The Change 3


 眠れぬ夜を過ごしたフリックは、朝目覚めたら昨日までのことは夢でした、という展開にならないかと期待をして自分の身体を見下ろして、深い溜息をついた。
 期待も空しく、見下ろした自分の身体はどこからどう見ても女性のものであった。隣で眠るカミューをこっそり盗み見たが、彼もまだ女性のままのようであった。
「………」
 はぁと溜息をついて、フリックはよろよろとベッドを降りると汗を流そうと風呂に向かった。小さいながらも部屋に備え付けられた風呂のおかげで、誰に見られることなく汗を流すことができる。このときばかりは部屋風呂に感謝したい気持ちだった。
「まったく……何で俺がこんな目に……」
 昨日から何度目になる台詞だろうか。
 言っても仕方がないことだと分かっていても、言わずにはいられない。フリックはなるべく自分の身体のあちこちを見ないようにしながら、ばしゃばしゃと乱暴に洗い流すと、バスタオルを手に浴室を出た。
 その時、廊下へと続く部屋の扉が開き、ビクトールが顔を覗かせた。
「お、起きたのか」
「おう、おはよ…う…っ…」
 ビクトールは目の前のフリックが惜しげもなく晒している裸体に目を見開いた。今まで男だったから別に裸を見てもどうということはなかったが、今は完全な女の身体になっているのである。豊かな胸を見せつけるようにして立っているフリックに、ビクトールは柄にもなく赤くなった。
「お前なー、もうちょっと慎みってもんを持てよっ。隠せよ!!」
「何を?」
 朝っぱらかうるせぇやつだとフリックが眉をしかめた。そしてビクトールの視線が自分の胸元にあることに気づくと、うんざりと肩を落とした。
「……お前な、俺の胸なんか見て欲情するなよ」
「するに決まってるだろっ」
 言うが早いか、ビクトールは片手でフリックの身体を抱き寄せ、その濡れた首筋に顔を埋めた。あっという間のことにフリックは逃げることができなかった。いつものフリックなら、思い切り突き飛ばすこともできただろうが、女の力ではそれも敵わない。
「うわっ……、馬鹿、離せよっ!!!」
「フリック……お前、ほんとに別嬪だよなー。おまけにこんな立派な胸ができちまってよー」
 ビクトールの指先が細いウェストから胸元へと滑る。たっぷりとした質量のある乳房を確かめるような手の動きに、フリックは慌てる。何とも妙な感触がして、焦ったのだ。今までなかった胸を掴まれ、ふにゃりと肉が撓んだ。生まれて初めての感触に、かーっと頭に血が昇る。
「ビクトールっ!!!!お前、ふざけんのもいい加減にしろよっ」
「ふざけてなんかねぇぜ……なぁ、フリック、ちょっとだけ……」
 ちょっとだけ何だというのだ!今までも何度もこんな風に抱き寄せられて不埒な行為へとなだれ込んだことはあるが、今回ばかりはそうそう簡単に流されるわけにはいかない。何しろ、今フリックは女の身体になっているのだから!
 産休なんてまっぴらごめんである。
「いい匂いだなぁ、フリック」
 うっとりとしたようにビクトールがフリックの肩先で鼻を鳴らす。ビクトールもまた、妙な高揚感に襲われていた。今までそんなことを感じたことはないが、こうして腕の中に抱き締めているフリックの身体からは、女性特有の甘く柔らかな匂いがしているような気がして、それが男の本能を刺激してしょうがないのだ。
 腕の中にすっぽりと納まってしまうフリックは何と可愛らしいことか。
「フリック……」
「てめぇ……いい加減に……っ」
 フリックの身体から怒りのオーラが立ち昇ったその時、だんっと嫌な音がビクトールの耳元を掠めた。ちらりと横目で壁を見ると、そこには見事な輝きを見せるユーライアが突き刺さっていた。耳元を数ミリという距離で振り下ろされたカミューの愛剣に、さすがのビクトールもごくりと喉を鳴らした。
「……ビクトール殿、朝っぱらからおかしな真似をしないでください。フリックさんも、仮にも今は女性なのですから、少しは慎みを持って、裸体を無闇に男性の前に出したりしないようにしてください」
「は、はい…」
 寝起きのカミューはいつも機嫌が悪いが、見せつけるのように剥き出しになっているフリックの豊かな乳を目にして、さらに機嫌が悪くなったようである。
 フリックは乱暴にビクトールの身体を押し退けると、手にしていたタオルで胸元を隠し、さっさと出て行けと一喝した。ビクトールもしぶしぶ部屋を出た。
 部屋を分けると言われた時は、そんな大袈裟なと思ったフリックだが、あの様子では、もし本当に同じ部屋になっていたら、有無を言わせず犯されていたかもしれない。
「……情けない」
 本当に相棒として情けないと、大きく溜息をつくフリックである。
 とりあえず朝食を取って、そのあとでメイザースの様子を見に行こうといくことになり、フリックはカミューと二人してハイ・ヨーのレストランへ出向いた。昨夜と同様にレストランにいた人間はフリックとカミューにちらちらと遠慮がちに視線を向ける。
 男だった二人が急に女になってしまった珍しさはもちろんだが、何しろどちらもしゃぶりつきたくなるような美女なのである。同盟軍には綺麗な女戦士も多いが、フリックたちの美しさは比べ物にならない。男連中は羨望の眼差しを、そして女連中は妬みの眼差しを、二人に投げかけているのである。
「……なぁ、俺たちいったいどうなっちまうんだろうなぁ」
 はーっと物憂げな溜息を落とすフリックを、カミューは冷ややかに見つめた。
「往生際の悪い人ですね。そうなったらそうなった時です。男にできて女性にできないことなど、今の世の中何もありませんよ。今までと同じように、剣を手に、戦いの場に出ればいいだけのことです。何も変わりません」
「…そりゃまぁそうだけどよ……俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて……」
 確かに、女でもちゃんと戦うこともできるし、下手すれば男よりもずっと強い女もいる。けれど、だからといって、はいそうですか、と今までの性を捨てられるかといえば、話は別である。
 何よりビクトールのことがある。
 相棒として隣に立ちたいと思っているのだ。
 互いに信頼して、助け合い、同じ高さで同じ未来を見つめたいと思っていたのだ。そりゃあ男じゃなければできないってことではないだろう。けれど、やはり女性では一方的に守られる立場になるような気がして、どうにもやるせない気になるのだ。
 そんなことを口にすれば、同盟軍に数多いる女性戦士たちに説教されるであろうが。
「大丈夫ですよ、そろそろメイザース殿も気がつかれる頃でしょう。ちゃんと元の身体に戻してくださいますよ」
 にっこりと微笑むカミューを、フリックは胡散臭げに眺めた。こういう妙な自信はどこからくるのだろうか。フリックは運の値が低いせいか、どうしても悪い方悪い方へと物事考えてしまう癖がついているのかもしれない。
「あーーーーっ!いたいた!!!!ひゃー。すっげーほんとに女になってるよっ!」
「うわっ!!」
 大声とともにフリックに背中から抱きついてきたのはシーナでだった。両腕を首の前でクロスさせ、子供が母親に甘えるかのように、フリックの顔を覗き込む。
「シーナっ」
「わー。声まで可愛くなっちゃって!フリックって女になると幼く見えるんだなー。すっげー可愛いー」
「可愛いって言うなっ!!!」
 顔を真っ赤にして怒るフリックだが、まったくその効果はない。むしろ可愛らしさが強調されたような感さえある。シーナは目の前のカミューへと視線を移すと、今度はあんぐりと口を開けて目を輝かせた。
「うっわー、カミューってば何て美人なんだ!!!うっそー。俺絶対にデートしたい!なーなー、俺とデートしてよ、カミュー」
「シーナ殿……」
 朝っぱらから騒々しいですよ、とカミューがやんわりと嗜める。いかに同盟軍広しといえど、ここまであからさまに二人に可愛いだの美人だのと言い放ち、あまつさえデートの申込みをすることができる人物はシーナをおいてはいないだろう。ふざけた物言いも、それがまったく嫌味ではなく、腹も立たしく感じられないあたり、シーナの人柄というべきか。
「お前な、俺たちは今は見かけは女だが、中身は前と変わっちゃいないんだぞ?どうしてデートしようなんて言えるんだ?お前の頭ン中はどうなってんだ?」
 フリックがシーナの手を振り解いて言うと、シーナはけろりとした顔で答えた。
「えー俺、可愛い女の子とデートするの大好き!だってさ、やっぱり見てて幸せになるよな!美人ってのはそれだけで存在価値があるよ、うん」
 世の女性たちが聞いたら差別だ何だのと激昂しそうな台詞だが、これもシーナが言うと怒る気も失せる。
「……体調は何ともないのか?」
 それまで黙って三人のやりとりを聞いていたハンフリーが低くつぶやいた。フリックとカミューはやっとまともな心配をしてもらえたとばかりに、大きくうなづいた。
「おかげさまで体調の方は何ともありません。ご心配いただきありがとうございます」
 カミューが丁寧に礼を言い、にっこりと微笑んだ。花も綻ぶような笑顔に、さすがのハンフリーも一瞬どきりとしたように見えた。それに敏感に気づいたシーナがハンフリーの腕をぐいと引いた。
「ハンフリー!もし俺が女になっちゃったらどうする?」
「………」
 そんなありえない仮定をしてどうするんだ、と思ったが、ハンフリーは口にはしなかった。シーナとの長い付き合いの中から、そんなことをいっても無駄だと分かっているからだ。
「俺、絶対可愛いぜ、フリックでもこんなに可愛くなったんだ。俺なら100倍は可愛い!」
「フリックでもって何だ!でも!ってのは!!」
 思わず突っ込んだフリックだが黙殺された。シーナはさらにハンフリーに詰め寄る。
「なーなー。あ、もしかして胸がでかくないと嫌とか?確かにカミューみたいに何もないのは寂しいよなぁ」
「……シーナ殿…」
 それまでの笑顔がすっと消え、カミューがじろりとシーナを睨んだ。今のカミューにとって胸の大きさは禁句なのである。そんなことは知らないシーナは、なおも「やっぱり胸が大きいってのはポイント高いよなー」などとつぶやいて、さらにカミューを落ちこまさせた。
「なーなー、俺が女の子になったら、お嫁さんにしてくれる?」
 へらりと笑うシーナに、こいつは本当に阿呆だな、とフリックは思わずあんぐりと口を開けた。どうしてそんな馬鹿話をのほほんと笑って話せるのか。いや、その馬鹿話を、女になってしまったフリックとカミューを前にしてよく話せたものである。自分には絶対にそんなことは起こらないと思っているだろうか。いや、シーナの場合、女になったらこれ幸いと、本当にハンフリーと結婚しそうな気がして笑えない。
 何も言わないハンフリーに、シーナは満面の笑みを浮かべて答えを促す。
「結婚してくれる?ハンフリー?」
「……ああ」
「お前も!真面目に答えるなっ!!!!」
 にこりともせずに答えたハンフリーにフリックが怒鳴る。ハンフリーだけはまともであって欲しいと願っているのに、臆面もなく恥ずかしいことを口にされて、フリックは身体の力が抜けてしまったような気がした。
「シーナ殿」
 カミューが目の前で馬鹿ップルぶりを見せ付けているシーナに声をかけた。
「確かにシーナ殿が女性になったらそれはそれは可愛らしいとは思いますが、もしハンフリー殿が女になったらどうするんですか?」
「え?」
 突拍子もないその言葉に、フリックもハンフリーも固まった。
 そりゃあ確かにもし運が悪けりゃハンフリーが今回の事件に巻き込まれて女性になっていたかもしれないのだ。あのハンフリーが女性に!?
 想像して、フリックは頬を引き攣らせた。どこからどう見ても男にしか見えないハンフリーが女に。それはあまり想像したくない姿である。
「どうですか?どう考えもハンフリー殿が女性になったら、いろんな意味で凄みのある女性になると思うのですが、シーナ殿はそんなハンフリー殿と結婚することができるのですか?」
 先ほどの意趣返しのつもりか、少しばかり意地の悪い質問をするカミューだが、シーナはしばしきょとんとしたあと、あっさりと言った。
「いいじゃん!俺、ぜんぜん平気だし!」
「はぁ?!」
 カミューとフリックは揃って素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ハンフリーが女になったら、絶対カッコいい女になるよ。強いしさー、そんでもってめちゃくちゃ優しいし。俺、ハンフリーが女になったらちゃんと彼女にするよ。責任持ってお嫁さんにするから何も心配することないって」
「お前って、お前って……チャレンジャーだな」
 ハンフリーは特別男前というわけではない。どちらかというと厳つい顔つきをしていて、見た目は恐い部類に入るだろう。手も足も身体も大きいし、どのパーツをとってもごつごつとした、まさしく『男』という感じがして、もしそれがそのまま女になったとしたら、はっきり言って恐いものがある。
 それをシーナはあっさりと「かっこいい」と言い放ち、迷うことなく彼女にするというのだから、愛は盲目というか、馬鹿の極みというか、何にしてもこれ以上関わり合いにはなりたくないと思う。
「………負けました」
 堂々とそして恥ずかしげもなくハンフリーへの愛情を口にしてみせたシーナに、カミューは悔しそうに敗北宣言をした。だいたいこの手のことでシーナに勝とうとする方が間違っている。
若さというのは侮れないものなのである。
「とりあえずさー、その綺麗な姿のときに、一回デートしてくれよなー。滅多にないことだし」
「遠慮しておく」
 フリックはあっちへ行ってくれとばかりに力なく手を振った。シーナは気にした風もなく、言いたいことだけ言ってしまうと、ハンフリーの手を取ってレストランを出て行った。
「フリックさん、ビクトールさんが女になったら、今のシーナ殿みたいに迷うことなく彼女にすると断言できますか?」
「…………」
 あのビクトールが女になったら。という恐い想像をしてみて、フリックはゲンナリとした。ハンフリー同様、ごつい形をしたビクトールが女になるだなんて考えたくもない。
「お前だってマイクロトフが女になったら……」
「考えたくもありません」
 だろうなぁ、とフリックはしみじみと息をついた。マイクロトフも上背があって、どこもかしこもでかい男である。あの大男が女になった姿なんて、さすがのカミューも見たくはないだろう。
「あ、いたいた」
 先ほどのシーナと同じような台詞が背後で聞こえたので、フリックはギクリと固まった。聞こえてきたのは明らかに女の声である。今度はいったい誰なんだ、と恐る恐る振り返ると、そこにいたのは意外な人物であった。
「おはようございます、オウランさん」
「ああ、おはよう」
 いつも女性に対して礼儀正しいカミューは、自分が女になっても女性には礼儀正しい男だった。普段通りにこやかに挨拶をしたカミューを、オウランは無遠慮に上から下まで眺めまわした。普通の女なら泣いて逃げ出してしまうような値踏みするようなその視線にうろたえない度胸は、さすがカミューというべきか。
「へぇ、噂には聞いてたけど、ほんとに美人になっちゃったんだねぇ」
「ありがとうございます」
「それでもうちょっと胸があったら、完璧なのにねぇ」
「…………」
 からりと笑ってオウランがばんっとカミューの背を叩いた。おいおい、それは禁句だろとフリックは思ったが、オウランはそんなことはもちろん知らないわけで、まじまじとカミューを見つめながらなおも言った。
「まぁ、あんたはそういう方が似合ってるような気はするよ。それで立派な胸があって、色気たっぷりの女になっちまうより、華奢で儚げな雰囲気の方が意外性があっていいよ。うん。女というよりは美少女っぽい感じがまた男たちをそそるんじゃないのかねぇ」
「……美少女……」
 27歳にもなろうという男を捕まえて、美少女も何もあったものではないが、一応誉めてくれているようなので、カミューもムキになって怒るようなことはしなかった。
 オウランはくるりとフリックの方へと向き直ると、カミューの時と同じように、上から下まで眺め回しておかしそうに笑った。
「こっちはまた見事な胸しちゃって、まぁ。あんた、顔は純情そうなのに、身体だけいっぱしの女になっちゃったんだねぇ」
「うるさい。いったい何の用なんだ。俺たちのことからかいに来たのか?」
 フリックが唇を尖らせる。オウランはつまらなさそうに肩をすくめると、フリックの目の前に茶色の紙袋を差し出した。
「何だよ」
「あんたに今必要なものだよ」
「?」
 フリックが紙袋を覗き込む。そこには、どこかで見たような覚えのあるフリルのたくさんついた薄い水色の……
「……ブラジャー……?」
 フリックの隣から紙袋を覗き込んだカミューがぼそりと呟く。言われて、それが女性が身につける下着だとやっと認識したフリックは、慌ててそれをオウランへと放り投げた。
「ちょっと、何なのよ。あんたのためにせっかく持ってきたっていうのに」
「い、い、いらんっ!!!!」
 真っ赤な顔をして嫌々と首を振るフリックに、オウランが真面目な顔をして迫る。
「大丈夫だよ、これはまだ使ってないやつだから。昨日ニナたちに頼まれてねぇ。あんたの胸のサイズなら、ちょうどあたしのヤツくらいがぴったりじゃないかって。うん、まぁなかなかいい線いってると思うよ。ほら、あんたに似合うようにってわざわざ色も青いのを選んできたんだよ」
 オウランは遠慮しなくていいから、とフリックにブラジャーを押し付ける。
「こ、こんなもの、俺には必要ないからっ!!!!」
「必要あるだろ、あんたその胸を何もしないままにしておくつもりかい」
「別に一生このままってわけじゃないんだっ!そんなものしなくても……っ」
「胸が痛くなるよ」
「………」
 ぴしゃりと言い切ったオウランの妙な迫力にフリックはごくりと喉を鳴らした。
「いいかい、胸が大きいってことを舐めてちゃだめだよ。これは別に飾りやおしゃれのためにしてるわけじゃないんだよ。戦場で駆けた時に、その大きな胸が上下左右に揺れたらいったいどうなると思うんだい。付け根から肉が取れるような痛みってのを想像してみな、絶対にこれが欲しいと思うから」
「お、思うからって言われても」
 だいたいそんなものを生まれて今までつけたことはないのだ。当然だが。
「フリック、あんただっていい歳してんだから、これくらいのことで恥ずかしがるんじゃないよ。その時にその時で必要なものを利用するのが傭兵ってもんだろう。まったく……ほら、遠慮しないで受け取りな。ああ、お礼なんて考えなくてけっこうだよ。同じ仲間だからね。それ、けっこう高かったんだからね、大切にしておくれ」
「…………」
 オウランから紙袋を押し付けられ、フリックは項垂れた。まさかこんなものを身につける日がこようとは。このまま舌を噛み切って死んでしまいたいと思わず考えてしまうフリックである。
「ああ、カミューは大丈夫……かな、あーでもやっぱりしておいた方がいいかなー」
「いえ、けっこうです」
 ぴしゃりと断るカミューに、オウランがおかしそうに笑う。フリックのように胸があればいいなぁと思うカミューではあるが、さすがにブラジャーを身につけるのには抵抗がある。あれは外すものであって自分がつけるものではない。
「じゃあね、早く元の姿に戻れるように祈っておくよ」
 オウランはにっこりと微笑むとその場を離れた。親切心半分、からかい半分というところであろうか。フリックは紙袋をテーブルの上に放り投げると、はーっと大きく溜息をついた。
「俺、何だか引きこもりたくなってきた」
「まぁ今回ばかりは心中お察しいたしますよ」
 カミューはぽんぽんとフリックの肩を叩いた。
「あ、フリックさーん、カミューさーん」
 レストランの入口でぶんぶんと手を振って二人の名を呼んだのは盟主であるディランだった。
「メイザースさんが目を覚ましましたよ!!!!早く早く!」
「………っ!!!!!!!!」
 がたんっと音をさせて立ち上がった二人は、すごい勢いで駆け出した。ディランの腕を引っ掴み、そのまま医務室へと急ぐ。
「ちょ、ちょっとフリックさんもカミューさんも落ち着いてくださいよー」
「これが落ち着いていられるか!!ほら、さっさと歩け!」
「もー。そんなぎゅーぎゅー引っ張らないでくださいよー」
 ディランは美女二人に手を引かれ、足を早めた。医務室の扉を開けると、中にはベッドでぱっちりと目を覚ましたメイザースがいた。
「メイザース!!!!!!てめぇ……っ!!!」
「おお、フリック殿!それにカミュー殿も!!!これはまた見事な美女っぷり」
 メイザースはフリックとカミューの変わり果てた姿に目を見張った。
「お前のせいでいったいどれだけ迷惑したと……いや、いいから!さっさと俺たちを元の姿に戻せ!」
 フリックがメイザースの胸倉を引っ掴む。まぁまぁ落ち着いてください、とホウアンがフリックを宥める。メイザースはたった今目が覚めたばかりで、自分のせいでフリックたちが大変なことになったと聞かされたところだった。
「メイザース。お前のおかしな魔術のおかげで、俺たちはこんな姿になっちまったんだぞ。さっさと元に戻しやがれっ!」
「いや、本当に申し訳ない。まさかこんなことになろうとは夢にも思っていなかったので、本当に何と言っていいのやら……」
 メイザースはまじまじと女になってしまったフリックとカミューを眺めた。自分が知る同盟軍きっての戦士と騎士の見事な美女っぷりに思わず頬を緩む。
「……なに笑ってやがる」
 フリックがぴくりと頬を引き攣らせる。メイザースは慌てて手を振った。
「いやいやいやいや、我が魔術ながら、なかなか素晴らしいものだと思っての」
「いいからさっさと元に戻せっ!!!!!!」
「戻したいのは山々じゃが……」
 うーむ、と首を傾げるメイザースに、フリックとカミューはまさか、と嫌な考えに怯えた。果たしてメイザースの口から出たのは、予想した通りの言葉だった。
「戻し方が分からん」
 あっさりと言い放ったメイザースに、フリックは一瞬呆けたあと、ばちばちと身体から青白い炎を立ち昇らせた。
「メイザース……てめぇ……っ」
「わーわー。フリックさん、落ち着いてください!!!本拠地の中で殺人はやめてくださいよっ!!!」
 ディランが慌ててフリックを押し止める。確かにフリックの怒りももっともではある。とはいうものの、身内で争っても仕方がないと思うのだ。
「お、落ち着かれよ!フリック殿!!!く、苦しいっ!!」
 ぐいぐいと胸倉を掴まれ、メイザースが悲鳴を上げる。今にもオデッサを抜きそうな勢いのフリックに、息も絶え絶えにメイザースが叫んだ。
「も、もちろん何とかする!わしだって超一流の大魔導師じゃっ!ちょっとした事故でこんなことにはなってしまったが、ちゃんと元に戻す方法を考える!安心しておれっ!!」
「本当だろうなっ!!」
「男に二言は無いっ!」
 はぁはぁと肩を揺らして、メイザースが断言する。フリックはやっと手を離すと、それでもやはり脱力したようにその場に膝をついた。
「俺はいったいいつになったら元に戻れるんだろう……」
「明日までに何とかしてください」
 それまで静かに事の成り行きを見ていたカミューが、静かに告げた。そのあまりの静けさに、その場にいた人間がごくりと喉を鳴らした。にっこりと微笑むカミューは、だが目が笑っていない。メイザースもカミューも妙な迫力に身を引いた。
「メイザース殿、我々もいつまでもこのままの姿でいるわけにはいかないのです。そりゃあフリックさんはどこから見ても立派な胸を持った女性ですが、私はこんな中途半端な姿にされてしまって、いったいどうすればいいというのですか」
「あ、それなんだけどさ」
 あくまでも胸の大きさに拘るカミューに、ディランが思い出したように告げた。
「ほら、メイザースさんの魔法の力を受けたとき、フリックさんがカミューさんのことを庇ったって言ってたでしょ?どうやらそのせいでフリックさんの方が、より女性化しちゃったみたいなんだよね。胸が大きいのは魔法の力をたくさん浴びたせいってことで、別にカミューさんがそんなに思い悩むことはないと……」
「お前のせいか!」
「貴方のせいですか!!」
 ディランの言葉に、フリックとカミューが同時に叫んだ。
 同じ台詞ではあるが、言ってる意味はまったく違う。
「と、とにかく……」
 気を取り直したように、メイザースがごほんと咳払いをした。
「明日まで待っておれ。わしが責任を持って何とかするから」
「………」
 本当に大丈夫だろうな、とフリックは胸の中でつぶやいた。とにかく、今はもうメイザースに頼るしか他はない。何とか元に戻してもらわないことには、どうにもならない。
「大丈夫じゃ!わしを信じておれっ!」
 鼻息荒く断言するメイザースに、フリックは力なく「頼む」と言った。
 
 


                                            4へ続く
                               



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