ブウゥゥン……。
低い起動音。それは、彼女の目覚めの合図。
文字通り息一つせず、目を瞑って死んだように横たわっていた彼女が、ゆっくりと目を開く。
「おはよう、茶々丸。調子はどう」
「おはようございます、ハカセ。異常ありません」
 開かれた瞳に最初に移った、髪を無造作にみつあみに編みこみ、眼鏡をかけ白衣を着込んだ、いかにも研究者といった格好の少女に答える。
 ……そう、少女なのである。その幼い風貌に似合わず、類まれなる頭脳と才覚により、いわゆるロボットである絡繰茶々丸を造り上げた本人、それが彼女、葉加瀬聡美(通称ハカセ)であった。
「皮膚の感じはどうかな。違和感はない?」
「特には……」
 ハカセの質問の意図するところがわからず、茶々丸は何とはなしに手を動かし、自分の体に触れる。こういった動作を自然に行えるところが、彼女の人工知能が高い性能を示している、いや、すでに人工知能の枠を超えている事実を表している。
「……これは」
 指先から伝わる不思議な柔らかさ、そして温かさ。茶々丸は再び目を閉じ、全身をくまなくスキャンする。
(体組織の構成が、異なっている)
 再び目を開き、己の体を視認してみる。
「…………」
 リアクションは薄いが、彼女は驚いていた。人工物特有の球体関節が目立っていた彼女の体。それが、今ではそれらがまったく目立たず、人間そのものといった見た目、そして質感を持っていた。
「フフフ、すごいでしょう。前に約束した人工スキンがやっと満足いく出来映えで完成したよ。耳のセンサーだけは残しておいたけど、他は普通の人間と変わらない出来だよ」
「ハァ……」
「ほら、ぼうっとしてないで。問題ないとは思うけど、万一不具合が起きたりしても困るからね。自分で動いて確かめてみて」
「了解しました」
 ベッドから起き上がり、軽く体を動かしてみる。新しい体は、まるで初めから彼女の一部であったかのように良く馴染む。動きに納得がいったので、今度は鏡の前で自分の体を眺めてみた。
 パッと見で今の彼女の体が人工物だと気付ける者はまずいないであろう。そう言っても差し支えがないほど、彼女の体は完全に人間のソレであった。逆に、その肢体は人間にしてはあまりに完璧な美しさを誇ってしまっていて、そのせいで生じる違和感というのはあるかもしれないが。
 自分の新たな体を眺めていると、急に体内の温度が上昇してくるのを感じた。今までは機械的なボディだったために、ただ一人を除いては他人にその姿を晒すことに抵抗のなかった茶々丸だが、新たに自分の物となった滑らかな肌、二つのたわわな膨らみの上に乗った桜色の乳首、そしてふっくらとした恥丘を眺めていると、体内のタービンがフル回転しているかのように勝手に熱が沸きあがってきてしまう。
「どう、気に入った?」
「は、はい。……あの、ハカセ……このままでは恥ずかしいので、服を着てもよろしいでしょうか……」
「ええー、ちょっと待ってよ。まだこの体の説明は終わってないんだから。すごいのは見た目だけじゃないんだからね」
 言うと、ハカセはいきなり茶々丸の胸の膨らみをわし掴みにした。
「んくっ! ハ、ハカセ、何をっ……んふぅぅ……」
「どう、この柔らかさ。素晴らしいでしょう。大学部の先輩達に協力してもらって、最高の柔らかさを追及したのよ。茶々丸の感度も最高レベルに高めてあるから、軽く触れられただけでも快楽信号が湧き上がる仕組みになっているわ。それに、こっちも」
 クチュッ。
「んひぃぃっ!」
「こっちは苦労したのよ。私も自分のなんてほとんど触ったことないもの。これも先輩達に協力してもらって、最適な温かさと柔らかさ、締まりを研究したわ」
「ハ、ハカセ……私は、このような事を望んでは……」
「エッチな事もできるようにしてあげる、って言ったじゃないの。それに、ここのスゴさは感触だけじゃないよ。こうやって指を入れていくと」
 ズニュニュニュニュッ。
「くふぅぅぅーーーっ!」
 ハカセが指を深く沈めると、茶々丸は悲鳴を上げて大きく仰け反った。瞳からは涙、のように見えるレンズ洗浄液がポロリと零れ落ちる。
 初めて知覚する強すぎる衝撃に、体は自身の認識外の動作をとってしまっていた。
「フフッ、ほら、潤滑液を大量に分泌させながら私の指をグネグネ締めつけてる。わかるでしょう? この辺りの調整も大変だったんだから。先輩達に色々な話を聞いてね。ちょっと恥ずかしかったけど、でもその分良い物が仕上がったと思うわ。俗に言うミミズ千匹ってやつかしら」
「アゥ……ハァ……ハァ……」
「あ、そうそう。ちゃんとこの体用の新しいプログラムも追加してあるから。え〜っと、『48手+裏52手プログラム』と、『実践!彼氏が喜ぶ50のテクニック』と、それから……ん?」
ブゥゥゥーン。
 夢中になって茶々丸に追加した新機能を語っていたハカセだが、低いモーター音に気づいて言葉を止めた。その音は、茶々丸の今ではすっかり継ぎ目が見えなくなった腕関節から聞こえてくる。表面上は人間そのままに見える今の茶々丸だが、内部機関は以前のまま。武装も極力残す形でセッティングしていた。と、言う事は。
「……ハカセの…………」
「え、ちょ、茶々丸、まっ」
「バカーーーーッッ!!」
ドゴーーーーンッ!
「ぷげっ!」
 茶々丸の両手は肘関節から離れ、唸りを上げてハカセのボディに突き刺さっていた。
(また、製作者である私に手を上げるなんて……すごいです、茶々丸……あなたは私の、自慢の)
「あぷろばーーーっ!!」
 ドンガラガッシャーン!!
「ハッ! あ、も、申し訳ありません、ハカセ!」
 煙を吹きながら研究室の崩れた棚に埋まっているハカセに、茶々丸は慌てて駆け寄った。

 

次のページへ進む  小説TOPへ戻る  TOPへ戻る