クリスマス ラプソディ(後編) ずいぶん手間をかけさせられた。 だが、もうこれでフリックのカードを手に入れたも同然だ。 ビクトールは鼻歌なんぞ歌いながらカミューの部屋の扉をたたいた。 「おや、早かったですね」 上機嫌で姿を見せたビクトールに、カミューは読んでいた本から顔を上げる。 「おう、俺がその気になれば、こんなもんさ。ほらよ、ご希望のカードだ」 ビクトールがカードをテーブルに滑らせる。 カミューは指でそれをつまみあげると、書かれた名前に目を落とし、にっこりと微笑んだ。 「確かに。マイクロトフのカードですね。では、これをどうぞ」 差しだされたカードには待ち望んだディランの文字だ。 とうとう手に入れた。 あとはこれをビッキーに渡すだけだ。 いや、ちょっと待てよ。何て言って渡せばいいんだ?だいたいビッキーが誰のカードを持っているのか分からないのだから、そいつのカードが欲しいなんていうのも嘘くさい。 「さてと、では私は今日からマイクロトフへのプレゼントを考えることにしましょう。おかげでいい楽しみができました」 「俺はまだこれから先が長いぞ…。ったく面倒臭ぇなぁ」 「やはり日頃の行いなのではないですか?私は何の苦労もせずに、こうして欲しかったカードを手に入れましたからね」 ビクトールはむっとし文句を言いかけたが、思い直した。 「そりゃ良かったなぁ。あ〜カミュー」 「何ですか?」 「お前もけっこういい声出すな。まぁフリックには負けるが、昨夜はけっこうそそられたぜ」 「!」 咄嗟に腰の剣に手をやったカミューに軽く手を上げて、ビクトールは部屋を出た。 ざまぁみろだ。まぁしばらくはカミューからは白い目で見られることだろうが、知ったことじゃない。 さて、あとはビッキーか。 ビクトールは今度こそ、どうしたものか、と頭を悩ませた。 「ディラン、見て見て。綺麗でしょ?」 天井に届くほどのもみの木に飾られた、たくさんのオーナメント。ナナミが得意げに胸を張る。 「ほんとだ。綺麗だね」 「でしょ。あとはね、一番てっぺんにこの星をとりつけるわけ。ねぇねぇ、当日は雪が降るといいよねぇ。ホワイトクリスマスだよ」 「あ〜雪ね。あんまり寒い時に外に出たくないんだけどな」 つぶやいたディランに、ナナミががしっとその腕を掴む。 「痛い痛い。何だよ、もう」 「ちょっと!あんた、また何か企んでるんじゃないでしょうね!!」 「企むって何だよ。企みはこのパーティだけだよ」 ナナミがむぅと唇を尖らせてディランを睨む。 昔からディランが何か企んでる時はどこか心ここにあらずという感じになるのだ。数日前から、ディランは怖いくらに上機嫌で、ナナミは心配していたのだ。 「……何考えてるの」 「何って?当日雪が降ればいいなって」 読めない笑顔でディランが答える。 「本当でしょうね。何も企んでない?」 「やだな、ナナミ。自分の弟を信じなきゃだめだよ」 信じる者は救われる。どんなに問い詰められたって本当のことを言うわけにはいかない。言ったら最後、ナナミのことだ、どこかに監禁でもされるのがおちだろう。 「ねぇディラン」 「うん?」 「今ごろどうしてるかな、ジョウイ」 「………」 「寒くなってきたし、風邪なんか引いてないかな。あの子、冬に弱かったし」 「今ロックアックスにいるよ」 「え?」 ディランは安心していいよ、とナナミに言う。 「どうしてどうして、どうしてそんなこと知ってるの?」 「情報網はいろいろあるんだよ。大事なジョウイのことだもの、そりゃあらゆる手を尽くして情報は仕入れてるさ」 「そっか。ロックアックスか。良かった。ディラン、ちゃんとジョウイのことを覚えてたんだね」 「………」 「だって、最近ぜんぜんジョウイのこと口にしないから、忘れちゃったのかと思った。今はさ…一応敵…だしさ」 ナナミがしゅんとうつむく。 兄弟のように3人で仲良くしていたのだ。こうして離れ離れになってしまって、辛いのはナナミも同じだ。 「じゃあね、ナナミ。飾り付けがんばって」 ディランはツリーの周りに集まる人たちをかき分けてその場を離れた。 忘れる? どうしたら忘れられるか教えてほしいくらいだ。 ディランは遠く離れた人のことを想う。 忘れられるくらいなら… 「あと5日か…」 ディランは窓の外から遥か離れたロックアックスの地へと思いを馳せた。 フリックは本当に困っていた。 何しろ女の子にプレゼントなんてしたことがないのだ。おまけに相手はあのニナだ。 「困ったな」 アレックスの道具屋の前で、フリックはさんざん迷ったあげく、結局何も買うことができなかった。 「あら、フリックさん、プレゼントを探してるんですか?」 帰りかけたフリックにヒルダが声をかける。 「ああ。例のプレゼント交換会のね。でも何を買ったらいいか分からなくて」 肩をすくめて正直にそう言うと、ヒルダはにこにこと笑った。 「あらあら、そんな困ることじゃないのに。プレゼントなんて何でもいいのよ。要は相手のことを想ってるかどうかってことでしょ?心を込めたプレゼントなら、何をもらっても嬉しいものですわ」 「確かにな。だがなぁ、相手が欲しがってるものが分かるだけになぁ」 ニナは今のところフリック一筋なのだ。何かあるたびに、フリックに迫ってくるので困っている。一度でいいからデートしてくれと以前から言われ続けているのだ。何だかんだと理由をつけては断り続けているフリックだが、もしニナが本当に喜ぶものをプレゼントするとすれば、それは自分とのデートなのかもしれない。 しかし、それは身売りのような気がしないでもない。 おまけにあの嫉妬深い熊がいい顔をするとも思えない。 「フリックさんは何が欲しいんですか?」 「え?俺?」 思いがけない質問に、フリックは戸惑った。 今までニナへのプレゼントのことで頭がいっぱいで、自分も誰かからプレゼントをもらえるということをすっかり忘れていた。 「何か欲しいものありますの?」 「いや…俺は別に…」 「きっとフリックさんにプレゼントをする人も、頭を悩ましてることでしょうね」 くすくすと笑ってヒルダは店へと戻っていった。 そうだな。みんな同じように迷っていることだろう。それでも、こうして誰かのことを想いながら頭を悩ませるっていうのも悪くはない。フリックはそう思い、階段を下りた。 そうこうしているうちにクリスマスパーティーは明日に迫っていた。 ビクトールは相変わらずディランのカードを持ったままである。 「ちょっと、何やってんのさ。早くしないと当日になっちゃうだろ」 ディランが容赦のない非難の言葉をビクトールに浴びせかける。 「分かってる、わぁかってる。最後の作戦を練ってるんだろ、そんなに急かすな」 「いいのかなぁ、フリックさんのカード、手に入らなくても」 「分かってるって言ってるだろぉが。今日こそビッキーに話をするから」 胡散臭そうなディランの目から逃げるようにして、ビクトールはそそくさとその場を離れ、ビッキーを探した。 ビッキーはいた。同じ年頃の女の子たち、ナナミ、ニナ、アンネリー、メグたちと一緒に広間のツリーの下でしゃべっている。 どうも声のかけにくい雰囲気で、一瞬、ビクトールはこのまま帰ろうかとも思ったが、ここで逃げると、いつまでたってもカードの件が切り出せない。ディランからの督促も激しさを増してきているので、思い切って声をかけることにした。 「あ〜ビッキー」 「はい?あれ、ビクトールさん、どうかしたんですか?」 一斉に女の子たちの視線がビクトールに注がれる。この世の中に怖いものなんてないと思っているビクトールだが、さすがにこの視線だけは怖いと思った。 「ちょっと話があんだけどよ、今いいか?」 「何ですか?」 「ここじゃちょっと」 「ええ〜ビクトールさんてば、ビッキーのこと口説くつもりじゃ!」 ざわっと全員が冷たい目でビクトールを見る。冗談じゃない。フリックがいるっていうのに、何でビッキーのことを口説かなくちゃいけないんだ。 「いいから、ちょっと来てくれ、頼むから」 ビクトールは必死の思いでビッキーをその場から連れ出し、まだ人気のない酒場の端のテーブルへと座った。 「何ですか?話って」 今まで個人的に話などしたことのない相手なので、ビッキーも少しびびっているようだった。慣れないとビクトールの物言いは怖いと感じるらしい。 「えっとな、もうすぐクリスマスパーティだな」 「ええ」 「た、楽しみだな」 「……ええ」 何を話してんだかな、とビクトールはがっくりと肩を落とす。こうなったら、当たって砕けろで真正面からぶつかるしかないだろう。 「突然だが、ビッキー、俺の持ってるプレゼントカードと、お前さんのを変えてくれないか!!」 「………え?」 「つ、つまりだな、えっと、別に俺のカードが嫌だっていうわけじゃなくてだな、その、まぁいろいろ大人の事情っていうやつがあって、どうしてもお前さんのカードと…」 「ああ〜わっすれてたぁ」 「は?」 「カードを引きにいかなくちゃって思ってたのに、忘れてた。どうしよ、今から行ったら怒られちゃうかなぁ」 何だって?ビクトールは自分の耳を疑った。つまり、ビッキーはまだカードを引いてなかったってことか?そ、それはあまりにもドジすぎる。おっちょこちょいだとは聞いていたが、ここまでだとは。 いや、これはちょうどいい。渡りに船とはこのことだ。 「ビッキー、ちょうどいいじゃねぇか、俺のカードをやるよ。で、俺がもう一度執務室へカードを引きにいくからさ、そしたら、怒られずにすむだろう?」 「ええ、でもいいのかなぁ」 「いいっていいって。今頃のこのこ行ったらシュウに怒られるだろ?」 嘘八百だが、今はかまっていられない。ビッキーはさんざん迷ったあげく、ビクトールからカードを受け取った。 「あ、ディランさんのだ。何が欲しいのかなぁ」 「さぁてな、本人に聞いてみたらどうだ。んじゃな、助かったぜビッキー」 ビクトールはやっとこれで長い長い試練が終わったと心底ほっとしていた。あとはディランからフリックのカードをもらうだけだ。意気揚揚とディランの自室へと向かう。 最上階のディランの部屋の前で息を整え、扉を叩く。 「やっと来た。待ちわびちゃったよ」 ディランがビクトールを見て、座っていた窓枠からひょいと飛び降りる。 「上手くいった?」 「おお、お前のカードはちゃんとビッキーに渡したぜ。それにしても、あの娘はなかなかいい味出してるな」 「ふふ、可愛い子だよね。さてと、じゃあこれが約束のフリックさんのカード」 ディランがはい、とカードを差し出す。ビクトールはそれを受け取ると、思わず涙ぐみそうになる。これを手に入れるために、どれだけ苦労したことか!そんなビクトールの様子を見て、ディランが思わず吹き出す。 「フリックさんのことよっぽど好きなんだね」 「ガキが生意気な口きくんじゃねぇよ」 「ガキはガキなりにいろいろ考えてんだけどね」 人を好きになるのに年齢は関係ない。 要はどれくらい真剣に相手を想っているかだ。 「じゃあなディラン、いいクリスマスを」 「ありがと。ビクトールさん」 部屋を出ていきかけたビクトールがふと思いついて足を止める。 「そういやよ、フリックのカードは、本当に偶然引き当てたのか?」 「やだなぁビクトールさん、そんなの聞くだけ野暮だよ」 ディランの笑みに、ビクトールはやれやれとため息をついた。 フリックのカードを手に、ほくほくとしていたビクトールだったが、ふと重大なことに気づいた。 「しまった。プレゼントだ。くそっ、カードにばかり気を取られて忘れてたぜ」 ばたばたと酒場へと急ぐ。 中はかなり混んでいて、ビクトールはフリックの姿がないことを確認してから、カウンターの中にいるレオナに声をかけた。 「よぉレオナ、ちょっとばかり用立てて欲しいもんがあるんだがよ」 「何だい、あらたまって」 忙しそうに酒の準備をしながらも、レオナはビクトールへと耳を傾ける。 「実はな…」 ひそひそと小声で打ち明けるビクトールに、レオナは呆れたように手を振る。 「だめだめ、今ごろそんなこと言ったって遅いよ。どうしてもっと早くに言わないんだい」 「忘れてたんだよ。いろいろ忙しくてな。なぁ、何とかならねぇか?」 「そうだねぇ。そういやシュウさんが三日ほど前に手に入れてたから、頼んでみたらどうだい?」 「げ、シュウか?」 あのシュウに頼みごとだと?それはなかなかに勇気のいることだ。おまけに内容が内容だけに、聞いてくれるかどうか怪しいものだ。しかし、あれがないことには計画が台無しだ。 ビクトールはよろよろと酒場を出ると、シュウのいる執務室へと向かった。 すでに夜も遅いというのに、シュウはまだ仕事をしているようだった。部屋の中に入ると、シュウは少し顔を上げただけで、またすぐに書類に目を落とした。 「何の用だ?」 「ああ、いやちょっと頼みごとがあってよ」 「お前が俺に?めずらしいこともあるもんだ」 冷たい声に一瞬ビクトールはたじろぐ。単純明快なビクトールにしてみれば、この天才軍師の何もかもを見透かしたような目が苦手でならないのだ。 「で、何だ、頼みごとっていうのは」 ぱたりと書類を閉じ、シュウは背もたれにもたれてビクトールを見る。 「あ〜実は、あんたが3日前に手にいれたヤツを譲ってほしくてな」 「何だって?」 「だからよ、頼む、この通りだ。必ずこの借りは返すからよ。どうしても必要なんだ」 必死に頭を下げるビクトールをしばし冷ややかな目で見ていたシュウだったが、やがて小さくため息をついた。 「…高かったんだぞ」 「分かってる。金はちゃんと払うからよ、この通り」 ビクトールが手を合わせる。 「この貸しも高くつくぞ、ビクトール」 シュウは立ち上がると後ろの戸棚から酒瓶を取り出した。 長い1週間であった。 ビクトールは半分朦朧としながら、部屋に戻った。中ではフリックが一人で酒を飲んでいた。 「今日は早いじゃないか」 「あ〜疲れた」 ばたりとベッドに倒れ込む。 「寝るんなら服は脱げよ」 「ん〜フリック、こっち来てくれ」 「酔ってるのか?さっさと寝ろ」 ごろりとビクトールが仰向けになり、フリックへと手を伸ばす。早く来いと手招きをする。フリックは苦笑してベッドの脇に立った。ビクトールが上半身を起こして、フリックの腰に両腕を回す。 「何だよ、子供みたいに」 「すまねぇな、ここんとこ放ったらかしにしててよ」 「……べつに。静かで良かったぜ」 そう言ってフリックはビクトールの髪を撫でる。 ぐいと引き寄せられてフリックはベッドの上に引きずり込まれた。ビクトールの腕の中に抱き込まれて、フリックは小さく身じろぎする。身体を反転させると、ビクトールはフリックを押さえ込んで笑いながら耳元にキスをした。 「怒ってねぇか?」 「何を?」 「ぜんぜんかまってなかったしよ、あっちの方もご無沙汰だしよ」 「……ばかなこと言ってないでさっさと寝ろ。疲れてるんだろ」 ん〜と生返事をしながら、ビクトールはフリックの服を脱がそうとする。久しぶりのフリックの温もりに、疲れも吹っ飛んでしまいそうだった。唇を塞いで、ごそごそと事を進めようとする。フリックが慌ててその手を押しとどめる。 「待てって、疲れてるのにわざわざ無理してすることないだろ。別に俺は…したいわけじゃ…」 じゃ、したくないのかと言われればそういうわけでもないのだが。フリックは言葉に詰まってしまった。その間にもビクトールは着々とフリックの服を脱がせていく。 「無理なんかしてるわけねぇだろぉが。しない方が無理してるってもんだ。…なぁいいだろ?」 「だめだ」 「何でだよっ」 「…明日…クリスマスだろ」 「……」 フリックの返事にビクトールはぴたりとその手を止めた。 確かに明日はクリスマスだ。 だが、それとこれとどういう関係があるというのだろうか? 「ああ…そっか…」 つぶやいたビクトールに、フリックがぷいと横を向く。その様子にビクトールは喉の奥で笑った。 クリスマスにはたっぷり楽しもうと約束した。まぁ一方的ではあったが。そっけない返事をしていたフリックなのに、こんな時にそんなことを言い出すとは。あまりにも可愛すぎる。 「OK。んじゃ今夜は我慢して、明日の夜は嫌ってほど楽しむことにしようぜ」 「……」 フリックはその言葉の意味をぐるぐる考えて、困ったように視線を泳がせた。 待ちに待ったクリスマスパーティ当日である。 朝からハイ・ヨーの厨房はてんてこ舞いだった。 「仕事の役割分担があるとディラン殿が言ってたのはこのことだったんですね」 マイクロトフがしゃかしゃかとメレンゲを泡立てる。とにかく料理人の数が足りないのである。何しろ城中の人数分となるとかなりの量で、とてもじゃないがハイ・ヨーだけでは手が回らない。 そこでディランが当日の準備係として数名を派遣したのだ。 もちろん女性中心ではあったが、ケーキやパンなどけっこう力仕事もあったりするので、男も若干派遣されていた。 「だいたい何だって、俺が厨房に派遣されなきゃならないんだよっ!」 黙々とじゃがいもの皮を剥いていたシーナが、もう嫌だとばかりに大声を上げる。じゃがいもの皮剥きは何も考えずにできる、一番楽な仕事である。しかしさすがに1時間も剥きつづけているといい加減うんざりもするだろう。 「あ〜もう飽きた!!違う仕事させろっ!」 「でもシーナてば何もできないじゃない」 同じく派遣されているアップルが笑う。 「できないけどっ、だからって一時間も皮ばっか剥いてられっかよっ」 シーナが派遣された理由は単純明快で、とりあえず味オンチなのだ。食べることに興味がないというか、何を食べてもマズイと言うタイプなのだ。だから、「ハイ・ヨーの厨房」というグルメには耐えられない場所でも、つまみ食いの一つもすることがないため、安全パイだとディランに読まれたのだ。 「まぁ気持ちは分かるが、会場設営組もけっこう大変なのだから、文句は言えないだろう」 マイクロトフが泡だて器片手にシーナを慰める。マイクロトフはとりあえず真面目が身上なので、頼まれたことはきっちりとこなすであろうという理由から選抜されていた。 「ちぇ〜」 ふてくされるシーナに新たにニンジンが山ほど入った籠が与えられた。 「あ、ビクトールさん」 力仕事オンリーという役目についていたビクトールは朝からテーブルだの、イスだのを山ほど運ばされていた。声をかけてきたのはテンプルトンで、ポケットの中から小さな紙片を取り出すと、両手のふさがったビクトールの胸ポケットにそれを突っ込んだ。 「頼まれたもの、確かに渡したからね。あったかくしていった方がいいよ」 「おお、サンキュ。助かったぜ」 テンプルトンはビンゴゲームで使う商品を抱えて会場へと走り去っていった。 城中がうきうきとしていた。 何しろみんなで一つのことに取り組むというのが楽しくて仕方がない。おまけに、クリスマスである。小さな子供たちはプレゼントを心待ちにしていたし、大人でさえもどこか浮き足だっている。 広間には綺麗に飾りつけがされ、例の巨大ツリーよりは小ぶりなツリーも飾られている。 「クリスマスか。こんな風にみんなで過ごすなんて初めてだな」 ビクトールは同じく会場設営班に任命されたフリックに声をかける。 「そうだな。ところで、お前、アンネリーへのプレゼントはちゃんと考えたのか?」 「アンネリー?」 聞き返したビクトールに、フリックが怪訝な顔をする。そうだった。今のところビクトールはアンネリーへプレゼントをするものだとフリックは思っているのだ。ビクトールがフリックのカードを手に入れたとはまだ知らない。ビクトールは慌てて話をあわせる。 「ああ、アンネリーね。そりゃもちろん」 「ふうん」 「そういうお前は決めたのか?ニナへのプレゼント」 「まぁな」 何だ、何だ、と聞いてみたが、フリックは笑うばかりで答えない。 「さ、そろそろ下働きから解放してもらおうぜ。もうくたくただ」 「フリック、教えろよ」 しかし、どれだけビクトールが聞いても、フリックは答えようとはしなかった。 パーティーは6時から始まった。 ハイ・ヨーが腕によりをかけた料理は、それはそれは見事なもので、特に5段重ねのクリスマスケーキは目を引いた。 「すごいわぁ、まるでウェディングケーキね」 「はい、城中の皆さんの口に入るように、がんばったあるね。美味しいよぉ」 ハイ・ヨーが満面の笑みで答える。みんなケーキはデザートだと分かってはいても、吸い寄せられるように、ぞろぞろとそのケーキの周りに集まってくる。 「ちょっとちょっと、ここにナナミさんの作ったケーキもあるのよっ」 人の輪に割り込んで、ナナミが手にしたケーキを差し出す。 「………」 ナナミの料理の腕前を知らない者はいない。まぁ何というか、発展途上というか、才能がないというか、意欲だけは認められるのだが成果は見られないのだ。 「あ〜、ナナミ、悪いが、それは…」 誰もが尻込みするため、ナナミがぷんぷんと頬をふくらませる。 「あ、カミューさん、あたしのケーキ食べてくれるでしょ?」 ナナミが通りかかったカミューの腕をがしっとつかむ。一緒にいたマイクロトフと顔を見合わせたカミューはナナミに向かって、いつもの上品な笑みを浮かべた。 「もちろんですとも。ただし、夜遅くに甘いものはいけません。レディたるもの、カロリーには気をつけなくては」 「そっか」 「ですから、そのケーキは観賞用にする方がいいでしょう。食べるばかりが能ではありませんからね」 「うんうん。美しいケーキは食べちゃもったいないってわけね」 分かったような分からないような説明だったが、ナナミはいたく感動してそのケーキを観賞用としてテーブルの上に置いた。 「カミュー…」 マイクロトフが呆れたようにカミューを見る。 「マイク、いつもいつも正直なのがいいってわけでもないんだよ」 まったくもってその通りで、ナナミは上機嫌である。そして周りの人々はナナミのケーキを食べずにすんで、ほっとしている。 「やっぱりねぇ芸術品なのよね、あたしのケーキは」 ほくほくとご満悦のナナミだが、やっぱり誰かに食べて欲しいなとも思う。昔はディランとジョウイのためにケーキを作ったものだ。 「ジョウイ……」 つぶやいたナナミにディランが肩をたたいた。 「ナナミ、そのケーキ、俺が食べるから、あとで部屋に持ってきて。みんなが十分観賞したあとにね」 「ディラン」 ナナミはぱっと顔を輝かせた。 飲めや唄えの大騒ぎは夜が更けていくにつれて、さらにエスカレートしていく。みんな今夜は夜通し騒ぐつもりなのだろう。小さな子供たちは部屋へと引き上げたので、ここからは大人たちのお楽しみタイムとなっていた。 「あ〜もうこんな時間か」 ビンゴゲームのカードを片手に広間の片隅でちびちびとワインを嘗めていたディランが壁の時計を見た。よっこらしょと腰を上げると、すでにダブルリーチとなっていたカードをそばにいたシロウに渡す。 「おいおい、いいのかよ」 「うん。続きがんばって」 そう言うとディランは広間を抜け出した。そして隣の部屋で恋愛話に花を咲かせている女の子たちの輪からビッキーを呼び出す。 「メリークリスマス、ディランさん。そうそう、ディランさんへのプレゼント、あたしがあげることになってるんだけど…」 「うん。みたいだね」 「でね、えっと実はいろいろあって、まだプレゼント決めてないんだけど。何か欲しいものある?」 ビッキーの言葉にディランはにっこりと微笑んだ。 「ありがと。実はね、すごぉくして欲しいことがあるんだ」 「うん、なぁに?」 「ロックアックスにテレポートしてくれ」 それが一番のプレゼント。 ディランは目を丸くして驚くビッキーに微笑んだ。 「おいフリック、出かけるぞ」 ばさりと厚手のコートを手渡されて、フリックはきょとんとビクトールを見上げた。 今夜のために設営された壇上では、ビンゴゲームが佳境を迎えていた。フリックもあと2つでビンゴとなるところまできていて、別にどうでもいいと思っていたゲームだったのだが、思わず出て欲しい数字を祈っていたところなのだ。 「出かけるって、今からか?」 「ああ」 「どこへ行くっていうんだよ」 「いいから、行こうぜ」 あと2つ。せっかく一等賞がもらえそうだったのに、と思ったが、どうせ一度言い出したら聞かないビクトールのことだ、無理矢理にでもフリックを連れて行くのだろう。抵抗するだけ無駄というものだと分かっているフリックは、立ち上がるとカードを隣にいたハンフリーに手渡した。 「で、いったいどこに行くっていうんだよ?」 「いいからいいから」 引きずられるようにして表に出る。 城の外はびっくりするくらいに寒かった。吐く息が白い。思わずコートの前をかき合わせ、フリックはビクトールを見る。 「馬で15分くらいかな。行くぞ」 「行くぞって、お前…」 あれよあれよという間に馬に乗せられ、暗い夜道をひた走る。空には綺麗な月が浮かんでいる。フリックは前を走るビクトールの背を見ながら馬を走らせた。15分ほど走ったところで馬をおり、目の前の木立への道を入っていく。 「う〜寒い。風邪ひいたらお前のせいだからな」 「そしたらちゃんと暖めてやるって」 「いやらしい言い方をするな」 「どこが?お前の方こそ変なこと考えてんじゃねぇのか?」 ニヤニヤと笑うビクトールの耳をぎゅっと引っ張り、フリックは連れられるままに坂道を歩いた。方向としては風の洞窟の方か?けれど、だんだんと深くなっていく木立はかなり気味の悪いものだった。 「どこまで行くんだ?」 フリックが聞くと、ビクトールは立ち止まり、顔を上げた。 「この辺りか」 ビクトールが小さな紙を見て、うなづく。 「何なんだよ」 「ほら、見てみな」 ビクトールが指差す方を見てみる。 そこには鬱蒼とした木々はなく、広々とした荒野が目の前に広がっていた。 そして地平線まで敷き詰められた満天の星と城の灯り。まるで宝石箱を零したかのように煌いていた。澄んだ冷たい空気が、それらの輝きを一層くっきりと見せているようだった。 「ああ…綺麗だ…」 思わずつぶやいたフリックにビクトールが満足したように笑う。 そばにある小さな岩に腰を降ろして、いつまでもその場を動こうとしないフリックに声をかける。 「なかなかいい眺めだろ。テンプルトンが新しく見つけた場所だ。無理言って内緒で教えてもらった」 「すごいな。こんな星空、初めて見る」 「戦闘の時は星なんて見てる暇はねぇからな。こっちに来いよ、いいもんがある」 フリックは白い息を吐きながらビクトールの手元を覗き込む。 「こっちがメインなんだがよ」 ビクトールは得意げに袋の中から瓶を取り出す。手渡されたフリックは、暗闇の中、目を凝らしてそれを見る。 「うわ、ピンクのドンペリ。お前、どうしたんだ、こんなもの」 フリックが思わず両手で瓶を抱える。 「ふっふっふ、まぁちょっとな。とりあえず味見してみようぜ」 こんな高級なものをビクトールが持ってるなんて、あやしすぎる。しかし、味見してみたいのはフリックも同じで、ビクトールが栓を抜くのをまじまじと見てしまう。 「ほらよ、グラスなんて持ってきてねぇから、そのまま飲んじまいな」 「何だかなぁ、高級感がぜんぜん感じられないな」 と言いつつも、フリックは口をつけた。 「どうだ?」 「いける。さすが値段だけはあるな」 「そりゃ良かった。クリスマスプレゼントとしては合格か?」 「え?」 クリスマスプレゼント? フリックは意味が分からずビクトールを見つめる。ビクトールはにやっと笑うとカードを取り出し、フリックに見せた。 「……何でお前が俺のカードを持ってるんだ?」 「まぁいろいろあってな」 「いろいろ?」 「深く追求すんなって。で、どうだ?合格か?」 目が覚めるほどの星空とピンクのドンペリ。プレゼントの趣味としては悪くない。 おそらくビクトールがここ数日間ばたばたとしていたのは、このためなのだろう。どうやってフリックのカードを手に入れたのかは分からないが、苦労したに違いない。 フリックは思わず微笑んだ。 「ありがとう」 「えらく素直じゃねぇか」 伸ばされたビクトールの手にフリックは自分の手を重ねた。その暖かさにほっとする。 「ところでフリック、俺にもその酒飲ませてくれ」 プレゼントだが、味見はしてみたい。何しろこんな高級酒は滅多に手に入らないのだから。 「やだね、これは俺へのプレゼントだろ?」 「お前っ、それはあんまり意地汚いんじゃないか?」 「香りだけなら味わわせてやるよ」 そう言うとフリックは身体を屈めて、ビクトールの唇にそっと自分の唇を重ねた。香りだけ、と言ったフリックの口腔を舌で味わうと微かに甘い味がした。フリックが唇を離すと、ビクトールが名残惜しそうに唇を尖らせる。 「……えらく気前がいいな、今夜は」 ビクトールは目を細めて愛しい恋人を見上げる。 「クリスマスだからな。特別だ」 悪くない。 神様を信じてクリスマスを祝う趣味なんて持っていないが、こんな特別な時間を過ごせるのは悪くない。 ビクトールは両手を伸ばしてフリックを引き寄せる。 メリークリスマス。 一年でたった一度の聖なる夜。 こんな風に好きな人と過ごせるなら、神様を信じてみるのも悪くない。 |
このあとのらぶらぶHへ…(作成完了 01.1.2)
BACK