クリスマス ラプソディ(前編) 「クリスマスパーティをやるだとぉ??」 「そ、クリスマスパーティ」 大会議室で主要メンバーの面々が集まる中、ディランがにこにこと上機嫌で発表したのは、週末にやってくるクリスマスの企画だった。 とても重要な話があるから、朝一番から集まるように、と言われて集まったメンバーは、ディランの口から出た言葉に呆然とした。 誰もが言いたかったことを代弁したのがビクトールだった。 「おいこらディラン。んじゃなにか、お前はそんな話のために、朝っぱらから俺たちを集めたってぇのか?え?」 「そうそう。だって準備まであと6日しかないしさ、少しでも早い方がいいかなと思って」 「ふざけんな。だからって何だって朝の6時からたたき起こされなきゃならねぇんだよっ!!」 ビクトールの怒りももっともで、みんな半分眠ったまま会議に出席しているのだ。 「ビクトールさんは寝坊すぎるんだよ。たまには早く起きたって罰は当たらない。早起きは三文の得って言うだろ?企画の内容はこのあと広間に張り出すからね。みんな役割分担があるから、ちゃんと仕事はするように」 ディランは相変わらずの上機嫌だ。いったい何だってこの小僧はこうもいろいろとイベントを考えつくのだろうか?ビクトールはいい加減うんざりしていたが、誰も特に反対をしないので、黙っていた。 「話はそれだけだよ。ほらほら、いい加減目を覚まして、あ、フリックさんはこの企画表を大広間に貼ってきてね。じゃあ解散」 解散と言われても、いったい何があったのかよく分からない。 ビクトールは大あくびをしているし、ハンフリーはいつもに増して怒ったような顔をしているし、いつも早起きのマイクロトフは別としてカミューでさえも半分目が眠っている。 ディランが会議室を出て行くと、その場にいた全員からため息が漏れた。 「まぁいいじゃないか、子供たちは喜ぶ」 企画表を片手に大広間へと向かうフリックが言うと、ビクトールは、けっ、と毒づいた。 「俺は別にキリスト教でも何でもねぇからな。クリスマスなんてめでたくも何ともねぇよ。ま、ただでご馳走が食べられるくらいしか楽しみはないな」 「ったく、情緒のないやつだな」 「あ〜眠い。俺ぁもうちょっと寝るからな。先に部屋に戻ってるぜ」 「待てよ、これを貼らなきゃだめだろ」 「んなの、あとでもいいって」 「だめだ。ほら、来いよ」 ぶつぶつと文句を言うビクトールを引っ張って大広間にきたフリックは、一番目立つところに、渡された企画表を貼った。 「なになに、当日はハイ・ヨーが腕によりをかけた作った豪華メニューが食べ放題。酒も飲み放題。無礼講で大騒ぎか。それから…プレゼント交換会をする?何だ、こりゃ?」 つまりはこうだ。 執務室にこの城全員の名前の書いたカードの入った箱があり、各自そこから一枚を引く。引いた名前の人に、何か一つプレゼントをしなくてはいけない、というゲームだ。 誰が当たるかは引いてみてからのお楽しみ。ちゃんとその相手が喜ぶものを用意して、当日渡すこと。もちろん、それまでは誰からプレゼントがもらえるかは分からないのだ。 「へぇなかなか面白そうじゃないか」 フリックは微笑む。 「何だよ、お前もプレゼントが欲しいのか?」 「別にそんなのはどうでもいいが、ディランらしいなと思って。あいつの言うとおり、ここのところ平和だったから、何かに夢中になれるものがなくて、ちょっと雰囲気がだらけてきてただろ?ちょっとしたゲームでも、けっこう楽しめそうだ」 「そんなもんかね」 ビクトールはまだ半分頭が眠っていたので、あまり深く考えずに、フリックの言葉を聞いていた。 しかし昼が過ぎ、はっきりとした頭で考えると、これはなかなか美味しい話だとわかってきたのだ。つまり、もしフリックの手にビクトールの名前のカードが渡れば、望むプレゼントをもらえるということだ。 何でも望むものをもらえる。こんな美味しい話がどこにある? 逆でもいい。自分がフリックのカードを引けば、このゲームにかこつけて、どんな派手なプレゼントだってできるわけだ。これは一刻も早くカードを引かなくてはならない。 「おい、早くカードを引きに行こうぜ」 「何なんだよ、いったい」 午後の剣の指導時間だというのに、ビクトールはぜんぜん身が入らない様子で、兵士たちからも不満の声があがる。 「そろそろ休憩時間にして、さっさと引きに行こうぜ」 「お前、ぜんぜん興味ないって言ってたくせに」 フリックは呆れたようにビクトールを見る。フリック自身はこの企画自体はおもしろいと思うものの、別に誰に当たったってかまわないので、時間ができた時にでもカードを引きに行こうと思っていたのだ。何もわざわざ剣の練習中に抜け出してまで行くほどのことでもない。 「ほらほら、早く早く」 「分かったから。じゃあちょっと休憩」 フリックが兵士たちに声をかけると、ざわざわと練習場から人が出て行く。ビクトールはフリックの腕を引っ張って、執務室へと急いだ。 「このカードも〜らいっと」 「ああ、ディラン、だめよ、ずるしちゃ」 ナナミが、はしっとディランの手をつかむ。 前日、執務室でカードを作ったのはナナミとディランだった。城中の人の名前を一枚一枚カードに書いていくのだから、なかなか手間がかかる。しかし、こういうイベントが大好きなナナミは自らこの面倒な作業を買ってでたのだ。 「いいじゃん、企画者の特権だよ。俺、このカードもらっとくからね。ナナミもプレゼントあげたい人がいたら、先にカード取っておきなよ」 「う〜でもでも、それってずるっこじゃん」 「誰にも分かんないだろ?」 ディランの悪魔の囁きに、ナナミはぐるぐると天井を見渡して、やがて、こっそりと箱の中に手を入れてカードを一枚引いた。 なかなか誘惑に勝てないナナミであった。 執務室はすでに満員の人で、ナナミが抱える箱に一人づつ腕を突っ込んではカードを引いている。 「よぉし、フリック、よぉく混ぜて引けよ」 「お前なぁ、何だってそう子供みたいなことを言うんだ」 うんざりしたようにフリックが肩を落とす。 「はぁい、ビクトールさん、どうぞ」 ナナミが箱を差し出す。ビクトールは太い腕を箱に入れ、さんざん掻き回したあと、カードを引いた。 「次はフリックさんね、どうぞ」 「ありがとう」 フリックはさっさとカードを引いた。 「はいはい、次の人どうぞ。フリックさんもビクトールさんも、今まだ剣の練習中でしょ?ほら、邪魔だから早く練習場に戻ってください」 ナナミに追いやられて、廊下に出た二人は手にしたカードを目にした。 「おい、フリック、誰だった?」 「あ〜ニナだ。まいったな」 「ちぇ、つまんねぇな。俺は…アンネリーか。いったい何をプレゼントすりゃ喜ぶんだ?」 「俺だって。ニナが喜ぶものなんて思いつかないぞ」 「お前はいいだろ。自分のバンダナでもやっちまいな。ニナのやつ、泣いて喜ぶぞ」 人ごとだと思っていい加減なことを言うな、とフリックがビクトールをこづく。 お互い自分の引いたカードに頭を悩ませながら再び練習場へと向かっていた。ビクトールはフリックが自分のカードを引かなかったことも、自分がフリックのカードを引けなかったことも残念でならなかった。好きでも何でもない人間にあげるプレゼントなんて少しも楽しくはない。 「ビクトールさん」 階段を下りたところで、吹き抜けの階上から声をかけられる。ビクトールが顔を上げると、そこには今回の首謀者であるディランがいた。 「何だ、ディラン、お前もたまには練習に顔出せ」 「はいはい。それより、カードはもう引いた?」 「ああ、引いたぜ」 「ちょっとあがってきてよ」 年上の人間を敬おうっていう気はないのか、あのガキは。ビクトールはフリックと別れると再び階段を上がり、ディランの元へと近づいた。ディランは手すりに腰をおろし、ニヤニヤとビクトールを見ている。手には一枚のカード。 「何なんだ。人のこと呼びつけておいて」 「カード、誰だった?」 「あん?アンネリーだよ。ま、ヤローに当たるよりは良かったかな」 「ふうん。ね、欲しいカード、あったんじゃないの?」 ディランがひらひらと目の前でカードを振る。 「あ〜そりゃまぁ…」 「これ何だと思う?」 ディランがぴた、っとビクトールの前でカードを見せる。そこにはフリックの名前があった。 「あ、お前、それは…」 手を伸ばしたビクトールの目の前で、ディランはひらりとカードを引き上げる。おあずけを食らった犬のように、ビクトールがポカンと口をあけたままそのカードを見つめる。 「ど、いいだろ?いやぁ偶然とはいえ、俺がフリックさんのカードを引いちゃうとはねぇ」 大嘘ではあったが、ビクトールには分からないことだ。けらけらと笑うディランに、ビクトールはばしっと手を合わせた。 「ディラン、頼む、そのカードと俺のカードを交換してくれ」 「そういうずるっこするとナナミに怒られるんだよなぁ」 「てめぇ、んじゃ何で俺を呼びつけたんだよっ」 「はは、そう怒らないでよ。いいよ、フリックさんのカードあげても」 「ほんとか?」 「まぁ、ただじゃあだめだけどね」 こういう時のディランの笑みというのは、ほんとに悪魔の笑みだと思う。ビクトールはごくりと喉を鳴らすと、おそるおそる条件とやらを聞くことにした。悪魔に魂を売り渡すときの気持ちというのはこういう感じなのだろうと思う。 「金はねぇぞ」 「ふふん、お金なら俺の方が持ってるよ。この前のトトカルチョでも稼がせてもらったし」 「んじゃ何だ?」 「簡単簡単。俺の名前のカードをビッキーの手に渡るようにしてほしいんだ」 「?何だって?」 意味がわからずビクトールは聞き返す。 「だから、俺はビッキーからプレゼントが欲しいわけ。だからビッキーに俺の名前のカードを持っててほしいんだ」 「お前のカードは今どこにあるんだよ」 「知らないよ。それを探し当てて、ビッキーと交換してもらう、と。ね、簡単だろ」 簡単か?まずディランのカードを誰が持っているか探さなければならないわけだ。そしてそいつからそのカードをもらって、ビッキーの所へ行って、またまた交換してもらうわけか。簡単じゃねぇだろ。言いかけたビクトールをディランが遮る。 「フリックさんのカード、欲しいでしょ?」 「う、そりゃもちろん」 「じゃあがんばってね。一週間しかないからさ。あ、あんまり大っぴらにやらないでね。ナナミに怒られるから」 ディランはフリックのカードをひらひらとさせながら、ビクトールを残して自室へと戻っていった。 「くっそ〜こうなったら絶対にあのカード手に入れてやるからな」 ビクトールはふつふつと闘志を燃やしていた。 まずはディランのカードである。 城中の連中に誰のカードを持ってるかなんて聞いていたら間に合わない。それに、正直に答えてくれるかどうかも分からない。ビクトールは練習場に戻ってからも一人腕を組んで考え込んでいた。 「いったいどうされたんですか、ビクトール殿は」 マイクロトフはフリックに尋ねる。 「さぁな。どうせよからぬことを考えているに違いない。放っておいていいぞ」 フリックはフリックであのニナへのプレゼントを考えるだけで頭が痛くなりそうだった。 「フリック、俺ぁちょっと抜けるからな、あと頼んだぜ」 ビクトールはそういい捨てると、フリックの返事も聞かずに練習場を去っていった。 行くべきところは一つだ。 調べものといえばリッチモンドだ。彼に頼めばたいていのことは調べてくれる。ビクトールにしては、なかなかいいアイデアだった。ちゃんと的をついている。 「おいリッチモンド、頼みがある」 「おやめずらしい」 ビクトールはひそひそと内容を話した。大きな声で言うと地獄耳のナナミにバレちまう。 「ふうん、分かったぜ。で、いつまでに?」 「なるべく早い方がいい」 「倍額出すかい?」 くっそ、どうしてこう、この城の連中はがめついヤツばかりなんだっ!ビクトールは喉元まで出かかったが、結局倍額出して大至急で調べてもらうことにした。 「ったく、ややこしいことになっちまったぜ」 ビクトールが部屋に戻ろうと歩いていると、約束の石版あたりに人だかりができている。いったい何事かと思って目をこらすと、そこには見上げるほど大きなもみの木があった。 「何だ、こりゃ?」 「あ、ビクトールさん。すごいでしょ〜、クリスマスツリーよ」 ナナミが嬉しそうに目を輝かせている。 クリスマスツリーたって、こんなに馬鹿でかいのを、いったいどこから持ってきたんだ?ビクトールの疑問に答えるように、後ろにいたカミューが言った。 「森の村にもみの木の林があるそうです。リキマルたちがかなり苦労して取ってきてくれたんですよ」 「そりゃご苦労だったな。それにしても…こんなでかい木、どうするんだ?」 「飾り付けするのよっ!子供たち全員楽しみにしてるんだからっ!ん〜さすが私の弟ディラン!ちゃあんと、こういうお楽しみを作ってくれるんだもの。たいへん、飾り付けの材料買いに行かなくちゃ!」 バタバタとナナミが走り去る。 お楽しみ? どう考えても、これはディランがナナミの気をそらすための作戦としか思えない。ったくどこまでも用意周到なヤツだ。 どうも変だな、とビクトールは思う。ディランのやつ、何か企んでやがるに違いない。だいたい、ビッキーからプレゼントが欲しいなんていうこと自体変な話だ。 まぁいいか。それよりも、フリックへのプレゼントだ。気づかれないように準備をしておかなければならない。 「ビクトール、アンネリーへのプレゼントは何にするんだ?」 部屋に戻るとフリックも練習から戻ってきていて、着替えている最中だった。 「あ〜どうすっかな。若い女の子が喜ぶもんだろ、ナナミあたりに聞いてみるかな」 一応口ではそう言ってるが、アンネリーへのプレゼントは自分ではなく誰かがすることになるのだ。 フリックはニナへのプレゼントというのが頭を痛めているらしく、心ここにあらずといった感じで、ぼんやりしている。別に何だっていいだろうと思うのだが、フリックは生真面目にニナが喜ぶものをプレゼントしたいと思っているのだろう。 「よぉ、それとは別に、俺にプレゼントはくれるのか?」 「は?」 「だから、クリスマスプレゼントだよ。こんなゲームじゃなくて、ちゃんと好きな相手にやるプレゼント」 ビクトールの言葉にフリックは呆れたような目でビクトールを見る。 「何だよ、その目はよ」 「ばからしい。何で、お前にプレゼントなんかやらなくちゃならないんだ」 「あ、お前、それは冷たいんじゃないのか?一年に一度だぞ」 「クリスマスなんてめでたくも何ともなかったんじゃないのか?都合のいいことばかり言うな」 食事に行く、というフリックの腕をつかんで、強く引き寄せた。 「何なんだよっ!ガキじゃあるまいし、プレゼントなんて欲しがるなっ」 「プレゼントなんざ、どうでもいいがよ、クリスマスの夜はたっぷり楽しもうぜ。何せ一年に一度だ」 「………やなこった」 何が一年に一度だ。年中好き勝手に抱いてるくせに。フリックはまとわりつくビクトールを振り払って、食事をするためにレストランへと足を向けた。 「調べはついたぜ」 深夜である。 酒場で飲んでいたビクトールのもとへリッチモンドがやってきた。さすがに倍額出しただけあって、仕事が早い。 「で、誰だった、ディランのカードを持ってるやつは」 「カミューだ。ちゃんとこの目で見たから間違いはねぇ」 「カミューか…」 何とも微妙な人物だ。ただ単に、自分のカードと変えてくれといって簡単に変えてくれるだろうか?いろいろとわけを聞かれそうな気がする。 「ま、どういう事情があるか知らねぇが、がんばんな」 「ああ、助かったぜ」 探偵料を手渡すとリッチモンドは酒場を出て行った。カミューかぁとビクトールはうなった。 どうも苦手なのだ、彼は。自分とはあまりにも人種が違いすぎる。もっともフリックとは仲が良さそうなのだが。仕方がない。背に腹は変えられない。カミューを訪ねてみるしかない。 ビクトールはがっくりと肩を落としてカミューの部屋へと出向くことにした。 カミューの部屋は階の一番奥だ。暗い廊下をひたひたと歩いていると、気持ちまで暗くなりそうだ。こんな深夜に訪ねたら騎士道に反するだろうな、と思いながらも、ビクトールはカミューの部屋の前までくると、扉に手を伸ばした。が、その手は止まってしまった。 中から人の声がする。 人の声…というか、何とも色っぽい喘ぎ声が聞こえてくるではないか。 「………ク…や…っ」 「………」 「あぁ……」 ビクトールは思わず聞き耳を立てそうになった。どう考えてもこれはカミューの声だろう。ということは中にいるのはマイクロトフで、それでもって、ただ今真っ最中ということだ。 こんなところへ入っていったら、馬に蹴られるどころの騒ぎじゃない。 「くそっ、こんな時に何やってんだよっ」 かなり自分勝手な台詞ではあったが、ビクトールはこれ以上ここにいて、二人の熱々ぶりを見せ付けられるのも癪なので、早々に立ち去ることにした。 「それにしても、あいつらもやるこたちゃんとやってんだな」 ビクトールは妙な感心をした。 いつも紳士然として、下品な話題になんか見向きもしないカミューと、見てるだけで肩が凝りそうなほどに真面目なマイクロトフの組み合わせで、いったいどうなればセックスに持ち込めるのか不思議でならないのだ。やはりカミューの方から誘うのだろうか?そうだろうなぁ、あのマイクロトフが強引にカミューを押し倒すなんて考えられない。ビクトールはいろいろと妄想たくましくしながら愛しの恋人の部屋の扉を開けた。 「フリック」 ベッドに近づくと、すでにフリックは安らかな寝息を立てていた。 「ちぇ、寝ちまってるのか」 ぎしりと音をさせてベッドの端に腰をおろし、ビクトールはフリックの前髪に触れてみる。安心しきっているのか、フリックは起きる気配を見せない。 「楽しみにしてろよ、最高のプレゼントをしてやるからな」 ビクトールは決意を新たに、カミューからのカード奪還作戦を考え始めた。 とにかく正攻法だ。 何しろカミューは紳士なのだ。友人の頼みを断るなんて騎士道精神に反するに違いない。 ビクトールはそう考え、真正面からカミューに当たることにしたのだ。 「嫌ですよ」 「………」 あっさりと一言で片付けたカミューにビクトールは唖然とした。 朝っぱらから優雅にレストランのテラスで紅茶を飲んでいカミューは、ビクトールの頼みを聞くなりそう言った。 「何でだよ、別に誰でもいいんだろ、お前は」 「そうですけどね、あなたがそういうことを頼む時は絶対に何か裏があるに違いありませんからね。おまけに、それはフリックがらみのことでしょう?私はフリックの親友として、そういうことに荷担するわけにはいきませんね」 いったいいつフリックの親友になんかなったんだよ。ビクトールは心の中でそう言ったが、一応もう一度お願いしてみることにした。 「な、頼む。別に悪用しようってんじゃねぇんだ。ただ、あいつにプレゼントしてやりてぇだけなんだ」 「じゃすればいいでしょう。別にカードなんてなくてもかまわないでしょう」 「そ、そりゃそうだが…今さらあいつにプレゼントなんて照れるだろぉが」 あらぬ方向を向いて答えたビクトールにカミューはおや、と思った。この無神経極まりない熊でも、恋人のこととなるといろいろと思うところはあるらしい。そう思うと、なかなか可愛いと思えないこともない。カミューはしばらく考えたあと、カードを交換する代わりに一つ条件を出した。 「ったく、どいつもこいつも俺は使い走りじゃねぇってんだっ!!」 ビクトールはどかどかと廊下を踏み鳴らしながら再びリッチモンドの所へと急いでいた。 カミューがビクトールに出した条件は 『私もマイクロトフにプレゼントがしたいのですよ』 というものだった。 はっきりとは言わないが、それは暗にマイクロトフのカードを持ってくれば変えてやろう、というお言葉だ。ビクトールはまたまた誰かからマイクロトフのカードを奪い取らなければならないのだ。 「闇討ちでもした方が早いかもしれねぇな」 正攻法ではいつまでたってもフリックのカードにはたどり着かないかもしれない。 「リッチモンド、頼む、大至急で調べてくれ」 「またですか?で、今度は何です?」 「マイクロトフだ、マイクロトフのカードは誰が持ってんだ!」 「はいはい。大至急なら3倍もらいますからね」 ビクトールはがっくりと肩を落とす。しかし、リッチモンドの仕事は速かった。1時間もしないうちにビクトールのもとへ朗報を持って帰ってきたのだ。 「アルバートさんですよ」 「よし、これはいける」 思わずビクトールはガッツポーズをした。 アルバートとアンネリーは同じ楽団の仲間だ。アルバートだってマイクロトフにプレゼントするくらいなら、アンネリーにプレゼントするほうが嬉しいに違いない。ビクトールは嬉々としてカードを片手にアルバートのもとへ向かった。 練習中のアルバートを呼びだす。 「どうしたんですか?今練習中なんですよ。クリスマスパーティー用に何曲か新しい曲をすることになったので」 「悪い悪い。ちょっと頼みごとがあるんだ。実はよ、例のプレゼント交換会だが、お前マイクロトフのカードを持ってるだろ」 「ええ」 「すまねぇが、俺の持ってるアンネリーのカードと変えてくれねぇか?」 アルバートはアンネリーのカードと聞いて反応した。そりゃそうだろう。妹のように可愛がってるアンネリーにプレゼントできるのだから。 「まぁかまいませんが…ビクトールさんはマイクロトフさんにプレゼントを?」 「冗談だろ。まぁちょっと事情があってな。恩に着るぜ、アルバート」 商談成立である。 やっとの思いでマイクロトフのカードを手に入れたビクトールは、カミューのもとへと急いだ。 「ビクトール!」 フリックがビクトールを呼び止める。 慌てて手にしたカードを隠して足を止め、怖い顔をしたフリックを振り返る。 「お前は、練習にも顔を出さないで、いったい何やってんだっ。今日はお前がリーダーになる日だろ」 「わ、悪い、ちょっと忙しくてよ。頼む、見逃してくれ」 「…挙動不審だな、お前また何か変なことに首突っ込んでるんじゃないだろうな」 さすがに長い付き合いだけあって、フリックに隠し事はできないらしい。しかし、バラすわけにもいかない。 「フリック、俺がお前に嘘ついたことがあるか?誓って言うが、悪いことはやってねぇ。だから見逃してくれ」 フリックは手を合わせるビクトールを無言で眺めていたが、やがてぽつりと言った。 「……今夜はちゃんと俺が起きてるうちに帰ってこいよ」 そういい捨てるとフリックは再び練習場へと戻っていってしまった。 ビクトールはぽかんとその後姿を見つめた。 昨夜はカード奪還に奔走していて、ろくろくフリックと話もできず、部屋に戻ってきたらもうすでにフリックは眠っていた。カードのことで頭がいっぱいで、フリックにかまっていないことについては何も考えていなかった。 少しは寂しいと思ってくれたか。 そう思うとビクトールは思わず笑みが零れた。 こうなったら何が何でもクリスマスにはフリックにサービスをしなければならない。 フリックの喜ぶ顔が見れるなら、これくらいの苦労はどうってことはない。ビクトールはちょっと幸せな気持ちになりなら、第一の関門であるカミューのもとへと足を向けた。 クリスマスまであと5日。 しかし、まだまだ試練が待っていることをビクトールは知るよしもなかった。 NEXT |