「なぁタスク。アタシのゲシュペンストと模擬戦でもやるか。……オマエ、素手な」
「か、勘弁してくださいよ、カチーナ中尉〜」
脱兎のごとく、タスクは通路の向こう側まで逃げていった。
「ったく、逃げ足だけは速い野郎だぜ」
カチーナは一人ごちた。訓練を終えて部屋に戻る途中、自分の名前が聞こえてきたので、
何かと思えば、タスクと整備班の数人が噂話をしていたのだ。
それだけなら別に咎める事もないのだが、やれ暴力的だの、女らしさが足りないだの、
好き勝手なことを言いやがって。こんな戦時中に、軍になんかいる女に、そんなモンが必
要あるかっての。
ブツクサ言いながら、誰もいない通路を一人歩く。まあ、その辺りの定義があいまいに
なってきているのも確かで、この部隊のパイロットには、色気過剰な女やら、本来なら学
生をやっているくらいの年のガキ供やらが、わんさかいるのだった。
「あらん、カチーナ中尉、どうしたのん?不機嫌そうにしちゃって」
噂をすれば影。とても軍人だとは思えないような、色気を撒き散らした金髪美女が独特
の口調で話しかけてきた。
「……エクセレンか」
「え〜、そんなイヤそうにしちゃイヤン」
言いながらクネクネと体を揺する彼女を見て、カチーナは頭が痛くなった。こんな風だ
が、彼女のパイロットとしての腕は確かだ。試作機を乗り回し、かなりの戦果を挙げてい
る。アタシには新型が回ってこないってのに……。カチーナは思わず舌打ちをしていた。
「あらら。もしかしてカチーナ中尉、カルシウム足りてなぁい?」
「大きなお世話だ」
付き合っていても疲れるだけだ。さっさと自室に戻って体を休めよう。そう思い、足を
進めようとした瞬間、エクセレンに腕をとられた。
「ああ、待って待って。私、カチーナ中尉を呼びにきたのよ」
「ん?アタシを?」
「そうそ。これから女同士の親睦会があるから、カチーナ中尉も是非にって」
「アタシはいいよ。アンタらで好きにやんなよ」
「そんな事言わないで〜。私が副長のところからいただいてきた、秘蔵の銘酒もごちそう
しちゃうからん」
いただいてって、どうせ勝手に持ってきたんじゃないのか?
まあ、このまま部屋に戻ってもあんまり気分も良くないし。たまには酒でも飲んでスッ
キリするのもいいか。
「わかった。付き合うよ」
「きゃん、そうこなくっちゃ。じゃ、れっつごー」
「オ、オイ、引っ張るなよ」
まったく、悩みがなさそうで羨ましいぜ。エクセレンに腕を引かれ、カチーナはズルズ
ルと引きずられていった。
「だから、アイツらは女を見る目がねーってんだ!」
吠えながら、カチーナは水割りの入ったグラスを一気に空けた。
「あらん、カチーナ中尉って、酒乱だったのねぇ」
「ホント、こんなに大荒れするなんて、何かイヤな事でもあったのかしら」
エクセレンとガーネットは、顔を見合わせた。調子に乗ってどんどんグラスに注いでい
たら、いつのまにか手をつけられない状態になってしまっていた。
「だいたいなぁ、胸がデカければいいってもんじゃねーんだぞっ」
言いながら、二人の頭を両脇に挟み、ギリギリと締め上げる。
「いたいいたい〜」
「や〜ん、ヴィレッタお姉さま、助けて〜」
しかし助けを求められた当のヴィレッタは、その様子を見つめながらもどこ吹く風とい
った感じで、黙ってグラスを傾けている。
「ほ、ほら、カチーナ中尉。ああいうのをクールビューティ、大人の女って言うんですよ」
「ぐ……」
痛いところを突かれて、思わず押し黙ってしまった。たしかに彼女は自分とは正反対の
女性だった。
「チッ」
カチーナは抱えていた二人の頭を放すと、乱暴に椅子に腰掛けまたグラスをあおった。
「中尉も、黙っていれば美人なのよね〜」
「んだと、そりゃどーいう意味だっ」
「やん、それが原因なんですってば」
エクセレンが頭を抱えて隠れるポーズをとる。自分でも、頭に血が上りやすい性格はわ
かってはいるが、こればかりはいかんともしがたい。
「そうねぇ、中身が変えられないのなら、まずは見た目からイメチェンしましょうよ」
「んふふ〜、それいいわねぇ」
こいつら、面白がってやがるな。そうは思ったが、自分の何を変えようというのか、少
し興味はあったので、まずは話を聞いてみることにした。
「じゃあまずわん、ラーダ女史の登場で〜す」
「いいっ」
さしものカチーナも思わず後ずさった。ヨガは体にいいとか言われて、いつもわけのわ
からないポーズに体を折り曲げられてしまう。文句の一つも言いたいところだが、その後
必ず体調が良くなるものだから、強く言うこともできないのだった。
「じゃあ、美容にいいヨガのアサナを紹介すればいいのかしら?」
にこやかに笑みを浮かべながら近寄ってくるラーダに思わず腰が引けたが、意外にも彼
女を止めたのはエクセレンだった。
「ん〜、それもいいんですけどぉ、実は、ゴニョゴニョゴニョ……」
「ふむふむ。いいの、それで?効き目は結構強烈よ」
「いいんですよぉ、そのくらいの方が」
「お、おい、エクセレン! 何を吹き込みやがったっ」
「あら、人聞きの悪い。これもカチーナ中尉の為なんですから」
エクセレンにくってかかっている間に、いつの間にかラーダが背後に回っていた。
「あ、あの……お手柔らかに頼むよ?」
「ええ、わかってるわ。最初はちょっと痛いかもしれないけど、大丈夫。
……何が大丈夫なんだ?
「このアサナは、久しく誰にも試していなかったから、楽しみだわ〜」
言いながら、ラーダが首と腕をとってくる。
「おい、ちょっと待てって、それってホントに、だいじょ、ぶぎゅわあああーーーーーっ!!」
カチーナの悲鳴とゴキゴキッという関節の曲がる音が、部屋中に響き渡った……。
次のページへ進む
小説TOPへ戻る
TOPへ戻る
|