「………………」
部屋には重苦しい沈黙が漂っていた。部屋の中央に俯いて立ち尽くしているショートカットの美女。まだうら若き女性でありながら、大尉という要職につく彼女、アヤ・コバヤシの肩が震えているのは、露出の多いその軍服に肌寒さを感じているからではない。
「ふむ……」
レポートから目をはずし、男はアヤの顔を見つめた。整った作りをしてはいるが、仮面のような、温かみを感じさせない表情。その鋭い視線の奥でアヤをどのように捉えているのか、彼女には推し量ることはできない。
「今回も、予定の数値を下回っているな」
「……申し訳ありません」
アヤは唇を噛む。結果がふるわなかった事そのものが悔しいわけではない。ただ、目の前の男の望む結果を導き出せなかった自分が歯がゆかった。
「アヤ。わかっているとは思うが、このSRX計画の要は、R−3で念動力制御を行うお前自身だ。そのお前が予定通りの力を発揮できないことには、SRXがその力を発揮することはおろか、R−1とR−2のパイロット、リュウセイやライディースの命をも危険に晒す事になる」
「はい、イングラム少佐……」
何度となく繰り返された会話。男……軍のトップシークレット、SRX計画の発案者であるイングラム・プリスケン少佐。誰よりもその期待に応えたいと思っているのに、結果は彼女の想いについてきてはくれない。
言葉も見つからず、ただうなだれるだけのアヤ。イングラムは立ち上がると、その肩に手を置いた。アヤは、その手に自らの両手を重ねる。
「……私は、出来損ないの実験体です。そんな私に、地球の命運は重すぎて……」
「俺は、多くは望んではいない。お前が予定通りの力を発揮できれば、少なくともお前は生きて帰ってくることはできる」
アヤは弾かれたように顔をあげた。いつものように、感情の読み取れないイングラムの顔。けれど、アヤにはその顔が優しさに満ちているように感じられた。
「俺は、できると思ったからお前を選んだのだ。必ず俺の元に生きて帰って来い。そのために」
「はい、少佐……私、あなたの元に帰って来る為に、必ず、やりとげてみせます。……母も、妹も、応援してくれていると思うから」
「………………」
イングラムの胸の中で、安らいだ表情を見せるアヤ。それを、イングラムは表情を崩すことなく見つめている。ゆっくりと二人の体が離れたとき、アヤの顔は、女のものから軍人のものへと変わっていた。
「では、失礼いたします」
「うむ」
敬礼し、しっかりとした足取りで部屋を出るアヤ。一人残されたイングラムは、やはり表情を変えずに呟く。
「……やっかいなものだな、地球人というものは。しかし、それでわずかにでも成功する確率が上がるというのなら、付き合ってやるのもよいか」
アヤを抱いていた己の手を無表情に見つめる。とその時、電話のコール音が部屋に鳴り響いた。
「はい。…………ほう、よろしいのですか? ……はい。了解です。では、そのように」
電話を終え、受話器を置くイングラム。
「ククッ。まったく、地球人というものは本当に興味深い生き物だな」
アヤを抱いていた、そして今受話器を持っていた手を眺めながら、イングラムは口端を歪めて笑っていた。
「極東支部に戻るって?」
リュウセイは驚いてアヤに聞き返した。
「ええ、R−3の再調整の為にね」
「なんでだよ。俺達だってどうせあとで戻るんだろ。一緒に戻ればいいじゃん」
「リュウセイ、R−3は念動力の制御を行う機体だ。俺達の機体より高いレベルで、大尉とのシンクロが必要とされる。その為にはより入念な調整が必要なんだ」
「ふ〜ん」
ライの説明に、わかったようなわからないような顔でなんとなくうなずくリュウセイ。
「なあに、リュウ。 私がいなくなっちゃて、さみしい?」
「ば、そ、そんなんじゃねぇよ」
からかわれ、プイと横を向くリュウセイ。
「ウフフ…………あら、どうしたの、ライ?」
「いえ……」
「そんなに心配しないで。私だってSRXチームのリーダーだもの。自分の仕事はきちんとこなしてみせるわ」
「……そう、ですね」
「ええ。じゃ、一足先に極東支部に戻っているわね」
リュウセイにライ。同じチームのメンバーであり、大切な仲間。最初は何度も衝突したりしたけれど、今ではうまくやっていると思える。
だから、この子達のためにも、自分はしっかりとやるべきことをやらなくちゃ。アヤは決意を新たにした。
「ところでアヤ。なんか良いことあったのか?」
「え? ……ど、どうして?」
「なんか、機嫌よさそうだからさ」
「そう? ……ウフフ。なんでもないわよ」
鈍感を絵に描いたようなリュウセイに見抜かれるほど舞い上がってしまっていたのかと、アヤは少し恥ずかしくなってごまかしてみせた。
「…………ここは?」
いつの間に眠ってしまったのだろうか。アヤはゆっくりと目を覚ます。が、そこは真っ暗闇で、何も見えない。
「? ……どういうこと?」
思わず椅子から立ち上がろうとするが、ジャラリと耳障りな音を立てただけで、脚も腰も思い通りには動かなかった。
「な、なに?」
慌てて手で探ろうとして、右手を下ろしたつもりが左手までも引っ張られる。そこで初めて、自分が拘束されているという事実に気づく。
「……いったい、いつの間にこんなことに……」
アヤは必死に記憶をたどる。
極東支部に到着し、父であるケンゾウ博士とイングラム少佐に挨拶をした後、眠っている念動力を引き出すという今回の新たな実験の説明を受ける為、小さな部屋に通された。出された紅茶を飲み、そのまま部屋で待っていて、そこで……意識は途切れている。
「まさか……敵の罠? でも……」
いくら異星人といえど、味方の基地の中心で罠を張るとも思えない。たしかに見覚えのある極東支部であったし、あのお父様や少佐が偽者であるとは思えなかった。
DCの残党による拉致、との線も考えられたが、トップシークレットであるSRX計画内にスパイがもぐりこめるとも思えない。
と、突如暗闇から光が差し込んだ。何もない空間に急に光があふれ出たように見えたが、よくよく目を凝らせばそこにある扉が開かれただけだとわかる。
「お、お目覚めのようだぜぇ、ウヒヒヒヒ」
扉を開けて入ってきたのは、ざっと見て十人の男達だった。皆一様に下卑た笑いを浮かべ、アヤの体を舐め回すように視線を這わせる。むき出しの肩のラインに欲望が叩きつけられているようで、チリチリとかすかに痺れた。
「あなた達の、目的はなに? 私を拉致して、いったいどうしようというの」
内心で湧き上がる恐怖を必死で抑え込み、毅然とした態度で問う。が、男達はひるむどころか、
「拉致、だってよ。ギャハハハハッ」
腹を抱えて大笑いしはじめた。
「ッ。何がおかしいのっ」
苛立ち、思わず声を荒げるアヤ。すると、男達のリーダー格と思われる、薄汚れたツナギを着た無精ヒゲの男がニヤニヤ笑いを貼り付けたまま一歩進み出る。
「大尉さんよ、なにか勘違いしているようだが、ここはれっきとした極東支部の中だぜ」
「えっ……」
男の言葉に驚き、その顔を凝視する。そういえば、微かにだが見覚えがあるような気がする。そして、その服も、地球連邦の整備兵のものだった。
「俺たちゃアンタの上官に頼まれて、実験とやらの協力をするためにここまで来てやったのさ」
「実験の、協力? 貴方たちが?」
実験の概要は、イングラム少佐からはまだ聞かされていない。だが、トップシークレットのプロジェクトに整備兵が参加するなど、アヤが知る範囲では今までにないことではあった。
「信じられないわ、そんな事」
「ま、そういうのも無理ないわな。俺達だって信じられねえくらいだ。じゃ、コイツを聞いてみるんだな」
男が何か小さなモノを放り投げる。上手く動かせないものの、アヤは両手を皿状にしてそれをなんとかキャッチした。それは、小さな通信機のようだ。
とりあえず赤いボタンを押してみると、くぐもってはいるが聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「アヤ。目覚めたか」
「!! しょ、少佐っ。これはいったい、どういうことなんです?」
「今からお前の秘めたる力を引き出す実験を始める。この実験に関しては、お前の目の前の男達に全権を与えてある。以後は彼らの指示に従え」
「そ、そんなっ。なにがなんだか、私にはさっぱり……」
「質問・反論は一切許さん。いいな」
「…………は、はい…………」
「よし。では、健闘を祈る」
ブツッ。
「あ、しょ、少佐っ!……」
パッタリとやんでしまった通信に、アヤは呆然として手の中の通信機を見つめた。
「これでわかっただろう」
再び男に話しかけられて、アヤはいまだ混乱しながらも顔を上げた。
「俺たちゃアンタの上官から全権を与えられてんだ。これからは俺達の言うことには全て従ってもらうぜ。とりあえず、もっと優しく接してくれなくちゃなぁ」
「ご、ごめんなさい……」
思わず謝ってしまったものの、ぶしつけに投げかけられる欲望まみれの視線には、どう考えても善意は含まれてはいない。
「じゃあ、さっそく始めるとするか。おう、おまえらっ」
男が合図をすると、皆一様に股間に手をかけ、
ジィィィィッ。
「!? い、いやあぁぁぁっ!」
ズボンのチャックを引きずり下ろし、己の一物を無造作にボロリと投げ出した。
「な、なんなのっ? は、早くしまってぇっ」
慌てて両手で目を覆い、肉塊を視界から遮る。
「うひひ、こりゃあいいや。どんな痴女かと思ってたが、かわいらしい悲鳴上げるじゃねぇか」
ゲラゲラ笑いながら、男達はそれを隠すどころか見せつける様にブラブラ揺らしながら近寄ってくる。
「や、やめなさいっ。こんなことをして、どうなるかわかっているの?」
「どうなるって、たんまり褒美をもらえるんだとさ」
「そ、そんなバカなことがあるわけっ」
「なら、あんたの上官からの命令を伝えてやろうか。『3時間以内に、男に百回射精させろ』だとよ。軍のお偉方の考えることはよくわからねぇなぁ。」
「な、何をバカなっ」
「別に信じる信じねぇはあんたの勝手だが、俺達はヤルことはヤラせてもらうぜ。それに、この命令がこなせないようなら、アンタは廃棄処分だとよ」
「!! …………はい、き……」
アヤは、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。自分はSRX計画におけるパーツの一つ、役に立たなければ廃棄されるだけ。その事実を叩きつけられたのだ。
「どうするよ、大尉さん? 俺たちゃもう我慢が効かねぇんだ。早く返事してくんねぇと、どうなるかわからんぜ。ホラ」
「ひっ、い、イヤッ」
右手を取られ握らされた肉棒のあまりの熱さに、アヤは慌てて手を振って逃れた。
「オイオイ、つれねぇなぁ。変な博士に妙な薬を飲まされてから、こちとら体の抑えがきかねぇってのに」
「変な博士……?」
「ああ、ガリガリに痩せてて禿げ上がってんだけどよ、目だけはえらい鋭いんだ。アイツぁまともじゃないねぇ」
「…………お父様」
ひどい例えられようだが、なぜかアヤの脳裏には父の顔が浮かんだ。
「ほっ、ありゃあんたの親父なのかい?よくあの親父からあんたみたいなイイ女が生まれたもんだ。ま、だったらなおさらだ。俺たちのコイツ、沈めてくれや」
ゴツゴツした手で己の一物を握りしめ、鼻先にグイと突きつけてくる。前に風呂に入ったのはいつになるのだろう。すえた臭いが鼻をつく。
「あうっ……く、くさいわ……やめて、近づけないで……」
「ひゃひゃ、こりゃひどい言われようだ。こちとら下っ端だからよ。大尉殿と違って馬車馬のように働かなきゃぁいけねぇから、おちおち風呂に入ってる余裕もないのさ」
「よくいうぜ班長。あんた昨日も酒場でベロベロになるまで飲んでそのまま寝ちまったじゃねぇか」
「バカ、言うんじゃねぇよ」
ギャハハハハ。下品な笑い声が狭い部屋のの中を反響する。信じていたものが根底から揺らぎ、アヤは愕然としてうなだれた。
「さて、どうすんだい姉ちゃん。あんたが言うこと聞かなけりゃ、俺たち専用の肉便器としてあんたを払い下げてくれるんだとよ。そりゃこっちは願ったりかなったりだが、あんたはそれでいいのかい? そうそう、こんなことも言ってたな。結果を出せば思う存分抱いてやる、ってな」
「少佐が……」
絶望の淵に叩き落されたアヤに、希望の糸が一本垂らされる。それはあまりに細く、淫らにぬめり光っているが、それでもアヤにはそれを掴む他に術がなかった。
「わかり、ました……お、お願い、します……」
「ひひ、そうこなくちゃなぁ。じゃあよ、コイツを飲みな」
男はポケットをまさぐると、ガラスの小瓶を取り出した。中にはピンク色の液体が小さく波打っている。
「それは?」
「さあ、詳しくは知らねぇが、実験に必要なもんなんだとよ。大方あんたも気持ちよくしてくれる薬じゃねぇのか?」
「そんな……」
どういう意図かはわからないが、実験と称するからにはどこかで父親と愛する人が様子を見ているのだろう。その目の前で、下卑た男共の手にかかり痴態を晒すなど、到底耐えられることではない。
「飲んでおいたほうがいいと思うぜぇ。百発のザーメン、あんた正気で飲み込めるかい?」
「う……」
愛してもいない男の精液を飲み込むなんて一度だって耐えられないのに、それを百人分だなんて考えただけで気が遠くなる。
「貸してっ」
アヤは手錠のかけられた不自由な手で男の手から小瓶をひったくるように奪い、目をつぶって一気に飲み干した。
「んっ、ぷはっ」
ドロリと濃厚な液体がジワジワと食道を下っていくのがわかる。胸焼けしそうな嫌な甘さで喉がひりつく。
「な、なに、これ……」
男たちは相変わらずニヤニヤとした笑みを貼り付けながら、アヤの様子を見守っている。数秒後、おそらく液体がアヤの胃袋へ垂れ落ちだした頃。
「んふぅんっ……」
アヤの口から、悩ましげな吐息が漏れた。
(な、なに……?)
お腹が、じんわりと熱い。思わず自分のお腹に両手を添えるアヤ。が、もちろんそんなことで熱さがおさまるはずもなく、ゆっくりじわじわと、胸へ、そして全身へと広がっていく。
「へへ、どうしたんだよ大尉どの」
男の問いかけに、わずかに顔を上げるアヤ。頬とまぶたがほのかに赤みを帯び、気丈な表情はどこへやら、目尻はトロンと垂れ下がり、潤んだ瞳の中心で男の顔がゆらゆらと揺れている。
「……ぁ…………」
呼びかけに応えるわけでもなく、吐息を漏らしながらぼんやりと男を見つめている。いや、正確には姿は目に映っていても、認識はできていないようだ。
「あ〜あ、こりゃすっかりお人形さんになっちまったかな」
無骨な大きな手がアヤの顎を掴み、ヤニ臭い口が近寄ってくる。
「………………っ、イ、イヤッ」
あと数センチというところで、ハッとして我に帰ったアヤは首をひねり、男の唇を避けた。
「おっとっと」
「な、なにするのよっ」
アヤは嫌悪感を露にして拒絶した、つもりであったが、液体の効果ですっかり緩んでしまった表情は渋面を作ることもかなわず、とても拒んでいるようには思えない。
「おいおい、つれないねぇ」
「ど、どうして私があなたと……キス、なんか……」
キス。その言葉を口にしただけで、頬の熱さが増した気がする。服装から派手な印象を他人に与えがちなアヤだが、それは個人的な美的感覚の問題であり、それほど性に対し開放的なほうではない。むしろ、オクテな方ですらあった。
「わははっ。おう、お前ら。露出狂の大尉どのは、とんだおぼこらしいぜ。キスくらいで、真っ赤になっちまって、かわいいじゃねえか、なぁ」
ギャハハハハッ。耳障りな笑い声に耳が痛い。
「な、なによっ。笑わないでっ」
「ヒヒッ、まあまあ、怒りなさんな。俺たちゃ、これから一緒に実験に参加する仲間なんだからよ。仲良くしたってバチは当たらねえと思うぜ」
言いながら、馴れ馴れしく肩を抱いてくる。アヤは体を捩って逃れようとはするものの、両手足を拘束されていてはそれもままならない。
「さあ大尉どの。仲良くなった証に、キスしようぜ。ブチャブチャと、特別エロいキスをよぅ」
男のイヤな匂いのする吐息が頬に辺る。吐息の当たったところから、ジクジクと何かに浸食されるような感じを覚えて、アヤは慌てて頭を振る。
「イ、イヤだったらっ」
「ああそうかい。そんなにイヤだってんなら、俺たちもアンタらの実験にゃ協力できねぇな。お前ら、さっさと帰って酒でも飲みに行くとしようぜ」
男が目配せして立ち上がると、残りの男たちもいっせいにアヤに背を向けた。部屋を出て行こうとする男たちの背中を見ながら、アヤの脳裏で廃棄処分という言葉がグルグル回っていた。
「あ…………ま、待って!」
気づいたときには、アヤの口から凌辱者達を呼び止める声が出ていた。振り返った男たちの顔には再び、先ほどまでのイヤな笑い顔が張り付いている。彼らはわかっていたのだ。アヤが、彼らを呼び止めるしかないことを。
「お、おねがい……実験に、協力して……キ、キス、してもいい、から……」
俯きながら、それでも震える声を振り絞って男達を引き止めるアヤ。だが。
「してもいいって、なぁ」
「ああ。別に無理してしてくれなくたって俺たちゃ構わないんだしな」
「そうそう、風俗でも行ってとびきり濃厚なサービスでも受けてこようぜ」
口々に勝手なことを言う男達。
「だとさ。どうするよ大尉どの。俺たちゃ別にここに残ってる義理はねぇんだ。実験とやらが失敗したって、困るのはお偉いさんとアンタだけで、別にこっちはおとがめなしだからな」
アヤは、痛いほど唇を噛み締めていた。なぜ、このような下賎な男達に、自分がそのようなことを言わねばならないのか。肩を震わせて俯いているアヤに、班長と呼ばれた男がのしのしと歩み寄り、その細い顎に手をかける。
「どうするか、決めたかい」
「…………じ、実験に、協力して、ください……わ、私たち、仲良くしましょう……キ、キス、しましょう……」
叫びだしたい衝動をこらえ、アヤは男達に笑顔を向けた。それは、あまりに痛々しく、それゆえに、男達の欲情を駆り立てる表情だった。
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