『あははは〜。ま、せっかくつけた機能だから、もしチャンスがあればテストくれればいいからね』
「……テストと言われても」
 茶々丸は彼女のマスター、エヴァンジェリンの後を俯いて歩きながら、朝のハカセの言葉をリピート再生していた。
 朝の通学時間ということもあり、学校までの通学路はどこも喧騒で包まれている。しかしそれも全く耳に入らないといった様子で、視線を足元に落としながら歩き続ける。
 テスト、と言われても、茶々丸のプログラムはマスターであるエヴァを守る、という大前提で占められており、一般の女子生徒のように男子に関心を持つ、などということはありえないのだ。……ただ一人を除いては。
「………………」
 気づけば、また勝手にお気に入りフォルダから一人の少年の画像が次々と表示され、茶々丸の人工知能内で再生される。
「……ネギ先生」
 その名を口にすると、体表温度が勝手に上昇する。仮に、もし仮に、この追加された機能のテストをするならば、ネギ先生にお願いする事になるのだろうか。現時点で、茶々丸が最も親密に接している男性といえば、ネギ先生だろう。
 が、3−Aのクラス担任で魔法使いの天才少年でもあり、年の割りに大人びているとはいえ、相手は十歳である。一般に言われる常識、というものに照合すれば、およそ相談できるような内容ではない。
「………………」
「……ゃまる。オイッ、茶々丸!」
 突然後ろから声をかけられ、茶々丸は慌てて振り向いた。
「ハッ……マスター」
 いつのまにか、エヴァを追い抜いて歩いていたようだ。
「私を置いていく気か?」
「申し訳ございません……」
「フン……」
 エヴァはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、茶々丸を追い抜いてズンズンと歩き始める。
「………………」
(マスターは、朝から機嫌が悪いようだ)
 茶々丸は黙って、エヴァの三歩後ろを再び歩き始めた。
 朝にハカセの研究室に寄った後、一旦家に戻ってからいつものようにエヴァと共に登校したのだが、どうも朝からご機嫌ナナメらしく、ろくに言葉も交わしていない。茶々丸自身も、新しいボディに対する戸惑いもあり、そんなエヴァにどのような言葉をかけていいのかわからなかった。
「ケケケ、気ニスンナヨ茶々丸」
 茶々丸の頭の上に乗っていた、ドールマスターであるエヴァの操る人形・チャチャゼロが、首をめぐらせて茶々丸に話しかけてくる。
 俯きがちだった茶々丸が顔を上げると、チャチャゼロはケタケタと笑いながら言う。
「御主人ハオマエノ、ソノ新シイムチムチバイーンナ体ガ羨マシインダトヨ」
「ムチムチバイーン……」
「な……だ、誰がっ!」
 エヴァは慌てて、茶々丸の頭の上のチャチャゼロを引っ掴むとブンブン振り回した。
「ケケケ、素直ニナレヨ御主人」
「うるさいわっ! 燃えるゴミにして捨ててやるぞ」
 ギャイギャイと騒いでいる一人と一体を見ながら、茶々丸はなるほど、と合点がいった。
 たしかにエヴァには、人間で言う所の成熟した体に対するこだわりがあるように思える。ネギ先生と戦ったときも、初めは幻術で大人の姿をとっていた。
「申し訳ございませんでした。マスター」
「謝るなっ! もう、私は先に行くぞっ」
 頭から湯気を出し、肩を怒らせて歩いていく少女の体をしたマスターの三歩後を、茶々丸は再び歩き始めた。

 

「あれー、茶々丸さん、どうしたのー」
 教室に入るや否や、すでに登校していたクラスメイトがワイワイと茶々丸に集まってきた。
「すごーい、人間そっくりだねー」
「はい。ハカセに作っていただいた人工スキンです」
「へ〜。いいな〜、真っ白でシミ一つ無いし」
「な〜な〜、茶々丸さん。少し触ってみてもええ?」
「ハァ……」
 判断に困り、視線をエヴァに向ける。そのエヴァはと言えば早々に席に座っており、右手で頬杖を突きながらヒラヒラと左手首を振っていた。
「あ、ボクも触りた〜い」
「私もです〜」
「……どうぞ」
 エヴァのリアクションを了承のサインと受け取り、茶々丸はクラスメイトの頼みに応じる。
「あ、ホンマ? ほなら触っちゃうえ〜」
「うわ〜、スベスベだよ〜」
「ほんとだ。柔らかいしあったかいし、人間とかわんないね〜」
「え、茶々丸さんて人間じゃなかったの?」
「アンタ、今頃気付いたの」
 スリスリ、サワサワ、フニフニ……。
「あ、そ、そんなに触られては……んふっ……そ、そこ、うなじはあまり……ふぁっ……」
「や〜ん、茶々丸さん、なんだかエッチな声出してる〜」
「もっと触っちゃうぞ〜」
「さわるです〜」
「あ、ちょ、やめ……あああああ……」
 新しいボディの影響か、体中に触れる手が大きな刺激を呼び起こし、茶々丸は自ら振り払う事もできなくなってしまった。
「……何やってんだコイツら」
「アホばっかです……」
 クラスメイトの1/3に囲まれてもみくちゃになっている茶々丸が解放されたのは、たっぷり五分ほどたってからだった。
「皆さん、おはようございますー。て、何やってるんですかみなさーんっ」
「あ、ネギ君おはよー」
「おはようじゃないですよっ。もうHR始まってるんですから席についてください」
「まったくですわ。ネギ先生が困っていらっしゃるじゃありませんか。さあさ、皆さん早く席に着いて」
「なによー、いいんちょだって一緒になって触ってたじゃないのー」
「う、うるさいですわよっ」
 そうしていつもの朝のように、ガヤガヤと騒がしくはあるものの、各々の席へ戻っていく生徒たち。が、その中心にいた茶々丸は、人間で言うと腰砕けという状態であろうか、へたりこんだまま動けなくなっていた。
「ちゃ、茶々丸さん、大丈夫ですか」
「ネギ先生……」
 頬を上気させ、かすかに潤んだ瞳を上目遣いで向ける茶々丸に、ネギは一瞬ドキリとした。
「あ、あの……茶々丸さん、ですよね……?」
「はい……?」
 訪れた一瞬の静寂。が、それが壊れるのはあまりにも早かった。
「ねーねーネギくん、すごいよねー。茶々丸さん、丸っきり人間と変わんないよね」
「は、はい、そうですね」
「ホラ見て、肌なんか私よりまっ白。触ると柔らかくってね」
「あ、またそんな……そこは……あああああ……」
 ガヤガヤワイワイ。
「もうっ、皆さんは席についていてくださーいっ」
 再びもみくちゃにされそうになった茶々丸をなんとか救出して他の生徒を席に着かせると、ネギは茶々丸の手をとって立ち上がらせた。
「ありがとうございます。ネギ先生」
「いえ、そんな。歩けますか」
「はい。問題ありません」
 着席する茶々丸を見届けてから、ネギは教壇へ戻ろうとする。
「あ、あの……」
「? どうかしましたか、茶々丸さん」
 自分でも意識せぬまま声をかけてしまった茶々丸に、ネギが振り向いて笑顔を向ける。その笑顔を直視できずに視線を斜め下方に下げたまま、茶々丸は尋ねた。
「いえ……先ほど、私のことを認識できなかったようですから……この新しい体は、どこかおかしいでしょうか」
「あ、えう、そういうことじゃなくてっ……ただその、本当の人間の女性みたいに、すごくキレイで、ビックリしました」
 その言葉を聞いた瞬間、茶々丸の動力が熱暴走した。
「あ、あり、ありが……」
 プシューッ。茶々丸の脳天から煙が上がる。
「わわっ、茶々丸さーんっ」
「オ、オイ、茶々丸、大丈夫かっ。ハカセ、なんとかしろっ」
「あららららー」
 そしてまた大騒ぎになる3−Aの教室。そんな中、気が気でない生徒もチラホラ。
(あわわわわ、ネギせんせーが茶々丸さんを、キレイって……)
(くっ、さすがに人間外の茶々丸さんに対してはノーマークでしたわ)
(むむ、茶々丸さんが相手なんて〜……あんなにキレイな体してるんだもん、かないっこないよ〜)
 ガヤガヤワイワイ。
「こらー! また3年A組かー!」
「ゲッ! 新田先生だっ」
「ネギ先生、担任の君がいながら何ですかこの騒ぎはっ」
「あうう、す、すいませーん」
 そしてまた今日も慌しく3−AのHRは終了したのだった。

 

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