで、その状態のままビクトールさんとマイクロトフさんと同室にしておくのはまずいんじゃないか、と」
「それは……身体が女だからか?あのなぁ、言っておくが別に心まで女になったわけじゃないんだぞ。別に何も変わらないだろうが」
 わざわざ部屋を変えなくてもいい、と言うフリックに、ディランがさらに言いにくそうに口を開く。
「まぁそれはそうなんですけど、でもシュウさんが言うには、『ただでさえ戦力不足の時に、子供でもできて産休を取るなどと言い出されてはかなわないからな』って。確かにそれもそうだなぁって納得できるというか何というか……」
「子供〜っ!?」
 素っ頓狂な声を上げ、フリックがぱくぱくと口を開く。カミューもこれには言葉をなくしたようで、無言のまま固まってしまった。
「ビクトールさんもマイクロトフさんも、そこまで節操ないかなぁってちょっと疑問にも思うんですが、でもまぁ女になっちゃった二人は確かに綺麗だし、同じ部屋にいたらそういうおかしな気になっても仕方ないだろうし、だからそういうことになる前に、物理的に距離を置けば問題ないかなって。あ、もちろん元に戻ったら部屋も元に戻しますから安心してくださいね」
 じゃあよろしくお願いしますね、とディランは言い残し、さっさと部屋を出て行った。
 フリックはがくりとその場にしゃがみこみこんだ。
「子供……子供……?何で俺に子供なんて……」
「まぁ、ビクトールさんならやりかねませんからね」
 しれっと言い、カミューがマイクロトフへと視線を移す。
「お前も時々押さえが効かなくなるからな、ディラン殿の言う通り、しばらくは部屋を別にした方がいいかもしれないな」
「何を言う!カミュー!!俺はそんな自制心のない男ではないぞっ!!!!」
「どうだか」
 力説するマイクロトフを、カミューはばっさりと一言で切り捨た。そして、床に手をつき、ぶつぶつと怪しげな言葉をつぶやいているフリックの腕を引き上げた。
「さぁフリックさん、今夜から私は貴方の部屋で休ませていただきますからよろしく。あ、ビクトールさん、あとで荷物を取りにきてくださいね」
「え、本当に変わるつもりかよ、別にそこまでしなくても」
「じゃあお聞きしますが、同じ部屋にいて、フリックさんに何もしないと誓えますか?」
「……う……」
 うーんと考え込んだビクトールである。今まで普通に男であったフリックに対しても、そういう気になっていたのだから、これが身体が見事な女性となってしまってはさすがに大丈夫だと言い切ることができない。考えこむビクトールに、フリックがばっと顔を上げる。
「お前っ!やっぱり何かおかしなことを考えていたのかっ!!!」
「いや、でもまぁ、何ていうかなぁ」
 すでにフリックと深い仲になっているビクトールだが、元来女が嫌いなわけではないのだ。フリックがたまたま男だったので、そういうことになってしまっただけである。だから、フリックがそのまま女性の身体をもってしまったとなれば、さすがに黙ってみているだけではもったいないかなぁと思うのも仕方がないことで。
 もごもごと言い訳をするビクトールに、フリックが怒鳴る。
「このケダモノっ!!!!俺がこんなに状態で困っているっていうのに、お前はそんなことを考えていたのかっ!!!」
「そう怒鳴るなって、しょうがねぇだろ、別に普通にしてたって、その気になる時はなるもんだしよぉ」
「信じられない……」
 フリックは頬を引き攣らせ、むんずとカミューの腕を掴むと「しばらく近寄るな」と言い放ち、部屋を出て行った。
「ビクトール殿、あなたって人は………」
 マイクロトフが情けない、というように部屋に残されたビクトールを恨みがましく見つめた。この非常事態に、まさかそんな不埒なことを考えていようとは。同じ仲間として本当に情けない。
「まぁそう言うなって」
 まったく懲りていない様子のビクトールに呆れる反面、さすが大物だと感心もしてしまう。深い溜息をつくマイクロトフに、のんびりとビクトールが言った。
「ま、あの二人も相当ぴりぴりしてるから、少し離れていた方が、こっちも余計なとばっちりを受けなくて済むだろ。それにお前だってあんなカミューと同じ部屋にいたら、それはそれで、けっこう困るだろうが」
 にんまりと笑うビクトールを、マイクロトフが一睨みする。
 確かに今のカミューはいつもより余裕がなく、フリックにはある胸が自分にはないということで落ち込んでいるようだし、あまり近寄らない方がいいのかもしれない。それに、確かにあのように綺麗になってしまったカミューがそばにいて、手を出さないでいる自信もない。そう思うと、ビクトールのことを責められた義理でもないと反省するしかない。
「とりあえずしばらくの間、こっちでやっかいになるぜ、よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
 生真面目に頭を下げるマイクロトフを横目に、ビクトールは「こいつと二人で寛げるだろうか」、と少しばかり不安に思うのであった。

 一方、運悪く女性の身体になってしまったフリックとカミューは、同じ境遇を持つ者同士、和やかに話をしていた。もともと仲は良い方なので、同じ部屋で過ごすことにも特に違和感も抵抗も感じたりはしなかった。
「フリックさん、女性の身体になるっていうのは、何ていうか不思議な感じがしませんか?私もフリックさんもそれほど大柄な方ではありませんし、力も強い方ではありませんが、女性になるとこれほど力がなくなるとは」
 今夜は飲み明かそうと決めた二人である。部屋に買い置きしてあったワインを飲むためにコルクを抜こうとしたカミューだが、以前なら簡単に開けることができたのに、これがなかなか開かなかったのだ。見かねてフリックが手を出した。
「貸せよ……あれ、開かないな……くそっ」
 それでも何とかコルクを抜き、あとは煽るようにワインを飲み干す。二人とも酒には強い方なので、今夜は自棄酒とばかりに次々に瓶を空けていった。
「だいたい何で俺がこんな目に合わなくちゃならないんだよ……運が悪いにもほどがある」
「まったくです。貴方と一緒にいるだけで、私までこんな目に合うなんて」
「おいこらっ!全部俺にせいにするなよっ」
「まぁそうですね。今回ばかりはメイザース殿を恨まないわけにはいきません」
 カミューは、はぁと物憂げな溜息を落とした。床の上に座り込み、火照った頬をぺたりとベッドにくっつけて目をつぶるカミューは、フリックから見てもどきりとするほどの美女ぶりで、目が釘付けになってしまう。
「フリックさん」
「え、ああ?」
「もしビクトールさんが、女になった貴方と寝てみたいって言ったら、どうしますか?」
「………っ!!!!!!」
 思わず口にしていた酒を吹き出したフリックは、真っ赤になってぐいぐいと濡れた口元を拭った。
「お、お前っ!何を考えてるんだっ!!!そんなこと……っ」
「そりゃ考えますよ。だってよく考えてみてください。メイザース殿のおかしな魔術のせいでこんな身体になってしまって、そのうち戻るだろうとみんな言ってますが、そんなことどうなるか分からないじゃないですか」
「う……」
「もしこのままずっと女の身体のままだったら?この身体のまま、貴方はビクトールさんと、私はマイクロトフと付き合っていかなくてはならないんですよ?」
「だ、だから何なんだよ」
 口篭もるフリックをカミューはじっと見つめた。
「ですから、そうなったら覚悟しなくてはならないでしょう?」
「覚悟……って?」
 ごくりとフリックが喉を鳴らす。頼むからその先は言わないでくれ、と願ったが、カミューは何の衒いもなくその言葉を口にした。
「女の身体のままセックスするのって、どうなんでしょうねぇ」
 はぁーと肩を落とすカミューをフリックは恐ろしいものでも見るかのように凝視した。
 よくこの状況でそんなことが考えられるものである。もとよりこのまま女のままでいることなど想定していないフリックである。女の身体のままビクトールと何かすることなんてありえない話なのである。
「……フリックさん?」
「俺は絶対に元に戻るからな」
「私だって元に戻りますよ。でも……」
「でも?」
 カミューは身体を起こすと、どこか妖しげな笑みを浮かべてつぶやいた。
「ちょっと興味ありますよね。どんな感じなんでしょうねぇ。やっぱり身体の構造が違うといろいろと違うんでしょうね」
「……お前な、女になったショックで頭までおかしくなっちまったんじゃないのか?」
「マイクロトフの子供かぁ……」
 フリックの言葉などまったく聞いちゃいないようで、カミューはぽつりとつぶやく。そのひとことに、フリックは頭がおかしくなりそうになった。
 子供?子供だなんて!そんな恐ろしいことをよく考えられるものである。
 フリックだって28歳の成人男子として、どうすれば子供ができるかくらい分かっているし、ビクトールが相手ではあるが、そういう行為だってしている。けれど、だからといってどんなに頑張っても子供はできない体である。男なのだから。
 けれど、今は不本意ながらも女の身体になっており、もしそういうことをしてしまったら、下手すれば本当に子供だってできてしまうことになる。だからといって、そんな想像をしてどうするのだ!
「冗談じゃない……」
 そんなこと考えたくも無い。まったくもって冗談じゃない。カミューは何やらよからぬことを想像してそうだが、フリックはそんなことは真っ平ごめんである。
 フリックは両手でがっしりとカミューの肩をつかんだ。
「カミュー、言っておくが、おかしなことをするなよ。早まるんじゃないぞ。俺達はこんな身体にはなってるが、れっきとした男なんだからなっ!」
「分かってますよ」
 怪しい……と口にはせずに、フリックは思った。
 同じ頃、ビクトールとマイクロトフも同じような話題で酒を飲んでいた。交易の際に大勢で一緒の部屋になることはあっても、こうして二人きりになるのは初めての二人である。がさつなビクトールと生真面目なマイクロトフ。水と油ほども違う二人ではあるが、微妙に噛みあわない感じが逆に心地良い空気を生んでいた。
「それにしても美青年ってのはやっぱり女になっても綺麗なもんだよなぁ。ちょっとこう…くらっときてもおかしくはねぇよな」
 酒の肴代わりのチーズを口へ運びながら、ビクトールはうーんと腕を組んで低く唸った。
「ビクトール殿、まさか本当に……その……フリック殿と……」
「おう、ちょっと試してみたいじゃねぇか。あんな可愛いフリックと…なんて考えるだけで興奮するよな」
 何を想像してか、へらりと笑ってビクトールが酒を飲み干す。確かに女になってしまったフリックはたいそう可愛く見えたのだが、中身は何も変わってはいないのだ。もっとも、男であろうと好き勝手手を出しているビクトールだから、今さらそんなことは気にしないのかもしれないが。
「ちょっとだけやらしてくれねぇかな」
「………フリック殿は絶対にそんなこと許してくれないと思いますが」
「そうだよなぁ、あいつはそういうところが固いんだよな」
 いや、それが常識的な考えだろう、とマイクロトフは胸の中で突っ込んだ。いくら恋人同士だからといっても、こんな状況で邪まな考えを持つなど、やはり人としてどうかと思うのだ。それに、マイクロトフにとって、カミューは男であるからこそカミューであって、女性の身体になっているカミューは仮初の姿でしかないのだ。そんなカミューを抱きたいと思うことは、カミューに失礼なことではないかと、マイクロトフは思うのだ。
「はー。お前さんは真面目だねぇ。もしかして、カミューの胸が小さいからその気になれねぇとか?」
「なっ!!!!馬鹿なことを言わないでくださいっ!!!俺は別にっ!!」
「それに比べてフリックのあの巨乳ぶりはどうだよ。はーたまらんねー」
「ビクトール殿!!!カミューは確かに貧乳かもしれませんが、フリック殿よりもずっとずっと綺麗ですし、だいいち、俺は胸の大きさなどどうでもいいんですっ!!!」
 思わず力説したマイクロトフだが、でももう少し胸があれば…とつい思ってしまった。そしてそう思ったことに落ち込むマイクロトフである。ビクトールはがしっと太い腕をマイクロトフの肩に回すと、ひそひそと耳元で囁いた。
「マイクロトフ……やっぱりちょっとだけ味見してみようぜ。な、こんな機会は二度とねぇんだからよ。女になっちまったフリックと……お前さんはカミューとだな、キスの一つくらいは試してみてぇじゃねぇか。ああ?」
「……そ、そりゃあキスくらいは……って別に女じゃなくても、俺は……」
「そうだろ、そうだろ。あんなに綺麗になっちまったカミューとなら、ちょっと試してみてぇだろ?」
「う……」
 想像をしてみて、マイクロトフは顔を赤くした。
 もともと男にしておくにはもったいないほどに整った顔立ちをしたカミューである。それが女になったら、絶世の美女といっても過言ではないくらいに変身してしまったのだ。
 もしそんなカミューにくちづけをして、この腕に抱き締めることができれば、それは本当に天にも昇る気持ちだろうと思う。思うが。
「ビクトール殿……俺はまだカミューに燃やされたくありません」
「……確かにあいつは容赦がねぇからな」
 恋人に対しても滅法厳しいカミューである。確かにおかしなことをすれば紋章で燃やされてもおかしくはないだろう。
「ま、お互い頑張ってみようぜ。こんなチャンスは二度とねぇんだ。元に戻る前に、一回くらい味見させてもらおうぜ」
「…………」
 こんな状況だというのに、どうしてこう緊張感がない男なのだろう、とマイクロトフは心底ビクトールのことが羨ましくなった。そしてこんな時でも欲望を押さえられない男の性に悲しくなるのであった。


                                        3へ続く




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